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2013年12月 アーカイブ

2013年12月 1日

健康情報とコミュニケーション

1. 健康情報のコミュニケーションの難しさ

コミュニケーションと健康

 

 あらゆる情報のやりとりは、さまざまなコミュニケーションの方法をとおして行われます。健康情報についての身近な例として、「家族や知人が病気になる」「健康食品に関心を持つ」「病院に通院する」などの場合を想像してみて下さい。このような時、私たちはそれらの情報を得るために、市民、患者、医療者などの立場から、友人や医療者にたずねたり、ネットで情報を探すなどのコミュニケーションを行うはずです。

 そこで、コミュニケーションがうまくとれれば、適切な情報の受け取りや行動につながる可能性が認められています。しかし、健康・医療情報はふだん聞き慣れない専門用語を含むなど特有の難しさがあります。さらに、それらをやりとりするコミュニケーション場面の影響を受けて、特徴ある問題が生じうることが知られています。以下にご紹介します。

1)健康・医療情報の特徴

 まず、健康・医療情報自体が持つ特徴について考えてみましょう。健康・医療情報は、マスメディアやインターネットの発達により、誰でも容易に入手できるようになりました。しかし、様々な媒体や方法によって提供される医療情報は、医療の専門用語や統計用語(割合による表現など)を含み正確に理解することが難しいため、一方的な情報提供になる恐れがあります。

 健康・医療情報は、①文章が長く複雑である、②用語が難しい、③受動態・能動態の使い分けが必要になる、④リスクやリスクファクターの基礎知識や数学の基礎知識が必要になる、などの特徴があります。さらに、話し言葉と書き言葉では、文章の構造や機能が違うため、それぞれの特徴を踏まえて、使い分けて使用する必要があります。また、印刷された文章では、文と文のつながりや関連性が複雑になることにより、さらに解釈が難しくなる場合があることが知られています。

 

2)コミュニケーションとは?

 そこで、わかりやすさに配慮したコミュニケーションを検討することが重要になってきますが、そもそもコミュニケーションとは何か考えてみます[1,2]。
 すでに、「1.健康のためには情報に基づく意思決定を」のところで、「情報」は「データ」+「価値」であるという話をしました。データと価値を他者に伝達する、すなわちコミュニケーションをとるにはどのようにすればよいでしょうか。データは、直接口頭で伝えたり、インターネットなど様々なメディアを通したりして伝えることができます。そのとき問題になるのは、それに対する価値づけ、意味づけです。人はそれぞれ、過去の経験や歴史といったその人が育った社会や文化に強く影響を受けて生きています。データをどう価値づけるかは、過去の経験に基づいて行われるため、それらが異なれば価値づけも異なるはずです。
 したがって、コミュニケーションは、情報の送り手と受け手で、それまでの経験に共通点がなければ成立しません。コミュニケーションという英語の本来の意味は、お互いの「共通項」をつくること、情報を伝えたり交換したりして「共有」することです。それができるためには、コミュニケーションのための「前提」が必要だということです。
 コミュケーションの前提として、共通言語、社会的ルール、知識、コミュニケーションの目的などがあげられます。

コミュニケーションとは?

(1)共通言語

  そもそもコミュニケーションは、共通の言語がなければ難しいですし、身振り手振りでも、同じ意味をあらわすとは限りません。例えば、首を横に傾げるしぐさは、日本では、否定や疑問の意味に使われますが、インドでは「Yes」という意味になります。
同じ日本語であっても、地域や年代によって異なり、また、職業や職場によってもそうです。医療関係者を長く続けている人にとって、当たり前になっている専門用語も、そうでない人には全くわからないものも多くあります。このような専門家以外の人には通じない言葉は、「ジャーゴンjargon」と呼ばれます。問題は、習慣化してしまうと、そうだと気が付かなくなることです。

(2)社会的なルール

  また、前提には、人間関係における役割や立場などに応じた社会的なルールや規範などがあります。教員と学生、上司と部下、親と子、先輩と後輩など、その関係に合わせて行動や態度が決められています。敬語を使わなくてはならない場面、気配りをしなくてはならない場面、その場に合った服装や態度などです。医療者と患者も例外ではありません。まだまだ、患者が医者に従わなければならないという場面も見られるかもしれません(詳しくは、4)情報と権力のところでお話します)。お互いがそこで、どのような役割を果たすのかについての共通の認識が求められるところです。これが食い違っていれば、コミュニケーションはうまくいかないでしょう。

(3)知識

  さらに、コミュニケーションに必要な「知識」があります。お互いが「常識」と思っていたことの違いによってコミュニケーションがうまくいかないことは、よく経験することです。専門家は知識が豊富ですが、そうでない人が知識に乏しいのは当然で、知識に差があることを前提として対処しないと理解しあうことはできないでしょう。また、専門家であれば何でも知っているというわけではなく、むしろ専門のこと以外はほかの人よりも知識が少ないということも多いので注意が必要でしょう。

(4)コミュニケーションの目的

 そもそも、コミュニケーションの目的が違う場合も、通じ合うことができません。たいていの目的は、知識や情報の共有そのものです。しかし、それだけではないのです。
 例えば、自分の意図通りに相手に影響を与えることです。相手の考え方や行動、感情などに変化を与えるもの、そのように働きかけたり、促したりするものです。説得や交渉、命令や強制などが含まれます。ただの情報共有だと思っていることが、説得になっていないか注意が必要です。知らぬ間に、説得している立場になっていたり、説得されている立場になっていることもあります。
 また、お互いを理解したり、仲良くなったり、関係をつくるために行われるもので、コミュニケーションそのものを、目的としている場合です。これは、お互いの前提を知ることでもあります。それを確認することで互いの育った社会や文化を知りあい共有するのです。そうすれば、そのあと、情報を手に入った時に、伝えられる相手かどうか、伝えた方がいい相手かがわかります。これは、互いに自分自身の情報を伝えあうことでもあります。

 ただし、コミュニケーションにおいては、目的と違って、意図せずに伝わることも多くあります。講義中や会議中での私語、部屋を出たあとの廊下での噂話など、本人が意図しないものが周囲に伝わっています。したがって、自分の情報提供が、目的以外の伝わり方をしていないかにも配慮が必要でしょう。
 このように、コミュニケーションとは情報を一方的に伝えることではなく、共有することであり、それが成り立つためには、その目的が何かを確認し、知識の差を確認しつつ、ともに理解しあえる言葉を用いることが必要だということです。

3)情報の二面性

 次は、健康情報は、その受け手がそれをどのように受け入れたかによって、行動に違いが生じるという話です。健康情報は、行動を促すことと、行動を妨げることの両方向に作用する可能性があります[2]。

 健康教育の領域では、健康に不適切な行動を避けるために、以前から、病気に対する恐怖感を生じさせるメッセージを提供して適応的な対処行動を促すことが行われてきました。それは、言い換えれば、おどしです。

 例として、ある病気につながるような問題のある健康行動を回避させるために、その病気に対する恐怖感を生じさせるポスターを提示したとしましょう。そのポスターを見た人たちは、その病気の深刻さや早期に予防することの重要性について理解できたとしても、必ずしも適応的な行動(予防行動など)をとるとは限りません。

 例えば、「たばこをやめないと肺がんにかかって苦しい思いをしますよ」というように、キャンペーンなどによって勧められた行動(禁煙)をとらなかった場合に生じる好ましくない健康への影響(肺がんになる)について、自分自身のこととして恐怖感を持つようなメッセージが送られるとします。その結果、以下の2つの行動に結びつく可能性があります。

(1) リスクを避けるために勧められた行動をとる(脅威のコントロール)
(2) 恐怖感に圧倒されて、そのことについて考えることをやめてしまって勧められた行動をとらない(恐怖感のコントロール)。

 前者はメッセージが受け入れられた適応的な行動、後者はメッセージが拒絶されて不適応な行動だと考えられています[3]。

 適応的な行動が選択されるためには、キャンペーンのメッセージとして、そのキャンペーンを見た人が恐怖感を持つような内容とともに、その人がリスクを減らすために勧められた対処方法が利用でき、その方法がリスクを減らすために有効であるという内容を含めることが重要であると考えられています。

 このように、情報提供者が情報の伝達手段や言葉づかいに十分配慮して情報提供を行っても、それを受け取る側においては期待と反対の行動(不健康な行動)につながる可能性があることが知られています。

4)情報と権力

 さらに次は、コミュニケーションを行う当事者間の関係性が、情報伝達に影響を及ぼすことがあるという話です。特に、健康・医療の専門家、例えば医師と、情報を持たない一般人の患者との間で行われるコミュニケーションは、両者の力関係の不均衡から、健康・医療情報が医師から患者への一方向性の伝達になりうることが知られてきました。ここでのキーワードは「権力」です。

 権力(power)とは一般には、他人を支配し従わせる力を意味します。医療者と患者間の関係性について、その力関係が医師側に偏っているとコミュニケーションがうまく成立しないことが知られてきました。

 かつて、医療者と患者の関係は、医師が治療を決めて患者は医師の決定に従う関係性でした。このような関係性は「父親が自分の子どもに対してとる行動のように、権威ある立場の者がその善意に基づいて他方を一方的に保護・指導するという考え方」(パターナリズム、あるいは父権主義)によって説明されます。

   患者の意思決定能力が不十分である場合には、代理決定を適用するしかない場合もあると思われます。しかしそれ以外の場合には、医療の知識や技術を持った医師が患者の治療の意思決定の主導権を持つことは、結果的に、医師と患者間の対等でない力関係につながりました。そして、場合によって患者が知りたいと思う自分自身の病状や予後についてさえ尋ねられない・決められないという状況を生んできました。

 その後、自己決定権を尊重するインフォームド・コンセントの考え方や、費用を支払ってサービスを購入している消費者の権利を尊重する消費者運動が高まり、次第に患者の権利が尊重されてきました。また、根本的なこととして、医師と患者の関係は知識や立場の違いはあるにせよ、人として対等でなくてはならない、という考え方も強まってきました。このように、医療者と患者の関係は医療者主導の関係から、医療者と患者が対等な関係へと変化しつつあります。

 しかしその一方で、医療者と患者が対等な関係に変化しつつあっても、患者にとって医療機関で医療者から受ける指摘は、強制力を伴っているようにとられる場合があることも知られています。医療者のアドバイスは、患者にとっては「従わなくてはならないこと」ととられたり、その結果、「言われた通りにできなくてつらい」という感情を引き起こすことがあります。

 医療者はまず、自分たち言動が、意図せず患者に及ぼす影響をについて知り、注意する必要があるでしょう。

 では、患者として、治療の意思決定場面などで医療者と対等な関係を築くためには何ができるでしょうか。まず、対等なコミュニケーションをするための力をつけることが重要です。そのような力を高めるためには、基本的な医療情報やエビデンスを入手し理解するとともに、そのような情報を活用するスキルや能力を向上させることが必要だと考えられます。

2. ヘルスコミュニケーションとは?

ヘルスコミュニケーションへの着目

 これまで、健康情報の持つ特有の難しさや、それらの情報を使ってコミュニケーションする時に問題になることなどをご紹介しました。ここで見られたように、情報を伝える時には、情報を出す側、受け取る側の前提や立場の違いがあり、情報を出す側が意図するように、情報を受け取る側に伝えることは意外に難しい問題があります。健康情報をわかりやすく共有するためには、それなりの工夫や方法が必要だと考えられます。

 こうした背景から、最近は、健康情報のコミュニケーションとしての「ヘルスコミュニケーション」に注目が集まっています。ヘルスコミュニケーションとは、意思決定に役立つ健康情報をわかりやすく伝える方法ということができるでしょう。

 ヘルスコミュニケーションの定義として注目するものの1つに、米国保健社会福祉省(日本の厚生労働省に相当)によるものがあります。
 「個人やコミュニティが健康のために意思決定できるよう、情報を提供したり影響を与えるコミュニケーション方法の研究とその活用」とあります。
 米国では健康格差が存在し、その格差が解消しない理由の1つとして、健康情報が伝わらない人々がいることが指摘されてきました。一方、健康情報が適切に伝わることは、病気の予防や日常的な健康の維持、病気の効率的な改善をもたらすことが期待されます。
 そこで、米国における健康格差を解消するためには、健康状態の悪い人達にいかに健康情報を効果的に伝えるかが鍵であると考えられてきました。米国は、国として達成すべき健康水準の目標を立て、そのために必要な手段の検討や評価を行っています。それが、国民の健康に関する指針である「ヘルシーピープル2020」[4]です。この中では、ヘルスコミュニケーションはIT技術の活用とセットで目標が立てられています

 そこでは、次のような内容があげられています。

(1) 医療従事者と患者のシェアードディシジョンメイキングのサポート
(2) 個人に合わせたセルフマネジメントツールと資源の提供
(3) ソーシャルサポートのネットワークをつくる
(4) 対象に合わせてつくられた(tailored)、正確で、アクセスしやすく、行動に移しやすい健康情報の提供
(5) 医療や公衆衛生の専門家によるIt技術の有意義な活用と健康情報の交換の促進
(6) 健康リスクや国民の健康の緊急事態に対して迅速に情報を得た活動ができるようにする
(7) ヘルスリテラシーの向上
(8) 文化的な多様で手が届きにくい人々につながるための新しい機会を提供する
(9) 健康な行動をもたらすことができるプログラムや介入のデザインにおけるしっかりした原則を提供する
(10) インターネットとモバイルによるアクセスを増加させる

 なかには、このサイトでも取り上げているシェアードディシジョンメイキング、ソーシャルサポート、ヘルスリテラシーなどが登場します。日本でもヘルスコミュニケーションの研究とその活用が進められる必要を感じると思います。




[1] 池田謙一:コミュニケーション 社会科学の理論とモデル5.東京大学出版会,2000.
[2]:深田博己:インターパーソナルコミュニケーション-対人コミュニケーションの心理学-.北大路書房、1998.
[3] Witte, K. : Putting the fear back in fear appeals: The extended parallel process model. Communication Monographs, 59, 329-349, 1992.
[4] U.S. Department of Health and Human Services: Health Communication and Health Information Technology. Healthy People 2020. http://www.healthypeople.gov/2020/topicsobjectives2020/overview.aspx?topicid=18



                                                      (中山和弘、田口良子)

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