4.コミュニケーションと意思決定

高齢者のヘルスリテラシーとジェロゴジー

4.コミュニケーションと意思決定

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1. 高齢者にとってのヘルスリテラシー

1)ヘルスリテラシー不足の影響

 高齢者はヘルスリテラシー不足の影響を強く受けやすいとされています。慢性疾患を持つ割合が高くなりますが、認知的にも身体的にも変化するため、自己管理や治療やケアにおける選択肢を選ぶという意思決定がますます難しくなります。

 加齢によるヘルスリテラシーへの影響には、身体的影響、認知の影響、心理的な影響があります。ここでは、そのうちの認知の変化と、心理的な変化の影響について、スぺロス(Speros, 2009)がまとめた内容について紹介します[1]。

2)認知の変化の影響

 認知の変化については、流動性知能、すなわち新しい場面への適応に必要な能力で、推論する力、思考力、暗記力、計算力、集中力などの低下です。そのため、高齢者は新しい情報を学ぶのに時間がかかります。新しいことをやってみるように急かすと、失敗しないか恥をかかないかと不安でやる気がなくなることになります。したがって、高齢者のペースでゆっくり行うことが必要になります。さらに、作業記憶の低下で、すなわち一定の時間に多くの情報を処理する能力が低くなります。一度に多くの情報を処理することが難しくなるので、少しずつに分けて行うことが必要になります。分けて教えるので、前に学んだことを振り返りながら時間をかけて進めていく必要があります。

 さらに、抽象的な概念の理解が難しくなります。例えば、漠然とした言葉として「十分に」「よく」などというよりは、具体的に回数や時間などを教えたほうがよいです。また、何かを「しないように」というネガティブな表現ではなく、何かを「するように」というポジティブな表現を使うこともよいとされています。

3)心理的な変化の影響

 心理的な変化については、とくに、うつは高齢者によくある問題で、学習を受け入れるかどうかに影響します。高齢者は家族や友人、経済的な基盤、役割などの喪失を多く経験するため、自尊感情の低下や、うつなどを経験することがあります。それらは学習意欲を低下させます。それまでに積み上げてきた業績や能力に注目することで、自尊感情を高める必要があります。教育や学習での過去の失敗経験も影響します。過去の学習での成功に目を向けて、自信を持って新しい行動に取り組めるようにすることです。

 高齢者にとって社会的な受け入れは、社会が年を取ることをどうとらえているかに影響を受けています。高齢者がネガティブな存在としてとらえられていて、受け入れられていないと感じると、孤立感が生じてしまいます。このことはヘルスリテラシーの獲得意欲に影響を及ぼすため、年を取ることがポジティブなこととして受け入れていることが求められるでしょう。病気になったときの危機への適応が関連します。現実に直面できなければ、不安で学習できないため、病気への受容が始まることが必要です。高齢者が今は何をどう学びたいかを確認することが求められます。

 学習することが、高齢者にとってどれだけ価値や意味があるかが大切です。高齢者は、自分の生活に関係があると思うと新しい情報を学ぼうとします。また、高齢者にとって自立できているかどうかは重要なことで、それが自尊感情やプライドに結びついています。健康の自己管理が自立に結びついて捉えられることが必要だと考えられます。

 また学習の意欲には、それまでの生活経験との関連性が左右します。人が生涯に渡って獲得してきた知識は、問題解決に役立つかどうか認識されています。人生経験が新しい知識やスキルとどう関連しているかを明確することで、過去の人生経験と結び付けて活用することです。身近な人で同じ病気を経験した人の体験談を尋ねて、それの良い点や修正点などを活用する方法があります。

2. 高齢者の学習としてのジェロゴジー

 高齢者のヘルスリテラシーを考慮した学習をジェロゴジー(Gerogogy、同じ意味でGeragogyと書くことも)と呼ぶことがあります。加齢による認知、身体的な影響を補うようデザインされたもので、高齢の学習者の潜在能力をフルに生かすことを促進しようとするものです。その原則は、次にあげるものだと紹介されています[1]。かなり具体的で丁寧ですが、すべてあげておきます。

・ 高齢者にアプローチするときは、尊敬と受容とサポートの気持ちをはっきりとあらわすこと。それによって、本人が理解していることとしていないことがよくわかるような学習環境をつくる。

・ 教える時間は午前中の元気なうちにすること。それぞれの日に短く教える時間をつくるほうが長い時間かけて疲れさせるよりは適切である

・ 新しい情報に入るときは、一つひとつの概念や短く情報を提供するたびに休んで時間をとること。先に進む前にティーチバックを使って理解を確認すること。

・ 新しい知識やスキルは、はっきりと確認できる過去の経験とリンクさせること。思い出を語ることは、高齢者の体験と再びつながるため、学びを促すのに役に立つ。

・ 高齢者の日常生活、社会構造(人間関係、役割、規範)、身体機能と実際に関係のある内容にすること。安全と自立の維持を強調すること。高齢者は、「問題がすぐに解決する方法だと思える内容」を学ぶ意欲がある。

・ 高齢者と接している間は集中ができるように、気が散ることは最小限にして、伝えることをいくつかの(5つ以下)不可欠な要点に限定して、関係のない情報は避けること。

・ ゆっくり話すこと、ただし遅すぎて気が散ったり飽きたりしないようにすること。話すときは相手と対面して同じ高さで座ること。

・ はっきりと簡潔に話し、高齢者がよく知っている言葉を使うこと。高齢者世代の習慣、信念、価値観に敏感になり尊重すること。

・ 教える要点を強化するために資料を提供すること。文章は読みやすく(5年生以下)、大きな活字(14-16ポイントのフォント)で活字と紙の色のコントラストをはっきりさせること(白か明るいクリーム色の光沢のない紙に黒い活字が望ましい)。要点は箇条書きかリスト形式にすること。ウェブサイトについては、いくつものガイドへのリンクをつけること。

・ 高齢者をポジティブに表すような視覚的な資料を使い、高齢者のライフスタイルの実践とは関連のないステレオタイプな漫画や場面は避けること。視覚的に学習するには、シンプルな線画、絵文字、フォトノベラ(写真を使った読み物)が、口頭での説明の補助として効果的である。

・ 家の中でよく見る場所、例えば電話のそば、ベッドサイドテーブル、冷蔵庫に文字の情報で置いておいて、しょっちゅう触れることができるようにすすめること。『Age Pages』という国立老化研究所が作成したものが、高齢者に教えるときの効果的な方法を知るのに役に立つ。

・ 具体的な言葉で、明確な指示を与えること。「食事中のカルシウムを増やす」というよりは、カルシウムの多い食品を挙げて、それを1日何回食べればいいのかを示すこと。

・ 高齢者に教えている間に参加を促すこと。説明するよりも、新しいスキルや方法をデモンストレーションして、一緒に実践してもらうこと。

・ 新しい情報や学習目標は、思い出せるように家の中でのきっかけや日課と関連付けること。学んだ行動は定期的に、例えば、歯を磨いたり、好きなテレビを見たり、犬の散歩の後、そのたびに実行するように勧めること

・ 要点を教えている間中、繰り返し新しい情報を自分の言葉で言い換えてもらうこと。高齢者が、精神的に情報を処理しやすく思い出しやすいように教えている間中、ずっと使う言葉を選ぶこと

・ 教えている間に、家族や信頼できる友人を同席させて、活発に参加してもらうよう勧めるべきであること。本人の許可があれば、教育に重要な他者を巻き込むことは、高齢者のヘルスリテラシーの向上に効果的な方法である。友人や家族は代理の読者にもなるし、臨床場面で提供された情報を強化し、誤解されていたかもしれない情報を家に帰ったときに明確にしてくれる。

 ここで挙げてあることを見ると、高齢者中心、学習者中心であることがよくわかります。過去の歴史の上に成り立ってきている生活を中心に、そこにあるつながりなど築いてきた資源を活用することが求められています。

3. 高齢者のインターネット利用とヘルスリテラシー

 多くの高齢者は、大事なことは医師が決定するという文化で育っていますが、次第に情報を得て自分で決めたいという方向に移行してきていると思われます。日本の調査では、比較的重い病気の治療方針の決定に際して、医師と相談しながら自分で決めることを望む人は、20 歳以上全体で 5割を超え、70 歳以上でも 4割となっています[2]。アメリカでも、とくにベビーブーム世代は、自分の健康も自分でコントロールしたいと望んでいるといいます[3]。そのため、高齢者も健康情報を入手するためにインターネットを使うようになってきています。しかし、ネットの専門用語や医療用語の問題もあり、ネット検索で質の高い情報にアクセスできるのは困難を伴う可能性があります。

 それでも、インターネットを使っている人のほうがヘルスリテラシーの能力を維持することができたというイギリスの高齢者の研究があります[4]。インターネット利用とともにさまざまな社会活動、特に文化的な活動に参加する人のほうが維持できていました。ヘルスリテラシーは加齢とともに低下するものの、いろいろなチャンネルで社会参加することに意味があるようです。




[1]Speros CI: More than Words: Promoting Health Literacy in Older Adults. OJIN: The Online Journal of Issues in Nursing, 14(3) Manuscript 5,2009.

[2]日本医師会総合政策研究機構: 「第6回 日本の医療に関する意識調査」『 日医総研ワーキングペーパー』2017

[3]Centers for Disease Control and Prevention. "Improving Health Literacy for Older Adults: Expert Panel Report 2009." Atlanta: U.S. Department of Health and Human Services

[4]Kobayashi LC, Wardle J, von Wagner C. Internet use, social engagement and health literacy decline during ageing in a longitudinal cohort of older English adults. J Epidemiol Community Health, 69(3):278-83,2015.



なお、上記の文章は、中山和弘「エイジングとヘルスリテラシー」森玲奈編著『「ラーニングフルエイジング」とは何か:超高齢社会における学びの可能性』(ミネルヴァ書房、2017)の一部に加筆・修正したものです。                                                       (中山和弘)公開日2020年9月21日

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