4.コミュニケーションと意思決定

ヘルスリテラシーとは

4.コミュニケーションと意思決定

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1.リテラシーと情報リテラシー

 リテラシーという言葉は元々、〝letter〟=「文字」を由来としていて、文字についての読み書き能力を表しています。昔の経典や聖書のように、すべての文字がとてもありがたいものであった時代には、ただそれを読めて理解でき、さらに書いて人に伝えられるという能力が大切だったでしょう。ここでは読んで「理解する」力さえあればよかったわけです。
 ところが、社会の多様化とともに情報化が進展し、これだけ情報が手に入る時代になると、それを全部読んで理解することなど不可能です。要するに、ありがたい反面、情報が多過ぎるのです。さらに、個人個人の価値観が重視されるようになり、個別性の高い情報が求められるようになりました。そこで必要になる力は、自分に必要な、自分に合った適切な情報を探して「得る」力です。
 そのような情報はどこで手に入るのでしょうか。探すのは簡単でしょうか。探している最中に見つけた情報は、もし、その内容を理解できたとしても、信頼できるかを評価して、選別しなくてはなりません。そこでは「評価する」力が必要になります。そうして、信頼できる情報が手に入ったとして、今度はそれを活用できるかどうかです。活用するとは、そこで何らかの意思決定をして行動に移すことです。それができなければ情報は何の役にも立ちません。ですから「意思決定する」力が必要なのです。このような、情報を「得る」「理解する」「評価する」「意思決定する」という4つの力を、情報リテラシーと呼ぶことができます。

2.ヘルスリテラシーとは?

1)ヘルスリテラシーの定義

 そこで、ヘルスリテラシーとは何かといえば、「健康情報についての情報リテラシー」を指していることになります。この見方を含めて、最近報告された、それまで多くあった定義を整理してまとめた定義について、紹介します。

 健康情報を獲得し、理解し、評価し、活用するための知識、意欲、能力であり、それによって、日常生活におけるヘルスケア(医療)、疾病予防、ヘルスプロモーションについて判断したり意思決定をしたりして、生涯を通じて生活の質を維持・向上させることができるもの[1]

 ここでは、4つの能力にまとめられ、それは3つの領域にわたるとしています(図1)。

 

ヘルスリテラシーの4つの能力と3領域

図1 ヘルスリテラシーの4つの能力と3領域

 それぞれの内容について図1に示しました。例えば、ヘルスケア領域での4つの能力は、医学的臨床的問題の情報へのアクセス能力、医療情報を理解し意味を引き出す能力、医療情報を解釈し評価する能力、医学的問題に対して情報を得た意思決定(Informed Decision)をする能力としています。このレビューでは、ヘルスケア(医療)領域のほかでは、疾病予防とヘルスプロモーションの2つを区別しているところが特徴的です。疾病予防が、個人のリスクファクターに焦点が当たっているのに対して、ヘルスプロモーションは、健康を促進する方向に焦点を当てています。ヘルスプロモーションにおける健康問題は、社会的経済的な状況によって健康が決定されている状況を含んでいて、どのように社会や環境を変える必要があるのかを知り、変化のための活動に参加できる能力、すなわちNutbeamのいう批判的ヘルスリテラシーが含まれています。
 このように、情報を得て、理解し、評価して、利用するという4つのプロセスをもとにしてその流れを図2にまとめてみました。そもそも情報を得るためには、情報源を知り、探すプロセスもありますので、それらも追加しています。また、情報を基に意思決定して、適切な行動に移すことで健康に結びつく必要もあります。こうして、ヘルスリテラシーは、情報に基づいた意思決定により「健康を決める力」と言えると思います。


健康を決める力のプロセス
                  図2 健康を決める力のプロセス



2)ヘルスリテラシーに種類がある

(1)周囲の環境によってはよりレベルの高いヘルスリテラシーが必要に

 また、ヘルスリテラシーには、そのほかにもいくつかのレベルや次元があるという意見もあります。Nutbeamは、ヘルスリテラシーには3つのレベルがあるとしました[2]。基本的なものからより高度なものまで、つぎの3つがあるとしています。

1機能的(functional)ヘルスリテラシー

 日常生活場面で役立つ読み書きの基本的能力をもとにしたもので、健康リスクや保健医療の利用に関する情報を理解できる能力。

2相互作用的(interactive) ヘルスリテラシー

 より高度で、人とうまくかかわる能力(ソーシャルスキル)を含んだもので、日々の活動に積極的に参加して、様々な形のコミュニケーションによって情報を入手したり意味を理解したりして、変化する環境に対しては新しい情報を適用できる能力をもとにしたもの。サポートが得られる環境において発揮できる個人の能力であり、知識をもとに自立して行動でき、とくに得られたアドバイスをもとに行動する意欲や自信を高められる能力。ほとんどが集団のためでなく、個人のための能力である。

3批判的(critical)ヘルスリテラシー

 情報を批判的に分析し、この情報を日常の出来事や状況をよりコントロールするために活用できる能力をもとにしたもので、健康を決定している社会経済的な要因について知り、社会的政治的な活動ができる能力。

 これらを言い換えると、機能的ヘルスリテラシーが情報を受ける、いわば受け身な立場でそれらの情報を理解できる能力で、相互作用的ヘルスリテラシーは周囲の人々とうまくコミュニケーションができること、いわば、サポーティブな環境の中でうまく立ち回れる能力で、批判的ヘルスリテラシーは、周囲の人々や環境を変える必要があるときに必要な情報をうまく活用し変えることができる能力といえるでしょう。健康情報が理解できても、行動に移すためには周囲の協力が必要なこともあります。そのために、周囲の理解を求めて協力してもらえればいいですが、そうではないときには周囲を変えていかないと実現しないわけですから、3つのヘルスリテラシーを備えていく必要があることはよく理解できることです。



(2)科学、市民、文化の次元を考えた4次元のリテラシー

 Zarcadoolasらによって提案された4つの次元からなるヘルスリテラシーのモデルを紹介します[3]。具体的にどのような能力なのかを別の角度から説明してくれていて参考になります。

1基本的リテラシー(fundamental literacy)

 まず、基本的リテラシー(fundamental literacy)は、読み書き、話すこと、計算能力を意味します。情報を得るための基礎となる能力として重要です。
 いくら識字率が高くて、基本的リテラシーが高くて、健康関連の用語は専門用語や特殊な表現が含まれることから、理解が難しくなる傾向があります。特に、高齢化、医療の高度・複雑化が進むにつれ、ヘルスリテラシーの差が広がることは、健康格差につながる可能性があるため、日本でも基本的リテラシーの現状を把握し、現状にあった対策を講じていく必要があると思われます。

2科学的リテラシー(scientific literacy)

 科学的リテラシー(scientific literacy)は、科学の基本的知識、技術の理解の能力、科学の不確実性(将来のできごとを完全に予見できないこと)への理解を意味します。科学的リテラシーが重要となる背景には、急速な科学の進歩があります。よりよい健康を維持するためにはこれまで以上に複雑な健康関連の用語やエビデンスを理解することが必要となり、そのためには、からだや病気についての知識や、確率やリスクについての知識も必要となってきています。
 また、科学的リテラシーを身につけるということは、科学の知識や健康関連の用語が理解できるだけではなく、それらを他のヘルスリテラシーと統合させて健康のためのよりよい意思決定につなげることを意味します。
 科学的ヘルスリテラシーは、日々の生活が科学や技術の発展の上に成り立っていることを理解することでもあります。日常生活に科学が密接に関係していて。科学が重要であることを知り、科学に対し積極的な関心や楽しさ、好奇心を持てるようになることによって、科学的なリテラシーを高めることにつながると考えられます。科学的リテラシーを高めて健康を維持できるよう、科学に関する知識や科学的なスキルをつけるとともに、科学への探求心、自信、科学を学ぶ意義や楽しさ、科学に対する興味・関心も高められるような教育や支援体制の整備も期待されます。

3市民リテラシー(civic literacy)

 市民リテラシー(civic literacy)は、市民が公の問題を意識し、意思決定過程に参加する能力であり、以下のようなカテゴリーが含まれます。

新聞やテレビなどのマスメディアの情報を理解・活用できる力(メディアリテラシー)

人々が交渉して政府と市民が話し合って政策を決めることについての知識

個人の健康に関する行動や選択がコミュニティや社会の人々の健康状態に影響することの認識

 市民リテラシーは、健康を取り巻く問題が複雑化している傾向や、健康課題に対して病院の医療者からだけでなくコミュニティレベルでの取り組みが必要になっている現状から、今後ますます重要なコミュニケーション能力であると考えられます。
 例えば、病院にかかる場合などは、医師や看護士など医療従事者や病院職員の職務の内容・役割を知り、具体的な疑問を誰に尋ねたらいいのかを知って行動できること、自分の主張を医師に伝えたり、別の治療方法について尋ねたりできること、また、医療の選び方、利用の仕方を知っていることなども市民リテラシーに当てはまるでしょう。さらに、保険のシステム(例えば、保険診療では医療行為は定められた診療報酬点数に基づいており診療内容に制約があり審査を受ける、診療費用は患者の一部負担以外は保険者(健康保険組合など)が負担している、など)について知っていることも同じく市民リテラシーと言えるでしょう。
 日本の健康政策としては、2003年には健康増進法が施行され健康維持は国民の義務となりました。このような日本での現行の制度に対し、私たちが健康で幸せに暮らせるために今後の制度がどのようであることが望ましいと考えられるのか、市民として関心を持ち判断し、政策決定過程に関わっていく姿勢も必要であると思われます。

4文化的リテラシー(cultural literacy)

 文化的リテラシー(cultural literacy)は、健康情報を解釈しそれに基づいて行動するために、文化、つまり集団の信念、習慣、世界観、ある集団に自分が属しているという感覚(社会的アイデンティティ)を認識し、活用する能力を意味します。ここでの「文化」とは国の違いではなく、人々がどのように自分たちを位置づけているか、価値、認識、行動が誰に同一であると感じているかというような、ヘルスリテラシーが関係するより広い範囲での「文化」が想定されています。
 私たちは所属する集団で共有する言語、行動様式、信念などの文化にしたがって意味を共有しています。さらにこのような集団的な信念や世界観は、健康情報の解釈やそれに基づく行動にも影響しています。
 他方、他者とのコミュニケーションにおいては、文化的リテラシーは、あらゆる文化、階層、人種、民族、宗教の人に対して相手を尊重して効果的に応えたり、他の文化の人々にとっての健康的なライフスタイルの定義や健康に影響する文化の影響力などを理解できる能力と考えられています。
 日本でも、生まれ育った家庭や地域によって、健康に対する信念や習慣にも違いが生じていると考えられます。慢性疾患の長期的な自己管理や、地域のおける健康づくりを進める場合など、個人のライフスタイルや地域の人々の習慣などの文化的な背景を把握した上で、対象とする人々の文化に適合した受け入れやすいプロブラムを提案することが今後ますます重要になってくると思われます。また、相手の文化に合わせた用語(方言なども含めて)の使用や、アクセスしやすい情報提供方法の検討、親しみやすい人物の登用なども、文化的なリテラシーを考慮した有効な手段であると思われます。
また、保健医療の専門家は、相手の文化的背景を理解してコミュニケーションできるスキルを身につけていくことが必要です。

 上記のような、基本的リテラシー、科学的リテラシー、市民リテラシー、文化的リテラシーという4次元のリテラシーが伴われることで、私たちは健康情報が自分にとってどのように位置づくか解釈し、意思決定につなげられると考えられます。
 例を挙げて考えてみましょう。ある夫婦が授かった子どもが、障害を持って生まれてくるリスクがあることが分かったとします。医師はその夫婦に対して「15%の確率で障害を持ったお子さんが生まれる可能性があります」(科学的リテラシー)と説明し、「15%」の意味を説明するかもしれません。しかし、実際、その夫婦が子どもを出産するかどうかの決断は、そのようなリスク情報以外に、生まれてきた子どもが受ける境遇(文化的ヘルスリテラシー)や、生後受けられる医療や社会保障(市民的ヘルスリテラシー)など、実際の生活に関係するいくつかの領域における事柄を検討した上で下されると考えられます。
 このように、ここで定義されるヘルスリテラシーの4つの領域の関係は、相互に高めあったり補完しあったりするものと考えられています。



2)ヘルスリテラシーの健康への影響

 ヘルスリテラシーが低いことは、健康にどのような影響をもたらすのでしょうか。特に、機能的ヘルスリテラシー(健康情報の読み書き能力)が様々な影響を及ぼすことが明らかにされてきました。次のようなものです。

予防サービス(マンモグラフィ検診、インフルエンザ予防接種など)を利用しない

病気、治療、薬などの知識が少ない

ラベルやメッセージが読み取れない

医学的な問題の最初の兆候に気づきにくい

長期間または慢性的な病気を管理しにくい

保健医療専門職に自分の心配を伝えにくい

慢性の病気のために入院しやすい

救急サービスを利用しやすい

職場でケガをしやすい

死亡率が高い

 一方、機能的ヘルスリテラシー以外のヘルスリテラシーを測定した先行研究は少ないのですが、相互作用的あるいは批判的ヘルスリテラシーが高いことと、以下のようなこととの関連が報告されています。

ヘルスリテラシーが高い人は、健康的な行動習慣を確立している。

ヘルスリテラシーが高い人は、仕事のストレスの対処において、積極的に問題解決をしたり他者からのサポートを求める。



コミュニケーションの向上のための方法

 ヘルスリテラシーを向上させる要因にはどのようなものがあげられるのでしょうか。過去の海外の研究からは、ソーシャルサポート、家族や仲間の影響、メディア利用などがあげられています。
 コミュニケーションを成功させるには、対象のヘルスリテラシーや価値に応じて情報を提供して、それがうまく伝わったかのフィードバックが欠かせません。そのための手法として最近、注目されているものに、ソーシャルマーケティングがあります。商品を売るためのマーケティングの手法を、非営利行為のために活用したものです。対象のニーズや好み、価値観、利用しているメディアや人とのつながりなどで、対象を分けて、メッセージの内容や伝え方を変える方法です。



ヘルスリテラシーという言葉を使う意義

 最後に、ヘルスリテラシーという概念、言葉を用いる意義について述べたいと思います。まず、従来から市民や患者の持つ力への注目はありましたが、スキル、コンピテンシーなどという呼び方では、リテラシーのように誰もが持っておくべき力という意味合いが伝わりにくいでしょう。読み書きができるというリテラシー教育の保障は、社会の一員として生活するための人権の問題として考えられていますが、ヘルスリテラシーも同様です。健康である権利の保障のためには、ヘルスリテラシーは誰もが持つべき能力であるといえます。エンパワーメントという言葉も、同じ意味合いなのですが、専門家は理解できても、誰もが理解しやすい言葉ではないでしょう。また、エンパワーされた後に残るものが何かが明確ではありません。リテラシーという言葉はその普及度からも市民でも医療者でも理解しやすく、スキルとエンパワーメントの持つ両者の特徴をあらわしている点で魅力的だと思います。また、疾患や健康問題を問わないで、個々人に必要な力、共通の目標として使えます。
 さらに、その向上のために、広く、科学リテラシー、市民リテラシー、文化リテラシー、メディアリテラシーなど、多くのリテラシーの向上にかかわっている方々とつながることが可能です。これは、まさにヘルスプロモーション活動に必要なことです。また、ヘルスリテラシーを測定し、評価する意義もあります。それが測定できればその能力の成長、発達を確認できますし、向上のためのプログラムも計画、評価可能です。
 ただし、ヘルスリテラシーはすべての人が持つことが望ましいですが、残念ながらこれまでにその教育を受けられなかった人のほうが圧倒的に多く、すべての人がこれから身に付けるのは大変です。そう考えると、それが低い人は、セーフティネットとして高い人とつながっていることが保障されていることが不可欠だと思います。つながっている人を活用できることもヘルスリテラシーですし、そうしてつながっている集団をソーシャルキャピタルとしてとらえることも重要な視点だと思います。
 図にまとめたように、ソーシャルメディアをはじめ、最近はやりつつあるカフェや保健室、患者図書室など様々な人がつながる場を通して、1人ひとりのヘルスリテラシーをめぐる経験についてコミュニケーションをとることが可能になってきています。そのようなつながりを蓄積する技術が発展したクラウドやビッグデータの時代になり、情報共有はますます可能性を広げています。1人ひとりの経験や知恵を集めたビッグデータから、あらたな研究によって、さらに1人ひとりに合ったヘルスリテラシーの向上方法の発見の可能性も探れるでしょう。ヘルスリテラシーは、人々が支え合うために、つながり、学びあうというソーシャルキャピタル形成の重要な柱となっていると考えられます。

コミュニケーションと健康 図4 まとめ

文献
1)Sorensen K, et al. Consortium Health Literacy Project European. Health literacy and public health: a systematic review and integration of definitions and models. BMC Public Health. Jan 25;12:80, 2012.
2) Nutbeam, D. : Health literacy as a public health goal: a challenge for contemporary health education and communication strategies into the 21st century. Health Promotion International, 15(3), 259-267, 2000.
3)Zarcadoolas, C., Pleasant, A. F. & Greer, D. S. : Advancing Health Literacy: A Framework for Understanding and Action. San Francisco, CA: JOSSEY BASS, 2006.


                                   (中山和弘、田口良子)

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