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2008年2月 アーカイブ

2008年2月28日

社会経済的な格差と健康、それを知るのもヘルスリテラシー

 社会経済要因、なかでも貧困は、人における疾病と死亡の最大の要因のひとつです。貧しい国の最貧困層では、病気にもかかりやすく、早く死亡する人も多くなっています。しかし、豊かな国の中でも、収入の高低で差があり、より低いほど健康状態はよくありません。これらの差がなぜ生じているのでしょうか。

(A)健康の社会的決定要因

a)世界における社会的決定要因への注目
 健康状態の差は、ライフスタイルや環境、保健医療の違いによって起こりますが、これらをまた決定しているのは政治的、社会的、経済的要因です。生まれついた社会によって健康格差ができることは、本人の責任ではなく、社会が引き起こしている不公平です。このような健康格差を生み出す要因を「健康の社会的決定要因」と呼びます。
欧米では、イギリスを中心として、健康や疾病の要因として社会経済的要因が検討されてきています。WHOのヨーロッパ事務局は、1998年に『健康の社会的決定要因:確かな事実』を公表し、2003年には第2版を発表しています[1]。そこでは、10の要因についてまとめていて、それぞれの内容は次のようなものです。

社会経済的な格差と健康

社会的決定要因における10の要因

1社会格差

 どの社会でも、社会階層が低くなるほど、平均寿命は短く、多くの疾病がみうけられる。これは、資産のなさ、教育程度の低さ、不安定な仕事、貧しい住環境などによる社会的経済的ストレスの多い状況での生活が影響するものである。そのため、福祉政策では、セーフティネットだけでなく、不利な状況を抜け出す方法を提供する必要がある。

2ストレス

 ストレスの多い環境は、人々を心配にしたり不安にさせたりして、ストレスにうまく対処できなくし、健康にダメージを与え、死を早めることもある。慢性的なストレスの根本要因を減らすために、学校、職場、その他の組織における社会的環境のありかたは重要である。

3幼少期

 人生の良いスタートを切るには、母親と小さな子供の支援が必要である。幼少期の発達と教育が健康に及ぼす影響は、生涯続く。胎児期と乳幼児期に発育不良や愛情不足であったりすると生涯を通じて病気がちになったり、成長した後でも体力や認識力の低下、情緒不安定を招く恐れがある。

4社会的排除

 生活の質が低いと、その人生は短くなる。貧困、社会的排除、差別は、困窮や憤りを引き起こすことで、命を縮める。絶対的貧困(生きていくうえでの基礎的な物が不足している状態)のみならず、相対的貧困(国民平均収入の60%未満)は、世間並みの住環境、教育、交通といった、積極的に生きていくことに不可欠なものを遠ざけてしまう。社会的排除は、人種差別などの差別、スティグマ化(レッテル貼り)、敵意、失業でも生じる。貧困と社会的排除により離婚、別居、障害、病気、薬物使用、社会的孤立などの危険性が高まり、それがまた貧困や社会的排除をもたらすという悪循環を生み出す。

5労働

 職場でのストレスは、疾病のリスクを高める。仕事上のコントロール度(自由度や裁量権)がある人ほど、健康状態が良好である。仕事の要求度(負荷や責任)が高い上に、コントロール度の低い仕事には、とくに健康リスクが高まる。仕事上の努力に見合わない低い報酬(賃金や昇進、自分に対する満足感)も疾患と関連している。それに対して、職場内のソーシャルサポートによって、人々を守ることができる可能性が示唆されている。

6失業

 雇用の安定は、健康、福祉(well-being)、職務満足度を高める。失業率が高いほど、病気にかかりやすく、早死をもたらす。失業問題を意識し、解雇されることに恐怖を感じると健康への影響が発生するが、それは不安定な状況に対する不安感のためである。

7ソーシャルサポート

 友情、良好な人間関係、強いサポートネットワークは、家庭、職場、地域社会における健康を推進する。社会的に支えられていると感じることが、生きていく上での精神的、現実的な励みとなる。他者からの社会的・精神的な支えを期待できない 場合、人々の健康状態は悪化しやすい。

8薬物依存

 アルコール、薬物、たばこを習慣とし、健康を害してしまうのは個人の責任であるものの、常用に至るにはさまざまな社会的環境も影響している。アルコール依存症、不法薬物の使用や喫煙は全て社会的・経済的に不利な状況と密接に関わっている。貧しい住宅事情、低賃金、孤立した親、失業、ホームレスといった社会的喪失と喫煙率の高さおよび禁煙率の低さは表裏一体である。飲酒、喫煙、不法薬物の使用は主要な多国籍企業や犯罪組織による精力的な売買や宣伝により助長されており、これらは若い世代の使用を食い止めようとする政策に大きな障害となっている。

9食品

 世界市場が食料の供給に大きく関わっているため、健康的な食品の確保はひとつの政治問題である。食生活が、エネルギーの多い脂肪や糖質の過剰摂取へと変化し、肥満が増加した。肥満は裕福者層よりも貧困者層に多くなった。多くの国では、貧困者層は新鮮な食料品の代わりに安い加工食品を食べる傾向にある。

10交通

 健康を重視した交通システムとは、公共交通機関の整備により、自動車の利用を減らし、徒歩や自転車の利用を推奨することを指している。これの利点は、運動量の増加、死亡事故の減少、人と人との接触の増加、大気汚染の減少である。


 そして、世界保健機関(WHO)は、2005年には、健康の社会的決定要因の委員会を立ち上げ、2008年に最終報告を出しています[2]。そこでは、社会的決定要因に対する行動で健康の公平を実現し、この一世代で格差をなくそうと呼びかけて、次のように3つが提案されています。

WHO健康の社会的決定要因委員会の3つの提案

WHO健康の社会的決定要因委員会の3つの提案

1日常生活の状況の改善

 健康の格差を生んでいる日常生活の改善である。小さな子供の頃からの生活水準を確保するため、健康でいるために必要な収入が誰にも確保される社会的保護の政策が求められる。

2権力,金銭,資源の不公正な分布を是正

 日常生活における不公平の背景には、権力、富、必要な社会資源における不公平を生み出している社会のありかたがある。そこで、男女の不公平を含め、政府のすべての政策において健康やその平等を考慮し、社会的決定要因のために国家財政を強化し、国や世界の市場においても理解を得る。社会におけるすべての集団や市民に、健康とその平等のための社会づくりに参加してもらう。そして、健康の公平を世界的なゴールにしよう、というものである。

3問題の測定と理解、行動の影響の評価

 健康格差を測定し,より深く理解し,政策のインパクトを評価することが重要である。 健康格差と健康の社会的決定要因をモニタリングする地域的・国家的・世界的サーベイランスシステムをつくり,そのデータに基づいた研究でエビデンスを生み出す。政策立案者・利害関係者・保健医療実践者の健康の社会的決定要因に対する理解を促進し、社会の関心を高める必要がある。そして、健康の公平を実現する者は、政府だけでなく、全世界のすべての市民であるとしている。



 そして、この提案のなかでは、ヘルスリテラシーについても述べてあり、健康の不公平をなくすための重要な戦略の1つであるとしています。そして、次のように書いてあります。

・一般の人々が健康の社会的決定要因を理解することは、ヘルスリテラシーの一部であり、その向上をはかるべきである。

・ヘルスリテラシーは健康の社会的決定要因についての情報にアクセスし、理解し、評価し、みんなで共有できる能力である。

・個人の能力だけでなく、行政も民間も各団体や組織の人々がわかりやすくそれに関連した情報を提供できる能力である。

・そのために、健康の専門職はヘルスリテラシーについてもっと知る必要がある。

・各国は、多方面の関係者を集めて、政府とは距離を置いた"ヘルスリテラシー委員会"をつくり、ヘルスリテラシーの向上を測定して評価し、各組織の連携を促進したり、ヘルスリテラシーのための戦略的な方向性を作り出す必要がある。

 つまり、社会が健康を決めていることを知ることもヘルスリテラシーであるということで、これはNutbeamが指摘した「批判的なヘルスリテラシー」と同じことを指しています。そのためには、社会がわかりやすくそれを説明できなくてはならないし、それが理解できているか、そしてそのために行動できているかを、みんなでチェックしあってその向上に努めようということを提案しています。

b)「健康日本21(第2次)」における社会的決定要因
 世界的に見ても、社会の所得格差をあらわす指標であるジニ係数が大きい地域では、死亡率が高いが、これは日本でも同様です。また、都道府県別に見た健康寿命(日常生活に制限のない期間)では、男性 2.79年、女性 2.95年(平成22年)の差があります。その3年ほどの差は思ったよりは大きいと思います。日本全体でみると、2001年から2010年までの10年間で、健康寿命の伸びは、男性 1.02年、女性 0.97年です。3年伸びるのには30年近くかかるかもしれないのです。

 そこで、「健康日本21(第2次)」(2012)[3]では、「あらゆる世代の健やかな暮らしを支える良好な社会環境を構築することにより、健康格差(地域や社会経済状況の違いによる集団間の健康状態の差をいう)の縮小を実現する。」とされ、社会環境にも重きが置かれています。そして、数値目標として、健康寿命の格差の縮小とともに、地域のつながりの強化や、健康格差対策に取り組む自治体の増加などがあげられています。

 これが実現するためには、日本においても、保健医療の専門家はもちろんのこと、多くの人々が社会のあり方が健康を決めているということを知り行動できる、そのようなヘルスリテラシーを身に付けることが必要でしょう。

文献
[1]World Health Organization. Social determinants of health: The solid facts. 2nd ed. 2003. http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0005/98438/e81384.pdf WHOヨーロッパ事務局:『健康の社会的決定要因:確かな事実 第2版』 http://www.tmd.ac.jp/med/hlth/whocc/pdf/solidfacts2nd.pdf
[2]World Health Organization. Closing the gap in a generation : health equity through action on the social determinants of health : final report of the commission on social determinants of health.(full report) http://whqlibdoc.who.int/publications/2008/9789241563703_eng.pdf WHO健康の社会的決定要因に関する委員会最終報告書: 一世代のうちに格差をなくそう(要旨) http://sdh.umin.jp/translated/2008_csdh.pdf
[3]厚生労働省:健康日本21(第2次)http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21.html

                                          (中山和弘)

2008年2月27日

健康を決める社会を知り行動するヘルスリテラシー

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシー

 健康の社会的決定要因とは、健康格差を生み出す政治的、社会的、経済的要因のことです。これらの要因によって、私たちのライフスタイルや生活環境には差が生じ、その結果として人々の健康状態の差が生じます。このことについては、社会経済的な格差と健康、それを知るのもヘルスリテラシーでも紹介しています。健康格差をなくすためには、人々が健康の社会的決定要因を知り、それを変化させられるように働きかけられるヘルスリテラシーが求められます。言い換えれば、健康を決める社会を知り行動する力です。


 ヨーロッパで開発された尺度のHLS-EU-Q47[1](日本人のヘルスリテラシーは低いで紹介しています)でも、このようなヘルスリテラシーを測定しています。しかし、測定するための項目数はごく少数に限られていて、十分にそれを測定しているとは言えませんでした。そこで、健康の社会的決定要因に特化した、社会のあり方と健康の関係を知り行動できる力を測定する、新たなヘルスリテラシーの尺度(Health Literacy on Social Determinants of Health Questionnaire, HL-SDHQ)が開発されました[2]。


10種類の健康の社会的決定要因

 

この尺度HL-SDHQの開発では、健康の社会的決定要因についてのエビデンス(科学的根拠)を集めて作成した報告書(WHO(世界保健機関)ヨーロッパ事務局『健康の社会的決定要因:確かな事実』第2版[3])を参考にしています。そこでは、健康の社会的決定要因として、「社会格差」「ストレス」「幼少期」「社会的排除」「労働」「失業」「ソーシャルサポート」「依存」「食品」「交通」の10種類があるとしています(詳しくは社会経済的な格差と健康、それを知るのもヘルスリテラシーをご覧ください)。



社会経済的な格差と健康


 このうち「ソーシャルサポート」では、1人ひとりのつながりや助け合いを表しますが、お互いに信頼し合っていたり、多くの人が安心感を抱いていたりする、人と人との間にある関係である「ソーシャルキャピタル」も含まれています。ソーシャルキャピタルが、健康との関連で注目されていることは、「人と人との関係が健康をつくる」で詳しく紹介しています。そのため、地域や職場などにある信頼関係としての「ソーシャルキャピタル」を重視することにして、独立して追加しています。


 また、「ストレス」については、他の9つと幅広く関連しています。そのため、それがとくに問題となる「労働」「失業」「依存」のなかに含める形にして、10種類からは除いてあります。
これら10の社会的要因からなる質問項目は、全部で33項目あります。HLS-EU-Q47にならって健康の社会的決定要因に関する情報の「入手」「理解」「評価」「活用」という4つの能力を測定しています。例えば「社会格差」については、「所得の少ない人ほど病気になりがちであると理解するのは」に対して「とても簡単」「やや簡単」「やや難しい」「とても難しい」という選択肢で回答してもらいます。難しいか簡単かをたずねるものですが、それは個人の能力だけでなくて、それを実行することが困難な状況や環境、その中でそれをどれだけ強く求められるかを反映するものとしています。

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの調査結果

 尺度の開発のための調査は、調査会社にモニター登録している(約250万人)全国の人の中から、20~69歳の男女を対象に実施されています。2014年10月にウェブを使った調査を実施し、958名から分析に有効な回答を得ています。


 その結果、「入手」「理解」「評価」「活用」の能力別に見ると、日本における以前のヘルスリテラシーの調査と同様に[4]「評価」と「活用」の項目で「難しい」(「とても難しい」と「やや難しい」を合わせた割合)に対する回答の割合が高くなっていました。


 例えば、「活用」の項目での「労働者の健康を守るための制度や法律を求めて、政治や行政に働きかけるのは」に「難しい」と回答した割合は86.0%と最も高い結果となっています。他にも、政治や行政に働きかける行動に関する3項目でも「難しい」とする回答の割合は高くなっていました。また、「入手」の項目でも「食生活の変化と健康の関係に関する情報を見つけるのは」において「難しい」割合が49.7%であることを除くと、その他全ての項目で50%以上の人が「難しい」と回答していました。



表 質問項目と回答の分布(%)
  質問項目 とても簡単 やや簡単 やや難しい とても難しい わからない/あてはまらない
社会格差 社会的な地位が健康に影響を与えることについて知るのは 1.1 14.9 49.2 28.0 6.7
所得の少ない人ほど、病気になりがちであると理解するのは 7.3 31.0 45.8 11.9 3.9
社会には、健康な生活を送るうえでどのような不公平があるかを判断するのは 5.2 23.2 50.9 19.0 1.7
誰もが健康でいられる公平な社会をつくるために協力するのは 3.7 18.2 47.1 29.0 2.0
幼少期 妊娠中の母親の生活が、生まれる子供の成長に与える影響に関する情報を見つけるのは 4.3 28.8 43.3 19.3 4.3
子供の頃に受けた虐待は、大人になっても影響すると理解するのは 19.3 43.4 27.0 9.9 0.5
小さい子供が健康に暮らせるように、政治や行政に働きかけるのは 1.6 13.4 45.8 36.5 2.8
育児支援を行っている活動に参加するのは 3.2 18.5 46.5 24.9 6.9
社会的排除 社会から孤立して健康を損ねている人を見つけるのは 2.6 12.3 41.5 40.8 2.8
地域や職場で孤立していることは、健康に影響すると理解するのは 15.0 41.8 33.7 8.2 1.3
支援が本当に必要な人に、どのような行政サービスが提供されるべきかを判断するのは 2.2 16.1 46.7 33.6 1.4
貧困をなくすための活動に参加するのは 1.4 11.8 46.7 36.7 3.4
労働 仕事の進め方を自分で決められることは、ストレスと関連すると理解するのは 11.1 40.2 37.7 9.9 1.2
仕事の負担感は、どの程度あると健康に影響するかを判断するのは 2.9 22.1 52.2 21.7 1.1
労働者の健康を守るための制度や法律を求めて、政治や行政に働きかけるのは 1.4 10.3 43.6 42.4 2.3
仕事上の努力に見合わない報酬に対して、上司や雇用者に働きかけるのは 1.8 11.6 41.9 41.3 3.5
失業 労働者の失業とストレスの関係に関する情報を見つけるのは 3.0 20.7 49.8 23.7 2.8
雇用が安定しない仕事は、大きなストレスになると理解するのは 24.2 41.9 26.0 7.7 0.2
就職や職業訓練の機会を増やすための活動に参加するのは 2.0 14.9 51.1 28.5 3.4
ソーシャルサポート  地域や職場で困っている人が必要な支援について知るのは 2.9 18.5 49.9 27.1 1.6
地域や職場で困っている人に、どのような支援を提供すべきかを判断するのは 1.7 15.3 52.7 29.6 0.7
地域や職場で困っている人やその家族を支援するための活動に参加するのは 2.2 13.5 50.2 32.1 2.0
ソーシャルキャピタル 所得格差の拡大は、人々のつながりを希薄にすると理解するのは 14.4 37.3 35.5 10.5 2.3
ご近所同士は、どのように助け合っていけばよいかを判断するのは 3.1 18.2 53.7 24.2 0.8
健康のために、人とのつながりが大切なことを広める活動に参加するのは 2.6 19.3 50.9 26.4 0.8
依存 喫煙がストレスの原因の解決にならないことについて知るのは 8.4 30.2 41.4 16.1 3.9
ストレスの多い社会では、薬物への依存が起こりやすいと理解するのは 16.4 39.6 33.6 8.8 1.7
不法薬物を使用した人が治療を受けやすくなるように、政治や行政に働きかけるのは 1.3 10.2 43.3 41.9 3.2
食品 食生活の変化と健康の関係に関する情報を見つけるのは 9.1 40.4 38.0 11.7 0.7
加工食品の普及による長所と短所を判断するのは 3.4 28.2 47.9 19.7 0.8
健康的な食事を推進するための活動に参加するのは 3.2 26.5 48.0 21.4 0.8
交通 車社会は健康にどのような影響を与えるかを判断するのは 4.2 29.8 50.5 14.1 1.3
歩行者や自転車利用者が優先される道路を求めて、政治や行政に働きかけるのは 1.6 15.9 48.0 33.1 1.4

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの背景

個人ではなく集団としての健康

 多くの項目で「難しい」という回答の割合が多くなっていた背景には、まだ、健康問題は個人の問題と考えられがちで、社会や環境の問題として認識されにくいことがあると思われます。健康のために社会のあり方を変えていくためには、あらゆる関係者(ステークホルダー)が関わっていく必要があります。政治や行政に働きかけるという行動が難しいという結果からは、市民がそこに十分関わることができていないことが考えられます。これは市民の側に知識や経験が不足しているだけではなく、政治や行政が市民のための窓口を十分に開けていないことや、周知できていないことが推察されます。

社会格差と健康

 「社会格差」の項目では、どれも「難しい」という回答の割合が高くなっていました。他の要因では比較的「難しい」の割合が低くなっていた「理解」に関する項目でも唯一50%以上が「所得の少ない人ほど、病気になりがちであると理解するのは」を「難しい」と回答しました。社会格差を経済的問題として認識している人は多いかもしれませんが、健康問題とし認識している人が少ないと思われます。

幼少期と健康

 「幼少期」の項目では、「小さい子供が健康に暮らせるように、政治や行政に働きかけるのは」「育児支援を行っている活動に参加するのは」において「難しい」という回答の割合が高くなっていました。これらの活動は、自分の子供に限らず、地域や職場の同僚や子供などを支援するものが含まれます。育児を、親だけの責任として捉えるのではなく、子供たちの成長に必要な環境を社会で構築していく必要があります。
子供の出生時体重が小さいほど大人になってから糖尿病になりやすいなど、生まれる前後の状況が生活習慣病の発生率に影響することがわかってきています。若い女性や妊婦のやせにつながるライフスタイルや経済状況など、その時期の女性への支援をより重視していく必要があります。

失業と健康

 「失業」に関する項目では、「雇用が安定しない仕事は、大きなストレスになると理解するのは」で「簡単」の割合が高かったのに対して、「労働者の失業とストレスの関係に関する情報を見つけるのは」では多くの人が「難しい」と回答していました。「失業」そのものよりは、いつそのような状況になるかわからないほうが、健康に影響するという研究もあります。「失業」やその可能性があることを意識しなくてはならないストレスが、具体的にはどのようなものであるかという情報が提供されていないことが背景にあると思われます。

職場における健康づくり

 “過労死”という言葉が“Karoshi”と英語辞書に掲載されるような、世界で類を見ないことが起こっているなど、日本での労働は様々な問題点を抱えています。近年、職場での健康づくりのための環境が整備されつつありますが、労働環境の改善が「難しい」と捉えられている調査結果からは、個人の努力では限界があることも示しています。健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーは、言い換えると、現在の環境を作り出している原因を知ってそれを変えるために活動できる能力です。これは、ナットビーム(Nutbeam)が提唱した批判的なヘルスリテラシーです[5][6]。多くの人がこれを持つことなしには、健康のために必要な改善ができないことを示していると言えるでしょう。

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの教育

 社会的要因が健康に大きく関わっているという教育を受けた方はどのくらいいるでしょうか。保健医療の専門家であっても少ないと思います。そのため、アメリカでは、健康の社会的決定要因と健康の関係について学習し、批判的ヘルスリテラシーを身に付けるための組織Just Health Actionがあります。大学の国際保健、公衆衛生、工学、都市計画などのコース、高校、クリニック、保健医療機関、公衆衛生部局などで教えています。健康教育の専門家からなる諮問委員会があって、コミュニティの専門家と一緒に教えることでカリキュラムの適切性を保証しています。健康の不公平に関する研究歴のあるインターンもいて、健康の不公平に関する研究も実施しています。

 教育は4つの要素からできていて、健康は人権であると理解して健康の社会的決定要因について知る(知識)、学生自身が社会変化の主体であるという方向性を見出すための活動を知る(行動指針)、健康の社会的決定要因に働きかける戦略やアドボカシーのツールを知る(ツール)、健康の公平を進める活動を開発して実施する支援を行う(活動)となっています。日本においてもこのような活動が行なわれていくことが望まれます。



(松本真欣、中山和弘)(公開日2017年2月9日)(更新日2017年2月26日)


文献

[1] Sørensen K, et al. Measuring health literacy in populations: illuminating the design and development process of the European Health Literacy Survey Questionnaire (HLS-EU-Q). BMC Public Health 2013 13:948.

[2]Matsumoto M and Nakayama K. Development of the health literacy on social determinants of health questionnaire in Japanese adults. BMC Public Health. 2017 Jan 6;17:30

[3]WHO(世界保健機関)ヨーロッパ事務局『健康の社会的決定要因:確かな事実』第2版

[4]Nakayama K, et al. Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy. BMC Public Health. 2015 May 23;15:505

[5]Nutbeam, D. : Health literacy as a public health goal: a challenge for contemporary health education and communication strategies into the 21st century. Health Promotion International, 15(3), 259-267, 2000.

[6]中山和弘:ヘルスリテラシーとヘルスプロモーション,健康教育,社会的決定要因.日本健康教育学会誌,22(1),76-87,2014.

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