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2017年11月 アーカイブ

2017年11月13日

第1回 膨大な情報、適切に選択

毎日新聞 2017年4月23日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


中山さんが開設したサイト

健康を決める力(http://www.healthliteracy.jp/)


 子供の頃、ぜんそくやへんとう炎でよく学校を休みました。家では、ミミズの煎じ薬を鼻をつまんで飲みました。数年前、母親にあなたミミズ好きだったわねと言われて、ショックでした。何も決められない自分がいました。それでも、胸に手を当てるとゼーゼーが楽になる気がしました。

 中学では、誘われるままサッカー部に入りました。クタクタで帰って寝てしまうので、体が弱いのだからやめなさいと言われました。それでも学校を休まなくなり、もう自分で決めていいのではと思いました。

 大学では、就職が全く決められず、誘われるまま大学院に進みました。その頃、女性に「ほんと決められない人ね」とグサリ。胸に手を当てて考えました。

 そんな私は、ヘルスリテラシーを研究しています。それは健康や医療の情報を入手し、理解し、評価して、適切に決められる力です。自分にないものを研究することは、意外にあることです。決められる人は、決めればよいだけですから。

 リテラシーとは読み書き能力のことですが、社会に参加して、自分の潜在的な力を引き出して自己実現できる力で、人間の尊厳を表すものです。健康情報の読み書きでも同じで、ヘルスリテラシーは健康や生命と密接につながっています。

 ヘルスリテラシーが注目される理由は、専門化が進んで選択肢や情報が増えた中で、それが低いと健康状態がよくない、それが健康格差の要因であることが明らかになってきたからです。今や途上国を含めて、私たちの健康を決めている最大の要因は、ライフスタイルや行動の選択です。そのため、生活習慣病の予防や、その進行を抑えるための選択肢や情報が増え続けています。わかりやすくて信頼できて自分に合った情報がないと、適切に決められないのです。

 私たちの調査では、日本人のヘルスリテラシーは、欧州8カ国やアジア6カ国と比較して最も低いものでした。理解できたとしても、判断したり決めたりするのが難しい傾向がありました。決められないのは私だけではないようです。これらは個人の能力だけではなく、環境にもよります。

 自分の人生について、胸に手を当てて、心の声を聴いて、自分で決められれば幸せだと思うようになりました。そのためヘルスリテラシーを「健康を決める力」と呼びました。私たちは、まだまだ学ぶ必要があるようです。その手助けのためにサイトを作りましたので、ぜひご覧ください。

次回は5月28日掲載

第2回 多くの選択肢確保を

毎日新聞 2017年5月28日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


意思決定例

意思決定例


 小2の時にバスにはねられました。いつもは学校前の歩道橋を渡っていたのに、歩道橋と横断歩道のない下の国道を渡るのと、どちらが早いか友達と競争になったのです。言い出しっぺが先に歩道橋の方に走って行って、いつの間にかゲームは始まり、気がついたら病院でした。

 何も決めた覚えはありません。「決める」とは「意思決定」とも呼ばれます。それは行動する前に二つ以上の選択肢から一つを選ぶことです。私に残された選択肢は下の道路だけでした。意思決定できない中で、命を落とすところでした。

 人生は流れにまかせてきたという方はいませんか。私もその口ですが、自分で決めたつもりでも、実は選択肢が一つしかなかったのかもしれません。それでも「これでいいのだ」とわかったような顔で受け入れてきたことも少なくないように思います。小さな頃から、複数の選択肢を探す意識を持たないと、意思決定が苦手になるのでしょう。

 特に大事な意思決定の場面で、後悔しないようにするには、相応の数の選択肢が必要でしょう。よりよい意思決定のためには、可能性のある選択肢をすべて入手すること、くれぐれも途中で選択肢を消さないことが大事です。以前、看護の方々を前にした講演で「結婚相手を探しているなら福山雅治さんを遠慮しないで選択肢に入れてください」と話しました。選択肢に入っていれば、たとえ見込みが低くても、チャンスは残されています。そして、いつでも消せるのです。

 例えば、医師に「あなたの場合、手術か抗がん剤治療......そんなところですね」と言われた場合、医師の考えで選択肢が消されているかもしれません。患者の意思決定を尊重する医師なら「手術か抗がん剤治療、放射線治療、ホルモン療法、代替療法、少し様子を見て経過観察、があります。それぞれの長所と短所は○○と××......」と言ってくれるでしょう。もし「もうできる治療はありません」と告げられても、選択肢なしで意思決定はできません。自分の前にすべての選択肢がそろっているかを医師に確認する必要があります。

 情報とは意思決定に必要なもの。意思決定をするのは情報の提供者ではなく、受け手です。受け手中心の信頼できる情報とは、選択肢のリストとそれぞれの長所と短所の説明によって、意思決定を支援するものです。選択肢を消すのは、すべての選択肢をよく理解して、胸に手を当てて、何が大事かを決めた後です。

次回は7月2日掲載

第3回 選択の自由 幸福感に

毎日新聞 2017年7月2日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


 高校1年生の終わりに、友人と署名運動を起こしたことがあります。理系と文系のクラス分けを3年から2年に早めるという決定に対する抗議でした。寝耳に水で、すぐには決められない(文系女子と離れたくない......)という思いからでした。しかし、結局は失敗に終わりました。インターネットがない時代の16歳にとって、職業選択につながる意思決定を急に強いられるのは、ハッピーな経験ではありませんでした。

 内容は違いますが、健康情報をもとに意思決定できる力であるヘルスリテラシーは、日本では高くないというのが私たちの調査結果です。では、どの国が高いかといえば、15カ国・地域の調査ではオランダでした。オランダでは、利用者満足度第1位の在宅ケア組織ビュートゾルフが広く普及しています。看護師である創業者によれば、その根底に「自分の人生の中で起きるいろいろなことについて自分で判断して決定できれば、自分の人生に自ら影響を与えられるし、より幸せな人生を送ることができる」という信念があるそうです。選択の自由を重視し、そのために必要な情報を提供する。情報の公開度は世界でトップクラスです。

 世界の幸福感の調査によれば、人生の選択の自由度が高い国ほど幸福感が高い傾向にあることがわかっています。オランダが人生の選択の自由度とともに幸福感も世界の上位なのに対し、日本の幸福感は先進国では低めで、人生の選択の自由度は最低ランクです。

 保健福祉の例をあげれば、少子化に関連して「非正規雇用で結婚できるか」「結婚して姓を選べるか」「結婚しなくても子供を産めるか」「仕事と子育てを両立できるか」などがあり、また、喫煙は、死因1位であるがんに関する予防可能な最大の原因ですが、これも世界の国並みに「飲食店で受動喫煙をしなくて済むか」があげられます。


ヘルスリテラシーの平均点

 私たちは、選択の自由が無い状況が健康と幸福感に影響していることに気付く必要があるようです。その原因を知って、それを変えるために意思決定して行動できる力、すなわちヘルスリテラシーが求められます。受動喫煙については、「#たばこ煙害死なくそう」などの数々の署名運動が展開されています。私も賛同して参加をしています。

 高1の終わり、私たちは集めた署名を抱え先生たちと交渉に臨みました。しかし、校則を盾にした先制攻撃を受けて沈黙し、すごすごと撤退してしまいました。後で聞いた話ですが、先生たちは、もしあの時きちんと署名を手渡されていたら対応に困ってしまっていたそうです。一人一人の思いを声にして届けることの大切さを学んだのでした。

次回は8月6日掲載

第4回 その情報、信頼できる?

毎日新聞 2017年8月6日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


いなかもち

 健康情報をネットで調べる授業で、顔のしわ取りなどで注射する「ボトックス」(芸能人で利用が多いとか)に関する発表がありました。検索結果には美容医療の広告サイトが並び「安全性」を追加しても結果は変わりませんでした。

 ヘルスリテラシーとは、健康や医療の情報を入手し、理解し、評価して、適切に決められる力で、スタートは情報の入手です。信頼できる情報源がなければ、その力も発揮できません。そこで私たちは昨年、全国の約1000人を対象に、情報源に関する調査を行いました。今後、必要になったら必ず利用したい情報源として、断然トップの約8割が選んだのは、グーグル(Google)などの検索サイトでした。厚生労働省や研究所などの信頼できるサイトも選択肢にあげましたが、1~2割しか選びませんでした。誰もが知るような、ここぞというサイトは無いようです。

 しかし検索サイトで上位にヒットしても信頼できる保証はありません。昨年、医療サイトの不正確な記事が問題になったように、質が低くても、工夫で上位に出せるのです。その工夫をSEO(検索エンジン最適化)対策と言います。逆にこれが不十分だと、税金を使って専門家らが一般市民向けに作成したサイトも見てもらえません。以前、学会で専門家らにSEO対策の必要性を述べましたが、「それは何ですか」という反応でした。存在が知られていない上、表示の順序のしくみは非公開なので素人には理解が難しいのです。

 では、検索で見つかる情報の信頼性をチェックする方法はないでしょうか。私の大学のプロジェクトで「い・な・か・も・ち」という方法を考案しました=表。「いなかも」は20年前に米国医師会が、患者がネットを通じて、医療者並みの医療情報を得る際に不可欠、と提示した4条件と同じです。文字を入れ替えると、「か・ち・も・な・い」(確認しないと情報に価値もない)になります。

 しかし、なぜ患者や市民がこのような努力をしなければならないのでしょう。授業では「botox」と英語で検索してもらいました。すると米国立医学図書館が国民向けに、わかりやすく医療情報を提供するサイト「MedlinePlus」(メドラインプラス)がヒットしました。その用途や副作用の簡潔な説明、関連する学会や組織による解説、ビデオ、論文などの情報源が入手できます。日本には、このようなサイトがありません。この違いを見るたび、眉間(みけん)のしわが深くなります。

次回は9月10日掲載

第5回 元ネタは同じでも

毎日新聞 2017年9月10日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


メドラインプラスの健康情報の質の指針

 日本では、新聞や雑誌、テレビを信頼している人の割合が、他の国より突出して高いことが知られています。最近の「世界価値観調査」によれば、米国が2割ほどなのに対し、日本が7割以上です。

 このためでしょうか、私たちの調査では、健康情報の信頼性を確認する「いなかもち」--(1)いつ(2)なんのために(3)書いた人は誰(4)元ネタは(5)違う情報との比較は--が、日本では半分も実行されていません。確認個数が最も多かったのは「0」で、4人に1人の割合でした。そこで「いなかもち」を複数の新聞に取材してもらい、その報道のされ方を比較してみました。

 元ネタは同じでも、新聞社によって確認するポイントや掲載内容が違いました。ある新聞では、見出しが「ネットの医療情報、4人に1人がうのみ」となっていました。インパクトはありますが、もっと軟らかい表現を想定していました。

 別の記事では健康情報を見極め意思決定する力である「ヘルスリテラシー」の名付け親が私になっていました(名前が似ていてもiPS細胞を名付けた山中伸弥教授のようにはいきません)。いかに元ネタの編集と確認の違いが記事の違いにつながるかがわかりました。

 では新聞やテレビを信頼しない国では、何が信じられているのでしょう。米国には世界中の医学系論文すなわち「健康情報の元ネタ」を集めたデータベース「メドライン」があります。国が税金を使った情報は国民の資産という考えから、1997年にインターネットで無料公開されました。当初は専門家より一般市民が自分や家族・友人のために利用したそうです。信頼できる元ネタの需要が高いことがわかり、翌年、一般向けの「メドラインプラス」ができました。元ネタに詳しい医学図書館員らの知恵を集めたそうです。

 そこでは、健康トピックが簡潔に解説され、専門情報にリンクが張られています。リンク先は国の研究機関が中心ですが、それ以外の優れた情報も提供するため、指針を設けています(表)。例えば情報源の名簿は公開が原則で、その名前を検索して発表論文を確認できます。さらに広告なしの無料公開などの条件もあり、これらを満たす情報だけが掲載されます。

 開始当初は米国でもネットの健康情報の信頼性を確認した人は少なかったそうです。だからこそ厳しい指針をクリアした信頼できる情報源を作ったのです。みなさんは何を信じますか。

次回は10月15日掲載

2017年11月17日

第6回 信頼できる情報、どこに

毎日新聞 2017年10月15日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


 子どもが幼い頃、腕から床に落ちて、肘が曲げられなくなることがありました。これは以前、仲のいい先輩の子どもがなって驚いたという肘内障(ちゅうないしょう)かも、と思いました。肘が抜けたような状態で、先輩からは「『子ども 腕 だらり』で検索するとわかるんだよ」と聞いていました。

 それでも医者に診せた方がいいと思って、もう夜でしたが、何とか病院を見つけて受診しました。ところが専門外の医者でレントゲンでもわからず、帰ってきてしまいました。このままにはできないと思い、ネットで見つけた図やビデオを見比べて試したところ、元に戻すことができました。危なっかしい話ですが、感動して、その後も何度か治した記憶があります。これも、たまたま聞いていたから探せたわけで、そうでなければ、かわいそうに、小児科を受診するまでそのままにせざるを得なかったでしょう。

 やはり健康情報というのは今すぐに欲しいものです。すぐに受診できなかったり、受診しても解決しなかったりする場合は特に、インターネットが役に立つことが望まれます。しかしどうも、日本では、健康情報を見つけるのが難しいようです。私たちの調査では、気になる病気の症状や治療、心の健康問題に関する情報を見つけるのが「難しい」と答えた割合は、5割前後でした(表)。病気の予防に関する情報や生活習慣の改善の情報でも3~4割です。健康情報を入手し、理解し、評価して、適切に決められる力であるヘルスリテラシーが欧州8カ国の調査で最も高かったオランダでは「難しい」は1割前後しかなく、大きな差がありました。オランダでは多くの人が英語を使えて、米国立医学図書館のメドラインプラスへのアクセスが多いというデータもあります。

 見つけるのが難しい中で、多くの人がネットで検索していて大丈夫なのでしょうか。以前、ネットで健康情報を調べたことで問題が発生したと思われる事例がないかと、Q&Aサイトに寄せられた質問を検索しました。最も多かったのは、ネットで調べるほどわからなくなったり、不安が増したりするといった「新たな情報でかえって混乱する」という事例でした。その次は「見つけても理解できない」「探しても見つからない」でした。  この状況では、英語を勉強するか、ネットの翻訳機能を活用するのが早いでしょうか。ちなみに肘内障は英語でnursemaid's elbow(子守の肘)と言います。子どもの腕を強く引くとなるからのようです。わかりやすく混乱しない健康情報へとやさしく腕を引いてもらいたいものです。

次回は11月19日掲載


健康情報を見つけるのが「難しい」と回答した割合の比較

●気になる病気の治療に関する情報を見つけるのは
日本:53.3% オランダ:12.3%

●ストレスや抑うつなどの心の健康問題への対処方法に関する情報を見つけるのは
日本:52.9% オランダ:22.0%

●気になる病気の症状に関する情報を見つけるのは
日本:46.1% オランダ:7.5%

●受けなくてはならない予防接種や検診に関する情報を見つけるのは
日本:40.1% オランダ:11.6%

●太りすぎ、高血圧、高コレステロールなどの予防法や対処法に関する情報を見つけるのは
日本:34.7% オランダ:6.3%

●喫煙、運動不足、お酒の飲み過ぎなど不健康な生活習慣を改善する方法に関する情報を見つけるのは
日本:28.3% オランダ:2.8%

2017年11月21日

第7回 情報をどう見極める?

毎日新聞 2017年11月19日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


 7年前に、新聞社からメディアの健康情報の見極め方について初めて取材を受けて、記事が掲載されました。記事では、ちょうど開設したばかりのサイト「健康を決める力」を紹介してもらいました。健康情報を入手して活用する力であるヘルスリテラシーについて解説したサイトです。ところが、記者の方から、メールで「近くのページに『○○が××に効く』という怪しげな広告が載ってしまいました」と連絡がありました。記事が果たして広告を見る上で役に立ったのかが気になりました。

 そしてちょうど1年前、医療サイトの不正確な記事が問題になって、たくさん取材がありました。騒動をどう思うか、どう対処すればよいかという取材でした。ネットの健康情報については以前から似たような状態だったので、問題にならないと注目されないことがよくわかりました。

 取材に来る方は「健康を決める力」を見てという方が多く、中には「読んでファンになりました。お会いしたかったです」と言う方もいました。「信頼できる情報」とは科学的根拠(エビデンス)が明確な情報を指すことなどをわかりやすく説明してありますが(図)、日本ではそのような内容の市民や患者向けのサイトが少ないからだと思います。

 取材では、すぐに使える見極めの技を求められがちですが、工夫はできても、本来は子供の頃から身に着けておくべき力です。なかなか急には難しいです。ある医学部の3年生を対象にした調査でさえ、結果は決してヘルスリテラシーが高いとは言えませんでした。彼らの感想は、学ぶ機会がなかったというものでした。

 ヘルスリテラシーは、個人の能力と環境の相互作用でつくられます。信頼できる情報を手に入れるのが難しい環境だと、その能力は身に着けにくく、逆に能力が低くても、容易に手に入れられる環境であれば身に着く機会が増えます。

 では、情報が入手しやすく学びやすい環境に変えるにはどうしたらよいのでしょうか。実はヘルスリテラシーは、自分個人のためだけでなく周囲や社会に働きかける能力でもあります。情報を求めても得られない、わかっていても行動に移せる環境ではないという理由で、あきらめて沈黙している方はいないでしょうか。たとえ不利な状況に置かれても沈黙するのではなく、環境を変えるために行動できる能力もヘルスリテラシーです。  最近また、取材の依頼がなくなりましたが(飽きられた?)、健康情報の見極め方はどれほど普及したでしょうか。喉元過ぎれば、では環境は変わらないです。

次回は12月24日掲載



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「信頼できる情報とは何か」 『健康を決める力』より

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