1.健康のためには情報に基づく意思決定を

日本人のヘルスリテラシーは低い

1.健康のためには情報に基づく意思決定を

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日本人のヘルスリテラシー

 国際的に注目されるヘルスリテラシーですが、日本人のヘルスリテラシーは他の国と比べて、高いのでしょうか、低いのでしょうか。それを知るために、ヨーロッパとの比較をした調査があります[1]。

 ヨーロッパでは、一般住民を対象とした、個人の能力だけでなく、日常生活の様々な場面においてヘルスリテラシーがないと困難な状況について測定できる包括的で多様な内容を含む尺度が開発されました。それがヨーロッパヘルスリテラシー調査質問紙(European Health Literacy Survey Questionnaire 、HLS-EU-Q47)です。ヘルスリテラシーの測定尺度のところで包括的な尺度の1つとして紹介しています。

 これは、健康情報の「入手」「理解」「評価」「活用」という4つの能力を「ヘルスケア(病気や症状があるとき、医療の利用場面など)」「疾病予防(予防接種や検診受診、疾病予防行動など)」「ヘルスプロモーション(生活環境を評価したり健康のための活動に参加するなど)」の3領域で測定するものです。4つの能力で3つの領域なので、12の次元にわたって測定します。そのために用意されている質問項目は47になります。例えば、「喫煙、運動不足、お酒の飲みすぎなどの生活習慣が健康に悪いと理解するのは」に対して「とても簡単」「やや簡単」「やや難しい」「とても難しい」という選択肢で回答するものです。難しいか簡単かをたずねるものですが、それは個人の能力だけでなくて、それを実行することが困難な状況や環境、その中でそれをどれだけ強く求められるかを反映するものとしています。

ヨーロッパとの比較

 HLS-EU-Q47は10か国以上で翻訳されていますが、ここでは、日本語訳して調査した結果を紹介します[1]。EUの8か国(オーストリア、ブルガリア、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、オランダ、ポーランド、スペイン)との比較[2]から、日本での一般住民のヘルスリテラシーの状況を見てみます。HLS-EU-Q47を日本語訳し、調査会社にモニター登録している(約250万人)全国の人の中から、20~69歳の男女を対象に、国勢調査の地域別性年齢階級別構成割合を基に人数を割付けて、2014年3月にウェブ調査を実施し、有効回答を1054名から得ています。

 その結果、47項目で「難しい」(「やや難しい」+「とても難しい」)と回答した割合は、EU8か国(8102人)の平均よりも全項目で高く、その差は最小値3.2%、最大値51.5%で、平均値は21.8%でした。総得点(50点満点に変換)の平均値は、EUが33.8、日本は25.3で、8点ほどの差がありました。ヘルスリテラシーを「不足(0-33点)」に分類した割合は、EUでは47.6%(最も低いオランダは28.6%、最も高いブルガリアは62.1%)で、日本では85.4%でした。全体としてEUよりヘルスリテラシーが低いことがわかります。

 次にあげた表は、すべての項目について「難しい」と回答した割合(「とても難しい」と「やや難しい」を合わせた割合)について、EU8か国全体と最もヘルスリテラシーが高かったオランダとを比較したものです。全体として、差が大きかったものは「ヘルスケア」全般と「疾病予防」「ヘルスプロモーション」における「評価」「活用」でした。



表 ヘルスリテラシーの全質問項目での「難しい」の割合(%)-日本とEU・オランダの比較
  項目 日本 EU オランダ
ヘルスケア
入手
気になる病気の症状に関する情報を見つけるのは 46.1 22.8 7.5
気になる病気の治療に関する情報を見つけるのは 53.3 26.9 12.3
急病時の対処方法を知るのは 60.9 21.8 13.4
病気になった時、専門家(医師、薬剤師、心理士など)に相談できるところを見つけるのは 63.4 11.9 4.7
ヘルスケア
理解
医師から言われたことを理解するのは 44.0 15.3 8.9
薬についている説明書を理解するのは 40.8 28.0 13.1
急病時に対処方法を理解するのは 63.5 21.7 16.2
処方された薬の服用方法について、医師や薬剤師の指示を理解するのは 25.6 6.5 2.1
ヘルスケア
評価
医師から得た情報がどのように自分に当てはまるかを判断するのは 46.7 18.0 10.0
治療法が複数ある時、それぞれの長所と短所を判断するのは 70.6 42.6 30.9
別の医師からセカンド・オピニオン(主治医以外の医師の意見)を得る必要があるかどうかを判断するのは 73.0 38.6 44.0
メディア(テレビ、インターネット、その他のメディア)から得た病気に関する情報が信頼できるかどうかを判断するのは 73.2 49.7 47.4
ヘルスケア
活用
自分の病気に関する意思決定をする際に、医師から得た情報を用いるのは 49.3 23.1 19.2
薬の服用に関する指示に従うのは 16.8 6.8 3.2
緊急時に救急車を呼ぶのは 36.8 8.8 4.7
医師や薬剤師の指示に従うのは 15.5 5.6 2.7
疾病予防
入手
喫煙、運動不足、お酒の飲み過ぎなど不健康な生活習慣を改善する方法に関する情報を見つけるのは 28.3 14.7 2.8
ストレスや抑うつなどの心の健康問題への対処方法に関する情報を見つけるのは 52.9 33.5 22.0
受けなくてはならない予防接種や検診(乳房検査、血糖検査、血圧)に関する情報を見つけるのは 40.1 24.0 11.6
太りすぎ、高血圧、高コレステロールなどの予防法や対処法に関する情報を見つけるのは 34.7 18.1 6.3
疾病予防
理解
喫煙、運動不足、お酒の飲み過ぎなどの生活習慣が健康に悪いと理解するのは 15.9 10.3 1.8
予防接種が必要な理由を理解するのは 21.7 16.6 4.8
検診(乳房検査、血糖検査、血圧)が必要な理由を理解するのは 19.2 10.4 3.7
疾病予防
評価
喫煙、運動不足、お酒の飲み過ぎなどは健康に悪いといわれているが、その信頼性を判断するのは 25.8 14.4 9.2
検査のために、いつ受診すべきかを判断するのは 53.2 16.3 20.9
どの予防接種が必要かを判断するのは 57.0 32.7 23.2
必要な検診(乳房検査、血糖検査、血圧)の種類を判断するのは 52.8 25.1 23.2
メディア(テレビ、インターネット、その他のメディア)から得た健康リスク(危険性)の情報が信頼できるかどうかを判断するのは 64.2 42.1 44.9
疾病予防
活用
インフルエンザの予防接種を受けるべきかどうかを決めるのは 35.9 26.2 15.1
家族や友人のアドバイスをもとに、病気から身を守る方法を決めるのは 48.5 22.2 30.5
メディア(新聞、ちらし、インターネット、その他のメディア)から得た情報をもとに、病気から身を守る方法を決めるのは 52.1 36.9 38.7
ヘルスプロモーション
入手
運動、健康食品、栄養などの健康的な活動に関する情報を見つけるのは 29.9 14.3 2.8
心を豊かにする活動(瞑想[座禅・ヨガ]、運動、ウォーキング、ピラティスなど)について知るのは 27.3 22.6 13.6
より健康的な近隣環境にする方法(騒音や汚染を減らす、緑地やレジャー施設をつくるなど)に関する情報を見つけるのは 47.9 40.3 45.1
健康に影響を与える可能性のある政策の変化(法律制定、新しい検診、政権交代、医療改革など)について知るのは 63.1 53.2 55.7
職場の健康増進のための取り組みについて知るのは 38.0 34.8 21.2
ヘルスプロモーション
理解
健康に関する家族や友人のアドバイスを理解するのは 30.5 13.0 13.3
食品パッケージに書かれている情報を理解するのは 41.8 36.2 30.1
健康になるためのメディア(インターネット、新聞、雑誌)情報を理解するのは 33.6 23.3 13.6
心の健康を維持する方法に関する情報を理解するのは 49.3 26.1 17.3
ヘルスプロモーション
評価
住んでいる場所(地域、近隣)がどのように健康と充実感に影響を与えているかを判断するのは 61.8 24.6 28.8
住宅環境が健康維持にどのように役立つかを判断するのは 58.9 19.5 16.9
どの生活習慣(飲酒、食生活、運動など)が自分の健康に関係しているかを判断するのは 45.5 12.6 5.4
ヘルスプロモーション
活用
健康改善のための意思決定をするのは 50.7 21.7 21.1
 参加したいときに、スポーツクラブや運動の教室に参加するのは 56.4 24.1 10.4
健康と充実感に影響を与えている生活環境(飲酒、食生活、運動など)を変えるのは 63.6 25.5 19.6
健康と充実感を向上させる地域活動に参加するのは 64.6 38.9 45.7

さらにアジアとの比較

 

 ヘルスリテラシーの測定尺度HLS-EU-Q47は、日本だけでなく他のアジアの国・地域でも翻訳されて、同様な調査が実施されています[3]。結果をみると、平均点(50点満点)では台湾が34.4と最も高く、次いでマレーシア32.9、カザフスタン31.6、インドネシア31.4、ミャンマー31.3、ベトナム29.6となっていて、どこも日本の25.3より高くなっていました。EUの8か国も含めて国・地域別に平均点を比較したものが、次のグラフです。日本の値が低いことがよくわかります。


国・地域別のヘルスリテラシーの平均点
 

 なお、この比較で注意しなければならない点があります。日本の調査では、他の国・地域の調査と異なる点があります。対象者については、EUと台湾では、全国・地域(台湾以外のアジアの国では主要な都市や地域が選ばれています)でサンプリングが行われていますが、日本ではウェブの調査のモニター登録者に限定されています。そのため、対象者の特徴について、国勢調査の結果(性、年齢、収入、職業、学歴、暮らし向き)と比較して大きな偏りがないことは確認しましたが、インターネットをあまり利用していない人は含まれていません。このことは全体としてヘルスリテラシーを高めている可能性がある反面、インターネットの健康情報を使いこなすことの難しさを実感している人が含まれている可能性もあります。それでも、日本の調査では同時に「伝達的・批判的ヘルスリテラシー尺度 (CCHL、5項目)」を測定しているので、同じ尺度を測定した他の2000人規模の全国サンプリングの調査での値と比較したところ大きな差は見られませんでした(いずれも未公開)。

 

 また、日本だけがウェブ上の自記式の質問紙を用いています。他の国・地域は、質問紙を用いた面接(Face-to-face)による調査です。面接調査では、対象者が社会的に望ましい回答をしやすくなることが知られていますので、他の国・地域との差はもう少し小さい可能性があります。しかし、「入手」や「理解」に関する項目では、ほとんど差がない項目がありますし、それだけですべての差を説明できることはないと考えられます。

日本でヘルスリテラシーが低いと考えられる背景

家庭医とプライマリ・ケア

 日本とヨーロッパとの比較で最も差が大きかったのは「病気になった時、専門家(医師、薬剤師、心理士など)に相談できるところを見つけるのは」で、日本では6割が難しいと回答したのに対してEUでは1割と差が開きました。

 その背景にあるのは、日本のプライマリ・ケア(身近にあって何でも相談できるケア)の不十分さがあります。これは2011年に国民皆保険50周年で企画された世界的な医学雑誌『ランセット』の日本特集号でも指摘されていることです[3]。プライマリ・ケアとは、米国国立科学アカデミーの定義では、「患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである」とされています。日本プライマリ・ケア連合学会は、この定義を引用しながら、「国民のあらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能と考えられる」と述べています[4]。

 しかし、日本の医師の大部分は、これらを行えるプライマリ・ケア医あるいは家庭医とはいえないといいます[4]。その訓練を十分に受けた医師が不足していて、2015年9月30日時点で日本プライマリ・ケア連合会が認定する家庭医療専門医は512名[4]です。日本の医師数約30万人のほんの1部です。ヨーロッパでは医師の約3分の1が家庭医(オランダでは40%)である状況とは大きく違います(ちなみに台湾も早くから家庭医の養成を行っている国です)。これは2004 年まで,養成する教育制度は存在していなかったからです。そのためプライマリ・ケアのレベルで十分診療可能な疾病でも,大きな病院を受診することがおこっています。患者にとっては,どの医師の診療でも自由に受けられるといった状況ですが、どこで受診したらよいのかという明確な情報がないため、受診先に迷うことがしばしばあります。ヨーロッパでは、家庭医制度が普及していて、地域の家庭医にまず受診することになっている国が多いので、そのようなことは少ないわけです。

 「医師から言われたことを理解するのは」で難しい割合が多いことは、プライマリ・ケアの特徴を表す理念のなかにある『充分な説明の中で受療者との意思疎通を行うこと』[5]の教育が不十分であるためだと推察されます。さらに、ヨーロッパでの家庭医は、予防のための健康教育を行う役割もあるため、地域住民のヘルスリテラシーの向上に寄与していることが考えられます。「疾病予防」や「ヘルスプロモーション」の項目でも差が大きかったのは「判断する」という言葉が入ったもので、これは「入手」「理解」「評価」「活用」の4つの能力のうちの「評価」に該当していて、健康に関する知識について十分教育を受けていないと難しいものです。さらに、「ヘルスプロモーション」では、「評価」のみならず、「生活環境を変える」「運動教室に参加する」「地域活動」に参加するも大きな差があります。ヨーロッパでは、家庭医制度を含めたヘルスプロモーションや地域包括ケアの先進国であり、地域で健康や生活の質の向上のための活動に参加しやすい環境を作り上げてきているためだと推察されます。

ヘルスリテラシーが高いオランダの特徴

 ヨーロッパの調査では、なかでもヘルスリテラシーが高い国は、オランダでした。オランダは、家庭医や訪問看護師によるプライマリ・ケア(初期包括ケア)が充実している国でもあります。日本の介護保険法が、ドイツの介護保険を参考にしたといわれていますが、ドイツはオランダを参考にしたと言われています。オランダが、先進的であることは、国の特徴そのものとして語られる機会もありますが、サービスの利用者の選択を自由にし、サービスの提供者の競争を促進するという考え方です[6]。選択肢から自由に選べるためには、本来、情報を入手し、理解して、意思決定する力であるヘルスリテラシーが求められます。サービス利用者の権利を確立するために、選択のための情報を与える試みが営々と行われているといいます。情報公開度については、世界でトップクラスの国です。

 また、オランダには、地域看護師が起業して急速に広がり、いまや世界的な成功事例とみなされる在宅ケアの組織ビュートゾルフがあります[7]。創業者によると、その根底には「自分の人生のなかで起きるいろいろなことについて自分で判断して決定できれば、自分の人生に自ら影響を与えられるし、より幸せな人生を送ることができる」という信念があるといいます。意思決定できることが幸せにつながるということです。さらに、学校教育の段階から、建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶことがあげられ、やはり意思決定できることを重視していることがわかります[8]。『世界価値観調査』によれば、人生の選択の自由度が高い国ほど幸福感が高い傾向にあります。オランダが人生の選択の自由度とともに幸福感も世界の上位なのに対し、日本の幸福感は先進国では低めで、人生の選択の自由度はの平均点は83の国や地域の中で81番目です(『世界価値観調査』2017-2020)[9]。

健康情報とメディアリテラシー

 情報についていえば、日本の調査での項目の中で、「気になる病気の治療に関する情報を見つけるのは」「気になる病気の症状に関する情報を見つけるのは」「メディア(テレビ、インターネット、その他のメディア)から得た健康リスク(危険性)の情報を信頼できるかどうかを判断するのは」で難しいという割合でも差が大きくなっていました。これらからは、インターネットを含めた情報の入手先の問題が指摘できます。市民向けの健康情報を豊富に収集したサイト、メドラインプラス(MedlinePlus)のようなわかりやすく信頼できる総合的なサイトが不足していることは保健医療の専門家に求められることのなかの「わかりやすい健康情報サイト」のところで述べてあります。

 日本の健康科学・医学系の論文を無料で検索できないという問題もあります。世界で出版されている論文は、アメリカ国立医学図書館がPubMedというサイトで、無料で論文のデータベースを検索できるようにしていて、要約を読むこともできるし、無料で公開されている論文ならすぐに読むこともできます。しかし、日本語で書かれた論文の多くは検索対象外になっています。日本では、それらの論文のデータベースは、医学中央雑誌刊行会というNPOが作成していて、個人や組織で契約して料金を支払う必要があり、誰もが無料で検索して要約を読むというわけにはいかないのが現状です。これらのことが数値に反映されていることが予想されます。

 また、メディアリテラシーの問題が指摘できます。新聞やテレビなどマスメディアやインターネットの情報を理解・活用できる力が必要です。日本人にとって最も一般的な健康情報源は、テレビ・ラジオ(77.5%)、インターネット(74.6%)、新聞(60.0%)であり、これらの情報源はそれぞれ70.5%、55.6%、76.2%の回答者が信頼しています[10] 。このように、テレビや新聞といったマスメディアへの信頼度が高く、インターネットへの信頼度が低いことは、健康情報に限らず、日本の特徴です。『世界価値観調査』によると、新聞やテレビに対する信頼度は、欧米諸国が約10%~40%であるのに対し、日本は約60%~70%となっています[8]。これに対して、インターネットに対する信頼度は、調査対象の25カ国・地域全体で74%であるのに対し、日本では51%と最も低いことが示されています[11]。インターネットは、メディアが取り上げる元となるオリジナルの情報(1次情報)である専門的な論文やデータを直接ダウンロードできるなど、自分で情報を取捨選択できるメディアです。日本ではインターネットからそのようなオリジナルの情報を得ることが難しいためか、諸外国では信頼性が低いと評価されるマスメディアからの情報に頼る傾向があります。とくに、これらのいわゆるオールドメディア上での医師らの発言は、高い信頼を得がちであると思われます。これらも批判的に見る必要がある中で、鵜呑みにすることには問題があります。日本では、自分で考えるよりも、頼ることができる情報が求められているようにも思われます[12]。言い換えれば、情報を選択肢の比較による意思決定に用いるというより、正しい選択肢、正しい答えを教わろうとしているのかもしれません。

 また、インターネットは、誰でも多くの人が参加できるメディアで、特定の権力にコントロールされにくく、基本的に助け合いの精神で作られているメディアでもあるのに信頼されていないのは何故かです。この背景には、オールドメディアがインターネットにまつわる事件や被害などのニュースを多く流していて、その影響を受けていることが指摘されています[13]。これらは年齢によって、違いがあるものの、どのメディアに対しても批判的である姿勢は重要です。企業や政治団体などの組織がスポンサーにあること、記事を書いている人のフィルターを通して情報が伝達されていることを意識化することが求められるでしょう。

子供のころからの意思決定できる力の育成と健康教育

 学校における保健教育において、自分で意思決定する力を身に付けるスキルを身に付けられているかどうかがあります。ヘルスリテラシーの育成や向上において、教育は最も重要です。海外の学校でのヘルスリテラシー教育については、子どものころからからだと健康を学ぼうのところで述べています。海外では早い時期から計画的に、健康やからだ、意思決定などヘルスリテラシーを身に付ける教育に取り組んでいます。

 また、日本人がそもそも意思決定が得意なのかという問題があります。意思決定の仕方やそれを可能にする環境には文化差があることが指摘されています。日本とオーストラリアの大学生を比較すると、日本の大学生のほうが意思決定における自尊感情が低く、意思決定時のストレスが高く、よく考えて自分で決めるよりも、他の選択肢の可能性を考えずにせっかちに誤って判断して決定してしまったり、意思決定を回避する傾向にあるという研究があります[14]。同様に、日本とオーストラリア、米国、ニュージーランド、香港、台湾の大学生を比較した研究でも、日本人が最も意思決定についての自尊感情が低く、意思決定を回避し、衝動的に決める傾向にあったとも報告されています[15]。それは、個人の意思決定を特徴とする西欧人と集団の調和を文化的規範とする日本人の違いによるという可能性が指摘されています。さらに、ビジネスリーダーの意思決定のスタイルを日本と米国と中国で比較したところ、日本では、データを集めて多くの選択肢を注意深く分析するスタイルが最も少なく、データよりも直観や関係を重視するスタイルが最も多かったという研究報告もあります[16]。さらに、意思決定できるかどうかには、選択の自由があるかどうかの影響を受ける可能性もあります。先に挙げたように『世界価値観調査』での人生の選択の自由度は、日本は最低ランクです[9]。これらは選べる選択肢が十分にないためか、意思決定のための情報が十分でないか、情報に基づく意思決定のスキルが不足している可能性が考えられます。

 日本の学校教育での学習指導要領の問題もあります。2020年以降の新しい学習指導要領になって、保健の分野全体では、小中高を通じ、心身の健康には不可欠な「課題を見付け、その解決に向けて思考し判断する」という問題解決力や、意思決定力といった健康を決める力に関する項目が新設されたところです。これは保健の分野に限らない全分野に共通した話で、新しい学習指導要領でようやく「思考力・判断力・表現力」が前面に立って大きな柱として盛り込まれました。中高では「健康に関する情報から課題を発見し」という文言も加わり、高校のものを見ると「生涯を通じる健康に関する情報から課題を発見し、健康に関する原則や概念に着目して解決の方法を思考し判断するとともに、それらを表現する」「健康を支える環境づくりに関する情報から課題を発見し、健康に関する原則や概念に着目して解決の方法を思考し判断するとともに、それらを表現する」という項目が新設されています。今回初めて「情報」という言葉が入り、それは意思決定のためにあると考えれば、それまで意思決定が入っていなかったことがわかります[17]。

 健康とは、心身の状態だけではなく、それを自分(たち)で変えられる「力」、生きる意味や生きがいを感じて「生きる力」を指すと考えられます(健康とは何か:力、資源としての健康を参照)。からだのことに始まり、細菌やウイルスなどの多様な生物、食や薬、運動と睡眠、ストレスと対処、性とジェンダー、老化と死、人間関係やコミュニケーション、社会と文化、メディアと情報リテラシー、リスクや確率の理解など保健以外の全科目とつながっています。これらの多様な情報や価値観を基に判断できる自分らしい「生き方」を身につけることでもあります。

 日本でも、読み書きのリテラシーと同様に、早い時期から生涯を通じて情報に基づいて意思決定できる力とヘルスリテラシー教育の仕組みづくりが望まれます。日本の中学生を対象とした研究では、ヘルスリテラシーや保健分野での批判的な思考力は、部分的には親や教師の影響も示唆されるが、全体としては自然に身に付くものではなく、そのための教育の機会が必要であると報告されています[18]。その必要性から具体的な提案もされつつあり[19]、ヘルスリテラシーを考慮した保健教育の介入と評価の研究が増えることが望まれます。

 最後に、国際的には自分で意思決定できることが幸せにつながっているとされますが、日本人ではどうなのでしょう。神戸大の西村和雄特命教授らの2万人の調査によると、健康、人間関係に次ぐ要因として、所得、学歴よりも「自己決定」が幸福感に強い影響を与えていました。高校や大学などの進学先や初めての就職先を誰が決めたかという質問に「自分で希望を決めた」を選んだ人ほど幸福感が強くなっていたのです[20]。健康に関する自己決定ではないものの、健康が最も強く幸福感と関連していたので、自分で健康を決める力があればさらに幸福感が高まるかもしれません。人間関係が2番目なので、自分で健康を決めることを信頼できる人と共にできれば、さらに幸せになれる可能性があると思われます。

 ヘルスリテラシーはソーシャルキャピタルの重要な要素であるともいわれます。人間関係における信頼やつながりを表すソーシャルキャピタルは、ヘルスリテラシーの向上のために互いに信頼しあって協力するような文化や風土でもあります。ヘルスリテラシーとソーシャルキャピタルを築き上げることが、自分たちの健康で充実した生活につながることを実感し、ともに喜べる機会をつくり出すことが重要だと考えます。

(中山和弘)(公開日2016年9月22日)(更新日2022年1月29日)


文献

1)Nakayama K, et al. Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy. BMC Public Health. 2015 May 23;15:505

2)HLS-EU Consortium. Comparative Report of Health Literacy in Eight EU Member States. The European Health Literacy Survey HLS-EU. 2012.https://cdn1.sph.harvard.edu/wp-content/uploads/sites/135/2015/09/neu_rev_hls-eu_report_2015_05_13_lit.pdf  

3)Duong TV, Aringazina A, Baisunova G, Nurjanah, Pham TV, Pham KM, Truong TQ, Nguyen KT, Oo WM, Mohamad E, Su TT, Huang HL, Sørensen K, Pelikan JM, Van den Broucke S, Chang PW. Measuring health literacy in Asia: Validation of the HLS-EU-Q47 survey tool in six Asian countries. J Epidemiol. 2017 Feb;27(2):80-86.

4)日本国際交流センター:『ランセット』日本特集号:国民皆保険達成から50年.  http://www.jcie.or.jp/japan/csc/ghhs/lancetjapan/ 

5)日本プライマリ・ケア連合学会 http://www.primary-care.or.jp/ 

6)大森正博「オランダの介護保障制度」『レファレンス』国立国会図書館、2011年6月号.  http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/pdf/072503.pdf

7)堀田聰子:持続可能な「私たちの」まちづくり オランダを手がかりに.http://www.kaigodanshi.jp/study/03/

8)子どもの幸福度世界一! オランダの学校教育レポート 世界一子どもがしあわせな国の子どもをしあわせにする教育とは?https://kids.gakken.co.jp/parents/series/happiness/

9)Haerpfer, C., Inglehart, R., Moreno, A., et al. World Values Survey: Round Seven - Country-Pooled Datafile. 2020. https://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp

10)厚生労働省:平成26年版厚生労働白書. https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/dl/1-02-1.pdf

11)CIGI-Ipsos. 2019 CIGI-Ipsos Global Survey on Internet Security and Trust. https://www.cigionline.org/cigi-ipsos-global-survey-internet-security-and-trust/

12)舞田敏彦:メディアへの信頼度が高いだけに世論誘導されやすい日本. ニューズウィーク日本版.2015.  http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-4034_1.php

13)橋元良明ら:インターネット利用の不安をめぐる 10カ国比較調査.東京大学大学院情報学環 情報学研究 調査研究編, no.27, 1-48, 2011.

14)Radford MH b., Mann L, Ohta Y, Nakane Y. Differences between Australian and Japanese Students in Decisional Self-Esteem, Decisional Stress, and Coping Styles. J Cross Cult Psychol. 1993;24:284-97.

15)Mann L. Cross-cultural Differences in Self-reported Decision-making Style and Confidence. Int J Psychol. 1998;33:325-35.

16)Martinsons MG, Davison RM. Strategic decision making and support systems: Comparing American, Japanese and Chinese management. Decis Support Syst. 2007;43:284-300. doi:10.1016/j.dss.2006.10.005.

17)衞藤隆、渡邉正樹、中山和弘:座談会 ヘルスリテラシーの育成とこれからの保健教育.保健体育教室 2016年第2号 No.303,大修館書店

18)森慶恵、玉村沙也加、横井来美、古田真司「中学生の保健分野における批判的思考力に関する基礎的検討」東海学校保健研究,39(1),45-57,2015

19)山本浩二, 渡邉正樹「日本の中学校健康教育における課題とヘルスリテラシーの必要性に関する一考察 : 中学校新学習指導要領の実施に向けて」東京学芸大学紀要. 芸術・スポーツ科学系, 63: 87-97,2011.

20)西村和雄、八木匡:幸福感と自己決定―日本における実証研究.独立行政法人経済産業研究所, 2018.https://www.rieti.go.jp/jp/publications/act_dp.html

コメント

コンテンツの末に日本の健康教育の必要性について述べられていますが、私もその意見に賛成です。現在、文部科学省が「生きる力」をテーマとし標準学習指導要領を組んでいますが、その中で健康教育が含まれる保健科目は小学校に至っては存在しないし、中・高学校では保健体育としてまとめられています。標準取得単位数は2単位で、国語や数学の19単位と比べて非常に少ないです。喫煙と飲酒、薬物乱用、がん教育を主に推進しているようですが、健康と社会的要因の高い関係性が明らかになった今では、原因に対して単独で行う健康教育では不十分であると思います。生物の科目でやるヒトとしての生理学的知識にはじまり、現代社会の科目でやる社会環境の変化や特徴について、政治経済の科目で医療福祉制度やその利用法についてまで、健康に関することを系統立てて学ぶことが必要だと考えました。健康は「生きる力」の土台です。取り組む意味は大きいと思います。

淺見 温子 2017年9月19日18:25

一昨年、WELQなどのキュレーションサイトが誤った健康情報を流していたとして問題となった。WELQのようなサイトのデザインは実に魅力的で利用しやすいものであったので、問題になってしまったことが実に残念だった。 Webメディアの良いところは気軽に読めることだ。だから難しい用語が多い医療情報をWebメディアに扱ってもらうと一般市民への医療情報の周知につながると私は考える。 一般市民への正しい医療情報の周知のために、是非Webメディアを運営している方には記事を出す前に医療情報のエビデンスを確認してから記事を世に出していただきたいと思う。 Webメディア運営側のヘルスリテラシーが今、求められている。

坂下 優華 2018年4月 5日16:27

日本人のヘルスリテラシーが低いという記事で、その要因としてプライマリケアの不十分さをあげていた。私も同意見である。以前、安楽死について調べていた際に、記事の中にあったように”オランダでは家庭医制度があり、強い信頼関係で結ばれたドクターがいる”と聞いたことがある。一人の医師が何年にも渡り継続的に患者の診断をしてくれるため、より患者個々に適した治療が受けられるだけでなく、多くの健康に関する情報や知識が与えられる。日本では、このような家庭医のように幅広い診察能力を持った医師が少なく、研修内容も不十分な現状である。更に、医療の質が上がると共に専門分化した分野が発達すると考えられる。まずはオランダを参考にしてプライマリケアの研修を充実させることが重要であり、専門医だけでなくプライマリケア領域を志す医師数を増やし実践を進めることがヘルスリテラシーを上げることに繋がると考える。

神戸 まりな 2018年4月12日13:50

日本人が低いというのは意外ですね。ただ、思い返してみると、保健体育では学んだ記憶は...ないですね。

名無し 2018年4月12日17:10

かかりつけ医が日本でも浸透すれば、気になることを臆せずに医師に質問しやすくなりそう。

Taro 2018年4月19日13:20

ニュースなどでヘルスリテラシーの大切さなどが訴えられている。この問題は情報検索が簡単になった現代では多くの国で叫ばれている問題なのではないかと考えていたが、今回のこの記事を読んで、国によって深刻度が異なることが理解できた。日本では自身が悩んでいる健康問題を専門に行っている専門医に出会うのはとても難しく、診察してもらうにも多くの段階を踏まなければならないことが多い。しかし現在日本は超高齢社会になり、疾病や健康問題と共に生活していく人々が増加していくことが予想される。入院しながら治療を行うのではなく、自宅で生活しながら治療していく在宅医療が最近注目を浴びているが、その存在を知っている人はまだ少なく、健康を害してからのものという印象が強い。より医療が人々の身近なものになるためにはもっと在宅医療を浸透させ、自身の健康問題について質問しやすい環境を作る必要があると感じた。

小暮 夏葉 2018年4月26日13:22

日本人のヘルスリテラシーが低いということに驚いた。日本は他国に比べても医療の発展という点で劣っているわけではないと思っていたからである。この記事では日本のヘルスリテラシーが低いことの原因の一つに家庭医が普及していないことをあげていて、確かに自分に置き換えて考えた時、自分にもかかりつけの医師がいないことを思い出した。なにか症状が出たとしても病院にかからないことも多くある。現在ではネットの普及によって、すぐ近くの病院や診療所を探すことができるため、若年層の医療機関とのつながりは維持できるのかもしれないが、ネットに慣れていない高齢者にかかりつけ医がいないことは深刻な問題であると考える。また、このように日本人のヘルスリテラシーが低いという結果が出たのには、日本人の謙遜とか、はっきりとしたことを言うのを避けるという文化も関係しているのではないかと思った。

竹下 瑞希 2018年6月28日15:28

オールドメディアにおける信頼が高く、ニューメディアに対しては低いと書かれていたが、ここ最近ではその関係性が逆に傾きつつあるように感じた。というのも、ツイッターを利用していると、TVの言っていることが間違っているだとか、参考としているものが根拠としては不明確なものだと発信している人がいる。また、最近ではパクツイや無断転載に対してソースはどこだとリプライしている人もよく見かける。情報の信憑性に対して意識が変わってきたなと思う反面、こういったSNSを使う層は専ら若い世代で、私たちより更に上の世代の意識は変わっているのかどうかは定かではない。医療に一番関わりが強いのは高齢世代だと思うので、高齢世代に対しての意識の変容こそが、一番結果として目に見えやすくなると思うから、ヘルスリテラシーの向上をもっと重点的にしていくべきだと改めて思った。

寺澤 怜良 2018年6月28日15:28

ヘルスケアや疾病予防、ヘルスプロモーションといった3つの領域は完全に人間の生活と密接しているため、これらは生活習慣に影響する。そこで、医療は人間の生活があって成り立つと考えた。なぜなら、人間の生活習慣が良い・悪いという結果が疾病という形で結びついてきて、その治療はその人の生活を基に行うものであると考えるからである。しかし、日本では医療は病院のなかで行われるものと考えられていることが多く、生活と医療がまた別々なものとして考えられているために医者や看護師ともに家庭医や訪問看護師の人数が海外に比べて低いのではないかと考える。逆に言えば、家庭医や訪問看護師の少なさから医療が生活に根ざさない原因であると考えることもできる。私は、日本人のヘルスリテラシーを高めるためには家庭医や訪問看護師が増え、生活の中で医療を身近に感じられる環境づくりが大切だと考える。

長井 友里 2018年7月 9日16:48

日本はプライマリ・ケアが不十分で、それがヘルスリテラシーが低い要因の一つにもなっていると記事にはしるされていた。自分の今までを振り返ってみても、何か不調になって医療機関にかかりたい時、まずは病院探しから始まる。都会では特に多すぎるほどの病院がありその病院の中から、口コミやHPなどあらゆる情報を集めて一つの病院に決める。これが、家庭医などといった昔からの、かかりつけ医がいたならばこんな苦労もなくて済むのだろうと思った。しかも、一苦労かけて探したその分、そこへかける期待も大きくなる。きっとよい医者・医療機関なのだろうという絶対的な信頼をおいて受診するため、自然と「任せる」患者になってしまう。医療従事者、特に医者に対しての「専門家」という意識が強すぎて、たくさんの時間をかけて収集した自分の情報よりも医者の一言の方がもっと大きな影響力を持ってしまっている。

信太 夏乃 2018年7月 9日16:49

共感します。現代日本人のヘルスリテラシーは、低い!あちこちの救護所でボランティア活動をしております。災害土砂が舞う現場なのに言われなきゃマスクしない方や炎天下で帽子かぶらない方水分遠慮する方、捻挫した足でウロウロして痛みが引かないなあという方etc(-_-;) うがい手洗い身を守るクーリング、局所の安静、体の仕組み、お世話のかかることキリがないですもの。受け身過ぎ、知らな過ぎ。そして不確かな情報に振り回されていたり。 で、どうして?と思ってPC開いたらこちらにたどり着いた次第です。 自ら作る守る健康、ヘルスリテラシー上昇が必要ですね。

大槻恭子 2018年9月16日23:19

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