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2020年9月21日

第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに

毎日新聞 2020年9月10日 医療プレミア

聖路加国際大教授 中山和弘


 先月、米国老年医学会が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)の中で、人と交流したり家の外での活動に参加したりするかどうかを決める「意思決定ガイド」(英語でディシジョンエイド=decision aid)を開発したという記事を見つけました。

 意思決定ガイドとは、目の前に複数の選択肢があって、どれを選んだらよいか難しい意思決定を支援してくれるツールです。海外では治療、検査、ケアなどを選ぶための意思決定ガイドがたくさん作られていて、それを用いると情報を十分理解して自分の価値観に合った意思決定ができることが検証されてきています。新型コロナで人々が直面している意思決定を支援するガイドが、すぐに利用できることは貴重なことだと思います。

 新型コロナでは、年齢や基礎疾患などで重症化のリスクが異なることもあり、特に自分が当てはまると思う人は、これまで通り気軽に出かけるわけにはいかないでしょう。地域によって感染が拡大したり外出自粛が要請されたりすることもありますし、研究で新しい発見があって推奨される行動が変わることもあります。時間の経過によって情報に変化があると、友人や家族を訪問するか、公共の場での活動に参加するかを考える上では、混乱や不安を感じても無理はありません。

 開発された意思決定ガイドは、インターネット上でPDFファイルの形で提供されていて、質問に順に回答していけば、どう行動するか考えられるようになっています。ただし、これを使う前には、マスクをつけず、距離を保っていないと、ウイルスに感染したり、他の人に感染させたりするリスクが高くなると理解しておくことが重要だと書かれています。

 一般的に、意思決定ガイドは、どんな選択肢があるか整理するところから始まり、各選択肢の長所と短所、自分にとって何が大事かという価値観を明らかにするという内容になっています。このガイドでは、まず選択肢を明らかにするため、参加しようとする活動の内容を書いた後、その機会は今後どの程度あるかという頻度について「絶対ない(今だけかもしれない)」「たまに」「時々」「しばしば」の四つから選びます。 

 そして次は、順番としては珍しいのですが、自分の価値観を明らかにするコーナーがあります。それは「新型コロナによる病気になるリスクを減らす」「他の人を新型コロナウイルスによる病気にしない」「自分の人生に意味を与える活動に参加する」「自分にとって大切な人と時間を過ごす」の四つです。それぞれについて、「まったく重要でない」が1点、「とても重要である」が10点として、1~10点のあてはまる数字に丸を付けます。

 前半二つは病気になるリスクで、後半二つは「生きがい」ともいえる内容になっています。どれも大事だからと、すべて10点にしてしまっては決められません。大事さの程度を表す価値観がいかに重要であるかがわかります。

その後に、リスクを高めるものを知り、それを減らす方法を明らかにするコーナーがあります。米疾病対策センター(CDC)や世界保健機関(WHO)が報告している、ぜんそく、肺疾患(COPD)、糖尿病など重症化するリスクの高い疾患や、喫煙といった状況など、18項目から当てはまるものにチェックを付けます。

 次に、出かける方法にチェックを付けます。徒歩、自転車や自家用車なら低いリスク、知人の車やタクシー、ライドシェア(相乗り)などは中程度のリスク、公共交通機関は高いリスクとなります。

 さらに、YesかNoかで答える質問で、リスクを高めるものが並んでいます。例えば、「そこにはたくさんの人(例えば10人以上)がいそう」「全部または一部の時間を室内で過ごす」「手洗いや消毒が難しそう」「人が歌ったり、叫んだりする(スポーツイベント、宗教的な礼拝など)」「人が運動をする」「人が食事をしたり、食べ物や飲み物をシェアしたりする」「行く予定の地域では、COVID-19の報告件数が多い」などです。Yesの数を数えて、それが多いほどリスクが高いと知らせています。  

 最後は、意思決定を支援してくれる人が誰か、自分で決められそうか、もっとサポートや情報が欲しいか、などの確認があります。注意が必要なのは、このガイドは、医療者のアドバイスにとって代わるものではなく、あくまで意思決定を進めるにあたって必要な情報を提供するものであることです。ガイドにも、そのように明記されています。

 このガイドの他にも、すでにいくつかの新型コロナ関連の意思決定ガイドが公開されています。オタワ病院研究所(Ottawa Hospital Research Institute)では、特に高齢者が、家族と一緒に暮らすか、介護施設や老人ホームなどで暮らすのかを決めるためのガイドを作成。コロラド大医学部では、病院での資源が不足している時に生命維持装置を利用するかどうかを決めるためのガイドを作成しています。これら以外にも、新型コロナ以前から開発されている終末期の延命治療をめぐるガイドなどが使えるようになっています。

 日本でも同様に、難しい意思決定を迫られる場面があるでしょう。選択肢を並べてそれぞれの長所、短所を知るプロセスを経るという意思決定のスキルが不足していたり、そもそも情報が十分でなかったりすることもあります。意思決定をするためには適切な情報に基づくプロセスがあり、それをたどって納得して決められるような情報提供と支援が不可欠です。

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