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6.健康を決めるのは医療者から市民へ アーカイブ

2008年3月31日

健康を決めるのは専門家から市民へ

1. 健康の考え方と健康へのアプローチの変遷

みなさんにとって「健康」とはどのようなものでしょうか?病気がない状態、元気な状態、自由に動ける状態などイメージは人によって様々だと思います。


「健康」の考え方や、「健康」になるための方法は時代と共に変わり、今や健康は私たち自身が決め、健康になるために私たちが果たす役割も大きくなってきました。


本章ではまず、健康である状態とはどのように考えられてきたのか、どのように扱われてきたのか、また「健康」になるためのアプローチがどのように変わってきたのかについてまとめてみます。

1) 病気の有無だけが健康を決めるわけではない

健康の考え方は第二次大戦後に、「完全な身体的、精神的、社会的に良好な状態を言い、単に疾病あるいは病弱でないということではない」と世界保健機関(World Health Organization; WHO)が定義して以来、疾病の有無に着眼した健康の考え方から、疾病の有無だけでなく、生活の質(Quality of Life: QOL)などの心理社会的な面にも注目した健康の概念が広がってきました。


今日では健康と病気を明確に分けず、健康と病気の連続体としてとらえ、病気の原因であるリスクファクター(喫煙、飲酒、肥満など)だけではなく、健康になるための要因に着目する「健康生成論」が注目を集めています [1, 2]


このような考え方にたってみると、医療だけに頼っているのでは必ずしも健康になれるわけではないことがわかります。病気を治すことを目指す医療が解決できるのはあくまでも病気を取り除くことで、完全に治療することが難しい病気、健康になるための要因や、健康を規定している医学的な要因以外の社会経済的要因など(収入格差や、教育など)に対するアプローチは基本的には医療だけでは不十分なのです。

2) 「病気になったら治す」から「病気にならないように予防する」へ

健康を得るために医療は重要な資源ですが、あまりに頼りすぎてしまうのも考え物です。前節までに扱った医療化に伴う問題に加えて、医療が解決できることには限界があるからです。現在の医療では治療法が見つかっていない疾患もあれば、病院を退院はしたものの、手術後の後遺症に悩まされるということもあります。先進国を中心に問題となっている生活習慣病などの慢性疾患はそのよい例でしょう。


慢性疾患ではその要因として、生活習慣の占める割合が大きいといわれています。このような慢性疾患に対しては、感染症のような急性疾患で用いられる疾病の治療を中心としたアプローチである「メディカルケア」では限界があり、個人を取り巻く環境や、その人の生活習慣をより健康的に変えるようにアプローチしていく「ヘルスケア」が重要とされています。

3) 地域・コミュニティ単位での活動が注目を集めている

個人の生活習慣の変容を促す取り組みや環境の整備の取り組みをすすめるにあたって、地域・コミュニティという単位が重要な役割を果たします。コミュニティは地域と同じように思えますが、コミュニティには地理的な地域のみならず、価値観や目標を同じくする人たちの集まり(職場や患者会、インターネット上の集まりなど)も含まれます。


コミュニティでの環境整備の取り組みにはワークライフバランスに配慮した制度などを作って働きやすい職場を作ることや、地域に住む人々の交流を深める地域づくりなどがあります。整備された環境では、時間が取れることや、健康のための活動を助けてくれる人が得られやすいことなど、生活習慣を変えるのに必要な援助や資源が得やすくなり、個人の生活習慣を変える取り組みを実行、維持しやすいといえます。さらに、個人の健康への意識が高まり、コミュニティに対してどのように環境を整備してほしいかという要望が出されることによって、さらなる環境整備が行われるといったように、個人と地域・コミュニティは相互に影響しあっています。


さらに地域やコミュニティ単位での活動は、地域の実情や文化などに合わせたきめ細やかな活動ができること、その活動が扱う問題をより自分にも関係あるものとみなしてもらいやすいことなどの利点があります。


このような健康を維持増進するための取り組み方針の特徴は、WHOのヘルスプロモーション戦略や我が国での健康増進施策である健康日本21にも見て取れます。

2. 健康になるための戦略-ヘルスプロモーション

1) ヘルスプロモーションとは?

上記のような「健康」を維持・増進するための戦略がWHOのヘルスプロモーションです。WHOのヘルスプロモーションは1986年のオタワ憲章[3, 4]では「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにする過程」と定義されました。その後2005年のバンコク憲章[5, 6]では、「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし、改善することができるようにする過程」と定義されました。


ヘルスプロモーションでは健康的な生活を送るための技術や能力を高めることを個人だけに求めるのではなく、それを支援する環境を社会的、経済的、政治的に作り出すことが強調されています[7]。

2) ヘルスプロモーション実現のための戦略と活動

1986年のオタワ憲章では、ヘルスプロモーション実現のための「3つの基本戦略」と「5つの優先的な活動」が確認されています。 3つの基本戦略とは、健康のための唱道(Advocacy for health)、能力付与(Enabling)、調停(Mediating)です。

これらを用いて5つの優先的な活動を推進します。5つの優先的な活動とは、健康的な公共政策作り、健康を支援する環境づくり、地域活動の強化、個人スキルの開発、医療サービスの方向転換を言います。

さらに、2005年のバンコク憲章ではグローバル化する世界におけるヘルスプロモーション実現のために必要な戦略として、オタワ憲章で確認された基本戦略を発展させた以下の5つの基本戦略が確認されました。

(1)人権と連帯に基づいた健康のための唱道
(2)健康の決定要因をコントロールするための持続可能な政策、行動、社会基盤への投資
(3)政策立案、リーダーシップ、知識の伝達、研究、ヘルスリテラシーのための能力形成
(4)有害事象からの保護と健康や幸福への機会の平等を確立する規制と法制定
(5)持続可能な活動をするための公的、私的機関、非政府組織、国際組織と市民社会の連携及び同盟の形成

これらの基本戦略、優先的な活動にみられるように、人々が健康を維持・増進するための技術や能力を高めること、そしてそれを支援する環境の整備がヘルスプロモーション戦略の2本の柱になっています。


以下ヘルスプロモーション戦略の2つの柱である人々が技術や能力を高めることとそれを支援する環境の整備についてみていきます。

3. 健康になるために力をつける-エンパワメント

まず一つめの柱である、人々が健康的な生活を送るための技術や能力を高めることについて見ていきます。


健康を獲得するための活動は、政策づくりのような国家レベルで取り組むものから、空いた時間に運動をすることのような個人レベルで取り組めるものまで幅広くあります。健康的な生活習慣を維持するなど個人レベルで出来れば良いのですが、生活習慣の形成や維持には個人レベルの要因だけでなく、個人ではコントロールすることが難しい環境要因も大いに影響しています。誰しもが身の回りの環境を思うように変えられるわけではないため、様々な制約の中で健康を意識していかなければならないのが私たちの現状です。


そうした場合、良い環境を求めて移動したり、環境が変わるように地域や自分の属する社会に働きかけることもできます。このような、健康に関することを自分で決めたり、健康のために必要な行動ができるようになったりする過程を、健康のためのエンパワメントと呼びます。

1) 健康のためのエンパワメントとは?

一般的に、エンパワメントとは、個人や集団が力や能力をつけることを意味します。世界保健機関(World Health Organization; WHO)ヘルスプロモーションにおいて、健康のためのエンパワメントは「健康に影響する意思決定や行動をよりコントロールできるようになる過程」であり、具体的には「個人や社会の集団が自分たちのニーズを表現し、関心を示し、意思決定に参加するための戦略を工夫し、ニーズを満たすための政治的、社会的、文化的行動を達成することが可能となる過程である」とされています[8, 9]。個人レベルのものでは運動するようにしたり、病気の早期発見のための健康診断の受診を決めることができることなどが含まれるでしょう。

2) エンパワメントは個人だけでなく地域・コミュニティも対象になる

個人のエンパワメントと、地域・コミュニティのエンパワメントは区別されています。個人のエンパワメントは、健康に関する意思決定をし、個人の生活をコントロールできるようになる過程を意味します。


一方でコミュニティのエンパワメントは、個人の活動だけでなく、自分たちの地域・コミュニティにおける健康の決定要因や生活の質(Quality of life: QOL)に大きな影響を与えコントロールできるように、地域・コミュニティを構成する人々が協力して行う活動を含みます[8, 9]。 「医療に頼っているだけでは健康になれない」で紹介した「脱医療化」に向けた動きや「ヘルスアクティビズム」はコミュニティのエンパワメントの例と言えるでしょう。乳がんの早期発見・早期診断・早期治療の啓蒙活動であるピンクリボン活動などもエンパワメント活動のひとつでしょう。

3) エンパワメントでつける「力」とは

それではエンパワメントでつける「力」とはどのようなものなのでしょうか。実は情報を取捨選択し活用していく能力であるヘルスリテラシーがヘルスプロモーションやエンパワメントを通じてつけるべき「力」なのです。また、地域やコミュニティのエンパワメントでは、そこにいる人々同士が助けあうつながりや信頼関係が地域やコミュニティの「力」として重要視されています。

4. 個人の健康を支える環境づくり

1) 個人の努力だけでは生活習慣を変えるのは難しい

生活習慣や環境を健康的なものに変えることには、個人が頑張ればなんとかなる要因以外にも、仕事の時間や、経済的なゆとりなど個人では変えるのが難しいことも大いに影響しています。


例えば、健康のために運動をしたいと思っても、残業が多すぎて運動する時間が取れないことや、住んでいる地域の治安が悪く、怖くて外で運動できないことなどがあるでしょう。このように生活習慣や環境を変えることは、個人の努力では対処が難しい要因にも影響されてしまうため、個人に任せるだけでは、健康的な生活習慣や環境を作り上げ、維持することは困難です。

2) 個人の努力を支える環境の整備が重要

そこで、個人の生活習慣を変えるための働きかけとそれを支援する環境の整備の両方を併せて行うことが、現在の健康増進施策の世界的な流れとなっています。


例えば,健康のために定期的に運動をしてもらうようにするために、個人に対してどのように運動をしたらいいのか情報提供を行うだけでなく、政府や自治体、企業などの取り組みとして、運動するための施設(スポーツジムや運動場)を作って、それを地域住民などに安価に使えるようにしたり、運動する時間を確保するために残業を減らしたりすることなどが重要になってきます。

3) 環境整備に必要な情報を自分から発信することも大事

しかし、このような環境整備をするにしても、それをどのように作ったらいいのか、どのようなものが求められているのかがわからないと必要な環境を整えることはできません。


こうした環境を整えるために必要な情報、ニーズ(「健康になりたい!」「運動をしたい」「ストレスの少ない職場で働きたい」など)をわたしたちからも伝えていくことが重要です。


文献
[1] 桝本 妙子. 「健康」概念に関する一考察. 立命館産業社会論集 36(1), 123-139.
[2] Antonovsky A, Health, Stress, and Coping. Jossey-Bass, San Francisco-London, 1979.
[3]World Health Organization. WHO| The Ottawa Charter for Health Promotion, (オンライン), 入手先〈http://www.who.int/healthpromotion/conferences/previous/ottawa/en/index.html〉(参照2008年4月10日).
[4]佐甲隆. ヘルスコミュニケーションのためのオタワ憲章. 保健活動の広場(佐甲 隆のHP).(オンライン),入手先〈http://www1.ocn.ne.jp/~sako/ottawa.htm〉, (参照2009年5月30日).
[5]World Health Organization. WHO| The Bangkok Charter for Health Promotion in a Globalized World (11 August 2005), (オンライン), 入手先〈http://www.who.int/healthpromotion/conferences/6gchp/bangkok_charter/en/〉(参照2010年11月9日).
[6]佐甲隆. 国際化社会におけるヘルスコミュニケーションのためのバンコク憲章. 保健活動の広場(佐甲 隆のHP).(オンライン),入手先〈http://www1.ocn.ne.jp/~sako/ottawa.htm〉, (参照2009年5月30日).
[7] 中山和弘. ヘルスリテラシーとヘルスコミュニケーション. 病院 67(5), 394-400.
[8] World Health Organization. Health Promotion Glossary, (オンライン),入手先〈http://www.who.int/hpr/NPH/docs/hp_glossary_en.pdf〉(参照2007年8月9日).
[9]佐甲隆.ヘルスコミュニケーション用語集.保健活動の広場(佐甲 隆のHP).(オンライン),入手先〈http://www1.ocn.ne.jp/~sako/glossary.html〉, (参照2009年5月30日).

(米倉佑貴、的場智子、田口良子、吉川真祐子)

医療だけに頼っていては健康になれない

1. 医療化とは何か


 健康でいること。これは誰もが望むことでしょう。それでは、私たちはどうすれば健康になれるのでしょうか。また、どうすれば健康を維持できるのでしょうか。心身の具合が悪いのなら、病気の専門家である医者に診てもらえばいい、そう思う人も多いでしょう。そのようにして、何か困ったことがあれば医師に相談するという傾向が進み、かつては医療が扱うべきものとされていなかった現象が医療の対象になる傾向にあります。このまま医療の「専門家」が対象とすることが増えていったとしましょう。そのような状態を「医療化(medicalization)されている」ということができます。

 医療化とは、宗教、司法、教育、家庭などの社会生活のなかで起こっているとされてきたさまざまな現象が、次第に医療の対象とされるようになっていくことをいいます。これまで親のしつけや教育問題とされてきた「落ち着きのない子ども」「子どもの成績不振」が、多動症、学習障害として認識されるようになったのも医療化の一例です。妊娠、出産、死など、かつては家族、共同体、宗教によって担われていた現象が、今日では医療現場で取り扱われるようになっています。これも医療化の事例といえるでしょう。

社会生活のなかで起こっているこうした現象が医療化されることで、 下記のようなプラスの側面が認識されています。
(1) それまで逸脱者とされていた者が「人として正しく」処遇される
(2) そうあることが「病気」とみなされることで、それまで課されていた社会的責務・非難が免除・軽減される
(3)「治癒可能なもの」と社会から認識される
(4) 治療の対象となり、医療専門職による保護が得られる
(5) 法による取締りよりも一人ひとりに適した、より効果的な対応ができる

こうしたプラスの側面があると同時に、
(1) 逸脱者の責任が問われなくなるとともに、社会生活を営む上で同等レベル以下にある市民と見られるようになる
(2) 医療行為のなかに存在する、医師が「人としての判断」を求められる倫理的問題が目立たなくなり、医療が常に倫理的に正しいという仮定が生まれる
(3) 事象が医療問題とされてしまうことで、一般人がその問題への議論に参加することが困難になり、医療専門職が意のままに動かせる状態に置かれ、多大な影響力を及ぼすようになる
(4) 医療によって社会がコントロールされる
(5) 社会問題であったことが個人を治療すれば解決すると考えられ、問題が個人レベルへ限定されることになり社会問題の隠蔽につながる
(6) 個人の健康上の問題であると処理されてしまうため、政治問題として取り上げ抗議行動を起こそうという気がなくなる
といったマイナスの結果も指摘されています[1,2]。

2. 医療化とスティグマ

 身体上の障害や、際立って目立つ個人の性格的特徴、人種・民族・宗教などの集団的特性など、他と異なっているがために望ましくないとみなされる印を「スティグマ」といます。そのため、個人のもつ特徴が「病気」とされたことで、他人からの蔑視や不信を受けるマイナス・イメージを、スティグマと定義することもできます。

 スティグマという言葉はもともとギリシャ語で、十字架上のキリストの身体の傷と同じ聖痕を意味します。数千年前のギリシャでは、犯罪者のひたいに焼印を押して一般人と容易に見分けがつくようにし、その焼印をスティグマと呼びました。

 社会学者ゴッフマンによれば、スティグマとはある社会における「好ましくない違い」であり、スティグマを負った者に対する敵意が正当化されたり、危険性や劣等性が説明され、さまざまな差別に結びつきやすくなると説明しています[2]。心身障害者や人種、精神障害者、HIV感染者など、現代社会でスティグマを負った人の経験や、彼らとコミュニケーションを取る際に生じる当惑の分析が差別問題の解明には重要といわれています。

 医療化の進展は、医療専門職の支配、医療費の増大、政治的・法的・文化的領域での医療問題の重要性の増大につながります。ゾラは、医療化が「逸脱の医療化」から、「社会全般にわたる医療化」にまで範囲が拡張されるようになる可能性を指摘しました。一方フォックスは、いったんは病気とされた同性愛がアメリカ精神医学会による病気分類から除外されたり、妊娠・出産の医療管理に対するフェミニズムからの抗議がおこるなど、「脱医療化(demedicalization)」への動きがあることも示唆しています[3]。

 しかし、どこからが「医療化」でどこまでが「適度な医療」といえるのでしょうか。それはそれぞれの時代によっても異なってきます。医療が行っていることは果たして全て正しいことなのでしょうか。わたしたちはそれを考え、判断する目をもたなくてはなりません[4]。

3. 健康への道は自らが獲得することも必要

 健康を得るため、心身の悩みについて医師に相談します。しかしそれだけでは決して十分とは言えません。残念ながら、医療がすべてを解決することはできないからです。現在の医療では治療法が見つかっていない疾患もあれば、病院を退院はしたものの、手術後の後遺症に悩まされるということもあります。

 そうなると、私たちは生活の質が少しでも良くなるよう、更なる医学的研究、新たな治療法の確立、新薬開発を望むでしょう。社会の無理解から、偏見を持たれているような疾患の場合は、少しでもその偏見が解消されることを望むでしょう。そのためには、私たちもじっとしているわけにはいかないのです。私たち自身が行動を起こし、社会がその疾患に対する関心を高め、社会に疾患への理解を求める必要があります。このように、自らの疾患や障害のことを社会にアピールし、理解普及に努める行動を指して「ヘルスアクティビズム」といいます。

アメリカでは、乳がん患者たちがキリマンジャロに登頂し、それがニュースで報道されるということがありました。彼女たちは登山家になったわけではありません。キリマンジャロという世界の最高峰に挑戦することで、自分たちは病気に負けていない、こんなにも元気に活動できるんだということがマスコミを通じて紹介されます。それにより、同じ乳がんと闘っている女性たち、重い病気と闘っている患者たちを励ましながら、社会に自分たちの病気について関心を持ってもらうきっかけになることをも彼女たちはねらっていたのです。

元来、ヘルスアクティビズムの考えがアメリカで知られるようになったのは、1980年代のエイズ問題が起こった時でした。エイズが蔓延し始めた当時、疾病管理・予防センターの研究者が原因解明に取り組んでいましたが、政府からこの問題についての研究資金があまり充てられていなかったこともあり、十分な結果が出せずにいました。その間も、多くの人びとがこの病気で亡くなっていきました。エイズは当初、大都市のゲイ (男性の同性愛者)コミュニティに発生するものと考えられていました。しかし実際のところPLHA(People Living with HIV/AIDS、(HIV/AIDSと共に生きる人々))コミュニティは血友病患者や静脈内注射を行う麻薬愛用者などからも構成されており、ゲイコミュニティでは自分たちを守るためにも団結する必要がでてきたのです。

患者に医療サービスと住宅を提供すること、そして感染の波を抑制するために必要なライフスタイルの変化に関する公衆衛生教育を展開することを目的に、アクティビストグループが活動を始めました。「ACT UP」は1987年にニューヨークで設立され、おそらく最もよく知られている団体でしょう。彼らの行動は世間の注目を引き、製薬会社、政府高官そして研究者からの関心を集め、多額の寄付金を得るとともに、より迅速な新薬の承認プロセスおよびその他の重要な成果を生みました[5]。

映画俳優やスポーツ選手などの著名人が自分の病気について語ったり、病気であることを公表してさまざまな活動をしたりすることで、その病気に対する社会の理解を高めるということもあります。パーキンソン病のマイケル・J・フォックスやモハメド・アリ、脊髄損傷のクリストファー・リーヴがその一例でしょう。

近年、日本でも乳がんやうつ、認知症介護などを経験した有名人が、その経験を公表しているのを聞くことがあると思います。これらも病気に対する社会の理解を高める一助になっていると言えるでしょう。

文献
[1]進藤雄三 医療の社会学 世界思想社、京都、1990年.
[2] アーヴィング・ゴッフマン、石黒毅訳:スティグマの社会学──烙印を押されたアイデンティティ、せりか書房、東京、1984年.
[3]ピーター コンラッド, ジョゼフ・W. シュナイダー, 進藤 雄三・近藤 正英・杉田 聡 (訳):逸脱と医療化―悪から病いへ、ミネルヴァ書房、京都、2003年.
[4] 野口裕二・中山和弘:保健医療の思想・文化─近代医療を超えて─.山崎 喜比古編、健康と医療の社会学、217-237、東京大学出版会、東京、2001年.
[5]Patricia Geist-Martin, Eileen Berlin Ray, Barbara F. Sharf :Communicating Health Chapter11: Empowering Citizens and Advocating Issues p320-351, Wadsworth Pub Co, Canada, 2003.

(的場智子)

2008年2月28日

社会経済的な格差と健康、それを知るのもヘルスリテラシー

 社会経済要因、なかでも貧困は、人における疾病と死亡の最大の要因のひとつです。貧しい国の最貧困層では、病気にもかかりやすく、早く死亡する人も多くなっています。しかし、豊かな国の中でも、収入の高低で差があり、より低いほど健康状態はよくありません。これらの差がなぜ生じているのでしょうか。

(A)健康の社会的決定要因

a)世界における社会的決定要因への注目
 健康状態の差は、ライフスタイルや環境、保健医療の違いによって起こりますが、これらをまた決定しているのは政治的、社会的、経済的要因です。生まれついた社会によって健康格差ができることは、本人の責任ではなく、社会が引き起こしている不公平です。このような健康格差を生み出す要因を「健康の社会的決定要因」と呼びます。
欧米では、イギリスを中心として、健康や疾病の要因として社会経済的要因が検討されてきています。WHOのヨーロッパ事務局は、1998年に『健康の社会的決定要因:確かな事実』を公表し、2003年には第2版を発表しています[1]。そこでは、10の要因についてまとめていて、それぞれの内容は次のようなものです。

社会経済的な格差と健康

社会的決定要因における10の要因

1社会格差

 どの社会でも、社会階層が低くなるほど、平均寿命は短く、多くの疾病がみうけられる。これは、資産のなさ、教育程度の低さ、不安定な仕事、貧しい住環境などによる社会的経済的ストレスの多い状況での生活が影響するものである。そのため、福祉政策では、セーフティネットだけでなく、不利な状況を抜け出す方法を提供する必要がある。

2ストレス

 ストレスの多い環境は、人々を心配にしたり不安にさせたりして、ストレスにうまく対処できなくし、健康にダメージを与え、死を早めることもある。慢性的なストレスの根本要因を減らすために、学校、職場、その他の組織における社会的環境のありかたは重要である。

3幼少期

 人生の良いスタートを切るには、母親と小さな子供の支援が必要である。幼少期の発達と教育が健康に及ぼす影響は、生涯続く。胎児期と乳幼児期に発育不良や愛情不足であったりすると生涯を通じて病気がちになったり、成長した後でも体力や認識力の低下、情緒不安定を招く恐れがある。

4社会的排除

 生活の質が低いと、その人生は短くなる。貧困、社会的排除、差別は、困窮や憤りを引き起こすことで、命を縮める。絶対的貧困(生きていくうえでの基礎的な物が不足している状態)のみならず、相対的貧困(国民平均収入の60%未満)は、世間並みの住環境、教育、交通といった、積極的に生きていくことに不可欠なものを遠ざけてしまう。社会的排除は、人種差別などの差別、スティグマ化(レッテル貼り)、敵意、失業でも生じる。貧困と社会的排除により離婚、別居、障害、病気、薬物使用、社会的孤立などの危険性が高まり、それがまた貧困や社会的排除をもたらすという悪循環を生み出す。

5労働

 職場でのストレスは、疾病のリスクを高める。仕事上のコントロール度(自由度や裁量権)がある人ほど、健康状態が良好である。仕事の要求度(負荷や責任)が高い上に、コントロール度の低い仕事には、とくに健康リスクが高まる。仕事上の努力に見合わない低い報酬(賃金や昇進、自分に対する満足感)も疾患と関連している。それに対して、職場内のソーシャルサポートによって、人々を守ることができる可能性が示唆されている。

6失業

 雇用の安定は、健康、福祉(well-being)、職務満足度を高める。失業率が高いほど、病気にかかりやすく、早死をもたらす。失業問題を意識し、解雇されることに恐怖を感じると健康への影響が発生するが、それは不安定な状況に対する不安感のためである。

7ソーシャルサポート

 友情、良好な人間関係、強いサポートネットワークは、家庭、職場、地域社会における健康を推進する。社会的に支えられていると感じることが、生きていく上での精神的、現実的な励みとなる。他者からの社会的・精神的な支えを期待できない 場合、人々の健康状態は悪化しやすい。

8薬物依存

 アルコール、薬物、たばこを習慣とし、健康を害してしまうのは個人の責任であるものの、常用に至るにはさまざまな社会的環境も影響している。アルコール依存症、不法薬物の使用や喫煙は全て社会的・経済的に不利な状況と密接に関わっている。貧しい住宅事情、低賃金、孤立した親、失業、ホームレスといった社会的喪失と喫煙率の高さおよび禁煙率の低さは表裏一体である。飲酒、喫煙、不法薬物の使用は主要な多国籍企業や犯罪組織による精力的な売買や宣伝により助長されており、これらは若い世代の使用を食い止めようとする政策に大きな障害となっている。

9食品

 世界市場が食料の供給に大きく関わっているため、健康的な食品の確保はひとつの政治問題である。食生活が、エネルギーの多い脂肪や糖質の過剰摂取へと変化し、肥満が増加した。肥満は裕福者層よりも貧困者層に多くなった。多くの国では、貧困者層は新鮮な食料品の代わりに安い加工食品を食べる傾向にある。

10交通

 健康を重視した交通システムとは、公共交通機関の整備により、自動車の利用を減らし、徒歩や自転車の利用を推奨することを指している。これの利点は、運動量の増加、死亡事故の減少、人と人との接触の増加、大気汚染の減少である。


 そして、世界保健機関(WHO)は、2005年には、健康の社会的決定要因の委員会を立ち上げ、2008年に最終報告を出しています[2]。そこでは、社会的決定要因に対する行動で健康の公平を実現し、この一世代で格差をなくそうと呼びかけて、次のように3つが提案されています。

WHO健康の社会的決定要因委員会の3つの提案

WHO健康の社会的決定要因委員会の3つの提案

1日常生活の状況の改善

 健康の格差を生んでいる日常生活の改善である。小さな子供の頃からの生活水準を確保するため、健康でいるために必要な収入が誰にも確保される社会的保護の政策が求められる。

2権力,金銭,資源の不公正な分布を是正

 日常生活における不公平の背景には、権力、富、必要な社会資源における不公平を生み出している社会のありかたがある。そこで、男女の不公平を含め、政府のすべての政策において健康やその平等を考慮し、社会的決定要因のために国家財政を強化し、国や世界の市場においても理解を得る。社会におけるすべての集団や市民に、健康とその平等のための社会づくりに参加してもらう。そして、健康の公平を世界的なゴールにしよう、というものである。

3問題の測定と理解、行動の影響の評価

 健康格差を測定し,より深く理解し,政策のインパクトを評価することが重要である。 健康格差と健康の社会的決定要因をモニタリングする地域的・国家的・世界的サーベイランスシステムをつくり,そのデータに基づいた研究でエビデンスを生み出す。政策立案者・利害関係者・保健医療実践者の健康の社会的決定要因に対する理解を促進し、社会の関心を高める必要がある。そして、健康の公平を実現する者は、政府だけでなく、全世界のすべての市民であるとしている。



 そして、この提案のなかでは、ヘルスリテラシーについても述べてあり、健康の不公平をなくすための重要な戦略の1つであるとしています。そして、次のように書いてあります。

・一般の人々が健康の社会的決定要因を理解することは、ヘルスリテラシーの一部であり、その向上をはかるべきである。

・ヘルスリテラシーは健康の社会的決定要因についての情報にアクセスし、理解し、評価し、みんなで共有できる能力である。

・個人の能力だけでなく、行政も民間も各団体や組織の人々がわかりやすくそれに関連した情報を提供できる能力である。

・そのために、健康の専門職はヘルスリテラシーについてもっと知る必要がある。

・各国は、多方面の関係者を集めて、政府とは距離を置いた"ヘルスリテラシー委員会"をつくり、ヘルスリテラシーの向上を測定して評価し、各組織の連携を促進したり、ヘルスリテラシーのための戦略的な方向性を作り出す必要がある。

 つまり、社会が健康を決めていることを知ることもヘルスリテラシーであるということで、これはNutbeamが指摘した「批判的なヘルスリテラシー」と同じことを指しています。そのためには、社会がわかりやすくそれを説明できなくてはならないし、それが理解できているか、そしてそのために行動できているかを、みんなでチェックしあってその向上に努めようということを提案しています。

b)「健康日本21(第2次)」における社会的決定要因
 世界的に見ても、社会の所得格差をあらわす指標であるジニ係数が大きい地域では、死亡率が高いが、これは日本でも同様です。また、都道府県別に見た健康寿命(日常生活に制限のない期間)では、男性 2.79年、女性 2.95年(平成22年)の差があります。その3年ほどの差は思ったよりは大きいと思います。日本全体でみると、2001年から2010年までの10年間で、健康寿命の伸びは、男性 1.02年、女性 0.97年です。3年伸びるのには30年近くかかるかもしれないのです。

 そこで、「健康日本21(第2次)」(2012)[3]では、「あらゆる世代の健やかな暮らしを支える良好な社会環境を構築することにより、健康格差(地域や社会経済状況の違いによる集団間の健康状態の差をいう)の縮小を実現する。」とされ、社会環境にも重きが置かれています。そして、数値目標として、健康寿命の格差の縮小とともに、地域のつながりの強化や、健康格差対策に取り組む自治体の増加などがあげられています。

 これが実現するためには、日本においても、保健医療の専門家はもちろんのこと、多くの人々が社会のあり方が健康を決めているということを知り行動できる、そのようなヘルスリテラシーを身に付けることが必要でしょう。

文献
[1]World Health Organization. Social determinants of health: The solid facts. 2nd ed. 2003. http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0005/98438/e81384.pdf WHOヨーロッパ事務局:『健康の社会的決定要因:確かな事実 第2版』 http://www.tmd.ac.jp/med/hlth/whocc/pdf/solidfacts2nd.pdf
[2]World Health Organization. Closing the gap in a generation : health equity through action on the social determinants of health : final report of the commission on social determinants of health.(full report) http://whqlibdoc.who.int/publications/2008/9789241563703_eng.pdf WHO健康の社会的決定要因に関する委員会最終報告書: 一世代のうちに格差をなくそう(要旨) http://sdh.umin.jp/translated/2008_csdh.pdf
[3]厚生労働省:健康日本21(第2次)http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21.html

                                          (中山和弘)

2013年11月28日

子どものころからからだと健康を学ぼう

患者や市民が医療者が話すとき、その内容の多くは、私たちのからだについてのことだと思います。 しかしそもそも、私たちは自分のからだについてどのくらいのことを知っているでしょうか。

 世界における「からだの教育」

#

 世界のいくつかの国では、子どもの頃からからだや健康についての教育がなされています。

 例えばアメリカには、国の疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)が1995年に定めた保健教育の学習目標である全国保健教育基準(National Health Education Standard)があります。
 この基準の対象は、未就園児から12年生(日本では高校3年生)までの子どもです。つぎの、8つの領域において、発達段階ごとに具体的な目標が定められています[1]。

  1.  1.より良い健康のためのヘルスプロモーションと疾病予防に関する考え方を理解する
  2.  2.健康行動に影響を与える家族や仲間、文化、メディア、技術の影響について分析する
  3.  3.より良い健康のための情報や商品、サービスにアクセスする
  4.  4.より良い健康のために健康リスクを避けたり減らしたりする対人コミュニケーションスキルを使う
  5.  5.より良い健康のために意思決定のスキルを使う
  6.  6.より良い健康のために目標設定のスキルを使う
  7.  7.より良い健康のための行動を実践し、健康リスクを避けて減らす
  8.  8.自分や家族、コミュニティの健康を主張(advocate)する

 小さい頃から意思決定のスキルを身に付けることが1つの柱になっている点が注目されます。
 アメリカは州によって義務教育の体制が異なりますが、全米の6割以上がこの目標に沿った保健教育を行っていると報告されています。

 また、イギリスでも、1999年に「保健」が加わった「人格、社会性、保健の教育(Personal, Social Health & Economic Education)」や体育の科目において、健康やからだに関する教育が行われています。  イギリスでは、義務教育期間を4つのキーステージに分けており、「人格、社会性、保健の教育」の科目においても、キーステージごとに学ぶべき内容が定められています。例えば、キーステージ1である5~7歳では、「健康で安全な生活習慣を高める」という目標のもと、学ぶべき内容として、「健康で健全な生活を送るためのシンプルな選択の方法」や「個人衛生の維持」「からだの主な部分の名前」などが含まれています[3]。

 さらに、台湾では、保健教育は小学校1年生から各学年において、系統的に実施するように教育課程の中に組み込まれています。
 具体的な教科としては「健康と体育」と呼ばれますが、この科目は小学校1年生から中学校3年生まで必修です。内容は、「発育と発達」「人間と食物」「運動機能」「運動参与」「安全な生活」「健全な精神」「集団の健康」の7項目にわたり、小学校1年生から中学校3年生を3段階に分けて、その段階ごとに、学習目標が定められています[3]。

 日本における「からだの教育」

 このように、他国では子どもの頃からからだや健康に関して様々な取り組みがなされています。

 では日本はどうでしょうか。

 残念なことに、今の日本では、からだについて系統的に学ぶ機会が整えられていません。
小中学校や高校の「保健」の授業で性教育がなされたり、「理科」の授業で人間と魚の心臓の形の違いやメンデルの遺伝の法則を学んだりすることはあります。
 しかし例えば、消化器系や循環器系、泌尿器系など、体の基本的な知識や機能について学ぶ機会は整えられておりません。 また、健康に影響を与える環境とは何か、健康的で安全な食とは何かといったことに関しても、学校の場で系統的に学習する機会が整えられていないのです。

 NPO法人「からだフシギ」の取り組み

 通常私たちは、ある日突然病気になり医療者と話をしなくてはいけないという状況に直面します。
 しかし、効果的な質問の仕方を学んだとしても、そもそも自分のからだが健康な時にどのような形態や機能を持つものなのかを知らなければ、病気になった時の治療や療養生活について理解して良い意思決定をするのは難しいでしょう。

 そんな問題意識のもと、「すべての人が当たり前にからだの知識を持つ社会」を目指して活動している団体があります。NPO法人「からだフシギ」です。この団体は2005年から、5歳児を対象にして、からだのお話会を行う活動を行ってきました。

 お話会で扱う内容は、「消化器系」「呼吸器系」「循環器系」「筋・骨格系」「泌尿器系」「生殖器系」「脳・神経系」と多岐にわたります。毎回、「からだの絵本」や臓器の大きさと位置が立体的にわかる「臓器Tシャツ」、豆腐を脳に見立てた「模型」などを使うことで、子どもが実際には見たことがない自分のからだの中を想像しやすいような工夫を行っています。
 また、子どもたちがリラックスして素直に学べるように、図書館など子供たちにとってなじみ深い場所に出向いて行うというスタイルをとっています。お話の内容は一見難しそうですが、5歳児なりに自分のからだのことを理解しているようです。

 お話会では毎回、一緒に来ている5歳児の親御さんからも「自分も知らないことがあった」「からだのしくみを知るのが面白かった」という感想を頂きます。
 やはり大人でも、実は四六時中一緒にいる自分のからだのことを知らないということが多いようです。お話会や教材の詳しい内容は、ホームページをご覧ください。

NPO法人からだフシギ 

 病気にならないため、また病気になった時に医療者と効果的に話せるために、からだのことを知るのはもちろん大切です。
 しかし、私たちのからだは非常に精巧でよくできているので、まずはその巧みさや面白さを感じながら、からだに関する基本的知識を身に着けることが大事ではないでしょうか。

 NPOからだフシギが現在活動の対象にしているのは年長児のみですが、将来的に自分の意思で健康的な生活を目指して意思決定ができるように、すべての人が当たり前にからだに関する基本的な知識を持つような子どもの頃から学びの機会を整えられればと思って活動を行っています。
 また、今後は大人向けのからだのお話会なども企画できればと思っていますので、ぜひ定期的にホームページを覗きに来てください。 腸の長さは身長の3倍! お母さんの心臓の音、聴こえるかな?

写真:NPO法人「からだフシギ」のお話会の様子
(左:「腸の長さは身長の3倍!」 右:「お母さんの心臓の音、聴こえるかな?」)

ヘルスプロモーションスクール

 また、子どもへの健康教育の重要性が注目される中、それを体現させるものとして、ヘルスプロモーティングスクールという考え方もあります。これはWHOが提唱したもので、児童生徒だけでなく、教職員や家族、地域住民も一緒になり、学校を健康的な場にすることにたゆまぬ努力をしようという取り組みです。健康的な環境を整えることや健康教育を行うこと、さらに学校における健康サービスの提供が特徴として挙げられています[4]。

 アジア諸国では1996年以降中国、香港特別行政区、台湾が国家的な事業として開始し、特に台湾では、2002年に10校が指定されてから2006年では600校、現在では全土で取り入れられています[5]。
 日本でも千葉大学教育学部が導入し始め、「健康的な学校づくり」が勧められています [6]。

 大人のヘルスリテラシーを向上させるために、すべての人が受ける義務教育の段階から、系統的な健康に関する学習機会が整えられることが強く望まれます。

(瀬戸山陽子、中山和弘)

[1] Center for Disease Control and Prevention (1995) National Health Education Standard. from http://www.cdc.gov/Healthyyouth/SHER/standards/index.ht, アクセス日2014年11月18日
[2] Personal, Social Health and Economic Education Association (1998) Personal, Social Health and Economic Education. https://www.pshe-association.org.uk/, アクセス日2014年11月18日
[3] 国立教育政策研究所、保健のカリキュラムの改善に関する研究―諸外国の動向―、2004
[4] WHO, "What is a health promoting school", アクセス日2014年11月22日, http://www.who.int/school_youth_health/gshi/hps/en/
[5]岡田加奈子、【第2回APHPE大会:アジアに焦点を当てたヘルスプロモーション・健康教育の最新動向2012】アジアにおけるヘルス・プロモーティング・スクールの動向、日本健康教育学会誌、20(3)、254-256.
[6]千葉大学、ヘルス・プロモーティングスクール・プロジェクト アクセス日 2014年11月22日http://chiba-hps.org/

2008年2月27日

健康を決める社会を知り行動するヘルスリテラシー

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシー

 健康の社会的決定要因とは、健康格差を生み出す政治的、社会的、経済的要因のことです。これらの要因によって、私たちのライフスタイルや生活環境には差が生じ、その結果として人々の健康状態の差が生じます。このことについては、社会経済的な格差と健康、それを知るのもヘルスリテラシーでも紹介しています。健康格差をなくすためには、人々が健康の社会的決定要因を知り、それを変化させられるように働きかけられるヘルスリテラシーが求められます。言い換えれば、健康を決める社会を知り行動する力です。


 ヨーロッパで開発された尺度のHLS-EU-Q47[1](日本人のヘルスリテラシーは低いで紹介しています)でも、このようなヘルスリテラシーを測定しています。しかし、測定するための項目数はごく少数に限られていて、十分にそれを測定しているとは言えませんでした。そこで、健康の社会的決定要因に特化した、社会のあり方と健康の関係を知り行動できる力を測定する、新たなヘルスリテラシーの尺度(Health Literacy on Social Determinants of Health Questionnaire, HL-SDHQ)が開発されました[2]。


10種類の健康の社会的決定要因

 

この尺度HL-SDHQの開発では、健康の社会的決定要因についてのエビデンス(科学的根拠)を集めて作成した報告書(WHO(世界保健機関)ヨーロッパ事務局『健康の社会的決定要因:確かな事実』第2版[3])を参考にしています。そこでは、健康の社会的決定要因として、「社会格差」「ストレス」「幼少期」「社会的排除」「労働」「失業」「ソーシャルサポート」「依存」「食品」「交通」の10種類があるとしています(詳しくは社会経済的な格差と健康、それを知るのもヘルスリテラシーをご覧ください)。



社会経済的な格差と健康


 このうち「ソーシャルサポート」では、1人ひとりのつながりや助け合いを表しますが、お互いに信頼し合っていたり、多くの人が安心感を抱いていたりする、人と人との間にある関係である「ソーシャルキャピタル」も含まれています。ソーシャルキャピタルが、健康との関連で注目されていることは、「人と人との関係が健康をつくる」で詳しく紹介しています。そのため、地域や職場などにある信頼関係としての「ソーシャルキャピタル」を重視することにして、独立して追加しています。


 また、「ストレス」については、他の9つと幅広く関連しています。そのため、それがとくに問題となる「労働」「失業」「依存」のなかに含める形にして、10種類からは除いてあります。
これら10の社会的要因からなる質問項目は、全部で33項目あります。HLS-EU-Q47にならって健康の社会的決定要因に関する情報の「入手」「理解」「評価」「活用」という4つの能力を測定しています。例えば「社会格差」については、「所得の少ない人ほど病気になりがちであると理解するのは」に対して「とても簡単」「やや簡単」「やや難しい」「とても難しい」という選択肢で回答してもらいます。難しいか簡単かをたずねるものですが、それは個人の能力だけでなくて、それを実行することが困難な状況や環境、その中でそれをどれだけ強く求められるかを反映するものとしています。

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの調査結果

 尺度の開発のための調査は、調査会社にモニター登録している(約250万人)全国の人の中から、20~69歳の男女を対象に実施されています。2014年10月にウェブを使った調査を実施し、958名から分析に有効な回答を得ています。


 その結果、「入手」「理解」「評価」「活用」の能力別に見ると、日本における以前のヘルスリテラシーの調査と同様に[4]「評価」と「活用」の項目で「難しい」(「とても難しい」と「やや難しい」を合わせた割合)に対する回答の割合が高くなっていました。


 例えば、「活用」の項目での「労働者の健康を守るための制度や法律を求めて、政治や行政に働きかけるのは」に「難しい」と回答した割合は86.0%と最も高い結果となっています。他にも、政治や行政に働きかける行動に関する3項目でも「難しい」とする回答の割合は高くなっていました。また、「入手」の項目でも「食生活の変化と健康の関係に関する情報を見つけるのは」において「難しい」割合が49.7%であることを除くと、その他全ての項目で50%以上の人が「難しい」と回答していました。



表 質問項目と回答の分布(%)
  質問項目 とても簡単 やや簡単 やや難しい とても難しい わからない/あてはまらない
社会格差 社会的な地位が健康に影響を与えることについて知るのは 1.1 14.9 49.2 28.0 6.7
所得の少ない人ほど、病気になりがちであると理解するのは 7.3 31.0 45.8 11.9 3.9
社会には、健康な生活を送るうえでどのような不公平があるかを判断するのは 5.2 23.2 50.9 19.0 1.7
誰もが健康でいられる公平な社会をつくるために協力するのは 3.7 18.2 47.1 29.0 2.0
幼少期 妊娠中の母親の生活が、生まれる子供の成長に与える影響に関する情報を見つけるのは 4.3 28.8 43.3 19.3 4.3
子供の頃に受けた虐待は、大人になっても影響すると理解するのは 19.3 43.4 27.0 9.9 0.5
小さい子供が健康に暮らせるように、政治や行政に働きかけるのは 1.6 13.4 45.8 36.5 2.8
育児支援を行っている活動に参加するのは 3.2 18.5 46.5 24.9 6.9
社会的排除 社会から孤立して健康を損ねている人を見つけるのは 2.6 12.3 41.5 40.8 2.8
地域や職場で孤立していることは、健康に影響すると理解するのは 15.0 41.8 33.7 8.2 1.3
支援が本当に必要な人に、どのような行政サービスが提供されるべきかを判断するのは 2.2 16.1 46.7 33.6 1.4
貧困をなくすための活動に参加するのは 1.4 11.8 46.7 36.7 3.4
労働 仕事の進め方を自分で決められることは、ストレスと関連すると理解するのは 11.1 40.2 37.7 9.9 1.2
仕事の負担感は、どの程度あると健康に影響するかを判断するのは 2.9 22.1 52.2 21.7 1.1
労働者の健康を守るための制度や法律を求めて、政治や行政に働きかけるのは 1.4 10.3 43.6 42.4 2.3
仕事上の努力に見合わない報酬に対して、上司や雇用者に働きかけるのは 1.8 11.6 41.9 41.3 3.5
失業 労働者の失業とストレスの関係に関する情報を見つけるのは 3.0 20.7 49.8 23.7 2.8
雇用が安定しない仕事は、大きなストレスになると理解するのは 24.2 41.9 26.0 7.7 0.2
就職や職業訓練の機会を増やすための活動に参加するのは 2.0 14.9 51.1 28.5 3.4
ソーシャルサポート  地域や職場で困っている人が必要な支援について知るのは 2.9 18.5 49.9 27.1 1.6
地域や職場で困っている人に、どのような支援を提供すべきかを判断するのは 1.7 15.3 52.7 29.6 0.7
地域や職場で困っている人やその家族を支援するための活動に参加するのは 2.2 13.5 50.2 32.1 2.0
ソーシャルキャピタル 所得格差の拡大は、人々のつながりを希薄にすると理解するのは 14.4 37.3 35.5 10.5 2.3
ご近所同士は、どのように助け合っていけばよいかを判断するのは 3.1 18.2 53.7 24.2 0.8
健康のために、人とのつながりが大切なことを広める活動に参加するのは 2.6 19.3 50.9 26.4 0.8
依存 喫煙がストレスの原因の解決にならないことについて知るのは 8.4 30.2 41.4 16.1 3.9
ストレスの多い社会では、薬物への依存が起こりやすいと理解するのは 16.4 39.6 33.6 8.8 1.7
不法薬物を使用した人が治療を受けやすくなるように、政治や行政に働きかけるのは 1.3 10.2 43.3 41.9 3.2
食品 食生活の変化と健康の関係に関する情報を見つけるのは 9.1 40.4 38.0 11.7 0.7
加工食品の普及による長所と短所を判断するのは 3.4 28.2 47.9 19.7 0.8
健康的な食事を推進するための活動に参加するのは 3.2 26.5 48.0 21.4 0.8
交通 車社会は健康にどのような影響を与えるかを判断するのは 4.2 29.8 50.5 14.1 1.3
歩行者や自転車利用者が優先される道路を求めて、政治や行政に働きかけるのは 1.6 15.9 48.0 33.1 1.4

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの背景

個人ではなく集団としての健康

 多くの項目で「難しい」という回答の割合が多くなっていた背景には、まだ、健康問題は個人の問題と考えられがちで、社会や環境の問題として認識されにくいことがあると思われます。健康のために社会のあり方を変えていくためには、あらゆる関係者(ステークホルダー)が関わっていく必要があります。政治や行政に働きかけるという行動が難しいという結果からは、市民がそこに十分関わることができていないことが考えられます。これは市民の側に知識や経験が不足しているだけではなく、政治や行政が市民のための窓口を十分に開けていないことや、周知できていないことが推察されます。

社会格差と健康

 「社会格差」の項目では、どれも「難しい」という回答の割合が高くなっていました。他の要因では比較的「難しい」の割合が低くなっていた「理解」に関する項目でも唯一50%以上が「所得の少ない人ほど、病気になりがちであると理解するのは」を「難しい」と回答しました。社会格差を経済的問題として認識している人は多いかもしれませんが、健康問題とし認識している人が少ないと思われます。

幼少期と健康

 「幼少期」の項目では、「小さい子供が健康に暮らせるように、政治や行政に働きかけるのは」「育児支援を行っている活動に参加するのは」において「難しい」という回答の割合が高くなっていました。これらの活動は、自分の子供に限らず、地域や職場の同僚や子供などを支援するものが含まれます。育児を、親だけの責任として捉えるのではなく、子供たちの成長に必要な環境を社会で構築していく必要があります。
子供の出生時体重が小さいほど大人になってから糖尿病になりやすいなど、生まれる前後の状況が生活習慣病の発生率に影響することがわかってきています。若い女性や妊婦のやせにつながるライフスタイルや経済状況など、その時期の女性への支援をより重視していく必要があります。

失業と健康

 「失業」に関する項目では、「雇用が安定しない仕事は、大きなストレスになると理解するのは」で「簡単」の割合が高かったのに対して、「労働者の失業とストレスの関係に関する情報を見つけるのは」では多くの人が「難しい」と回答していました。「失業」そのものよりは、いつそのような状況になるかわからないほうが、健康に影響するという研究もあります。「失業」やその可能性があることを意識しなくてはならないストレスが、具体的にはどのようなものであるかという情報が提供されていないことが背景にあると思われます。

職場における健康づくり

 “過労死”という言葉が“Karoshi”と英語辞書に掲載されるような、世界で類を見ないことが起こっているなど、日本での労働は様々な問題点を抱えています。近年、職場での健康づくりのための環境が整備されつつありますが、労働環境の改善が「難しい」と捉えられている調査結果からは、個人の努力では限界があることも示しています。健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーは、言い換えると、現在の環境を作り出している原因を知ってそれを変えるために活動できる能力です。これは、ナットビーム(Nutbeam)が提唱した批判的なヘルスリテラシーです[5][6]。多くの人がこれを持つことなしには、健康のために必要な改善ができないことを示していると言えるでしょう。

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの教育

 社会的要因が健康に大きく関わっているという教育を受けた方はどのくらいいるでしょうか。保健医療の専門家であっても少ないと思います。そのため、アメリカでは、健康の社会的決定要因と健康の関係について学習し、批判的ヘルスリテラシーを身に付けるための組織Just Health Actionがあります。大学の国際保健、公衆衛生、工学、都市計画などのコース、高校、クリニック、保健医療機関、公衆衛生部局などで教えています。健康教育の専門家からなる諮問委員会があって、コミュニティの専門家と一緒に教えることでカリキュラムの適切性を保証しています。健康の不公平に関する研究歴のあるインターンもいて、健康の不公平に関する研究も実施しています。

 教育は4つの要素からできていて、健康は人権であると理解して健康の社会的決定要因について知る(知識)、学生自身が社会変化の主体であるという方向性を見出すための活動を知る(行動指針)、健康の社会的決定要因に働きかける戦略やアドボカシーのツールを知る(ツール)、健康の公平を進める活動を開発して実施する支援を行う(活動)となっています。日本においてもこのような活動が行なわれていくことが望まれます。



(松本真欣、中山和弘)(公開日2017年2月9日)(更新日2017年2月26日)


文献

[1] Sørensen K, et al. Measuring health literacy in populations: illuminating the design and development process of the European Health Literacy Survey Questionnaire (HLS-EU-Q). BMC Public Health 2013 13:948.

[2]Matsumoto M and Nakayama K. Development of the health literacy on social determinants of health questionnaire in Japanese adults. BMC Public Health. 2017 Jan 6;17:30

[3]WHO(世界保健機関)ヨーロッパ事務局『健康の社会的決定要因:確かな事実』第2版

[4]Nakayama K, et al. Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy. BMC Public Health. 2015 May 23;15:505

[5]Nutbeam, D. : Health literacy as a public health goal: a challenge for contemporary health education and communication strategies into the 21st century. Health Promotion International, 15(3), 259-267, 2000.

[6]中山和弘:ヘルスリテラシーとヘルスプロモーション,健康教育,社会的決定要因.日本健康教育学会誌,22(1),76-87,2014.

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