« 2013年12月 | メイン | 2017年11月 »

2016年11月 アーカイブ

2016年11月15日

患者中心の意思決定支援とは?

患者中心の意思決定支援とは

 患者中心の意思決定という場合、まず、患者中心という言葉の意味を明らかにする必要があります。海外では、米国国立医学研究所の定義がよくみられて、それは、患者の好みや希望(プリファレンス)、ニーズ、価値観を重視した意思決定を保証して、そのための情報提供と支援をすることです。
 また、意思決定とは、2つ以上の選択肢から1つ(以上)を選ぶことで、そこで大切なことは、複数の選択肢が明確にあって、そこから選ぶ作業がなければ意思決定にはならないということです。そして、選ぶときには、好みや価値観を重視するため、それらを明らかにしていく作業が大切になります。すなわち、自分が何を大事にして選ぶかなのですが、それが難しい場合には支援が必要だということです。

意思決定ガイドとは?

よりよい意思決定のためのツール

 人はふだん、これまでの経験をもとにほとんど意識せずに物事を判断することによって、脳が使うエネルギーをなるべく少なくする傾向があります。これをヒューリスティックといいます。これまでの経験や勘などで直感的に判断する方法です。これは早く判断できるというメリットがあるのですが、十分に考えているとは言えません。また、人には物事を判断する時の考え方や癖(認知のゆがみ)があります(認知のゆがみについて知りたいときはこちら)。人生や健康に関わるような大きな決断の時に、十分に考えずに判断をしてしまうと後悔してしまうかもしれません。

 大きな決断の場面における、よりよい意思決定とは、「十分に情報を得て、個人の価値観と一致した決定をすることであり、決定に参加した人が意思決定に満足していると表現すること」[1]です。

 医療や健康に関わる意思決定において、患者が十分に情報を得られること、そして何を大事にして決めたいかをはっきりできるように支援することを目的としたツールを意思決定ガイドと呼びます。海外では、Decision aid(ディシジョンエイド)[2]と呼ばれています。日本では、ディシジョンエイドと呼んでもわかりにくいので、意思決定ガイドと呼ばれることが多くなっています。
 意思決定ガイドは、患者と医療者がコミュニケーションを取りやすくし一緒に決定するのを助けるツールとも言えます。「AとBの治療方法の選択肢のうちあなたの場合はAが適しています。」という結論を出すことではなく、「AとBの治療方法の選択肢双方のメリットとデメリットに関する情報を偏りなく提供すること」と「AとBの治療方法のメリットとデメリットの中で、一人一人の患者にとって何が大事なのかを明確にすること」に焦点をあてています。



図1.意思決定ガイドを活用した意思決定支援の様子


選択肢のメリット・デメリットと価値観

 意思決定ガイドの基本的な内容としては、以下のような表に示すことができます(表1)。


表1.選択肢の比較(Ottawa Personal Decision Guideを参考に作成)


 まず、どのような選択肢があるかをリストアップします。ここでは、リンゴとブドウのどちらを選ぶかという例です。それぞれについて、メリットとデメリットをあげて、自分にとってどのぐらい大事なことなのか重みづけをします。
 このように表にしてみないと、頭の中だけで、選択肢をあげたり、それぞれのメリットやデメリットを評価することは難しいことです。リンゴは皮をむくのが面倒というデメリットばかりに目が向いてしまい、メリットについて十分に検討しなくてブドウを選んでしまうかもしれません。実はブドウには、日持ちしないというデメリットがあり、選んだ後に後悔する可能性もあります。
 また、すべてのメリットとデメリットが大事だと思って、すべてに5つの星を付けてしまったらどうでしょう。そうしてしまうと選べないことがわかります。星の数の差を付けないと選べないのです。それは、価値観、すなわち比較してどちらが大事かを決めなくてはいけないということです。
 実際の意思決定ガイドは、これらの表の選択肢のところに治療方法や検査方法などが入り、メリットやデメリットのところに、効果や副作用などが記入されています。そして、それぞれのメリットやデメリットについて、その大事さを点数などで選ぶようにできています。
 意思決定ガイドには、客観的なエビデンスに基づく選択肢のメリットとデメリットに加えて、どれが大事かを評価するための内容、すなわち価値観の明確化(Values Clarification)[3]が含まれることが大切です。これか言い換えると、エビデンスという客観的なものと価値観という主観的なもの両方で意思決定支援をするということです。
 これらの意思決定ガイドは、簡単に手渡しできる冊子やパンフレットといった紙媒体のものだけでなく、DVD形式で映像やアニメーションを活用したもの、インターネットで映像やアニメーションに加えさらに自分の状態をチェックし、より自分に合った情報が得られるよう工夫されているものもあります。また、自分自身の考えを選んだり入力したりして印刷して診察時に医師に渡すことができるようになっているものも作られています[2]。



図2.意思決定ガイドの種類

選択肢の情報のバランスと中立性

 意思決定ガイドでは、どちらの選択肢もメリットや特徴などバランスよく書かれている必要があります。リンゴのメリットとブドウのデメリットばかりが強調されていては困ります。



図3 . 選択肢の情報のバランス


したがって、意思決定ガイドは、教育を目的としている教材とは区別されます[2]。
 例えば、「生活習慣病予防のために運動をしましょう」というものは教育目的です。生活習慣病の予防に運動に効果があるというエビデンスを基にして、運動の意義や運動の方法を理解してもらうこと、運動する習慣を身につけ実行することを目標に教材が作られます。つまり教材を手にした人が「運動してみよう」と思い、実際に「運動する」という行動がとれることを目標に教材が作られます。
 他方、意思決定ガイドの場合は、エビデンスの情報を載せる部分は教育を目的とした教材と同じです。しかし、運動をするかしないかの選択肢であれば、それぞれの特徴、メリットやデメリットについて中立の立場からツールが作られます。つまり、どちらかの選択肢を選ぶ方向に情報が偏っているものは意思決定ガイドとは呼べない、または意思決定ガイドとしての質に問題があると言えます。


意思決定ガイドの利用による効果

 意思決定ガイドの効果にはどのようなものがあるのでしょう? 2014年に発表された意思決定ガイド研究の効果をまとめた論文から見てみましょう。ここでは116件のランダム化比較試験の効果をメタアナリシスという方法でまとめています[2]。この方法でまとめられた結果は、エビデンスレベルが最も高いものとみなされています。(エビデンスについて知りたい方はこちら

  • 知識が向上する
  • 確率を示してある場合、正確にリスクを認識しやすい
  • 情報が足りないとか価値観がはっきりしないなどの葛藤が少ない
  • 意思決定で受け身になりにくい
  • 決められない人が少ない
  • 医師と患者のコミュニケーションが向上する
  • 意思決定やそのプロセスに満足しやすい

また意思決定ガイドの害はないということがわかっています。

幅広く活用できる意思決定ガイドもある

 通常、意思決定ガイドとは、例えば、「乳がんに対しAとBの治療方法という選択肢がある」や「乳がん検診に対し検査を受けるか、受けないか選択肢がある」といった具体的な選択肢とそのメリットとデメリットについて説明したものです。
 海外では、このような意思決定ガイドが多く開発されています。しかし、多くの患者がいる治療法などは、すでに存在する可能性は高いですが、患者が少ないと存在しないということがあります。そもそも、残念ながら、日本では、まだ開発されたものは少ししかないのが現状です。
 そこで、幅広く活用できる意思決定ガイドがあります。オタワ意思決定ガイド(Ottawa Personal Decision Guide)[4]といい、治療や検査などの選択肢やメリットとデメリットが空欄になっているものです。
(こちらから日本語版をダウンロードできます。https://decisionaid.ohri.ca/decguide.html

 治療だけに限らず、例えば、病気になったあとの仕事についての選択、家族に病気のことを伝えるかどうかなどにも活用可能です。順番に沿って、空欄に自分の情報や考えを書き込んだりします。どこがまだはっきりしないかを知って対策を立てるのに役立ちます。看護師などの医療者と一緒に会話をして空欄を埋めながら必要な支援を得ることもできます。
 ただし、1人だけで限られた時間の中で整理する必要がある場合、気持ちに余裕がない場合は書き込むのが難しくなります。
 とくに、日本の現状では、まだ治療や検査に特化した意思決定ガイドがほとんどないので、それらが開発されるまでは、活用する価値は高いと思われます。


意思決定ガイドを使うタイミングと場面

意思決定ガイドを使うタイミング

 意思決定ガイドは、決めるステップを前に進めるのに役立ちます。つまり、選択肢についてまだ何も考えていない状態から、そのことに関心を持つようになり、選択肢について正しい情報を得てよく考え、納得のいく自分らしい決定にたどりつくように導くものです。選択肢について関心を持つ頃や考え始めの頃に活用すると一番効果が期待できると考えられています[5]。




意思決定ガイドを使う場面

 また、意思決定ガイドを使う場面としては、次のように医師の診察の時、看護師による意思決定支援の時のほかに、患者が自分で使用したり、家族が患者のために使用したりする場面などで使えます。



2016年12月6日公開 (大坂和可子、中山和弘)


引用文献
[1] A.M. O'Connor, Validation of a decisional conflict scale, Med. Decis. Mak. 15 (1995) 25-30.
[2] D. Stacey, F. Légaré, N.F. Col, C. L. Bennett, M.J. Barry, K.B. Eden, M. Holmes-Rovner, H. Llewellyn-Thomas, A. Lyddiatt, R. Thomson, L. Trevena, J.H. Wu, Decision aids for people facing health treatment or screening decisions, Cochrane Database Syst. Rev. (2014) 1:CD001431. doi: 10.1002/14651858.CD001431.pub4.
[3]A. Hilary, T. Llewellyn, Values clarification, in G.E.A. Edwards (Ed.) Shared Decision Making in Health Care: Achieving Evidence Based Patient Choice, Second ed., Oxford, University Press Oxford, 2009, pp.123-133.
[4] Ottawa Personal Decision Guide ○C 2015. O' Connor, Stacey, Jacobsen. Ottawa hospital Research Institute & University of Ottawa, Canada.
[5] A.M. O'Connor, User Manual-Decisional Conflict Scale, https://decisionaid.ohri.ca/eval_dcs.html, 2010 (accessed 18.03.13).

質の高い意思決定ガイドのための国際基準

意思決定ガイドの国際基準IPDAS

 欧米では意思決定ガイド(ディシジョンエイド Decision Aids)の研究が1990年代から盛んになりました。意思決定ガイドの研究が盛んになるにつれ、意思決定ガイドの質が問われるようになりました。質の低い意思決定ガイドが普及しても患者の納得のいく意思決定にはつながらないからです。そのため、意思決定ガイドに含まれる情報は、どちらかの選択肢について情報の偏りがないように作る必要があります。

 そこで、2003年に世界の意思決定支援の研究者らが、意思決定ガイドの国際基準IPDAS(International Patients Decision Aids Standard)を作成するための組織IPDAS collaborationを設立して、開発しました[1]。この基準は、人が何かを決める時、人間だからこそ持つ考え方の癖や傾向(認知のゆがみ)についての研究を基に、各選択肢に対して中立的に支援できるよう作られています。

 この基準によって、利用しようとする意思決定ガイドの質の高さを確かめることができます。さらに、意思決定ガイドを開発する際、基準を踏まえることで、質の高い意思決定ガイドを開発することもできます。

 基準は常に洗練されていてバージョンが上がってきています。最新版は44項目から構成されるIPDASi (version 4.0) [2]です。IPDASのあとに「i」が付いているのは、instrumentの頭文字です。

 日本でも、納得のいく意思決定を支援するためには、質の高い意思決定ガイドを開発する必要があると考え、「健康を決める力」に関わる研究メンバー、意思決定支援研究を行うメンバーで、この国際基準の日本語版を開発することにしました。

 日本語版の開発作業は、Beatonらのガイドライン[3]に基づき、2名による和訳後に1つの和訳に統合、2名による逆翻訳、メンバーによる和訳の検討と修正を行いました。そして、開発した日本語版は、2017年12月にIPDAS collaborationから承認を受けて、そのサイトではJapanese version of IPDASとして紹介されています。

以下のリンク(PDFファイル)からご覧ください。

IPDASi(Version 4.0)日本語版

質の高い意思決定ガイドを見つけるには?

 欧米では、たくさんの意思決定ガイドの開発と評価の研究がすでに行われていますが、日本ではまだ取り組みが始まったばかりです。出生前診断に関する意思決定支援にオタワ個人意思決定ガイドを活用し効果を検証する研究[4]、胃ろう(胃に管を入れて栄養を注入する方法)に関する意思決定ガイド活用の効果についての研究[5]が行われています。
 また、乳がんの手術で、がんの部分だけを取り除く乳房部分切除術がよいか、がんと乳腺を取り除く乳房切除術がよいか、乳房切除術をする場合には乳房再建術(乳がんの手術によって失った胸のふくらみを新たに作り直す方法)を受けるかどうかという意思決定ガイドの効果を検証するランダム化比較試験[6](乳がんの術式選択意思決定ガイドについて知りたい方はこちら)が行われました。しかし、医療の現場で、意思決定ガイドを活用できる体制はまだ整っていません。

 しかし、欧米では意思決定ガイドを紹介し活用できるようにしています。Ottawa decision aidsのウェブサイトの中には、A to Z Inventoryというコンテンツがあり、意思決定ガイドを検索できるようになっています[7] 。
https://decisionaid.ohri.ca/AZinvent.php

 他にも、AHRQ(Agency for Health Research and Quality)やNIH(National Institutes of Health)など、意思決定ガイドを公開しているホームページがあります。Ottawa decision aidsのA to Z Inventoryの特徴は、1つ1つ紹介している意思決定ガイドについて、IPDASのチェックリストを用いて、どのぐらい基準を満たしているか評価している点です。医療者が患者に提供する際、患者が自分で使用する際に、このチェックリストを見てどのぐらい基準が満たされているのかを確認して活用できるようになっています。


2016年12月6日公開 2018年2月6日更新 (大坂和可子、中山和弘)


引用文献
[1] G. Elwyn, A. O'Connor, D. Stacey, R. Volk, A. Edwards, A. Coulter, R. Thomson, A. Barratt, M. Barry, S. Bernstein, P. Butow, A. Clarke, V. Entwistle, D. Feldman-Stewart, M. Holmes-Rovner, H. Llewellyn-Thomas, N. Moumjid, A. Mulley, C. Ruland, K. N. Sepucha, A. Sykes, T. Whelan; International Patient Decision Aids Standards (IPDAS) Collaboration, Developing a quality criteria framework for patient decision aids: online international Delphi consensus process, B.M.J. 333 (2006) 1-6.
[2] Toward Minimum Standards for Certifying Patient Decision Aids: A Modified Delphi Consensus Process. Joseph-Williams N, Newcombe R, Politi M, Durand MA, Sivell S, Stacey D, O'Connor A, Volk RJ, Edwards A, Bennett C, Pignone M, Thomson R, Elwyn G. Medical Decision Making. 2014 34(6):699-710.
[3] Beaton et al(2000).Guidelines for the process of cross-cultural adaptation of self-report measures. Spine,25(24):3186-91.
[4] N. Arimori; Randomized controlled trial of decision aids for women considering prenatal testing: The effect of the Ottawa Personal Decision Guide on decisional conflict. Japan Journal of Nursing Science, 3(2) (2006) 119-130.
[5] Y. Kuraoka, K. Nakayama; A decision aid regarding long-term tube feeding targeting substitute decision makers for cognitively impaired older persons in Japan: A small-scale before-and-after study. BMC Geriatr, 5 (2014)14-16.doi: 10.1186/1471-2318-14-16
[6] W. Osaka, K. Nakayama; Effect of a decision aid with patient narratives in reducing decisional conflict in choice for surgery among early-stage breast cancer patients: A three-arm randomized controlled trial. Patient Education and Counseling, Available online 20 September 2016, http://dx.doi.org/10.1016/j.pec.2016.09.011
[7] Ottawa Hospital Research Institute, A to Z Inventory of Decision Aids, h ttps://decisionaid.ohri.ca/AZinvent.php, 2014 (accessed 24.10.13)

意思決定ガイドを開発する

質の高い意思決定ガイドを開発するためには?

 日本ではまだ意思決定ガイドの開発がほとんど行われていない現状について説明しました。医療や健康について、多くの人が直面する可能性のある難しい決定について日本語の意思決定ガイドができれば、たくさんの人が意思決定ガイドを活用して納得した決定を後押しすることができます。そのためには質の高い意思決定ガイドを開発する方法を知り開発する必要があります。

 ではどのように意思決定ガイドを開発すればよいのでしょう?すでに外国語の意思決定ガイドを日本語に翻訳することもできますが、Ottawa decision aidsでは、開発者のために意思決定ガイドを開発する方法のトレーニングをオンラインで提供しています。 こちら

このトレーニングでは以下の12項目について学習することができます。

1.意思決定ガイドの紹介
2.意思決定ガイドの案
3.意思決定ガイドの基盤となる概念枠組みを明らかにする
4.IPDAS基準の適用
5.専門家パネルによる開発と評価の予定表を立てる
6.対象となる人々の決定に関するニーズを評価する
7.現在ある情報
8.エビデンスと生じる可能性のある出来事(確率)を用いる
9.価値観を明確にする
10.意思決定ガイドの評価を計画する
11.追加のIPDASの要素について検討する
12.意思決定ガイドを登録する(Ottawa decision aids A to Z Inventoryへ


 インターネットの環境さえ整えば、IDとパスワードを登録するだけで、無料で学習することができます。意思決定ガイドの開発前にこのオンライントレーニングを受けることで、質の高い意思決定ガイドを作るための知識を得ることができます。
 また、開発のプロセスについて、IPDASのグループがまとめた論文も公開されています[1]。さらに、意思決定ガイドを開発する場合、意思決定の基本的な知識や理論を理解する必要があります。これらの知識は、ヘルスケアの分野以外の学問分野(心理学、社会学、経済学など)で発展してきたので、医療や健康に関する意思決定支援を提供する場合にも、基本的な知識を学習することが必要です。

 開発と評価には時間を要しますが、患者と医療者にとって効果のある意思決定ガイドを提供することにつながります。これからますます様々な分野で、質を保証できる意思決定ガイドができることを願っています。


2016年12月6日公開 (大坂和可子、中山和弘)


引用文献
[1] A. Coulter, D. Stilwell, J. Kryworuchko, P. D. Mullen, et al.; A systematic development process for patient decision aids. BMC Medical Informatics and Decision Making 201313 (Suppl 2) :S2, DOI: 10.1186/1472-6947-13-S2-S2

乳がん手術方法の意思決定ガイド「自分らしく"決める"ガイド(乳がん手術方法編)」

乳がん手術方法の意思決定ガイドとは?


 乳がんの手術方法には、主に乳房の一部分を取り除く手術(乳房部分切除術(乳房温存手術ともいいます))と放射線療法を組み合わせる方法、乳房をすべて切除する手術(乳房切除術(乳房全摘術とも言います))の2つの選択肢があります。

 また、乳房切除術を行う場合には、乳房再建術(乳がんの手術によって失ってしまった乳房を新たに作りなおす手術)を受けるか、受けないかという2つの選択肢があります。
 



 「乳がん手術方法の意思決定ガイド」「自分らしく"決める"ガイド(乳がん手術方法編)」は、乳がんと診断された方で、乳房部分切除術(+放射線療法)、乳房切除術、乳房切除術+乳房再建術という3つの選択肢の中から、自分に合った方法を納得して決めたい方、または医師から提示された手術方法がなぜ自分に適しているのか理解を深めたい方を支援する意思決定ガイドです。


▼意思決定ガイドはこちらから



「乳がん手術方法の意思決定ガイド」普及に向けて

 このガイドを、より多くの方が利用できるよう、普及のための活動をしています。その一環として、国際モダンホスピタルショウ2017「第10回 看護のアイディアde賞」に応募し、2017年7月に「IT de 賞」を受賞いたしました。
 応募をきっかけに、利用する方にとって親しみやすくなるよう「自分らしく"決める"ガイド」(乳がん手術方法編)という名称をつけました。PDF版も愛称の「自分らしく"決める"ガイド」へ表紙を変更しています。一般名称は、そのまま「乳がん手術方法の意思決定ガイド」を使用する予定です。

「乳がん手術方法の意思決定ガイド」を利用した患者の方へ

 「乳がん手術方法の意思決定ガイド」を利用してのご感想、ご意見を募集しております。メールアドレスdecisionaid.info@gmail.com(意思決定ガイド事務局 大坂和可子)までお願いします。また、直接お話をうかがってもよい場合は、合わせて連絡先をご記入ください。こちらからご連絡をさせていただきます。

病院での導入を検討している医療者の方へ

「乳がん手術方法の意思決定ガイド」をご自身の所属する病院で導入したいとお考えの医療者の方は、使用にあたり、decisionaid.info@gmail.com(意思決定ガイド事務局 大坂和可子)までご連絡ください。必要に応じて導入の説明や利用状況をおうかがいさせていただきます。



~意思決定ガイドを活用する前に、以下の内容もぜひお読みください~

乳がん手術方法は、患者さんと医療者が話し合って一緒に決める時代

 乳がんの治療は日進月歩です。手術方法に対する考え方も変わってきました。

 以前の乳がんの手術は広範囲に切除することを第一に考えて行われてきました。しかし、近年では、乳房の一部分を取り除く手術(乳房部分切除術(乳房温存手術とも言います))と放射線治療を組み合わせる方法、乳房をすべて切除する手術(乳房切除術(乳房全摘術とも言います))を行った場合では生存率が変わらないため、必要以上に大きく切除する必要がないことがわかりました。そのため手術療法を適用する場合には、乳房温存手術か乳房切除術を行うことが標準的な術式となりました[1][2]。

 さらに、人工物(シリコン)を用いる乳房再建術の費用は、これまで患者さんの自己負担でしたが、2013年の診療報酬改定後、保険適用となりました。


 これにより、乳がんの手術は、命を救うことに加え、手術後の生活を考えて、患者さんと医療者が話し合って決める時代になったと言えます。「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」[1]においても、手術だけでなく治療方針について『必要な情報(目的、内容、リスク、利益、時間やお金)などについて詳しい説明を受け、ご自身の希望を伝え、医師の考えや勧めも聞いて話し合い、納得した上で決める』ことを推奨しています[1]。

 患者さんは自分の人生の専門家であり、医療者は医療の専門家です。それぞれの知っていることを話し合い、決めるまでのプロセスを共有するシェアードディシジョンメイキング(Shared Decision Making; SDM)が求められています。シェアードディシジョンメイキングについての詳細は医療者と患者が一緒に決める方法にあります。

乳がんの手術方法選択に対する患者さんの考え(価値観)は多様

 同じ術式であっても、患者さん一人一人の状況(がんのステージ、しこりの大きさや広がり、もともとの乳房の大きさ、がんができている場所など)によって乳がんの手術による影響は異なります。選択肢それぞれの乳房内再発のリスク、がんの取り残しによる再手術のリスクなども理解し決める必要があります。

 また、選択肢のどのような点を重視して決めたいかという手術に対する患者さんの考え(価値観)も異なります。胸の形、傷の大きさや場所、費用や時間などに対する考え(価値観)により、手術によるメリットやデメリットの評価も異なります。

 乳がん患者の意思決定がその後の心理的適応に影響することを示す研究もあります[3]。患者さんが、正しい情報を得て、手術に対する考え(価値観)を医療者と共有し、治療方法の選択に参加することによって、病状と手術後の生活の質を合わせて考えて、ベストな方法を選択することができます。

限られた時間で決める難しさ

 限られた時間で医療者と話し合って決めることはなかなか難しいことです。乳がんの手術に選択肢がある場合、66%の人が術式選択に悩んだと報告されています[4]。多くの患者さんが、自分にとって何が良い選択なのか不確かであると感じ、決定に参加するための支援を必要としています[5]。

乳がん手術方法の意思決定ガイドのしくみ

 このような時、乳がん手術方法の意思決定ガイドが役に立ちます。

 この意思決定ガイドは、納得して決めることができるよう理論[6]や国際基準[7]に基づいて作られており、医療者と話し合う際の補助的な役割を果たします。つまり、納得して決めることができるようなしくみを基に作られているガイドと言えます。意思決定ガイドの詳しい内容は患者中心の意思決定ガイドとはです。

 意思決定ガイドのしくみとは次にあげる4つです。


情報の見える化


 乳がん手術方法の意思決定ガイドは、選択肢それぞれについての説明が書かれてあり、選択肢の特徴に関する情報(効果、リスクなど)を目で確かめられるようになっています。

中立の立場で情報を提示している


 乳がん手術方法の意思決定ガイドは、選択肢の情報のバランスを考慮し、中立的な立場で作られており、選択肢が一覧表で比較できるようになっています。

価値観を明確にするものさし(評価基準)がある


 乳がんは、手術でがんをとれば終わりではありません。手術を終えた後も長く生活が続きます。手術を終えた後のライフスタイルや生活への影響を知り、何を大事にして決めたらよいか(価値観)について明確にして、その価値観に基づいた決定をすることが納得することへつながります。
 また何を大事にして決めたらよいかを医療者に伝えやすくなります。
この評価を行う際に、1つのものさし(評価基準)より、複数のものさし(評価基準)について検討すること大切です。頭の中で選択肢の評価を行うと、その人が気がかりな物差しだけを頼りにすることになります。
 乳がん手術方法の意思決定ガイドには、自分に合った選択をするために、以下の図のように複数のものさし(評価基準)を紹介しています。

書かれている順番にも意味がある


 意思決定ガイドは情報がどのような順番で提示されているかを重視して作られています。乳がん手術方法の意思決定ガイドは、まず選択肢の正しい情報を知り、その後に自分が何を大事にして決めたいかを吟味する順番で構成されています。

乳がん手術方法の意思決定ガイドの活用は手術後の後悔を少なくする

 乳がん手術方法の意思決定ガイドの開発と評価の研究は、日本で行われました[9]。研究の結果、意思決定ガイドを読んで手術を決めることに参加した患者グループは、通常のケアを受けた患者グループと比較して、術後に、十分に情報を得たと感じられ、自分の価値観に合った決定ができたと感じていることが明らかになりました。つまり、手術後1か月後の後悔を減らすことへの効果と言えます。

 また、不安スコアは、意思決定ガイドを読んで手術を決めることに参加した患者グループも通常のケアを受けた患者グループでほぼ同じく手術後に改善していることが明らかになりました。このことから、意思決定ガイドを読むことでの害はないと言えます[9]。

乳がん手術方法の意思決定ガイドの活用方法

 これから乳がんの手術方法を選択する患者さんが、乳がん手術方法の意思決定ガイドを活用することができます。自宅に持ち帰り読んで、医療者との相談に臨むこともできます。

 医学的な相談は医師がベストですが、術後の生活について相談したい場合は看護師が適しています。乳がんの診療はチーム医療が発展していますので、さまざまな専門職者が患者さんを支援します。

 また、医療者が手術方法の選択を検討する患者さんに診察時に渡すこともできます。決めるまでの間に読んできてもらう、説明や術式を相談するときに使うなどの活用方法があります。看護師が相談に乗る際に活用することもできます。

乳がん手術方法の意思決定ガイドは、術式選択にまつわる他の体験者の体験談を含むものと含まないものを用意しています。基本的に重要な内容はどちらも同じく掲載しています。また、体験談を含む場合も含まない場合も、効果は同じです[9]。

今後は、さまざまな選択を支援する意思決定ガイドの開発と評価が必要

 乳がんの治療、そしてそれ以外のがんの治療の選択の中には、患者さんが選択するのが難しいと感じる治療や検査が多く存在します。

 欧米では、様々な選択についての意思決定ガイドの開発と評価の研究が進められており開発された意思決定ガイドは、インターネットで自由に閲覧したりダウンロードしたりすることができるようになっています。日本でも、様々な選択肢についての意思決定ガイドの開発と研究が進むことが望まれます。

(大坂和可子,中山和弘) (最終更新日2017年7月12日)

文献

[1]日本乳癌学会編(2012).患者さんのための乳がん診療ガイドライン,金原出版株式会社.
[2]日本乳癌学会編(2013).科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン 治療篇 2013年度版,金原出版株式会社.

[3]上田伊佐子, 雄西智恵美(2011).乳がん体験者の心理的適応とコーピングに影響を与える要因の文献検討. 日本がん看護学会誌, 25(1), 46-53.
[4]Collins D, Sepucha K, O’Connor A, et al. Can women with early stage breast cancer make an informed choice for mastectomy? Presented at: 4th International Shared Decision Making Conference; May 2007; Freiburg, Germany.

[5]Stacey D, et al., Decision making in oncology: a review of patient decision aids to support patient participation, CA Cancer J, Clin 58(2008) 293-304.

[6]O'Connor AM, Ottawa decision support framework to address Decisional Conflict, (2006) https://decisionaid.ohri.ca/odsf.html, 2006 (accessed 25.11.12).

[7]The International Patient Decision Aid Standards (IPDAS) Collaboration. IPDAS 2005: Criteria for Judging the Quality of Patients Decision Aids. http://ipdas.ohri.ca/IPDAS_checklist.pdf, 2005 (accessed 01.11.12)

[8]Stacey D, Légaré F. Engaging patients using an interprofessional approach to shared decision making. Canadian Oncology Nursing Journal, 25(4), 455-461, 2015.

[9]Osaka W, Nakayama K. Effect of a decision aid with patient narratives in reducing decisional conflict in choice for surgery among early-stage breast cancer: A three-arm randomized controlled trial. Patient Education and Counseling, 2016, DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.pec.2016.09.011.

About 2016年11月

2016年11月にブログ「健康を決める力」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2013年12月です。

次のアーカイブは2017年11月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。