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2013年11月 アーカイブ

2013年11月27日

誰がどのように意思決定するのか

1. 意思決定の形

1)保健医療における意思決定の担い手

 健康のためによりよい意思決定をするためには、医療者が情報をわかりやすく提供し、それを有効に活用できることが必要です。では、実際に、保健医療のさまざまな場面ではどうなっているのでしょうか。そこでは、従来の医療者中心の意思決定から、より患者や市民中心の意思決定にしようという変化が生じてきています。マスメディアやインターネットが発達して、情報が多く提供されることで、よりよい意思決定がしたいと思い始めた人たちが増えていることや、提供できるエビデンスもますます増加していることが要因として挙げられるでしょう。

 そのことによって、手に入れられる情報はさらに増えるばかりです。そのため、医療者と患者や市民が考える適切な選択肢に違いが生じてきやすくなっている可能性があります。その場合は、意見の相違で何らかの問題が生じて、患者や市民の納得、安心、満足が損なわれてしまうかもしれません。

 例えば、ある母親が、友達から子供の風邪には抗生物質を飲ませるのが最も良い方法だという情報を得たとします。その親子が受診した病院の医師が、症状から抗生物質は必要ないと判断して、ゆっくり休ませて下さいと言った場合、どうなるでしょう。他の病院に行き、必要のない抗生物質を服用してしまうかもしれません。このような母親と医師との間で得ている情報や考えていることを確認しない状態、すなわちコミュニケーションがとれていないことで、適切な選択肢が選ばれない可能性があるわけです。そもそも選択肢として何があり、どれを選ぶべきなのかという考えを共有して、一緒に納得して決めるという方法が大切だと思われるようになってきているわけです。

2)意思決定の3つのパターン

 保健医療において意思決定を考える場合、医師などの専門家が決定する従来型の方法や、患者や市民が決定する方法など、意思決定のパターンは、大きく3つのタイプに分けられるとされています[1]。それは、パターナリズムモデル(父権主義モデル、Paternalism model)、シェアードディシジョンモデル(協働的意思決定モデルShared decision model)、インフォームドディシジョンモデル(情報を得た意思決定モデルInformed decision model)の3つです。

 これらの3つは、どこが違うのでしょうか。1つ目は意思決定のために医師から患者に提供される知識や情報の量で、2つ目は意思決定を行う人(主体)は誰かです。

 パターナリズムモデルは、従来型の父権主義的な方法です。これは、父親が小さな子供のためによかれと思って子供の意向をあまり聞かずに意思決定することから来ています。医師が提供する情報は少なく、医師が意思決定の中心となります。例え複数の選択肢が想定されても、医師が望ましいと判断した結果を話すだけで、患者に選択肢を選ぶ能力がないという想定で、患者にはその機会を与えないものです。

 これに対して、シェアードディシジョンモデルでは、医師は提供する情報を制限することはなく、患者の意思決定に必要な情報を提供しようというものです。提供する情報は、例えば複数の選択肢であり、それぞれの利点や起こり得るリスクについてもです。そして、医師と患者が話し合いを重ねて、医師と患者で意思決定が行われます。

 さらに、インフォームドディシジョンモデルでは、医師から提供される情報量が多いのは同じですが、医師と患者で一緒に決めるのではなく、患者は幅広く医師以外からも積極的に情報を収集し、自分で意思決定を行うというものです。

 これらの方法のうち、どれが望ましいのでしょうか。それは最初から決まっているものではないようです。患者や市民の立場からすると、意思決定の仕方にも、これらの選択肢があることを知り、自分にとってどれなら一番納得がいき、安心で満足のいく方法なのかを選べるというのがよいのかもしれません。確かに、とても信頼できる医療者にめぐりあえれば、パターナリズムでいいのではないかと考えるかもしれません。しかし、そこで信頼できる医療者とは、コミュニケーションをよく取る医療者であるということが多いのではないでしょうか。従来は、医師が患者によかれと思って決めるパターナリズムモデルが多くとられていました。しかし、最近では、医師が多くの情報を患者に提供し、医師と患者が多くコミュニケーションをとって一緒に決めて行くというシェアードディシジョンモデルへと移行してきているのです。

2. 人々の意思決定を支えるものとは?

医療サービス現場の意志決定

1) 患者の意思決定を支援する方法

 パターナリズムモデルからシェアードディシジョンモデルへの移行に伴い、情報提供や意思決定の支援のための取り組みが盛んになってきています。例えば、患者の自己学習を支援する「病院図書室」や「患者情報室」の設置、そこで情報検索を支援する専門員の配置があります。それらを推進して、患者が学べる場所の一覧を作っているサイトとして患者図書室プロジェクトや「いいなステーション」の全国の患者情報室一覧などがあります。

 また、患者が自分で診療の記録を見られるような電子カルテや、自分で持ち運べる「私のカルテ」のような医療者と同じ情報をいつでも見られるようにする方法もあります。日本医療機能評価機構による病院機能の評価項目でも、診療に関する情報が患者と共有されていることが入っています。通常の時間外の医療者と患者の情報収集・交換・共有の場としての「患者会」も次第に活発になってきています。「医療の質が高い病院」あるいは「いい病院」というのは、患者が自分の体や病気、日常生活上の注意などについて、自分で考えて意思決定することを支援する病院ということがいえるでしょう

2) 個人にカスタマイズされた健康情報と意思決定

 専門的な知識がなかったり、医療を受けた経験の少ない人々にとって、収集した情報や医療者から提供される多くの情報から適切なものを選んだり整理したりするのは難しい場合もあると思います。医療者が患者に提供する情報のあり方の一つとして、各患者の健康維持・促進により効果的な情報が、その人専用にカスタマイズされた状態で提供されるテーラリング(Tailoring)があります。その様な情報を受けることで人々は意思決定に迷うことなく、自分にぴったりの治療やサービスを受けることができると期待されています。

 テーラリングとは、元は英語で洋服を仕立てること、と言う意味ですが、健康・医療の世界では、個別に調整し対応する、という意味で用いられるようになってきています。以前からテーラリングが行われてきたのはその人だけが持つ遺伝子を対象とした遺伝子治療があります。それが次第に、健康・医療サービス全体を通じて、個人に向けてカスタマイズされ提供されるという意味へと広がってきています。特に、サービスの提供側(専門家や情報を発信する人)と受け取る側(患者や市民)の相互作用、交流のありかたにおいてカスタマイズされることが必要と言われています。コンピュータの普及によって、ソフトウェアやウェブによるコミュニケーションが行われるときに、多様な個人特性の組み合わせと、その組み合わせに対応した健康・医療に関する情報のやり取りがプログラム化されることで、特にカスタマイズされたコミュニケーションが実現しやすくなる、とも言われています。

 各個人に合わせてカスタマイズされた情報を提供するテーラリングは、個人の意思決定を容易にするのに必要な情報を揃えて患者に提示すること、つまり、膨大な情報の中から意思決定に必要な情報を与え、それを支援するものであるといえます。

3)システムによって支援される意思決定

 これまで、患者や市民が治療や健康法について情報を収集し意思決定を行うプロセスやそのための支援などについて述べてきました。ここで紹介するのは、医療従事者による意思決定を支え、医療の質の向上させるための意思決定システムというものです。コンピュータプログラムなので、人々の考えや意思とは独立した意思決定が可能です。

 簡易な意思決定支援システムの利用数とその精度は年々増加しています。それらは例えば、投薬量の算定やICUでの静脈点滴量の制御、電子心拍計の読み取りや不整脈患者のモニタリング、また医学文献から関連記事を検索することなどに役立っています。すでにいくつかのアプリケーションは診断を下したり、治療法を決めたりすることもできるようになっており、改良を加えることで将来にはさらに頻繁に用いられるようになると思われます。管理経営による医療の効率化の拡大(ことに北米で)に伴って、意思決定支援システムや電子カルテを含めた他のプログラムや装置・器具の利用は、その重要性を増しつつあります。

 意思決定支援システムは、患者の健康やQOLに影響を及ぼすため、その利用に関しては、「なぜ」また「いつ」利用されるべきか、「どのような利用法」で、また「誰によって」利用されるべきか、といった倫理的問題を配慮する必要があると思われます。

3. 意思決定が難しい場合の倫理的判断

 このように、意思決定の方法として何を選ぶのかが難しい場合には、倫理的判断が必要になります。倫理的判断に対するものとして臨床的判断がありますが、これらは意思決定を行う際に何を判断の軸とするのか、道徳性や臨床的な優先事項のうち何を重要視するかによって異なるものです。

 これまでお話してきた意思決定は、患者自身によって行われるもの、医療の質向上につながる医療者によるもので、判断する主体の存在がはっきりとしていました。しかし、意思決定が行われる場合には、患者本人や当事者が意思決定を行えず医療者にも決めることができない状況もあります。それは本人が自己決定を行えない状況、例えば子供が自律して決定を行えず、親など周囲の人による代理の意思決定が行われる場合などには、多くの人が考えて本人に良いと思われる判断のために、社会的な道徳に基づいて意思決定が行われることが望まれます。

 人々が他者に関する意思決定に関わる際、例えば本人が自己決定できない場合に代わって行う決定には、その決定が道徳性に沿ったものであるかの判断が重要です。医療における重要な倫理的決定の多くは、人間の出生や終末期に関わるものです。例えば、重症障害新生児を例に挙げると、極端な早産や先天性異常によって、生き延びる可能性がごくわずかしかない新生児の延命を試みるか、死んでいくに任せるかについて、他者である周囲の人々は、どのような治療を施すかという臨床的な決定に加え、どうすることが本人の望みにかなうのかということを含めた倫理的な決定を行う必要があるのです。社会の一員として、これらに関する倫理的判断について日頃から、あなたはどのような判断が望ましいかを考え、それらの考えが倫理的判断に反映されていくことが必要でしょう。

(吉川真祐子、瀬戸山陽子、戸ヶ里泰典、中山和弘)

引用文献
[1]Charles C, Gafni A, Whelan T. Decision-making in the physician-patient encounter: revisiting the shared treatment decision-making model. Soc Sci Med. 1999 Sep;49(5):651-61.

2013年11月28日

市民や患者ができること

 市民にとって「賢い患者」になることが、医療事故を予防し、質の高い患者中心の医療を実現することにつながります。「賢い患者」になるための重要な要素として、市民と医療者とのコミュニケーションを向上させることが欠かせません。ここでは、日本とアメリカで推奨されている市民向けコミュニケーション向上のための方法をいくつか紹介します。まず、日本で普及が推進されている心構えとして『新・医者にかかる10箇条』を紹介します。

1)新・医者にかかる10箇条

 『新・医者にかかる10箇条』はインフォームドコンセント(医師による説明と、患者の理解・選択に基づく同意)を患者の側から普及することを願ってつくられたものです。これは、NPO法人ささえあい医療人権センターCOMLによって普及が推進され、医師会、保健所など自治体のホームページなどでもしばしば紹介されています。
 市民が、自分の望む医療を選択して治療を受けるためには、まずは「いのちの主人公・からだの責任者」としての自覚が大切です。そのために、どのような心構えで医療を受ければよいのかを10項目にまとめています。ここでは、医療者とのコミュニケーションにおいて、患者が必要な心構えには、「記録すること」、「伝達すること」、「質問すること」、「責任をもつこと」いう4つの要素が必要であると示しています。

市民や患者ができること

『新・医者にかかる10箇条』

1.伝えたいことはメモして準備
2.対話の始まりはあいさつから
3.よりよい関係づくりはあなたにも責任が
4.自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
5.これからの見通しを聞きましょう
6.その後の変化も伝える努力を
7.大事なことはメモをとって確認
8.納得できないときは何度でも質問を
9.医療にも不確実なことや限界がある
10.治療方法を決めるのはあなたです

出典 ささえあい医療人権センターCOML(コムル)より

2)患者からの質問の具体例

 質問は実際にはどのようにすればいいのでしょう。
COML(コムル)の『新・医者にかかる10箇条』では、実践編として、検査、治療、くすり、入院、その他の場面で計33の質問を示しています。同様に、アメリカにおいても、医療の質、安全、効率性、有効性の改善に取り組むAHRQ(Agency for Healthcare Research and Quality、米国医療研究・品質調査機構)が『医師にする質問Question To Ask Your Doctor』として具体的な質問を40項目について紹介しています。
これは患者が診療などを受ける場合、場面を選んで事前に質問リストを作成できる機能です。ここでは、健康問題、薬、検査、手術の4つの場面について、それぞれ紹介しています。そこから質問を選んだあとに印刷して、質問用紙として使用できる『Question Builder(クエスチョン・ビルダー)』というコーナーも用意されています。

『医師にする質問Question To Ask Your Doctor』(和訳は中山と谷口による)で紹介されている質問例を場面ごとに紹介します。

【健康問題について】
診断は何ですか。
これ以上の検査が必要になりますか。
治療の選択肢には何がありますか。
どれくらいすぐ治療についての意思決定をしないといけませんか。
いくら治療費がかかりますか。
副作用はありますか。
その治療をしないとどうなりますか。
予後の見通しはどうですか。
自宅で特別な助けが必要となりますか。
【検査】
何のための検査ですか。
検査はどのような方法でおこなわれるのですか。
検査はどのていど正確ですか。
その情報を知るには、この検査しかないのですか。
検査に備えてしなければならないことは何でしょうか。
検査結果はいつわかりますか。
検査で何がわかりますか。
検査の次のステップは何ですか。
【くすり】
何という名前のくすりですか。
何に効くくすりですか。
ジェネリックにできますか。
いつ飲めばいいですか。
どのくらいの量を飲めばいいですか。
いつまで飲む予定ですか。
副作用はありますか。
避けなければならない食べもの、飲みもの、活動はありますか。
薬を飲むのを忘れた場合はどうしたらよいですか。
間違って決められた用量以上を飲んでしまったらどうすればよいですか。
再処方が必要ですか。
他の薬やビタミン剤は飲むのをやめるべきでしょうか。
説明書はもらえますか。
【手術】
なぜ手術が必要なのですか。
ほかに治す方法はありますか。
どんな手術が必要ですか。
これまでこの手術をしたことがありますか。
この手術をするならいちばんよい病院はどこですか。
麻酔は必要ですか。
いつまでに回復しますか。
いつまで入院しますか。
手術のあとにどんなことがおこりますか。
手術を延ばしたり、しなかったりするとどうなりますか。

3)これだけは聞きたい質問

 ずいぶんとたくさんの数の質問が考えられるものです。実際には、これほどたくさんの質問はできないかもしれません。これは聞いてみたいというものだけを自分で選ぶのもいいでしょう。しかし、厳選して、これだけは聞きましょうと推奨されている質問も紹介しましょう。
 アメリカのAHRQは、上にあげた質問のコーナーで、つぎにあげる「知っておくべき10の質問」を推奨しています。

1.その検査は何のためにするのですか?
2.あなたはこの治療を何回したことがありますか?
3.結果はいつわかりますか?
4.なぜこの治療が必要なのですか?
5.ほかの選択肢はありますか?
6.どんな合併症が起こる可能性がありますか?
7.私に一番合っている病院はどこですか?
8.何という名前のくすりですか?
9.副作用はありますか?
10.この薬は今飲んでいる薬と併用しても大丈夫ですか?

 さらに要点を絞ったものが次の3つの質問で、これも、アメリカでつくられた「Ask Me 3(アスク・ミー・3)」というものです。

1.私の一番の問題はなんですか? (What is my main problem?)
2.私は何をする必要がありますか? (What do I need to do?)
3.それをすることが私にとってなぜ重要なのですか? (Why is it important for me to do this?)

市民や患者ができること
 患者に提供されるケアの安全性の向上をはかる活動を行うNPSF(National Patient Safety Foundation、国立患者安全財団)が作成したものです。Ask Me 3は医師・看護師・薬剤師といった医療者とのコミュニケーションの際に、患者がこれらの3つの質問に対する答えを理解することを奨励しています。



                          (中山和弘、谷口絵里奈)

2013年11月25日

医療者と患者が一緒に決める方法

 病気や治療のことを医師から告げられた時、驚きや不安でいっぱいになるかもしれません。自分の身に何が起こっているのか、これから何が起こるのかよくわからず予測もたたないと感じるかもしれません。もし、そのような状況で治療や検査について複数の選択肢の中から選ばなければならないとしたら、自分らしい選択ができるでしょうか?

シェアードディシジョンモデルを保健医療の現場で活用するためのステップ

自分らしく納得のいく選択のためには、正しく医療情報を理解しどちらを選んだらどのような結果になるかを理解すると共に、自分が何を大事にしたいかという価値観や好み(プリファレンス)(「どれがよいと思うかについての気持ちや考え」のこと)をはっきりとさせることも必要でしょう。
 治療や検査に選択肢がある場合に、患者の好み(プリファレンス)を踏まえることが大切なのはなぜでしょうか?花子さんの例を見てみましょう。

 花子さん(78歳の女性)は、心臓の病気を抱えて暮らしていました。ある日、乳がんと診断され手術に対する恐怖感を感じていましたが、医師が最もよい方法だと薦める手術に同意し手術を受けました。手術は無事に成功しましたが、手術の後も花子さんは不安と悲しみをずっと抱えていました。  ある日、友達で80歳のみどりさんと話したのをきっかけに、悲しい気持ちがより大きくなりました。みどりさんは、初期の乳がんと診断されたのですが手術を受けていなかったのです。そしてこう言いました。「私は、がんの進行を遅らせるためにホルモン療法を受けているの。もうだいぶ歳だし、がんが全身に広がってひどい状況になるよりも前に、何か別のことが原因で死が訪れると思ったから、手術はしなかったの。」  その話を聞いて、花子さんは、「もっとほかの治療方法についてもきちんと考えていたら、私も手術をしなかったかもしれない」と、とても後悔しました。もう手術をする前の過去には戻れないのです。(Mulley, et al., 2012より改変)

 手術の前に、花子さんが医師からほかに考えられる治療の選択肢についてメリットやデメリットについての説明を受けたり、花子さんが何を大事にして過ごしているかを医師が知り、話し合った上で治療を決定していたら、後悔する日々を過ごさずにすんだかもしれません。

(この例は、手術をしないことを勧めるものではなく、手術を受けるかどうかについて、きちんと情報を得てそれぞれの選択のメリットやデメリットなどを十分に考えることの大切さを理解するための例です。)

 意思決定の3つのパターンのうち医療者と患者が情報を共有して決めるシェアードディシジョンモデルは、意思決定にいたるまでの歩み(プロセス)を含みます。シェアドディシジョンモデルを診察などの医療現場で現実のものとするには、実施しやすい方法を知ることが手助けとなるでしょう。

 3ステップモデル(Elwyn, et al.,2012 )は、チョイストークChoice Talk、オプショントークOption Talk、ディシジョントークDecision Talkという3つのステップを踏む方法です。相互にコミュニケーションを取りながら、患者が正しく医学的情報を理解し、自分は何を大事にして決めたいかをよく考えて、自分らしい決定ができるようにつくられたものです。
 このステップの間、医師または看護師などの医療者が、情報を提供したり、質問に答えたり、患者さんが意思決定に参加できるように励ましたり、希望を聞くなど意思決定のサポートを行います(図1)。

シェアードディシジョンメイキング 3ステップモデル

図1 シェアードディシジョンメイキング 3ステップモデル ( Elwyn, et al., 2012より改変)

 では、どのようにステップを踏むのか、3ステップモデルのそれぞれの内容について見てみましょう。このステップは、医師などの医療者がどう行動するかを示しています。

チョイストーク(選択の必要性についての話し合い)

 チョイストークは3ステップの最初のステップです。具体的には次のような内容を含みます。

選択が必要であるということ、話し合いをして決めるということを患者に伝える。

一番ふさわしい選択のためには、患者の好み(プリファレンス)も考慮するべきだということを伝える。

患者の反応を確認する(関心を持って聞いているか、動揺しているかなど)。

すぐに結論を出さない(患者から医師の薦める方法を尋ねられる場合には、決めるプロセスをサポートすることや、医師が自分の意見ももちろん一緒に共有するけれど、その前にもう少し詳しく選択肢の説明をすることなどを伝える。)

 患者中心の医療を考える場合、医学的診断に加えて、患者の好み(プリファレンス)を治療法の決定に加味することがとても重要です(Mulley,et al, 2012)。Mulleyらの提示する3ステップでは、医師が医学の専門家であるのと同じように、患者には「自分の人生において何を大事にして生きるかを知る専門家である」ということ、チームの一員として決める際に積極的に参加してもらう役割があるということを患者に知ってもらうことを含むので、最初のステップをチームトークTeam talkと表現しています(Mulley,et al, 2012)。

オプショントーク(選択肢についての話し合い)

 オプショントークは3ステップの2番目のステップです。選択肢それぞれの内容を詳しく伝え患者の理解を深める段階にあたります。具体的には次のような内容を含みます。

選択する内容について誤解がないか、患者の理解を確認する。

あてはまる選択肢をリストにして提示する。(場合によっては、積極的な経過観察といった選択肢も含まれる)

選択肢それぞれの医学的方法の違いを説明し、対話の中から好み(プリファレンス)を探る。(特にそれぞれの選択肢のメリットとデメリット、からだ・心理面・人間関係や役割などの社会的な面に起こる影響を伝える。その違いがどう受け止められるかは患者によって違うということも話し合う。)

意思決定の支援ツールを提供する。

まとめと振り返りを行い、理解の確認をする(ティーチバックも活用できる)

ディシジョントーク(決定についての話し合い)

 3ステップモデルの最後のステップが、ディシジョントークです。具体的には次のような内容を含みます。

好み(プリファレンス)に焦点をあて、何が大事だと思うかを尋ねる。

希望があれば、もう少し決めるまでに時間をかけてもよいこと(治療上どのぐらい待てるか可能な範囲による)を伝え、好み(プリファレンス)を引き出す。

決定を先に延ばしたほうがよいか、決定へ移ってよいかを確認する。

決定を振り返ることが、決めるまでのプロセスを終結するのによい方法である。

 ここでは、患者にとって何が重要かを尋ねたり、はっきりと好み(プリファレンス)を引き出すことに焦点をあて、そのうえで決定に移ります。

 中には自信を持って決められる人もいるでしょう。自分の力で情報を得てそれが自分の人生で大事にしたいことと一致していれば、医師による好み(プリファレンス)の確認は必要ありません。しかし、中には患者自身が何を大事にしたいかはっきりできずにいる場合もあるでしょう。そういう場合には、医療者も、患者が何を大事にしたいと考えているのかを聞き理解することが大切です。患者の好み(プリファレンス)を理解できれば、患者の好み(プリファレンス)を踏まえてベストな方法をアドバイスすることができるでしょう。

引用文献
Elwyn, G., Frosch, D., Thomson, R., et al. (2012). Shared decision making: A model for clinical practice. Journal of General Internal Medicine, 27(10), 1361-1367.

Mulley, A. G., Trimble C., Elwyn, G. (2012). Stop the silent misdiagnosis: patients' preferences matter. British Medical Journal, 345, 1-6.

(大坂和可子、中山和弘)

2013年11月28日

子どものころからからだと健康を学ぼう

患者や市民が医療者が話すとき、その内容の多くは、私たちのからだについてのことだと思います。 しかしそもそも、私たちは自分のからだについてどのくらいのことを知っているでしょうか。

 世界における「からだの教育」

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 世界のいくつかの国では、子どもの頃からからだや健康についての教育がなされています。

 例えばアメリカには、国の疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)が1995年に定めた保健教育の学習目標である全国保健教育基準(National Health Education Standard)があります。
 この基準の対象は、未就園児から12年生(日本では高校3年生)までの子どもです。つぎの、8つの領域において、発達段階ごとに具体的な目標が定められています[1]。

  1.  1.より良い健康のためのヘルスプロモーションと疾病予防に関する考え方を理解する
  2.  2.健康行動に影響を与える家族や仲間、文化、メディア、技術の影響について分析する
  3.  3.より良い健康のための情報や商品、サービスにアクセスする
  4.  4.より良い健康のために健康リスクを避けたり減らしたりする対人コミュニケーションスキルを使う
  5.  5.より良い健康のために意思決定のスキルを使う
  6.  6.より良い健康のために目標設定のスキルを使う
  7.  7.より良い健康のための行動を実践し、健康リスクを避けて減らす
  8.  8.自分や家族、コミュニティの健康を主張(advocate)する

 小さい頃から意思決定のスキルを身に付けることが1つの柱になっている点が注目されます。
 アメリカは州によって義務教育の体制が異なりますが、全米の6割以上がこの目標に沿った保健教育を行っていると報告されています。

 また、イギリスでも、1999年に「保健」が加わった「人格、社会性、保健の教育(Personal, Social Health & Economic Education)」や体育の科目において、健康やからだに関する教育が行われています。  イギリスでは、義務教育期間を4つのキーステージに分けており、「人格、社会性、保健の教育」の科目においても、キーステージごとに学ぶべき内容が定められています。例えば、キーステージ1である5~7歳では、「健康で安全な生活習慣を高める」という目標のもと、学ぶべき内容として、「健康で健全な生活を送るためのシンプルな選択の方法」や「個人衛生の維持」「からだの主な部分の名前」などが含まれています[3]。

 さらに、台湾では、保健教育は小学校1年生から各学年において、系統的に実施するように教育課程の中に組み込まれています。
 具体的な教科としては「健康と体育」と呼ばれますが、この科目は小学校1年生から中学校3年生まで必修です。内容は、「発育と発達」「人間と食物」「運動機能」「運動参与」「安全な生活」「健全な精神」「集団の健康」の7項目にわたり、小学校1年生から中学校3年生を3段階に分けて、その段階ごとに、学習目標が定められています[3]。

 日本における「からだの教育」

 このように、他国では子どもの頃からからだや健康に関して様々な取り組みがなされています。

 では日本はどうでしょうか。

 残念なことに、今の日本では、からだについて系統的に学ぶ機会が整えられていません。
小中学校や高校の「保健」の授業で性教育がなされたり、「理科」の授業で人間と魚の心臓の形の違いやメンデルの遺伝の法則を学んだりすることはあります。
 しかし例えば、消化器系や循環器系、泌尿器系など、体の基本的な知識や機能について学ぶ機会は整えられておりません。 また、健康に影響を与える環境とは何か、健康的で安全な食とは何かといったことに関しても、学校の場で系統的に学習する機会が整えられていないのです。

 NPO法人「からだフシギ」の取り組み

 通常私たちは、ある日突然病気になり医療者と話をしなくてはいけないという状況に直面します。
 しかし、効果的な質問の仕方を学んだとしても、そもそも自分のからだが健康な時にどのような形態や機能を持つものなのかを知らなければ、病気になった時の治療や療養生活について理解して良い意思決定をするのは難しいでしょう。

 そんな問題意識のもと、「すべての人が当たり前にからだの知識を持つ社会」を目指して活動している団体があります。NPO法人「からだフシギ」です。この団体は2005年から、5歳児を対象にして、からだのお話会を行う活動を行ってきました。

 お話会で扱う内容は、「消化器系」「呼吸器系」「循環器系」「筋・骨格系」「泌尿器系」「生殖器系」「脳・神経系」と多岐にわたります。毎回、「からだの絵本」や臓器の大きさと位置が立体的にわかる「臓器Tシャツ」、豆腐を脳に見立てた「模型」などを使うことで、子どもが実際には見たことがない自分のからだの中を想像しやすいような工夫を行っています。
 また、子どもたちがリラックスして素直に学べるように、図書館など子供たちにとってなじみ深い場所に出向いて行うというスタイルをとっています。お話の内容は一見難しそうですが、5歳児なりに自分のからだのことを理解しているようです。

 お話会では毎回、一緒に来ている5歳児の親御さんからも「自分も知らないことがあった」「からだのしくみを知るのが面白かった」という感想を頂きます。
 やはり大人でも、実は四六時中一緒にいる自分のからだのことを知らないということが多いようです。お話会や教材の詳しい内容は、ホームページをご覧ください。

NPO法人からだフシギ 

 病気にならないため、また病気になった時に医療者と効果的に話せるために、からだのことを知るのはもちろん大切です。
 しかし、私たちのからだは非常に精巧でよくできているので、まずはその巧みさや面白さを感じながら、からだに関する基本的知識を身に着けることが大事ではないでしょうか。

 NPOからだフシギが現在活動の対象にしているのは年長児のみですが、将来的に自分の意思で健康的な生活を目指して意思決定ができるように、すべての人が当たり前にからだに関する基本的な知識を持つような子どもの頃から学びの機会を整えられればと思って活動を行っています。
 また、今後は大人向けのからだのお話会なども企画できればと思っていますので、ぜひ定期的にホームページを覗きに来てください。 腸の長さは身長の3倍! お母さんの心臓の音、聴こえるかな?

写真:NPO法人「からだフシギ」のお話会の様子
(左:「腸の長さは身長の3倍!」 右:「お母さんの心臓の音、聴こえるかな?」)

ヘルスプロモーションスクール

 また、子どもへの健康教育の重要性が注目される中、それを体現させるものとして、ヘルスプロモーティングスクールという考え方もあります。これはWHOが提唱したもので、児童生徒だけでなく、教職員や家族、地域住民も一緒になり、学校を健康的な場にすることにたゆまぬ努力をしようという取り組みです。健康的な環境を整えることや健康教育を行うこと、さらに学校における健康サービスの提供が特徴として挙げられています[4]。

 アジア諸国では1996年以降中国、香港特別行政区、台湾が国家的な事業として開始し、特に台湾では、2002年に10校が指定されてから2006年では600校、現在では全土で取り入れられています[5]。
 日本でも千葉大学教育学部が導入し始め、「健康的な学校づくり」が勧められています [6]。

 大人のヘルスリテラシーを向上させるために、すべての人が受ける義務教育の段階から、系統的な健康に関する学習機会が整えられることが強く望まれます。

(瀬戸山陽子、中山和弘)

[1] Center for Disease Control and Prevention (1995) National Health Education Standard. from http://www.cdc.gov/Healthyyouth/SHER/standards/index.ht, アクセス日2014年11月18日
[2] Personal, Social Health and Economic Education Association (1998) Personal, Social Health and Economic Education. https://www.pshe-association.org.uk/, アクセス日2014年11月18日
[3] 国立教育政策研究所、保健のカリキュラムの改善に関する研究―諸外国の動向―、2004
[4] WHO, "What is a health promoting school", アクセス日2014年11月22日, http://www.who.int/school_youth_health/gshi/hps/en/
[5]岡田加奈子、【第2回APHPE大会:アジアに焦点を当てたヘルスプロモーション・健康教育の最新動向2012】アジアにおけるヘルス・プロモーティング・スクールの動向、日本健康教育学会誌、20(3)、254-256.
[6]千葉大学、ヘルス・プロモーティングスクール・プロジェクト アクセス日 2014年11月22日http://chiba-hps.org/

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