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2022年2月 アーカイブ

2022年2月28日

社会的ワクチンとしてのヘルスリテラシー

パンデミックからの回復に欠かせない社会的ワクチン



 先述したWHOのTedros氏の発言[1]の締めくくりは「今は恐怖ではなく、事実が必要な時です。噂ではなく、合理性が求められる時です。今こそ、スティグマではなく、連帯の時なのです」となっています。COVID-19においては、ヘルスリテラシーに連帯したり社会的責任を果たせる力を含める必要があります。そのようなヘルスリテラシーを身に付けるためには、国がその向上に投資し、評価して、公衆衛生環境と政策を強化する必要があると指摘されています[2]。これはCOVID-19を公衆衛生戦略あるいはヘルスプロモーションの視点で見ることで、パンデミックへの対応としてのワクチンの補完的な手段として提案されている社会的ワクチン(social vaccine)[3]と呼ばれる概念が提案されています。それは個人やコミュニティが病気に対してもろくて弱い社会的経済的状況を変えることを目的として、集団への介入を行う政府や機関の意欲を高める社会政治的なプロセスとされています。これは、ヘルスリテラシーの視点から見れば、政治・社会変化をさせる力である批判的ヘルスリテラシーとみなせるとされています[4]。  

 COVID-19は、国内および国家間の深い社会的断層を明らかにしています。貧困や不安定な雇用にある人や障害者などの社会的に疎外されている人々が、大きな影響を受けています。米国では、アフリカ系アメリカ人が白人よりも高い割合で死亡しています。多くの豊かな国々では、政府は職を失った人々や失う恐れのある人々への所得支援を行っていますが、低・中所得国ではそのような支援は受けられていません。



世界的な健康と公平性を支える4つの基本的要件

 このような社会的ワクチンは、個人ではなく集団に適用され、教育、雇用、福祉、住宅など、健康に影響を与える様々な分野に必要です。社会的ワクチンの対象は、世界の健康と公平性の実現のために4つの基本的要件を支えるものとされています[5]。


・安心できる生活
・公平な機会
・住みやすく、生物多様性を維持する地球
・公正なガバナンス


社会的ワクチンとして概念化することの利点

 健康政策への要求とその達成を社会的なワクチンとして概念化することには、いくつかの利点があるとされています[5]。第1に、社会的なものを医学の領域に取り入れることで、医学が社会で獲得してきた力を得ることができます。第2に、この比喩は、健康の社会的決定要因の政治的性質を弱め、感染症との闘いにおいてワクチンの有効性が認められていることを利用し、政策の背後にあるエビデンスにもっと注目するよう働きかけています。


 生物学的ワクチンが、その配達と有効性を確保するために効率的なサプライチェーンが必要であるように、社会的ワクチンの核となる公共政策の提供には、その発展と効果的な実施を確保するために、市民社会による多大なアドボカシー(人権擁護、主張)が必要とされています[5]。例えば、米国における奴隷制の廃止、女性の権利、公民権などのような社会運動が、効果的な社会的ワクチンの開発に不可欠であるといいます。


社会的ワクチンが未来の社会を守る予防接種になる

 COVID-19のパンデミックはいつか終息するとしても、社会的ワクチンが開発され適用されない限り、それによって浮き彫りになった不公平は残るとしています[5]。それは、健康的で公正、かつ楽しくて持続可能な新しい生活様式を可能にし、ますます不健康で持続可能性が無く平等でなくなる世界に逆戻りすることから未来の社会を守る予防接種になると指摘しています。



(中山和弘)(公開日2022年3月7日)

文献
[1]Munich Security Conference. World Health Organization. 2020 Feb 15. https://www.who.int/dg/speeches/detail/munich-security-conference/
[2]Abdel-Latif MMM. The enigma of health literacy and COVID-19 pandemic. Public Health. 2020;185:95-96.
[3]Baum F, Narayan R, Sanders D, et al. Social vaccines to resist and change unhealthy social and economic structures: a useful metaphor for health promotion. Health Promot Int. 2009;24:428-433.
[4]Okan O, Messer M, Levin-Zamir D, et al. Health literacy as a social vaccine in the COVID-19 pandemic. Health Promot Int. 2022 Jan 12:daab197.
[5] Baum F, Friel S. COVID-19: the need for a social vaccine. InSight+. Published online 2020. https://insightplus.mja.com.au/2020/36/covid-19-the-need-for-a-social-vaccine/

COVID-19によるヘルスリテラシーの第4の波

新たに求められるヘルスリテラシーへの対応


 ヘルスリテラシーを健康の社会的決定要因との関係で見ていく上で、それを第3の波のヘルスリテラシーとする見方があります[1]。

 第1の波では、医療者が適切に情報を提供しても行動変容が起こりにくいのは、対象の立場に立った提供ができていないからで、そのことをリスクファクターとします[2]。第2の波では、WHOのオタワ憲章で述べられているような、健康の公平性、平等性、エンパワーメントの観点から、個人、グループ、コミュニティが、健康の決定要因をコントロールするために必要なものとして、ヘルスリテラシーを資産(asset)として捉えます[2]。第3の波では、健康の社会的政治的決定要因に関する情報を、理解し、行動できるために必要な力に注目します。ヘルスプロモーションにおける政治的エコシステムすなわち健康の決定要因として個人のライフスタイルの選択の背景にある"原因の原因"への新たな認識を必要とするものです。これはWHOの健康の社会的決定要因委員会の提言と同じであり、誰もが健康の専門家であり、健康の民主化すなわちすべての人々の意思決定で社会の健康か作られることへの着目です[3]。


 それに加えて、COVID-19のパンデミックによって、さらに第4の波を見る必要があると提案がされています[4]。今求められるヘルスプロモーションのための対策は4つとされます。

それは、
・科学的リテラシーの向上、
・インフォデミックへの対応、
・健康データ抽出への対応、
・ヘルスリテラシーの政治的側面への対応
です。


対策1.科学的リテラシーの向上

 1つ目は、このパンデミックはいかにヘルスリテラシーが、その基礎となる数的能力であるニュメラシーや科学的リテラシーを必要としているかを明らかにしたとしています。連日、COVID-19 に関する様々な数値が報道されましたが、政治家を判断する材料となる国内外での比較には、発生率、死亡率、指数関数などを理解する必要があります。また、個人とコミュニティの健康を守るには、普段からの備えや予防が重要であるという公衆衛生の基本的な知識が必要です。これらの子どもの頃からの教育がより重要になったと考えられます。とくに政治家など重要な意思決定者の特に公衆衛生的介入に関するヘルスリテラシーの欠如は、COVID-19パンデミックの決定要因の1つであるとしています。


対策2.インフォデミックへの対応

 2つ目のインフォデミックへの対応においては、ソーシャルメディアなどで病気の発生時に誤った情報や誤解を招くような情報を含む情報が氾濫するという現象が、政治的意思決定に不信感を抱かせるなどして、不適切な行動を引き起こすなどして健康の主要な決定要因になっていることを指摘しています。例えば反ワクチン団体が活用するエコーチェンバー現象(自分に似通った考えの人々とのコミュニケーションに閉じこもった状況)について触れています。虚偽の情報の拡散は、民主主義が世界的に脅かされている中では、健康が新たな方法で政治化されて危険だとしています。

対策3.健康データ抽出への対応

 3つ目の健康データ抽出への対応については、デジタルヘルスリテラシーは、新たな批判的ヘルスリテラシーを必要としていると指摘しています。ウェブやアプリなどで個人が健康のために行った情報収集ややりとりしたデータがソーシャルメディアの企業に利用されているためです。イスラエルがファイザーに集団免疫の研究データのためのワクチンの提供を受けたことをあげ、健康データ以外にも様々なデータが抽出されていて、自分自身とプライバシー権をどのように保護できるかを理解する必要があり、子どもにもそのことを教える必要があるとしています。


対策4.ヘルスリテラシーの政治的側面への対応

 4つ目はヘルスリテラシーの政治的側面への対応です。このパンデミックは、デジタルソリューションを推進し、デジタル診察の増加のような有益なものをもたらした反面、デジタルトラッキング、予防接種や陰性証明を示すデジタル証明書、人権やプライバシーへの懸念など、それらの使用は激しい政治的議論の対象であるとしています。情報やデータが制限や規制なしに国境を越えて、グローバルな側面を持ち、特に国境を越えた反ワクチン接種キャンペーンを用いて、ヘルスリテラシーがいかに政治的になっているかに注目しています。
ヘルスプロモーションにとって、ヘルスリテラシーをこれらの新しい政治的側面とともに再検討することは、「Health in All Policies(全ての政策に健康の視点を)」を新しい次元に拡大して、それに伴う政治的課題を引き受けることだと締めくくっています。


 これら4つについて共通しているのは、この10年の世界的なソーシャルメディアの普及を伴うデジタル化による情報とコミュニケーションの変化の影響です。その便益と共にリスクを抱えている状況を、グルーバルな視点から、保健医療のみならず、家庭や地域、学校、企業、政治が共にヘルスリテラシーのために行動を起こす必要があることを意味しています。


(中山和弘)(公開日 2023年3月7日)

文献
[1]De Leeuw E. The political ecosystem of health literacies. Health Promot Int. 2012;27:1-4.
[2]Nutbeam D. The evolving concept of health literacy. Soc Sci Med. 2008;67:2072-2078.
[3]CDSH. Closing the Gap in a Generation: Health Equity through Action on the Social Determinants of Health. Final Report of the Commission on Social Determinants of Health.2008. http://whqlibdoc.who.int/publications/2008/9789241563703_eng.pdf
[4]Kickbusch I. Health literacy--politically reloaded. Health Promot Int. 2021;36:601-604.

ヘルスリテラシーとCOVID-19への対応に求められる「か・ち・も・な・い」と胸に「お・ち・た・か」

意思決定スキルが低い日本人

 日本においても、ヘルスリテラシーはCOVID-19への対応に必要であると考えられます。しかし、筆者らの調査によると、日本人のヘルスリテラシーは、欧州と比べて健康情報を入手、理解まではできても、情報を評価し意思決定するのが難しいという結果でした。この背景には、「情報に基づく意思決定(informed decision making)」が根付いていない可能性があげられます。海外の保健医療関連の公的サイトや論文では、この言葉をゴールとし、それを保証することの重要さが提示されているが日本で見ることは少ないと思います。



頻繁に変化する情報の信頼性を適切に評価して意思決定できるスキル

 そのことは情報の利用方法にも表れていると考えられます。日本人がよく利用する健康情報源は、テレビや新聞とインターネットですが、この中ではインターネットへの信頼が最も低くなっています 。テレビや新聞といったマスメディアへの信頼度が高く、インターネットへの信頼度が低いことは、健康情報に限らず、日本の特徴です。このようなパターンは、情報を選択肢の比較を通して意思決定に利用するよりは、信頼できるメディアから正しい選択肢、正しい答えを教わることを求めているようにも見えます。


 また、幼少期からの教育が影響している可能性もあります。日本の教育が情報を基に判断したり意思決定する力の育成を目的としてきていないためです。小学校から高校までの学習指導要領で、課題を解決するための「思考力・判断力・表現力」が大きな柱として前面に出たのは、ごく最近のことです。それまでは理解までが中心であり、このことがヘルスリテラシーの日本の特徴に反映している可能性があります。


 特にCOVID-19に対して適切に対処できるには、ヘルスリテラシーと共に、政治社会経済的な側面を含めた新しく不確実で頻繁に変化する情報の信頼性を適切に評価して意思決定できるスキルが問われると推測されます。

情報評価『か・ち・も・な・い』の基準について


 情報に基づいて適切に意思決定を行うためには、どのような情報評価と意思決定のスキルが必要なのでしょうか。情報評価については、すでに、『か・ち・も・な・い』を紹介しましたが、これはどのような基準で選ばれたかをみてみます。世界の多くの大学や公的機関の図書館のウェブサイトでは、CRAPテストCRAAPテストや、5つの基準AAOCCが紹介されています。これらを整理すると、次のように定義できると考えられます(表1)。


表1 情報を評価する5つの基準(AAOCC)

正確性、信頼性)(accuracy, reliability)情報が信頼できるか、情報源が明確か、十分な証拠が含まれているか
権威性、専門性(authority)著者や情報提供者の身元や資格が明確であるか
客観性、目的(objectivity, purpose)情報に偏りがないか、なぜ情報を提供するのか、広告や商業目的のために偏っていないか
最新性(currency)情報源の正確さは、情報が作成された時期や更新頻度に依存するため、情報が最新であるか
範囲、関連性(coverage, relevance)情報が知りたいことをどの程度カバーしているか、範囲は広いか、専門的か、他の情報との違いは何か

頭文字を『か・ち・も・な・い』としたものと対応させると、次のようになります。
か:書いたのは誰か=権威性、専門性
ち:違う情報と比べたか=範囲、関連性
も:元ネタ(根拠)は何か=正確性、信頼性
な:何のための情報か=客観性、目的
い:いつの情報か?=最新性


合理的スタイルと直感的スタイルの特徴

 意思決定のスキルについては、主な意思決定スタイルとして合理的スタイルと直感的スタイルの特徴を知る必要があります[1]。直感的スタイルは迅速である長所がありますが、情報不足になりがちな欠点があります。合理的スタイルでは、徹底した情報収集と事実の調査という情報の評価と、すべての選択肢を探り選択肢を評価するために長所と短所または利益とリスクについてよく考えることが含まれます。よりよい意思決定のためには合理的なスタイルが必要であると言うのは、ビジネス分野だけでなく、医療者と患者が一緒に情報に基づいて意思決定をするシェアードディシジョンメイキング(shared decision making、SDM)でも同様です。SDMの定義のシステマティックレビューによると、それに不可欠な要素は、選択肢の提示、長所・短所の議論、患者の価値観とプリファレンス(preferences、好み・希望・意向)です[2]。これは、根拠に基づくヘルスケア(evidence-based healthcare) でエビデンスと価値観の両方が重要であること[3]や、患者中心の医療は、患者のプリファレンス、ニーズ、価値観を考慮した意思決定を保証する点で共通しています[4]。


意思決定のスキルの使用頻度によるヘルスリテラシー


 そこで私たちは、健康情報に限らない情報の信頼性の評価基準を用いるスキルと合理的な意思決定のスキルがどれほど使われていて、包括的なヘルスリテラシー(ヨーロッパで開発されたHLS-EU-Q47)と関連しているかについて明らかにすることとしました。包括的なヘルスリテラシーの尺度では、確かに健康情報の評価と意思決定が難しいか簡単かを尋ねているのですが、どのような信頼性の評価基準を用いているのか、どのような意思決定のスキルを用いているのかは測定していないのです。

 2021年1月に全国20-69歳の男女3914人を対象としてウェブ調査を実施しました[5]。その結果、情報評価スキルとしての『か・ち・も・な・い』に対応する5つの項目(「情報を出している人や団体は、どのような資格を持つ人たちか」「別の情報と比べてどのような違いがあるか」「情報の元ネタ(情報源)は何か」「情報は、商品やサービスの宣伝のためではないか」「情報はいつ作られたものか」)を測定しました。回答の選択肢は「いつもしている」「よくしている」「ときどきしている」「たまにしている」「まったくしていない」でした。

 また、意思決定のスキルとして、選択肢、長所、短所、価値観に対応する4つの項目(「選べる選択肢がすべてそろっているか確認する」「各選択肢の長所を知る」「各選択肢の短所を知る」「各選択肢の長所と短所を比較して、自分にとって何が重要かはっきりさせる」)を用意しました。情報に基づく意思決定のためには、下記のような4つのプロセスが必要となり、選択肢は英語でオプション(option)なので、頭文字を取ると「お・ち・た・か」になります。納得したことを「胸(または腹)に落ちた」と言うので、「胸に『お・ち・た・か』」と覚えられます。

『胸に「お・ち・た・か」』
お:選択肢=オプション)→選べる選択肢がすべてそろっているか確認する
ち:長所→各選択肢の長所を知る
た:短所→各選択肢の短所を知る
か:価値観→各選択肢の長所と短所を比較して、自分にとって何が重要かはっきりさせる


 回答の選択肢は同様に「いつもしている」「よくしている」「ときどきしている」「たまにしている」「まったくしていない」でした。そして、『か・ち・も・な・い』も『胸に「お・ち・た・か」』も、これらの頻度が高い人ほど、ヘルスリテラシーが高くなっていました。評価基準を用いた情報の評価と合理的な意思決定をしている人ほどヘルスリテラシーが高かったため、これらのスキルを身に付けることでヘルスリテラシーが高くなる可能性が示されました。


 さらに、COVID-19の予防行動(マスク、手洗い、換気など8項目)の実施頻度とヘルスリテラシーが関連しているのか、情報の評価と意思決定のスキルが関連しているのかについても分析しました[6]。予防行動とはどれも関連していましたが、意思決定のスキル『胸に「お・ち・た・か」』が最も強く関連していました。エビデンスが十分でなく、政府やメディアなど情報提供がまだ安定していない状況では、自分の行動の選択肢を明確にし、効果とリスクを比較して意思決定できることが求められると考えられました。健康問題は研究が進めばエビデンスも変化するので、選択肢がある限り、また価値観が重要であるならば情報に基づく意思決定のスキルこそがより良い生き方のためには必要と考えられました。


情報評価と意思決定スキルへの今後の教育課題

 では、このような「情報の確認のしかた」(『か・ち・も・な・い』)と「すべての選択肢の長所と短所を知り、何が重要かをはっきりさせてから選ぶ方法」(『胸に「お・ち・た・か」』)についてどこで学んだのでしょうか。この調査ではそれぞれどこかで学んだことがあるかを尋ねたところ、いずれも4割以上が「学んだことはない」と回答しました。学んだことのある人は、いずれもインターネットが約4割、テレビが約3割、新聞・雑誌が15%、本が1割強などで学んでいて、大学が約6%、小中高校が約5%と学校ではほとんど学んでいませんでした[5]。多くは独学とも言える状況であることがわかります。


 ヘルスリテラシーは測定して変えられる健康の社会的決定要因だと言われます[7]。そもそも教育は健康の社会的決定要因の代表的なものですが、情報評価と意思決定のスキルを学べていないことが健康格差につながっているとすると大きな問題です。子どもの頃からそれらは教えられるべきで、日本の学校教育を変える必要があるのと、大人になっても学べる環境を作ることが求められます[8]。

そこで『かちもない』の動画と同様に『胸に「お・ち・た・か」』を広く知ってもらうために、わかりやすい動画を作成しています。
ご覧いただき、YouTube内にコメントを書いていただいたり、シェアしていただければ幸いです。



(中山和弘)(公開日2023年3月7日 更新2023年4月18日)

文献
[1]Hamilton K, Shih SI, Mohammed S. The development and validation of the rational and intuitive decision styles scale. J Pers Assess. 2016;98:523-535.
[2]Makoul G, Clayman ML. An integrative model of shared decision making in medical encounters. Patient Educ Couns. 2006;60:301-312.
[3]Djulbegovic B, Guyatt GH. Progress in evidence-based medicine: a quarter century on. Lancet. 2017;390(10092):415-423.
[4]Institute of Medicine. Crossing the Quality Chasm: A New Health System for the 21st Century. The National Academies Press; 2001.
[5]Nakayama K, Yonekura Y, Danya H, Hagiwara K. Associations between health literacy and information-evaluation and decision-making skills in Japanese adults. BMC Public Health 22, 1473 (2022). https://doi.org/10.1186/s12889-022-13892-5
[6]Nakayama K, Yonekura Y, Danya H, Hagiwara K. COVID-19 Preventive Behaviors and Health Literacy, Information Evaluation, and Decision-making Skills in Japanese Adults: Cross-sectional Survey Study. JMIR Form Res 2022;6(1):e34966 URL: https://formative.jmir.org/2022/1/e34966
[7]中山 和弘, ヘルスリテラシーとヘルスプロモーション,健康教育,社会的決定要因, 日本健康教育学会誌,22(1); 76-87, 2014, https://doi.org/10.11260/kenkokyoiku.22.76
[8]中山 和弘, 健康の社会的決定要因としてのヘルスリテラシー, 日本健康教育学会誌,30(2);172-180, 2022, https://doi.org/10.11260/kenkokyoiku.30.172

ヘルスリテラシーを測定して、COVID-19 関連の心理や行動との関連をみる研究

ヘルスリテラシーとCOVID-19への対応は関連している

 では、ヘルスリテラシーは実際のところ、COVID-19 に適切に対応できる効果を持つのでしょうか。世界中で研究が開始され、多様な対象者に調査をして、様々な方法で測定されたヘルスリテラシーがCOVID-19に関する知識や行動と関連していたと指摘されています。



行動との関係

 まず、COVID-19に関連したヘルスリテラシーを測定して情報に関する行動との関係を明らかにした研究があります。例えば、ドイツにおいてCOVID-19に関連した包括的なヘルスリテラシーの尺度(HLS-COVID-Q22)を開発し、それが低い人では、新型コロナウイルスに関連した情報において混乱が多いと報告されています[1]。同様に、COVID-19に関連したデジタルヘルスリテラシー(オンラインの健康情報に対するもの)として、入手した情報の信頼性の評価と関連性を判断する能力が高い大学生ほど、サーチエンジンやソーシャルメディアよりは信頼できる公的サイトを利用していたとしています[2]。


メンタルヘルスやQOL(生活の質)との関係

 また、COVID-19に関連したヘルスリテラシーと感染予防行動や不安の関連を示したものもあります。ヘルスリテラシーが高い子どもほど手洗いの知識があり行動もできていて、友人との付き合いを減らす傾向があり、健康関連QOLも高かったと報告されています[3]。また、COVID-19に関する知識を中心としたヘルスリテラシーが高いほど[4]、COVID-19に限らず感染症に特化したヘルスリテラシーが高いほど[5]、COVID-19の予防行動をしていたとしています。COVID-19に関連したデジタルヘルスリテラシーが高いほどCOVID-19に対する不安が低く、さらにそれは、首尾一貫感覚SOC(sense of coherence)(ストレス対処能力)を経由してCOVID-19の不安を低めていたと報告されています[6]。


 これらに対して、特にCOVID-19とは関連していないヘルスリテラシーを測定して、COVID-19に関連した行動やメンタルヘルス、QOLとの関連についてみた研究があります。ヘルスリテラシーが低い人のほうが、COVID-19の症状や感染予防行動、政府からの情報を理解するのが難しいなど、知識や態度と行動で差があったと報告されています[7]。欧州で開発された包括的なヘルスリテラシーが高いほど、COVID-19の予防行動をしていて[8]、COVID-19の症状が疑われている人でも、抑うつ度が低く健康関連QOLが高く[9]、COVID-19への恐怖感が低かったなどです[10]。また、医療者を対象とした研究では、ヘルスリテラシーが高いほうが、より適切な感染予防管理を実施したり、より健康なライフスタイルがとれていて[11]メンタルヘルスやQOLがより良好であることが報告されています[12]。


急がれるヘルスリテラシーの育成

 とくにパンデミックにおいては、政府や市民がすぐに行動を起こさなければならないため、ヘルスリテラシーの向上に時間をかけることは難しく、緊急の対応と封じ込めが求められる事態に個人や社会が備えるためにヘルスリテラシーを育成しておくことが重要です[13]。

(中山和弘)(公開日 2023年3月7日)

文献
[1]Okan O, Bollweg TM, Berens EM, et al. Coronavirus-Related Health Literacy: A Cross-Sectional Study in Adults during the COVID-19 Infodemic in Germany. Int J Environ Res Public Health. 2020;17(15):5503.
[2]Rosário R, Martins MRO, Augusto C, et al. Associations between COVID-19-Related Digital Health Literacy and Online Information-Seeking Behavior among Portuguese University Students. Int J Environ Res Public Health. 2020;17(23):8987.
[3]Riiser K, Helseth S, Haraldstad K,et al. Adolescents' health literacy, health protective measures, and health-related quality of life during the Covid-19 pandemic. Pakpour AH, ed. PLoS One. 2020;15(8):e0238161.
[4]Wong JYH, Wai AKC, Zhao S, et al. Association of Individual Health Literacy with Preventive Behaviours and Family Well-Being during COVID-19 Pandemic: Mediating Role of Family Information Sharing. Int J Environ Res Public Health. 2020;17(23):8838.
[5]Wang H, Cheong PL, Wu J, Van IK. Health Literacy Regarding Infectious Disease Predicts COVID-19 Preventive Behaviors: A Pathway Analysis. Asia Pacific J Public Heal. 2021;33(5):523-529.
[6]Leung AYM, Parial LL, Tolabing MC, et al. Sense of coherence mediates the relationship between digital health literacy and anxiety about the future in aging population during the COVID-19 pandemic: a path analysis. Aging Ment Health. Published online January 13, 2021:1-10.
[7]McCaffery K, Dodd R, Cvejic E, et al. Health literacy and disparities in COVID-19-related knowledge, attitudes, beliefs and behaviours in Australia. Public Health Res Pract. 2020 Dec 9;30(4):30342012.
[8]Gautam V, S D, Rustagi N, et al. Health literacy, preventive COVID 19 behaviour and adherence to chronic disease treatment during lockdown among patients registered at primary health facility in urban Jodhpur, Rajasthan. Diabetes Metab Syndr Clin Res Rev. 2021;15(1):205-211.
[9]Nguyen HC, Nguyen MH, Do BN, et al. People with Suspected COVID-19 Symptoms Were More Likely Depressed and Had Lower Health-Related Quality of Life: The Potential Benefit of Health Literacy. J Clin Med. 2020;9(4):965.
[10]Duong MC, Nguyen HT, Duong BT, Vu MT. The Levels of COVID-19 Related Health Literacy among University Students in Vietnam. Infect Chemother. 2021;53(1):107.
[11]Do BN, Tran T V., Phan DT, et al. Health Literacy, eHealth Literacy, Adherence to Infection Prevention and Control Procedures, Lifestyle Changes, and Suspected COVID-19 Symptoms Among Health Care Workers During Lockdown: Online Survey. J Med Internet Res. 2020;22(11):e22894.
[12]Košir U, Sørensen K. COVID-19: the key to flattening the curve is health literacy. Perspect Public Health. Published online July 10, 2020:175791392093671.
[13]Tran T V., Nguyen HC, Pham L V, et al. Impacts and interactions of COVID-19 response involvement, health-related behaviours, health literacy on anxiety, depression and health-related quality of life among healthcare workers: a cross-sectional study. BMJ Open. 2020;10(12):e041394.

メディアからの取材への対応:「か・ち・も・な・い」

高まるヘルスリテラシーへの関心

 インフォデミックは、ヘルスリテラシーの不足によって起こっているという文脈で、筆者に対してメディアの取材も来るようになりました。COVID-19に関する誤った情報、フェイクニュースに対してどのように対処すればよいのか、ワイドショーの内容についてどう思うかなどです。ずっと在宅勤務なので、テレビやソーシャルメディアの情報をチェックしつつ細々とTwitterで信頼できそうな情報をツイートする程度でしたが、ヘルスリテラシー関連で話せることを話しました。


これまでに書いたまたは取材を受けたヘルスリテラシーに関する記事

 次に記事の一覧を記します。その他にも毎日新聞でヘルスリテラシーに関するコラム「健康を決める力」を毎月連載していたので、そこでもCOVID-19に関連して書きました。


・感染予防 正しく理解...新型コロナ 広がる不安(読売新聞 2020.2.22)
新型コロナ 特性知り「正しく恐れる」(東京新聞 2020.3.3)
新型コロナ騒動から考える日本人の「ヘルスリテラシー」(ニッポンドットコム 2020.4.1)
根拠のないうわさや広告...健康情報、見抜くためのポイント5つ(西日本新聞 2020.4.3)
「からだ」「こころ」「社会」(毎日新聞 コラム「健康を決める力」2020.4.16)
新型コロナ 意思決定の手助けに(毎日新聞 コラム「健康を決める力」2020.4.16) ・新型コロナを伝えるワイドショーや情報番組とうまく付き合うには(朝日新聞「論座」2020.5.8)
コロナのデマどう見極める?鍵は「か・ち・も・な・い」(医療サイト 朝日新聞アピタル 2020.7.17)
高齢者のコロナ対策(毎日新聞 コラム「健康を決める力」2020.8.13)
"1人じゃもう限界" コロナ禍でつながるママたち(NHK NEWS WEB 2021.3.29)
ヘルスリテラシー(TOKYO FM 住吉美紀「Blue Ocean」)
ヘルスリテラシーをめぐる日本の状況とコロナ禍における必要性.生活協同組合研究. 2021; 544: 17-24.
特集:行動変容を促す健康教育・ヘルスプロモーションのアプローチ―COVID-19 をめぐる反省と課題から― 健康の社会的決定要因としてのヘルスリテラシー.日本健康教育学会誌.2022;30(2);172-180.


「か・ち・も・な・い」とは?


 多くの記事で紹介したのは、あるいは、すでに情報を得ていて詳しく聞かせて欲しいと言われたのは、「か・ち・も・な・い」です。それは、情報の内容の質や信頼性について、どのようなポイントに注意すれば良いかを、5つにポイントを絞って、その頭文字で覚える方法です。詳しくはこちらをご覧ください。




恐怖を煽るメディアへの対応

 また、COVID-19の情報として広く混乱を招いた要因になったと思われるワイドショーや情報番組について聞かれたこともありました。それらとどう付き合えばいいかです。すでに行った医師らへの取材を通しても、問題だという人が多く、「見ないほうがいい」と言う人もいたと言います。私もそれに賛同して意見を述べました。


なぜなら、情報とは、意思決定のためにあるからです。すなわち2つ以上の選択肢を知り、そこから1つを選ぶために必要なものです。逆に言うと、問題解決のための選択肢を提示して、それぞれの長所・短所を紹介するという情報でなければ、意思決定につながらず必要ではありません。恐怖を煽るだけであれば、ワイドショーは見なくてもよいことになります。


メディアの役割

 私たちの健康や命を守るためにメディアがしなければならないのは、意思決定のためのメッセージを流すことです。例えば、新型コロナの感染予防に必要なのは、すでに言われているように、手を洗う、マスクをするなどです。それら以外に、科学的な根拠を伴って選択できる選択肢がない場合は、それがないこと、もしフェイクニュースと思われるものが登場したらそれを否定して修正することです。


 厚労省が比較的早い段階で、こまめに手洗いをすることが効果的など、日常で実践できる情報をツイッターで発信した一方で、メディアでは増え続ける感染者、死亡者の数字だけが報道されてきました。しかし、リスク情報は対処できるならリスクを減らせますが、対処できないなら単なるストレスになってしまいます。


視聴者が注意すべきこと

 とくにワイドショーは、そもそもエンターテインメント性の高いもので、世間で起きているさまざまな問題をおもしろおかしく取り上げてきたものです。視聴者はそれを他人事として楽しみながら、話題にしてきたわけです。その上で、今回もこれまでと同じスタンスで客観的に見ることができないのであれば、あるいはストレスを感じるようであれば、見ないほうがよいと伝えました。


 そして、ワイドショーや情報番組で流される情報は「2次情報」であるという点もです。これは、オリジナルのデータ(1次情報)を使用した情報であり、都合よく編集されていることがあることも注意する点です。


(中山和弘)(公開日2023年3月7日)

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)によるインフォデミック


根拠のない情報が交差するコロナ禍

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックによって、健康情報を入手、理解し、評価して活用できるヘルスリテラシーに注目が集まりました。「新型コロナウイルスはとても熱に弱いのでお湯を飲めば治る」などの科学的根拠のない情報も流れました。ニュースや記事では、「クラスター」「ソーシャルディスタンス」などの聞きなれない言葉を含めて、新型コロナウイルスへの新規感染者数と死者数、健康と経済のどちらを優先するのか、飲食店等への休業要請による倒産や自殺の増加、東京オリンピックを開催するべきか、ワクチン開発や接種の遅れの原因は何か、政府や行政の対応は不十分ではないかという情報が提供されました。


インフォデミックにより広がるCOVID-19への恐怖と不安

 2020年2月、WHO(世界保健機関)の事務局長Tedros氏は、COVID-19について、「私たちは単なる伝染病と戦っているのではなく、インフォデミックと戦っているのです。フェイクニュースは、このウイルスよりも速く、簡単に拡散し、同じくらい危険です」[1]と述べました。インフォデミックとは、WHOによれば、インフォメーションとエピデミック(流行病)の混成語で、虚偽や誤解を招くような情報を含めた情報が氾濫することです。こうした中では、ヘルスリテラシーが十分でないと、人々は事実とフィクションを区別できず、信頼できない情報が行動に影響を与えることで、個人だけでなく、社会全体にも悪影響を及ぼしかねません。また、COVID-19への恐怖や不安を急速に広げる心配もあります。


ヘルスリテラシー向上のための呼びかけ

 日本でもネット上では「ヘルスリテラシー」「医療リテラシー」「健康リテラシー」が低いとか問題だとする書き込みが急激に増えました。そこで、2020年の2~7月まで毎週Twitterを検索し、COVID-19に関連したツイートを『Togetter』で収集して一覧できるようにして公開しました(「新型コロナウイルスへの対応で注目されるヘルスリテラシー(医療リテラシー、健康リテラシーを含む)」)。そこでは、「国際的にヘルスリテラシーが注目される理由は、様々な属性に寄らずそれが低い人が多いため、みんなでそれに気づき、支援や向上のための方法を考えましょうということです。誰もが情報を得て適切な意思決定ができるための支援を考えましょう。ヘルスリテラシーの詳しい情報はこちら」と記しました。


 なぜなら、知識不足の人やデマを信じる人を、ヘルスリテラシーが低い人だとしてそれを嘆くツイートが多くありましたが、それは本人の責任だけではなく身に着けにくい環境にあるためであり、犠牲者非難にもなります。国際的に強調されていることは、いかに多くの人がヘルスリテラシーを身に着けていないかを認識した上で、情報は理解しやすい方法で、透明性を持って説明し、非難することは避け、ハイリスクの人々と連帯を示しながら、情報に基づいて行動できるように支援することです[2]。


(中山和弘)(公開日2023年3月7日)

文献
[1]Munich Security Conference. World Health Organization. 2020 Feb 15. https://www.who.int/dg/speeches/detail/munich-security-conference/
[2]Okan O, Messer M, Levin-Zamir D, Paakkari L, Sørensen K. Health literacy as a social vaccine in the COVID-19 pandemic. Health Promot Int. 2022 Jan 12:daab197.

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