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2013年11月 アーカイブ

2013年11月27日

誰がどのように意思決定するのか

1. 意思決定の形

1)保健医療における意思決定の担い手

 健康のためによりよい意思決定をするためには、医療者が情報をわかりやすく提供し、それを有効に活用できることが必要です。では、実際に、保健医療のさまざまな場面ではどうなっているのでしょうか。そこでは、従来の医療者中心の意思決定から、より患者や市民中心の意思決定にしようという変化が生じてきています。マスメディアやインターネットが発達して、情報が多く提供されることで、よりよい意思決定がしたいと思い始めた人たちが増えていることや、提供できるエビデンスもますます増加していることが要因として挙げられるでしょう。

 そのことによって、手に入れられる情報はさらに増えるばかりです。そのため、医療者と患者や市民が考える適切な選択肢に違いが生じてきやすくなっている可能性があります。その場合は、意見の相違で何らかの問題が生じて、患者や市民の納得、安心、満足が損なわれてしまうかもしれません。

 例えば、ある母親が、友達から子供の風邪には抗生物質を飲ませるのが最も良い方法だという情報を得たとします。その親子が受診した病院の医師が、症状から抗生物質は必要ないと判断して、ゆっくり休ませて下さいと言った場合、どうなるでしょう。他の病院に行き、必要のない抗生物質を服用してしまうかもしれません。このような母親と医師との間で得ている情報や考えていることを確認しない状態、すなわちコミュニケーションがとれていないことで、適切な選択肢が選ばれない可能性があるわけです。そもそも選択肢として何があり、どれを選ぶべきなのかという考えを共有して、一緒に納得して決めるという方法が大切だと思われるようになってきているわけです。

2)意思決定の3つのパターン

 保健医療において意思決定を考える場合、医師などの専門家が決定する従来型の方法や、患者や市民が決定する方法など、意思決定のパターンは、大きく3つのタイプに分けられるとされています。それは、パターナリズムモデル(父権主義モデル、Paternalism model)、シェアードディシジョンモデル(協働的意思決定モデルShared decision model)、インフォームドディシジョンモデル(情報を得た意思決定モデルInformed decision model)の3つです。

 これらの3つは、どこが違うのでしょうか。1つ目は意思決定のために医師から患者に提供される知識や情報の量で、2つ目は意思決定を行う人(主体)は誰かです。

 パターナリズムモデルは、従来型の父権主義的な方法です。これは、父親が小さな子供のためによかれと思って子供の意向をあまり聞かずに意思決定することから来ています。医師が提供する情報は少なく、医師が意思決定の中心となります。例え複数の選択肢が想定されても、医師が望ましいと判断した結果を話すだけで、患者に選択肢を選ぶ能力がないという想定で、患者にはその機会を与えないものです。

 これに対して、シェアードディシジョンモデルでは、医師は提供する情報を制限することはなく、患者の意思決定に必要な情報を提供しようというものです。提供する情報は、例えば複数の選択肢であり、それぞれの利点や起こり得るリスクについてもです。そして、医師と患者が話し合いを重ねて、医師と患者で意思決定が行われます。

 さらに、インフォームドディシジョンモデルでは、医師から提供される情報量が多いのは同じですが、医師と患者で一緒に決めるのではなく、患者は幅広く医師以外からも積極的に情報を収集し、自分で意思決定を行うというものです。

 これらの方法のうち、どれが望ましいのでしょうか。それは最初から決まっているものではないようです。患者や市民の立場からすると、意思決定の仕方にも、これらの選択肢があることを知り、自分にとってどれなら一番納得がいき、安心で満足のいく方法なのかを選べるというのがよいのかもしれません。確かに、とても信頼できる医療者にめぐりあえれば、パターナリズムでいいのではないかと考えるかもしれません。しかし、そこで信頼できる医療者とは、コミュニケーションをよく取る医療者であるということが多いのではないでしょうか。従来は、医師が患者によかれと思って決めるパターナリズムモデルが多くとられていました。しかし、最近では、医師が多くの情報を患者に提供し、医師と患者が多くコミュニケーションをとって一緒に決めて行くというシェアードディシジョンモデルへと移行してきているのです。

2. 人々の意思決定を支えるものとは?

医療サービス現場の意志決定

1) 患者の意思決定を支援する方法

 パターナリズムモデルからシェアードディシジョンモデルへの移行に伴い、情報提供や意思決定の支援のための取り組みが盛んになってきています。例えば、患者の自己学習を支援する「病院図書室」や「患者情報室」の設置、そこで情報検索を支援する専門員の配置があります。それらを推進して、患者が学べる場所の一覧を作っているサイトとして患者図書室プロジェクトや「いいなステーション」の全国の患者情報室一覧などがあります。

 また、患者が自分で診療の記録を見られるような電子カルテや、自分で持ち運べる「私のカルテ」のような医療者と同じ情報をいつでも見られるようにする方法もあります。日本医療機能評価機構による病院機能の評価項目でも、診療に関する情報が患者と共有されていることが入っています。通常の時間外の医療者と患者の情報収集・交換・共有の場としての「患者会」も次第に活発になってきています。「医療の質が高い病院」あるいは「いい病院」というのは、患者が自分の体や病気、日常生活上の注意などについて、自分で考えて意思決定することを支援する病院ということがいえるでしょう

2) 個人にカスタマイズされた健康情報と意思決定

 専門的な知識がなかったり、医療を受けた経験の少ない人々にとって、収集した情報や医療者から提供される多くの情報から適切なものを選んだり整理したりするのは難しい場合もあると思います。医療者が患者に提供する情報のあり方の一つとして、各患者の健康維持・促進により効果的な情報が、その人専用にカスタマイズされた状態で提供されるテーラリング(Tailoring)があります。その様な情報を受けることで人々は意思決定に迷うことなく、自分にぴったりの治療やサービスを受けることができると期待されています。

 テーラリングとは、元は英語で洋服を仕立てること、と言う意味ですが、健康・医療の世界では、個別に調整し対応する、という意味で用いられるようになってきています。以前からテーラリングが行われてきたのはその人だけが持つ遺伝子を対象とした遺伝子治療があります。それが次第に、健康・医療サービス全体を通じて、個人に向けてカスタマイズされ提供されるという意味へと広がってきています。特に、サービスの提供側(専門家や情報を発信する人)と受け取る側(患者や市民)の相互作用、交流のありかたにおいてカスタマイズされることが必要と言われています。コンピュータの普及によって、ソフトウェアやウェブによるコミュニケーションが行われるときに、多様な個人特性の組み合わせと、その組み合わせに対応した健康・医療に関する情報のやり取りがプログラム化されることで、特にカスタマイズされたコミュニケーションが実現しやすくなる、とも言われています。

 各個人に合わせてカスタマイズされた情報を提供するテーラリングは、個人の意思決定を容易にするのに必要な情報を揃えて患者に提示すること、つまり、膨大な情報の中から意思決定に必要な情報を与え、それを支援するものであるといえます。

3)システムによって支援される意思決定

 これまで、患者や市民が治療や健康法について情報を収集し意思決定を行うプロセスやそのための支援などについて述べてきました。ここで紹介するのは、医療従事者による意思決定を支え、医療の質の向上させるための意思決定システムというものです。コンピュータプログラムなので、人々の考えや意思とは独立した意思決定が可能です。

 簡易な意思決定支援システムの利用数とその精度は年々増加しています。それらは例えば、投薬量の算定やICUでの静脈点滴量の制御、電子心拍計の読み取りや不整脈患者のモニタリング、また医学文献から関連記事を検索することなどに役立っています。すでにいくつかのアプリケーションは診断を下したり、治療法を決めたりすることもできるようになっており、改良を加えることで将来にはさらに頻繁に用いられるようになると思われます。管理経営による医療の効率化の拡大(ことに北米で)に伴って、意思決定支援システムや電子カルテを含めた他のプログラムや装置・器具の利用は、その重要性を増しつつあります。

 意思決定支援システムは、患者の健康やQOLに影響を及ぼすため、その利用に関しては、「なぜ」また「いつ」利用されるべきか、「どのような利用法」で、また「誰によって」利用されるべきか、といった倫理的問題を配慮する必要があると思われます。

3. 意思決定が難しい場合の倫理的判断

 このように、意思決定の方法として何を選ぶのかが難しい場合には、倫理的判断が必要になります。倫理的判断に対するものとして臨床的判断がありますが、これらは意思決定を行う際に何を判断の軸とするのか、道徳性や臨床的な優先事項のうち何を重要視するかによって異なるものです。

 これまでお話してきた意思決定は、患者自身によって行われるもの、医療の質向上につながる医療者によるもので、判断する主体の存在がはっきりとしていました。しかし、意思決定が行われる場合には、患者本人や当事者が意思決定を行えず医療者にも決めることができない状況もあります。それは本人が自己決定を行えない状況、例えば子供が自律して決定を行えず、親など周囲の人による代理の意思決定が行われる場合などには、多くの人が考えて本人に良いと思われる判断のために、社会的な道徳に基づいて意思決定が行われることが望まれます。

 人々が他者に関する意思決定に関わる際、例えば本人が自己決定できない場合に代わって行う決定には、その決定が道徳性に沿ったものであるかの判断が重要です。医療における重要な倫理的決定の多くは、人間の出生や終末期に関わるものです。例えば、重症障害新生児を例に挙げると、極端な早産や先天性異常によって、生き延びる可能性がごくわずかしかない新生児の延命を試みるか、死んでいくに任せるかについて、他者である周囲の人々は、どのような治療を施すかという臨床的な決定に加え、どうすることが本人の望みにかなうのかということを含めた倫理的な決定を行う必要があるのです。社会の一員として、これらに関する倫理的判断について日頃から、あなたはどのような判断が望ましいかを考え、それらの考えが倫理的判断に反映されていくことが必要でしょう。

(吉川真祐子、瀬戸山陽子、戸ヶ里泰典、中山和弘)

2013年11月29日

保健医療の専門家に求められること

 ヘルスリテラシーが低いことは、健康のためによりよい意思決定ができなくして、よりリスクの高い行動を選ぶことに結びつきます。そのため、健康を損なったり、健康管理ができなかったり、入院が増えたりします。しかし、この現代社会において、健康でいるためになぜヘルスリテラシーが必要になってきたのでしょう。喫煙、運動不足、お酒の飲み過ぎ、ファストフード、ストレスなどは、この現代が生み出してきたもので、このようなリスクファクターが増えたことで、行動を変える必要が出てきたわけです。また、医療が高度化して、1人ひとりにあわせた治療やケアの選択肢が増えることで、それはますます複雑で簡単には理解しにくいものとなっています。
 つまり、保健医療から、健康のために1人ひとりに必要なものを選ぶように要求されるようになったことで、1人ひとりがそれを選ぶためのスキルや能力が必要になり、求められるヘルスリテラシーはますます拡大するということが起こっているのです。言い換えればヘルスリテラシーは、個人と保健医療との相互作用によって必要になってきています(図)。

ヘルスリテラシーの向上

 図1. 個人と保健医療の相互作用でヘルスリテラシーが求められるように

 したがって、保健医療の側から、わかりやすく情報が提供されて、自分のあった意思決定の支援がされれば、求められるヘルスリテラシーも少なくなるわけです。もちろん、1人ひとりが健康のためのスキルや能力を身に付けておけば、健康のリスクに直面してから急にヘルスリテラシーを求められることもありません。どちらのアプローチも必要です。
 このようにみると、ヘルスリテラシーは、市民や患者にだけあてはまるものではありません。いかに相手に会ったわかりやすい情報が提供できて、うまく意思決定の支援ができるかの能力は、保健医療の専門家としてのコミュニケーション能力であり、ヘルスリテラシーと呼ぶことができるでしょう。実際、ヘルスリテラシーの定義には、保健医療を提供する人の能力として、患者や市民とわかりやすくコミュケーションができて、健康について学んでもらい、自分で問題を解決できるように支援する能力を入れるようになってきています。
 ヘルスリテラシーの向上のためには、市民や患者が自ら学ぶこと、互いに学びあうことも可能でしょうが、その支援を含めて保健医療の専門家がすべきことは多くあると思われます。ヘルスリテラシーへの取り組みを早くから始めているアメリカの例を見てみましょう。



アメリカのヘルスリテラシー向上のための取り組み

 2010年にはアメリカの保健福祉省が"National Action Plan to Improve Health Literacy"を発表しました。
 そこでは、次の2つの原則があげられています。

すべての人が、情報を得た意思決定(informed decisions)ができるための健康情報を得る権利を持つ

保健医療サービスは、わかりやすく、健康、長寿、QOLのためになる方法で提供されなければならない



そして、次の7つのゴールを提示しています。

1.正確で、アクセス可能で、行動に移せるような健康と安全についての情報をつくって広める
2.健康情報、コミュニケーション、情報を得た意思決定(informed decision- making)、ヘルスサービスへのアクセスの向上に向けて、ヘルスケアシステムの変化を推進する
3.正確な、基準に基づいた、発達上適切な健康と科学の情報を、育児期から大学レベルの教育までを通したカリキュラムに組み入れる
4.コミュニティにおける、成人教育や英語教育と文化的にも言語学的にも適切な健康情報サービスを提供する地域の努力をサポートし拡大する
5.パートナーシップを築き、指針をつくり、政策を変化させる
6.ヘルスリテラシーを向上させるため、基礎研究と実践や介入の開発、実施、評価を増加させる
7.エビデンスに基づいたヘルスリテラシーの実践や介入の普及と利用を増加させる

 そして、それぞれのゴールの達成のために、実際に何をするのか、行動の戦略が多く上げてあります。ゴールの2番目にある保健医療の専門職向けの戦略では、様々なコミュニケーションを使うことを推奨し、患者が健康情報と治療や検査などに関連するリスクとベネフィットのトレードオフ(何かを選ぶことは何かを捨てることになること)を理解しているかを確認することがあげられています。
 また、患者が治療のプロセスのあらゆる段階で、情報に基づいた意思決定ができるように患者中心のテクノロジーを使うこと、それにはソーシャルメディアを含めて、医療チームと情報へのアクセスを拡大するとしています。アメリカでソーシャルメディアといえば、facebook、Twitter、ブログ、YouTubeなどを指しますが、これは24時間いつでもつながっていて、点で関わりがちな保健医療の専門家を線で結ぶことが可能になっています。アメリカではメイヨークリニックがリードする形で多くの有名病院がソーシャルメディアを活用しているのが現状です。



保健医療の専門家によるわかりやすいコミュニケーション

 アメリカ医師会のヘルスリテラシーについての医師向けマニュアルがあります[3]。ヘルスリテラシーが低と考えられる人に対するコミュニケーションの方法として、次の6つのステップをあげています。それぞれの内容について簡単に紹介したいと思います。

1ゆっくりと時間をかけること

 コミュニケーションはゆっくり話したり、もう少しだけ時間をかけることで改善するといいます。アメリカのいわゆる「かかりつけ医」(primary care physician)のデータでは、医療ミスで訴えられたことのある医師が患者との平均の会話時間は15分なのに対して、訴えられたことのない医師では18分だそうです。たった3分しか変わらないのに大きな違いです。
 患者が気になっていることがわかるまで十分に時間をかけることは、患者中心のアプローチだといえるでしょう。しかし、患者さんにあまりたくさん話してもらうと、診療時間が延びてしようがないと思う医師もいるようです。そこで、それを確かめるためのアメリカの研究があって、患者さんに自由に話してもらったときにかかった時間は、平均で1分半程度だったそうです。それほど長くはかからないことがわかります。
 日本でも、まったく同じ数値があてはまるかはわかりませんが、自分の気がかりなことについて全部説明するのに3分あれば足りるような気がします。

2わかりやすい言葉、専門用語以外を使う

 医師が日常的に同僚と話している言葉は、医学教育を受けていない人には理解できないでしょう。お茶の間や家族の間で話されるような言葉を使うということです。例えば次のようなものです。
 「良性」→「がんではない」、「肥大」→「大きくなっている」、「脂質」→「血液の中の脂肪」、「経口」→「口から」
 日本でも、このような病院で使われる言葉をわかりやすくするための提案は、国立国語研究所「病院の言葉」委員会が行っています。代表的な57の言葉について、分かりやすく伝える例を,詳しく示してあります。
 例えば、つぎのものです。

1.イレウス 2.エビデンス 3.寛解 4.誤嚥 5.重篤 6.浸潤 7.生検 8.せん妄 9.耐性 10.予後 11.ADL 12.COPD 13.MRSA

このサイトでも紹介している「エビデンス」については、次のように書いてあります。

まずこれだけは

証拠
この治療法がよいといえる証拠

少し詳しく

 「この治療法がよいといえる証拠です。薬や治療方法,検査方法など,医療の内容全般について,それがよいと判断できる証拠のことです」

時間をかけてじっくりと

 「この治療法がよいといえる証拠です。医療の分野では,たくさんの患者に実際に使って試す調査研究をして,薬や治療方法がどれぐらい効き目があるかを確かめています。その調査研究によって,薬や治療方法,検査方法などがよいと判断できる証拠のことです」

57の言葉について見てみてはいかがでしょう。

3絵を見せたり描いたりする

 「百聞は一見にしかず」の言葉通りで、文字や言葉よりも視覚的なイメージは、わかりやすいだけでなく記憶に残りやすいことがわかっています。人の顔を覚えていても、名前がわからないことがあるのが、その例です。しかし、絵や写真を見せれば、書いたり話したりしなくていいというわけではありません。

41回の情報量を制限して、繰り返す

 一番重要ないくつかの情報に絞り込んでコミュニケーションを取ることです。その方が記憶に残りやすく、患者もそれに基づいて行動できます。例えば、2型糖尿病の診断について伝える時は、まず、血液中の糖のレベルが高いので、それを下げるために薬を飲み始めましょうという話が最も重要なことです。生理学的な話や自己管理ができるかどうか、合併症などについての話は大事ですが、まず何より治療を始めることがメインです。
 また、情報は繰り返すと記憶に残りやすいものです。できれば、医師、看護師、薬剤師、栄養士など、複数の職種で行うのがよいでしょう。
 資料やプリントを使えば、情報を繰り返して提供することになります。情報の大切さを伝えるためにそれを読み上げるのもよいでしょう。資料もなるべくシンプルなものを作りましょう。

5「ティーチバック(teach back)」

 保健医療の専門家が話したことを、患者が理解できたかを確認する方法として、「ティーチバック(teach back)」というテクニックを使います。患者に話したことを、患者に説明をしてもらって、うまくできなければもう一度、別の方法で説明するというものです。よく使われる「わかりましたか」という質問はしてはいけないそうです。わかっていない場合でも「はい」と答える場合があることがわかっています。
 例えば、「お薬をどのように飲んだらよいか説明してもらえますか。私がちゃんと説明できたかを確認したいのです」「喘息の吸入器の使い方を見せてもらえますか。私がきちんと教えられたか確認したいのです」「帰ったら、奥さん(ご主人)に、病院で何と言われたと話しますか」と質問します。
 「ティーチバック」は、研究で効果が認められていて、患者が理解できるようになるだけでなく、患者によい結果(糖尿病患者が血糖値をうまくコントロールできるなど)をもたらします。
 図にするとつぎのようなもので、患者の理解が確認できるまで患者に合った新たな説明を繰り返すということです。

ヘルスリテラシーの向上

6質問しても恥ずかしくない環境をつくる

 わからないことについて気軽に質問できる雰囲気が大事です。そうでないと、多くの患者が、"ばか"だと思われないようにとか、医師などに迷惑をかけないようにと、わかったふりをします。例えば、「医学的なことは難しくてわからないことが多いので、わからないことがあれば何でも気軽に聞いてください」と話すことです。それから、患者が思っていそうな質問について聞いてみます。
 また、家族や友人に同席してもらいたいかを聞くという方法もあります。ヘルスリテラシーの低い人は、医師が言ったことについて、あとで家族や友人に聞くことが多いという研究もあります。

患者が何を質問すればいいかわかりやすいように、重要な3つの質問に絞り込んだ「Ask Me 3(アスク・ミー・3)」というものがあります。これをポスターやパンフレットで紹介するのです。それは次の3つの質問です。

1.私の一番の問題はなんですか? (What is my main problem?)
2.私は何をする必要がありますか? (What do I need to do?)
3.それをすることが私にとってなぜ重要なのですか? (Why is it important for me to do this?)

ヘルスリテラシーの向上



 以上が6つのステップですが、その前提ともいえるものとして、つぎのものが必要であると考えられます。

すべての患者や市民が理解できない状況にあると想定する標準予防策

 標準予防策(スタンダードプリコーション)の考え方、それは、すべての患者に接するとき、感染している事実の有無にかかわらず、感染を想定して行動するものです。これと同様に、すべての患者や市民は、健康情報を得たり、理解することが難しいと想定するということです。どんな人でも、病気のときや、痛みなどの症状があるときには、しっかり考えられないですし、それは家族でも同様です。人の話をゆっくりと聞いて理解できる状況かどうかを常に考えておく必要があるということです。


学歴があればヘルスリテラシーがあるという思い込みを捨てる

高い学歴があるとしても、保健医療の専門家が使うなじみのない言葉をすべて理解することは難しいものです。また、たとえ理解できたとしても、とくにはじめての経験であれば、自分にとって一番適切な方法を選んだり、すばやく行動に移すことは決して簡単なことではないでしょう。


ヘルスリテラシーが低い人は簡単に見分けられないことを知る

ヘルスリテラシーが低い人でも、多くの人は、話もしますし、印刷物にも目は通しますし、わかりましたということもあります。それは、職業にもよらず、医療関係者のなかにもそのような人はいてもおかしくないのです。



わかりやすい健康情報サイト

 専門家からの情報提供は、今やWebが中心的な役割を占めるようになり、アメリカではとくに、多くの情報が国の専門機関から提供されています。日本のように、Webで検索すると怪しげなサイトに誘導されることが多くなく、国立衛生研究所(NIH)や国立医学図書館(NLM)など政府系の研究機関のサイトが確実に上位にヒットするようになっています。市民に正しくわかりやすい情報を提供するための努力を続けているからです。
例えば、アメリカ厚生省(HHS)は、わかりやすい市民向け健康情報サイトHealthfinder.govを開発、公開しています。そして、このサイトを開発していく過程で、ヘルスリテラシーが低い人でも理解できるように、利用者を対象とした評価研究を重ね、わかりやすい健康情報サイトの作り方のガイドライン"Health Literacy Online"
を作成して、公開しています。そこで紹介されていることは次のようなことです。

リテラシーの低い人達は、3行以上にわたる段落の文章は読み飛ばす、キーワード検索はしない

開発からのあらゆる段階でユーザを巻き込むことで、繰り返しテストし、修正すること

否定的な表現、Don't, Unless, Not, Shouldなどは使わず、具体的にどうするとよいのか、すぐに行動に移せるコンテンツを作成すること

情報の正確さを保証するために、すべてのコンテンツにはレビューワー、誰が査読したのかがわかるようにすること

 そこでは、情報を受け取る人たちを対象とした調査の必要性が強調されています。対象へのインタビューやグループで話し合ってもらったりすることで、対象のニーズやメンタルモデル(頭の中にある「こういうものだ」というものの見方や考え方)を知り、それにあわせることが必要です。健康情報については、健康問題についての情報を探しているのか、それを抱えているかどうかを知りたいのか、それを予防したいと思っているのかでは大きな違いです。なるべく、1人ひとりに合った個別性の高い情報で、インタラクティブ(対話形式でできるもの)なものがよいといいます。
 まず、試作品を作って、使ってもらって、ユーザビリティ(使いやすさ)をチェックします。「それは何?」「必要なの?」「私は何をすれば?」という流れだと理解しやすいようです。「わかりやすさ」「興味が持てること」「すぐに行動に移せること」の3つが大切で、これがそろっていると自信を持って行動に移せるといいます。



信頼できる健康情報サイト

 また、アメリカの国立医学図書館(NLM)は、市民向けの健康情報を豊富に収集したサイトMedlinePlusを作成、公開しています。わかりやすく整理されたリンク集が中心の内容で、信頼できる研究機関などのコンテンツが紹介されています。アメリカの生徒を対象として研究では、このサイトの利用が、ヘルスリテラシーの高さと関連していたというものがあります[5]。ヘルスリテラシーが低い人でも、活用可能になっていて、医学用語の理解のしかた、健康情報の評価のしかた、健康アプリの検索、自分が欲しい健康情報メール配信の登録など充実したサイトとなっています。
 日本には、国立医学図書館もなく、症状や病気で検索すると、営利目的のアフィリエイトのサイトが多くヒットするのが現状です。わかりやすいが信頼性はなく結局は商品を販売するサイトにつながってしまいます。日本のインターネット上のがん情報は,半分以上が,信頼できないという報告もあります[6]。アメリカでは、このようなサイトを駆逐するために、政府が優れたサイトを作成しているわけです。日本にも、各大学や研究機関などでわかりやすいサイトが作成されていたりしますが、そこにナビゲートしてくれるわかりやすく統合的なサイトがないことが問題です。このままでは、英語の勉強をしっかりしたほうが早いということになってしまうかもしれません。日本にも、日本版MedlinePlusが欲しいものです。

 また、日本全国の保健所のサイトを分析した研究では、情報発信内容、ユーザビリティ(使いやすさ)、アクセシビリティ(障害のある人が情報を入手できること)は一定していなくて、情報発信者である保健所によってサイトの改善余地があることが指摘されています。保健所のサイトを含めて、一般市民向けのサイト活用へ配慮し、ガイドラインの作成、探しやすさの工夫、利用者のニーズ調査と評価が求められています。

文献
1)Parker R. Measuring health literacy: what? So what? Now what? In Hernandez L, ed. Measures of health literacy: workshop summary, Roundtable on Health Literacy. Washington, DC, National Academies Press, 2009:91-98.

2)U.S. Department of Health and Human Services, Office of Disease Prevention and Health Promotion. (2010). National Action Plan to Improve Health Literacy. Washington, DC: Author. http://www.health.gov/communication/hlactionplan/

3)Barry D. Weiss:Health Literacy and Patient Safety: Help Patients Understand. AMA, 2007. http://www.ama-assn.org/ama1/pub/upload/mm/367/healthlitclinicians.pdf

4)Kentucky Hospital Association: Health Literacy; How to communicate so your patients understand. http://healthliteracyky.org/resources/hlk-how-to-communicate-flier.pdf

5)Ghaddar SF, Valerio MA, Garcia CM, Hansen L. Adolescent health literacy: the importance of credible sources for online health information. J Sch Health. 82(1):28-36,2012. 6)Goto Y, Sekine I, Sekiguchi H, Yamada K, Nokihara H, Yamamoto N, Kunitoh H,Ohe Y, Tamura T. Differences in the quality of information on the internet about lung cancer between the United States and Japan. J Thorac Oncol. 2009;4(7):829-33. 7)瀬戸山 陽子、中山和弘:全国保健所ウェブサイトの情報発信内容とユーザビリティ、アクセシビリティ評価. 日本公衆衛生雑誌、55巻2号、93-100、2008.                                                          (中山和弘)

2013年11月28日

市民や患者ができること

 市民にとって「賢い患者」になることが、医療事故を予防し、質の高い患者中心の医療を実現することにつながります。「賢い患者」になるための重要な要素として、市民と医療者とのコミュニケーションを向上させることが欠かせません。ここでは、日本とアメリカで推奨されている市民向けコミュニケーション向上のための方法をいくつか紹介します。まず、日本で普及が推進されている心構えとして『新・医者にかかる10箇条』を紹介します。

1)新・医者にかかる10箇条

 『新・医者にかかる10箇条』はインフォームドコンセント(医師による説明と、患者の理解・選択に基づく同意)を患者の側から普及することを願ってつくられたものです。これは、NPO法人ささえあい医療人権センターCOMLによって普及が推進され、医師会、保健所など自治体のホームページなどでもしばしば紹介されています。
 市民が、自分の望む医療を選択して治療を受けるためには、まずは「いのちの主人公・からだの責任者」としての自覚が大切です。そのために、どのような心構えで医療を受ければよいのかを10項目にまとめています。ここでは、医療者とのコミュニケーションにおいて、患者が必要な心構えには、「記録すること」、「伝達すること」、「質問すること」、「責任をもつこと」いう4つの要素が必要であると示しています。

市民や患者ができること

『新・医者にかかる10箇条』

1.伝えたいことはメモして準備
2.対話の始まりはあいさつから
3.よりよい関係づくりはあなたにも責任が
4.自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
5.これからの見通しを聞きましょう
6.その後の変化も伝える努力を
7.大事なことはメモをとって確認
8.納得できないときは何度でも質問を
9.医療にも不確実なことや限界がある
10.治療方法を決めるのはあなたです

出典 ささえあい医療人権センターCOML(コムル)より

2)患者からの質問の具体例

 質問は実際にはどのようにすればいいのでしょう。
COML(コムル)の『新・医者にかかる10箇条』では、実践編として、検査、治療、くすり、入院、その他の場面で計33の質問を示しています。同様に、アメリカにおいても、医療の質、安全、効率性、有効性の改善に取り組むAHRQ(Agency for Healthcare Research and Quality、米国医療研究・品質調査機構)が『医師にする質問Question To Ask Your Doctor』として具体的な質問を40項目について紹介しています。
これは患者が診療などを受ける場合、場面を選んで事前に質問リストを作成できる機能です。ここでは、健康問題、薬、検査、手術の4つの場面について、それぞれ紹介しています。そこから質問を選んだあとに印刷して、質問用紙として使用できる『Question Builder(クエスチョン・ビルダー)』というコーナーも用意されています。

『新・医者にかかる10箇条』実践編([1]が付いているもの)と 『医師にする質問Question To Ask Your Doctor』([2]が付いているもの、和訳は中山と谷口による)で紹介されている質問例を場面ごとに紹介します。

【健康問題について】
診断は何ですか。[2]
これ以上の検査が必要になりますか。[2]
治療の選択肢には何がありますか。[2]
どれくらいすぐ治療についての意思決定をしないといけませんか。[2]
いくら治療費がかかりますか。[2]
副作用はありますか。[2]
その治療をしないとどうなりますか。[2]
予後の見通しはどうですか。[2]
自宅で特別な助けが必要となりますか。[2]
【検査】
何のための検査ですか。[2]
どこを調べる検査ですか。[1]
検査はどのような方法でおこなわれるのですか。[1][2]
検査はどのていど正確ですか。 [2]
その情報を知るには、この検査しかないのですか。[2]
検査に備えてしなければならないことは何でしょうか。[2]
検査はどのようなスケジュールでおこなわれるのですか。[1]
この検査にかかる時間はどのくらいですか。[1]
その検査はどのような苦痛を伴いますか。[1]
どのような危険がありますか。[1]
検査結果はいつわかりますか。[2]
検査で何がわかりますか。 [1][2]
検査でわかった私の病気はどんな具合ですか。[1]
検査の次のステップは何ですか。[2]
【治療】
治療期間中はどのようなスケジュールですか。[1]
どのような治療ですか。[1]
治療中に何か制約されることはありますか。[1]
どのような変化が期待できますか。[1]
どのような危険がありますか。[1]
その治療を受けないとどうなりますか。[1]
治療後、日常生活に変化が起きる可能性はありますか。[1]
治療後の回復にどのくらいかかりますか。[1]
ほかにどんな治療法がありますか。[1]
【くすり】
何という名前のくすりですか。[1][2]
何に効くくすりですか。[1][2]
ジェネリックにできますか。[2]
このくすりより安くて良いものはありませんか。[1]
安いくすりと比べてどのように効果が異なるのですか。[1]
いつ飲めばいいですか。[2]
どのくらいの量を飲めばいいですか。[2]
いつまで飲む予定ですか。[1][2]
副作用はありますか。[1][2]
避けなければならない食べもの、飲みもの、活動はありますか。[2]
薬を飲むのを忘れた場合はどうしたらよいですか。[2]
このくすりを飲んでいて気をつける症状(副作用)は何ですか。[1]
変わった症状が出たときはどうすればいいですか。[1]
間違って決められた用量以上を飲んでしまったらどうすればよいですか。[2]
再処方が必要ですか。[2]
他の薬やビタミン剤は飲むのをやめるべきでしょうか。[2]
説明書はもらえますか。[2]
【入院】
入院が必要な理由と目的を教えてください。[1]
入院中におこなわれるのは、どのような検査や治療ですか。[1]
入院中に外出や外泊はどのくらいできますか。[1]
予想される入院期間はどのくらいですか。[1]
退院後の生活はどのようになるんですか。[1]
かかりつけ医を紹介してください。[1]
【手術】
なぜ手術が必要なのですか。[2]
ほかに治す方法はありますか。[2]
どんな手術が必要ですか。[2]
これまでこの手術をしたことがありますか。[2]
この手術をするならいちばんよい病院はどこですか。[2]
麻酔は必要ですか。[2]
いつまでに回復しますか。[2]
いつまで入院しますか。[2]
手術のあとにどんなことがおこりますか。[2]
手術を延ばしたり、しなかったりするとどうなりますか。[2]
【その他】
私の病気の原因は何ですか。[1]
日常生活で気をつけることは何でしょう。[1]
(それぞれの場面で)どのくらい費用がかかりますか。[1]

3)これだけは聞きたい質問

 ずいぶんとたくさんの数の質問が考えられるものです。実際には、これほどたくさんの質問はできないかもしれません。これは聞いてみたいというものだけを自分で選ぶのもいいでしょう。しかし、厳選して、これだけは聞きましょうと推奨されている質問も紹介しましょう。
 アメリカのAHRQは、上にあげた質問のコーナーで、つぎにあげる「知っておくべき10の質問」を推奨しています。

1.その検査は何のためにするのですか?
2.あなたはこの治療を何回したことがありますか?
3.結果はいつわかりますか?
4.なぜこの治療が必要なのですか?
5.ほかの選択肢はありますか?
6.どんな合併症が起こる可能性がありますか?
7.私に一番合っている病院はどこですか?
8.何という名前のくすりですか?
9.副作用はありますか?
10.この薬は今飲んでいる薬と併用しても大丈夫ですか?

 さらに要点を絞ったものが次の3つの質問で、これも、アメリカでつくられた「Ask Me 3(アスク・ミー・3)」というものです。

1.私の一番の問題はなんですか? (What is my main problem?)
2.私は何をする必要がありますか? (What do I need to do?)
3.それをすることが私にとってなぜ重要なのですか? (Why is it important for me to do this?)

市民や患者ができること
 患者に提供されるケアの安全性の向上をはかる活動を行うNPSF(National Patient Safety Foundation、国立患者安全財団)が作成したものです。Ask Me 3は医師・看護師・薬剤師といった医療者とのコミュニケーションの際に、患者がこれらの3つの質問に対する答えを理解することを奨励しています。



                          (中山和弘、谷口絵里奈)

2013年11月25日

医療者と患者が一緒に決める方法

 病気や治療のことを医師から告げられた時、驚きや不安でいっぱいになるかもしれません。自分の身に何が起こっているのか、これから何が起こるのかよくわからず予測もたたないと感じるかもしれません。もし、そのような状況で治療や検査について複数の選択肢の中から選ばなければならないとしたら、自分らしい選択ができるでしょうか?

シェアードディシジョンモデルを保健医療の現場で活用するためのステップ

自分らしく納得のいく選択のためには、正しく医療情報を理解しどちらを選んだらどのような結果になるかを理解すると共に、自分が何を大事にしたいかという価値観や好み(プリファレンス)(「どれがよいと思うかについての気持ちや考え」のこと)をはっきりとさせることも必要でしょう。
 治療や検査に選択肢がある場合に、患者の好み(プリファレンス)を踏まえることが大切なのはなぜでしょうか?花子さんの例を見てみましょう。

 花子さん(78歳の女性)は、心臓の病気を抱えて暮らしていました。ある日、乳がんと診断され手術に対する恐怖感を感じていましたが、医師が最もよい方法だと薦める手術に同意し手術を受けました。手術は無事に成功しましたが、手術の後も花子さんは不安と悲しみをずっと抱えていました。  ある日、友達で80歳のみどりさんと話したのをきっかけに、悲しい気持ちがより大きくなりました。みどりさんは、初期の乳がんと診断されたのですが手術を受けていなかったのです。そしてこう言いました。「私は、がんの進行を遅らせるためにホルモン療法を受けているの。もうだいぶ歳だし、がんが全身に広がってひどい状況になるよりも前に、何か別のことが原因で死が訪れると思ったから、手術はしなかったの。」  その話を聞いて、花子さんは、「もっとほかの治療方法についてもきちんと考えていたら、私も手術をしなかったかもしれない」と、とても後悔しました。もう手術をする前の過去には戻れないのです。(Mulley, et al., 2012より改変)

 手術の前に、花子さんが医師からほかに考えられる治療の選択肢についてメリットやデメリットについての説明を受けたり、花子さんが何を大事にして過ごしているかを医師が知り、話し合った上で治療を決定していたら、後悔する日々を過ごさずにすんだかもしれません。

(この例は、手術をしないことを勧めるものではなく、手術を受けるかどうかについて、きちんと情報を得てそれぞれの選択のメリットやデメリットなどを十分に考えることの大切さを理解するための例です。)

 意思決定の3つのパターンのうち医療者と患者が情報を共有して決めるシェアードディシジョンモデルは、意思決定にいたるまでの歩み(プロセス)を含みます。シェアドディシジョンモデルを診察などの医療現場で現実のものとするには、実施しやすい方法を知ることが手助けとなるでしょう。

 3ステップモデル(Elwyn, et al.,2012 )は、チョイストークChoice Talk、オプショントークOption Talk、ディシジョントークDecision Talkという3つのステップを踏む方法です。相互にコミュニケーションを取りながら、患者が正しく医学的情報を理解し、自分は何を大事にして決めたいかをよく考えて、自分らしい決定ができるようにつくられたものです。
 このステップの間、医師または看護師などの医療者が、情報を提供したり、質問に答えたり、患者さんが意思決定に参加できるように励ましたり、希望を聞くなど意思決定のサポートを行います(図1)。

シェアードディシジョンメイキング 3ステップモデル

図1 シェアードディシジョンメイキング 3ステップモデル ( Elwyn, et al., 2012より改変)

 では、どのようにステップを踏むのか、3ステップモデルのそれぞれの内容について見てみましょう。このステップは、医師などの医療者がどう行動するかを示しています。

チョイストーク(選択の必要性についての話し合い)

 チョイストークは3ステップの最初のステップです。具体的には次のような内容を含みます。

選択が必要であるということ、話し合いをして決めるということを患者に伝える。

一番ふさわしい選択のためには、患者の好み(プリファレンス)も考慮するべきだということを伝える。

患者の反応を確認する(関心を持って聞いているか、動揺しているかなど)。

すぐに結論を出さない(患者から医師の薦める方法を尋ねられる場合には、決めるプロセスをサポートすることや、医師が自分の意見ももちろん一緒に共有するけれど、その前にもう少し詳しく選択肢の説明をすることなどを伝える。)

 患者中心の医療を考える場合、医学的診断に加えて、患者の好み(プリファレンス)を治療法の決定に加味することがとても重要です(Mulley,et al, 2012)。Mulleyらの提示する3ステップでは、医師が医学の専門家であるのと同じように、患者には「自分の人生において何を大事にして生きるかを知る専門家である」ということ、チームの一員として決める際に積極的に参加してもらう役割があるということを患者に知ってもらうことを含むので、最初のステップをチームトークTeam talkと表現しています(Mulley,et al, 2012)。

オプショントーク(選択肢についての話し合い)

 オプショントークは3ステップの2番目のステップです。選択肢それぞれの内容を詳しく伝え患者の理解を深める段階にあたります。具体的には次のような内容を含みます。

選択する内容について誤解がないか、患者の理解を確認する。

あてはまる選択肢をリストにして提示する。(場合によっては、積極的な経過観察といった選択肢も含まれる)

選択肢それぞれの医学的方法の違いを説明し、対話の中から好み(プリファレンス)を探る。(特にそれぞれの選択肢のメリットとデメリット、からだ・心理面・人間関係や役割などの社会的な面に起こる影響を伝える。その違いがどう受け止められるかは患者によって違うということも話し合う。)

意思決定の支援ツールを提供する。

まとめと振り返りを行い、理解の確認をする(ティーチバックも活用できる)

ディシジョントーク(決定についての話し合い)

 3ステップモデルの最後のステップが、ディシジョントークです。具体的には次のような内容を含みます。

好み(プリファレンス)に焦点をあて、何が大事だと思うかを尋ねる。

希望があれば、もう少し決めるまでに時間をかけてもよいこと(治療上どのぐらい待てるか可能な範囲による)を伝え、好み(プリファレンス)を引き出す。

決定を先に延ばしたほうがよいか、決定へ移ってよいかを確認する。

決定を振り返ることが、決めるまでのプロセスを終結するのによい方法である。

 ここでは、患者にとって何が重要かを尋ねたり、はっきりと好み(プリファレンス)を引き出すことに焦点をあて、そのうえで決定に移ります。

 中には自信を持って決められる人もいるでしょう。自分の力で情報を得てそれが自分の人生で大事にしたいことと一致していれば、医師による好み(プリファレンス)の確認は必要ありません。しかし、中には患者自身が何を大事にしたいかはっきりできずにいる場合もあるでしょう。そういう場合には、医療者も、患者が何を大事にしたいと考えているのかを聞き理解することが大切です。患者の好み(プリファレンス)を理解できれば、患者の好み(プリファレンス)を踏まえてベストな方法をアドバイスすることができるでしょう。

引用文献
Elwyn, G., Frosch, D., Thomson, R., et al. (2012). Shared decision making: A model for clinical practice. Journal of General Internal Medicine, 27(10), 1361-1367.

Mulley, A. G., Trimble C., Elwyn, G. (2012). Stop the silent misdiagnosis: patients' preferences matter. British Medical Journal, 345, 1-6.

(大坂和可子、中山和弘)

2013年11月28日

子どものころからからだと健康を学ぼう

患者や市民が医療者が話すとき、その内容の多くは、私たちのからだについてのことだと思います。 しかしそもそも、私たちは自分のからだについてどのくらいのことを知っているでしょうか。

 世界における「からだの教育」

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 世界のいくつかの国では、子どもの頃からからだや健康についての教育がなされています。

 例えばアメリカには、国の疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)が1995年に定めた保健教育の学習目標である全国保健教育基準(National Health Education Standard)があります。
 この基準の対象は、未就園児から12年生(日本では高校3年生)までの子どもです。つぎの、8つの領域において、発達段階ごとに具体的な目標が定められています[1]。

  1.  1.より良い健康のためのヘルスプロモーションと疾病予防に関する考え方を理解する
  2.  2.健康行動に影響を与える家族や仲間、文化、メディア、技術の影響について分析する
  3.  3.より良い健康のための情報や商品、サービスにアクセスする
  4.  4.より良い健康のために健康リスクを避けたり減らしたりする対人コミュニケーションスキルを使う
  5.  5.より良い健康のために意思決定のスキルを使う
  6.  6.より良い健康のために目標設定のスキルを使う
  7.  7.より良い健康のための行動を実践し、健康リスクを避けて減らす
  8.  8.自分や家族、コミュニティの健康を主張(advocate)する

 小さい頃から意思決定のスキルを身に付けることが1つの柱になっている点が注目されます。
 アメリカは州によって義務教育の体制が異なりますが、全米の6割以上がこの目標に沿った保健教育を行っていると報告されています。

 また、イギリスでも、1999年に「保健」が加わった「人格、社会性、保健の教育(Personal, Social Health & Economic Education)」や体育の科目において、健康やからだに関する教育が行われています。  イギリスでは、義務教育期間を4つのキーステージに分けており、「人格、社会性、保健の教育」の科目においても、キーステージごとに学ぶべき内容が定められています。例えば、キーステージ1である5~7歳では、「健康で安全な生活習慣を高める」という目標のもと、学ぶべき内容として、「健康で健全な生活を送るためのシンプルな選択の方法」や「個人衛生の維持」「からだの主な部分の名前」などが含まれています[3]。

 さらに、台湾では、保健教育は小学校1年生から各学年において、系統的に実施するように教育課程の中に組み込まれています。
 具体的な教科としては「健康と体育」と呼ばれますが、この科目は小学校1年生から中学校3年生まで必修です。内容は、「発育と発達」「人間と食物」「運動機能」「運動参与」「安全な生活」「健全な精神」「集団の健康」の7項目にわたり、小学校1年生から中学校3年生を3段階に分けて、その段階ごとに、学習目標が定められています[3]。

 日本における「からだの教育」

 このように、他国では子どもの頃からからだや健康に関して様々な取り組みがなされています。

 では日本はどうでしょうか。

 残念なことに、今の日本では、からだについて系統的に学ぶ機会が整えられていません。
小中学校や高校の「保健」の授業で性教育がなされたり、「理科」の授業で人間と魚の心臓の形の違いやメンデルの遺伝の法則を学んだりすることはあります。
 しかし例えば、消化器系や循環器系、泌尿器系など、体の基本的な知識や機能について学ぶ機会は整えられておりません。 また、健康に影響を与える環境とは何か、健康的で安全な食とは何かといったことに関しても、学校の場で系統的に学習する機会が整えられていないのです。

 NPO法人「からだフシギ」の取り組み

 通常私たちは、ある日突然病気になり医療者と話をしなくてはいけないという状況に直面します。
 しかし、効果的な質問の仕方を学んだとしても、そもそも自分のからだが健康な時にどのような形態や機能を持つものなのかを知らなければ、病気になった時の治療や療養生活について理解して良い意思決定をするのは難しいでしょう。

 そんな問題意識のもと、「すべての人が当たり前にからだの知識を持つ社会」を目指して活動している団体があります。NPO法人「からだフシギ」です。この団体は2005年から、5歳児を対象にして、からだのお話会を行う活動を行ってきました。

 お話会で扱う内容は、「消化器系」「呼吸器系」「循環器系」「筋・骨格系」「泌尿器系」「生殖器系」「脳・神経系」と多岐にわたります。毎回、「からだの絵本」や臓器の大きさと位置が立体的にわかる「臓器Tシャツ」、豆腐を脳に見立てた「模型」などを使うことで、子どもが実際には見たことがない自分のからだの中を想像しやすいような工夫を行っています。
 また、子どもたちがリラックスして素直に学べるように、図書館など子供たちにとってなじみ深い場所に出向いて行うというスタイルをとっています。お話の内容は一見難しそうですが、5歳児なりに自分のからだのことを理解しているようです。

 お話会では毎回、一緒に来ている5歳児の親御さんからも「自分も知らないことがあった」「からだのしくみを知るのが面白かった」という感想を頂きます。
 やはり大人でも、実は四六時中一緒にいる自分のからだのことを知らないということが多いようです。お話会や教材の詳しい内容は、ホームページをご覧ください。

NPO法人からだフシギ 

 病気にならないため、また病気になった時に医療者と効果的に話せるために、からだのことを知るのはもちろん大切です。
 しかし、私たちのからだは非常に精巧でよくできているので、まずはその巧みさや面白さを感じながら、からだに関する基本的知識を身に着けることが大事ではないでしょうか。

 NPOからだフシギが現在活動の対象にしているのは年長児のみですが、将来的に自分の意思で健康的な生活を目指して意思決定ができるように、すべての人が当たり前にからだに関する基本的な知識を持つような子どもの頃から学びの機会を整えられればと思って活動を行っています。
 また、今後は大人向けのからだのお話会なども企画できればと思っていますので、ぜひ定期的にホームページを覗きに来てください。 腸の長さは身長の3倍! お母さんの心臓の音、聴こえるかな?

写真:NPO法人「からだフシギ」のお話会の様子
(左:「腸の長さは身長の3倍!」 右:「お母さんの心臓の音、聴こえるかな?」)

ヘルスプロモーションスクール

 また、子どもへの健康教育の重要性が注目される中、それを体現させるものとして、ヘルスプロモーティングスクールという考え方もあります。これはWHOが提唱したもので、児童生徒だけでなく、教職員や家族、地域住民も一緒になり、学校を健康的な場にすることにたゆまぬ努力をしようという取り組みです。健康的な環境を整えることや健康教育を行うこと、さらに学校における健康サービスの提供が特徴として挙げられています[4]。

 アジア諸国では1996年以降中国、香港特別行政区、台湾が国家的な事業として開始し、特に台湾では、2002年に10校が指定されてから2006年では600校、現在では全土で取り入れられています[5]。
 日本でも千葉大学教育学部が導入し始め、「健康的な学校づくり」が勧められています [6]。

 大人のヘルスリテラシーを向上させるために、すべての人が受ける義務教育の段階から、系統的な健康に関する学習機会が整えられることが強く望まれます。

(瀬戸山陽子、中山和弘)

[1] Center for Disease Control and Prevention (1995) National Health Education Standard. from http://www.cdc.gov/Healthyyouth/SHER/standards/index.ht, アクセス日2014年11月18日
[2] Personal, Social Health and Economic Education Association (1998) Personal, Social Health and Economic Education. https://www.pshe-association.org.uk/, アクセス日2014年11月18日
[3] 国立教育政策研究所、保健のカリキュラムの改善に関する研究―諸外国の動向―、2004
[4] WHO, "What is a health promoting school", アクセス日2014年11月22日, http://www.who.int/school_youth_health/gshi/hps/en/
[5]岡田加奈子、【第2回APHPE大会:アジアに焦点を当てたヘルスプロモーション・健康教育の最新動向2012】アジアにおけるヘルス・プロモーティング・スクールの動向、日本健康教育学会誌、20(3)、254-256.
[6]千葉大学、ヘルス・プロモーティングスクール・プロジェクト アクセス日 2014年11月22日http://chiba-hps.org/

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