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2018年7月 アーカイブ

2018年7月 3日

第12回 「選択肢は一つ」は疑え

毎日新聞 2018年5月27日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


医療機関ネットパトロール

「医療機関ネットパトロール」のサイト画面


 今年の米国アカデミー賞を受賞した辻一弘さんのメークが話題になった映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」を見ました。第二次世界大戦で英国が窮地に陥り、チャーチル首相が意思決定を迫られた時の話です。ヒトラーと戦うか和平交渉かという選択肢から一つを選ぶ作業です。国民の生命と誇りのどちらが大事か、という価値観が問われた難しい意思決定でした。

 彼の妻の言葉「迷いがあるから賢くなれる」が印象に残りました。英語のセリフは「You are wise because you have doubts」でした。「doubt」は辞書を調べると最初に「疑い、疑念」とあり「疑うからこそ賢い」とも訳せます。さらに「疑いは、知の始まりである」というデカルトの言葉が載っていました。目前に一つの選択肢しか見えない時にそれを疑い、他の選択肢と比べることの大切さです。

 チャーチルはヒーローになりましたが、それはあとになって思えばであって、多くの犠牲者を出したことからも、別の選択肢だったらという意見もあるようです。人は結果を知ると「そうなるとわかっていた」と思いやすい傾向があります。結果を知らなければ、予測できなかったはずなのに、記憶がゆがめられます。これは後知恵バイアス(偏り)、結果論とも呼ばれるものです。本来、意思決定が正しかったかどうかはそのプロセスの適切さ、すなわち選択肢をきちんと比較したかで評価すべきです。

 健康に関する意思決定ではどうでしょう。世間には一つの方法を選んだ結果「これでよくなった」「これでやせた」と紹介する情報があふれています。ようやく、来月1日から、医療機関のウェブサイトが広告として規制されます。虚偽や誇大表示はもちろん、体験談も禁止です。疑わしいサイトを厚生労働省「医療機関ネットパトロール」(http://iryoukoukoku-patroll.com/)に通報できます。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やブログ全盛の現代では、結果論のような記事や書き込みが後を絶ちません。求められるのは、一つだけの情報を疑い、別の情報と比較して決める力です。  次回のコラムは、サッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会の1次リーグ終了後です。「1次リーグは突破するとわかってたよ」と思わず言ってしまえることを期待します。

次回は7月1日掲載

第13回 どんなものにも光と影

毎日新聞 2018年7月1日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


運動不足による肥満の場合の検証バイアス


 サッカー・ワールドカップ(W杯)では日本が決勝トーナメントに進むと思っていました(前回紹介した後知恵バイアスです)。初めて決勝トーナメントに進んだ2002年の日韓大会を思い出します。生きている間に二度と日本では開催されないと決め込み、ネットでのチケット発売では、パソコン操作の技を編み出して何試合も観戦できて(日本戦はダメでした)夢のようでした。

 しかし、サッカーには良い思い出ばかりではありません。学生の頃は下手だった上に、高2の時の部活の試合中に頭をぶつけてけいれんを起こし(覚えていません)、救急車で運ばれた(乗る時に意識が戻り「大げさじゃないか」と言ったのを覚えています)のをきっかけに、やめてしまいました。

 健康のために草サッカーなどすればよいのに、どこか抵抗がありました。「運動なんて体に良くないよ」という昔聞いた体育の先生の言葉(かなり激しい運動の話でしょうが)を持ち出して言い訳に使ってしまう自分がいます。健康関連のニュースは毎日チェックしていますが、健康に効果のある"最低限の"運動の研究に目が向きがちです。

 人には自分の主張や思い込みを支持する情報や、自分に都合のいい情報ばかり集めて、自分の主張を強化しようとする傾向があります。これを確証バイアスといいます。身近な人に「周りの赤いものを全部メモして」と指示して、目を閉じてもらい「青いものは何があった?」と聞いてみてください。見たいものだけを見て、見たくないものは見ていません。医師の診断でも自らの仮説を支持するデータを集めたり、仮説に沿うようにデータを解釈したり、仮説を否定するような検査を避けたりすることがあると報告されています。

 ヘルスリテラシーをテーマにしたある講演の終了後に「自分が信じたい情報ばかり探してしまいますがダメですか」と質問されました。この方は確証バイアスを自覚されていました。私は「人には偏見や期待があって、それに沿って考えてしまう傾向があります。だから長所だけの情報や短所だけの情報は要注意です。どんなものにも光と影があります。選択肢を並べて、信じたいものの短所と信じたくないものの長所を十分理解しているか確認しましょう」と答えました。

 私も見たくないものは見ないようにしがちです。サッカーをしていた頃とは大違いのおなかを見る時、へこませる癖をやめたいです。

次回は8月5日掲載

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