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2008年3月 アーカイブ

2008年3月30日

人とのつながりが健康をつくる

1.助けられることと健康


 人生にはいろいろなことがあります。時には自分ひとりでは抱えきれないほどの大きな悩みにぶつかることもあります。そして、悩みのあまりの大きさのために心や身体が病気になってしまったり、時には命を自ら絶ってしまうことさえあるのです。それほどまでに、心と健康は密接な関係にあるといっていいでしょう。

 悩みを聞いてくれたり、アドバイスをしてくれたり、気分転換に誘ってくれたりする人は周りにいますか?そのような、周りの人々からの有形無形の援助をソーシャルサポート(社会的な支援;social support)といい、こういった人々とのつながりをソーシャルネットワーク(社会的紐帯[ちゅうたい];social network)といいます。

 どのように定義づけるかについては様々な議論がありますが、「ソーシャルサポート」そのものには多くの研究者が注目しています。その理由は、「人間関係と健康は深い関係があるから」ということに他なりません。他者からの支援は、悩み、苦痛、苛立ちなどを和らげたり、その発生を防いだり、ストレッサーの影響をストレス反応に結び付けない効果(緩衝効果)があることが多くの研究から明らかになってきました[1]。

 職場でのストレスを例に挙げましょう。職場でのストレスは、仕事のノルマのみならず、職場仲間との人間関係、職場配置、賃金、昇進等さまざま考えられます。「看護婦におけるバーンアウトーストレスとバーンアウトの関係」の著者、久保真人,田尾雅夫らは、バーンアウト(燃え尽き症候群)を決める要因の1つに社会的な支援を挙げ、良好な支援があることはバーンアウトを抑制する効果があることを明らかにしました[2]。

 ストレスにさらされて苦境に立っている人にとって、その原因を直接的に取り除いてくれるような援助や、苦しい心情に共感的理解を示してくれる人の存在は、ストレスを和らげる効果をもち、バーンアウトを未然に防ぐことになります。どのような人間関係を構築するかは、心と健康にとって非常に重要な問題なのです。

こうした社会的な支援は、つぎのようなものがあると言われています。
(1) 手段的(道具的)サポート
   →物質的、手伝いをしてくれる
(2) 情緒的サポート 
   →共感、認める、ケア、傾聴
(3) 情報的サポート 
   →知識、情報、アドバイスをしてくれる
(4) 交友的サポート
   →いつも一緒に遊びにいくなどで所属感を満たしてくれる
(5) 妥当性確認 
   →行動の適切性、規範性の情報提供、フィードバックをしてくれる
 社会的な支援が大事だと言っても、多くの人が周りにいれば良いというわけではありません。大切なのは人間関係の質です。支えられる本人にとって、どのようなつながりが本当に大切なのかを考える必要があります。そして忘れてはならないのは、支えられる人もまた誰かを支えているということです。それは金銭的、物理的のみならず、社会的、精神的に支えあっていることを意味します。このことを意識することだけでも、より精神的に豊かな生活を送ることができるのではないでしょうか。

2.助けるだけでなく助け合う関係があることが健康につながる

1)お互いの「信頼関係」が注目を集めている

 社会的な支援は助ける人から、助けられる人への一方通行の関係ですが、助けられることだけでなく人を助けることも健康にとって大事であると言われています。こうした、お互いに助け、助けられる、助け合いの関係にあることを専門用語で「互酬性(ごしゅうせい)」あるいは「互恵性(ごけいせい)」(reciprocity)がある関係といいます。この互酬性があるつながりというのは、人々の信頼関係によって成り立ちます。互酬性がある地域は信頼関係が強い地域になります。 個人間の信頼ある関係が多くある地域は、安心できたり、安全であったり、みんなで定めたルールを守っていたりするなど、住みやすい特徴が認められます。

 最近、このような、地域に住む人たちがお互いに信頼し合っていたり、多くの人が安心感を抱いていたりする、人と人との間にある関係のことを、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)といい[3,4]、注目を集めています。ソーシャルキャピタルは、お金(金融資本)、住んでいる土地(物的資本)、自分の能力や健康(人的資本)とならんで、その人がその人らしく生き、生産的な活動をしていく上で必要な「資本」のひとつといわれています。ここでは、ソーシャルキャピタルをわかりやすく「信頼関係」と呼んでいきます。

2)信頼関係に注目する理由は「格差」問題から

 これまでは、私たちがよりよく生き、社会を活性化するためには、お金やモノがあればなんとかなると思われてきました。しかし最近になって世界的な不況や、それに伴う市場中心の「小さな政府」といった政治路線によって一層ひどくなった社会格差の問題などから、それだけでは不十分であることが分かってきました。

 信頼関係(ソーシャルキャピタル>)に関する研究は、主に米国の研究者達によって積極的に行われてきました。

 米国では殺人事件による死亡が10代の若年層の死因の2位であり、34歳以下の黒人の死因の1位にもなっています[5]。米国では、徹底していわゆる小さな政府(limited government)の路線を続けており、個人の自己責任を重視する社会になっています。その結果、貧富の差が拡大し、貧困者の増大だけでなく、モラルの低下や犯罪件数の増加などが目立っています。つまり、社会格差が大きい地域であると、人々がお互いに助けたり助け合ったりするような関係が少なくなってくる、言い換えると、信頼関係が低下します。そしてその結果、健康問題が生じた、あるいは、死亡率の増加につながった、という関連性がわかってきました。

3)日本でも信頼関係が見直されてきている

 日本はどうなのでしょうか。1960年くらいまで、日本社会は、アメリカのユダヤ人コミュニティと似て、しっかりと結ばれた家族構造や地域が特徴的であることが言われていました[6]。しかしながら、1990年以降の慢性的な不況や、構造改革やIT革命といったような社会的な大きな変化の時期を経て、現在は、貧富の差も拡大しつつあり、犯罪率も増加傾向にあります。はっきりと示した報告はありませんが、人間関係も疎遠になってきているように感じている人も少なくないように思われます。

 こうした背景によって、日本でも信頼関係が注目されるようになってきています。実際、その人の健康状態は、住んでいる地域における信頼関係が一部関係していることが示されています。そしてその、信頼関係と健康の関係は年齢構成や性別構成、収入にも影響されないとしている報告があります[7]。

4)信頼関係が強い地域に住むことが健康につながるしくみ

 信頼関係が強い地域に住むことと健康との関係はどのようになっているのでしょうか。米国のハーバード大学の河内教授らによると、アメリカの州レベルでの検討では、ソーシャルキャピタルの高い地域は、低い地域に比べて、死亡率が低いことが報告されています。さらに、あなたの健康はいかがですか、という問に対して、「悪い」と回答する人が少ないとも報告されています。

 では、どうして信頼関係が強い土地に住むと人々は健康になるのでしょうか。このメカニズムは4つあるといわれています[8]。
(1) 健康的なライフスタイルの変化...
 ヘルスコミュニケーションのところでもお話ししたような、ライフスタイルが健康に関係するという話です。つまり、信頼関係が強い地域では、健康に良いライフスタイルの人が多くなり、周りの人のライフスタイルに影響されやすいようです。また、一部の健康的なライフスタイルは、地域のルールとなっている場合があります。たとえば若年者の喫煙に対して大人が注意をする、といったことが、その地域では決まり事として定着していたりします。
(2) 健康サービスが整っている...
 信頼関係が強い地域では、健康や生活の安全に関する市民運動やボランティア活動、たとえばドラッグ防止や若者の喫煙禁止、飲酒運転防止の運動などが盛んであったりするようです。そして、行政や医療のサービスをうまく利用し、巻き込んでいます。
(3) ストレスが少ないこと...
 信頼関係が強い地域では、生活上の不安や、精神的な負担をもつ機会が少ないそうです。たとえば周り近所でのトラブルが少なかったり、安全に生活できたりすることから、ストレスが少ない生活を送ることができるようです。 また、こうしたストレスの要因が多少あったとしても、助け合ったり、うまく処理したりできるので、体の問題にはなりにくくなるようです。
(4) 生活や健康に良い政治・政策がおこなわれる...
信頼関係が強い地域では、生活に安全、安心をもたらすような政治がおこなわれやすいようです。これは、こうした政策を掲げる政治家が選挙で選ばれやすいからです。

5)コミュニティの信頼関係づくり

 ヘルスコミュニケーションのところでふれたコミュニティという言葉を思い出して下さい。これまで述べてきた信頼関係は、コミュニティという単位で考えてきたものです。このコミュニティの信頼関係は、どのようにして高めることができるのでしょうか。人々の貧富の格差の拡大がこうした信頼関係の強弱の差を招いているというこれまでの事実からすると、社会経済的格差の縮小もまた健康推進にかかわる政治の重要な政策かもしれません。ただ、これは政策的な方向転換や抜本的な改革が必要で、そう近々には縮小が実現するようには見えません。

 もう少し現実的な方法としては、コミュニティの信頼関係そのものに対して何かするということではありませんが、たとえば、信頼や安全、安心、お互いの助け合いを大切にする意識といった要素を強めるように、コミュニティづくりを行うことが、そのコミュニティの信頼関係を強めることにつながりそうです。このことは、健康的な生活を維持・増進を望むみなさん一人一人が参加して、信頼ある社会を作ることにほかならないといえます。こうして作られた、信頼関係が豊かな地域社会こそが、そこに暮らす人々の健康の維持増進につながってくるのです。

3. オンラインコミュニティとソーシャルキャピタル

 コミュニティといっても、人々が面と面とで向かいあうことができる場における関係ではなく、インターネット上での人々の集まりである「オンラインコミュニティ」と呼ばれる仮想のコミュニケーションの場もあてはまります。オンラインコミュニティは、たとえば、電子メール(メーリングリストを含む)、チャット、インスタントメッセージ(IM)、電子掲示板、あるいはブログ、twitterといった形態でインターネット上に存在しています。 このオンラインコミュニティ>においても、信頼や安全、安心、互酬性の意識、があります [9]。

 たとえば、消費者間オンラインコミュニティというものがあります。ここでは、さまざまな商品を含めて知りたい情報の入手、あるいは情報を批評しあうような場です。こうしたコミュニティではお互いに情報について、星をつけたりコメントを加えたりするなど、相互チェックをします。そうなると、そのやりとりそのものに対する信頼感が高くなりやすくなるそうです。こうしたやり取りがルールや風習となって、お互いの利益を高めることになるといわれています。

 もう一つの例は、育児に大変な人やがんなどの病気を持つ人など、ある程度共通した悩みを抱える人たちのオンライン「セルフヘルプ(自助)グループ」といわれる場です。

 こうした場には参加者自身のそのコミュニティへ参加する度合いが高くなります。そうして参加者同士の「きずな」が強くなるといわれています。また有益な情報を交換し合ったり、精神的にも励ましあったり、強い信頼関係が生じうる場であるといわれています[9]。

 また、Web2.0の部分で説明しましたように、最近、良く利用されているQ&A型ウェブサイトにおけるコミュニティにも信頼関係が見られます。こうしたQ&Aサイトで回答する人たちは、良い回答するとポイントになるので回答をするのですが、基本的には自分のためだけでなく、質問をして困っている人のために回答をします。さらに、質問をしている人だけでなく、似たような疑問を持っている閲覧だけをする多くの人のために回答を書いています。Q&Aサイトの中ではお互いの利益になるという、互酬性、という感覚が強くなっています。これはお互いの信頼関係が強くなりうることを意味しています。

 このようなオンラインのコミュニティの健康への影響についても、そこでの関係の密度が濃い場合ほど、人々は健康に関連した行動を新しく取り入れやすいという研究も出てきました[10]。オンラインでも身近になれば人の健康に影響を及ぼすということです。

   しかし、こうしたコミュニティもまだ歴史は浅く、研究もまだ始まったばかりです。今後、研究をする人たちも、また利用者自身もこうしたコミュニティサイトに参加する際にはどのような態度で参加していくことが、より良いコミュニティになり、自分にとっても益があるのか考えていかねばなりません。説明するまでもありませんが、オンラインコミュニティは必ずしも国や地方自治体が作って守ってくれるわけではないのです。

 インターネット上で情報を得るあるいは交換をする機会が増え、悩みを相談しあうような環境になってきている現在、こうしたオンラインコミュニティにおける信頼や安全、安心、互酬性の意識といったソーシャルキャピタルに注目し、より豊かなソーシャルキャピタルをもったコミュニティを皆さん自身の手で作り上げていくことが必要なのです。

(戸ヶ里泰典、大宮朋子、中山和弘)

文献
[1]Cohen,S., Lynn, G.U. & Gottlieb, B.H.:Social Support measurement and intervention,2000.
[2]久保真人,田尾雅夫:看護婦におけるバーンアウトーストレスとバーンアウトの関係ー.実験社会心理学研究.33-43.1994.
[3]内閣府「ソーシャルキャピタル調査研究委員会(委員長:山内直人・阪大教授)報告書」2003.
[4]Putnum R. Making democracy Work. Princeton University Press, Princeton, 1993. 川田潤一訳.哲学する民主主義ー伝統と改革の市民的構造.NTT出版、2001.
[5]近藤克則:健康格差社会 何が健康を蝕むのか、医学書院、2005.
[6]Blau, Z.S.: In Defense of the Jewish Mother, Midstream, 13, 42-49, 1967.
[7]市田行信:ソーシャルキャピタル―地域の視点から―、 近藤克則編:検証「健康格差社会」、医学書院、107-115、2007.
[8]Kawachi I. Social cohesion, social capital, and health. Berkman LF, Kawachi I. (ed) Social Epidemiology, 174-190. Oxford University Press, New York, 2000.
[9]宮田加久子:きずなをつなぐメディア―ネット時代の社会関係資本―、NTT出版、2005.
[10]Centola, D. The Spread of Behavior in an Online Social Network Experiment. Science, 03 September, 2010.

2008年3月31日

健康を決めるのは専門家から市民へ

1. 健康の考え方と健康へのアプローチの変遷

みなさんにとって「健康」とはどのようなものでしょうか?病気がない状態、元気な状態、自由に動ける状態などイメージは人によって様々だと思います。


「健康」の考え方や、「健康」になるための方法は時代と共に変わり、今や健康は私たち自身が決め、健康になるために私たちが果たす役割も大きくなってきました。


本章ではまず、健康である状態とはどのように考えられてきたのか、どのように扱われてきたのか、また「健康」になるためのアプローチがどのように変わってきたのかについてまとめてみます。

1) 病気の有無だけが健康を決めるわけではない

健康の考え方は第二次大戦後に、「完全な身体的、精神的、社会的に良好な状態を言い、単に疾病あるいは病弱でないということではない」と世界保健機関(World Health Organization; WHO)が定義して以来、疾病の有無に着眼した健康の考え方から、疾病の有無だけでなく、生活の質(Quality of Life: QOL)などの心理社会的な面にも注目した健康の概念が広がってきました。


今日では健康と病気を明確に分けず、健康と病気の連続体としてとらえ、病気の原因であるリスクファクター(喫煙、飲酒、肥満など)だけではなく、健康になるための要因に着目する「健康生成論」が注目を集めています [1, 2]


このような考え方にたってみると、医療だけに頼っているのでは必ずしも健康になれるわけではないことがわかります。病気を治すことを目指す医療が解決できるのはあくまでも病気を取り除くことで、完全に治療することが難しい病気、健康になるための要因や、健康を規定している医学的な要因以外の社会経済的要因など(収入格差や、教育など)に対するアプローチは基本的には医療だけでは不十分なのです。

2) 「病気になったら治す」から「病気にならないように予防する」へ

健康を得るために医療は重要な資源ですが、あまりに頼りすぎてしまうのも考え物です。前節までに扱った医療化に伴う問題に加えて、医療が解決できることには限界があるからです。現在の医療では治療法が見つかっていない疾患もあれば、病院を退院はしたものの、手術後の後遺症に悩まされるということもあります。先進国を中心に問題となっている生活習慣病などの慢性疾患はそのよい例でしょう。


慢性疾患ではその要因として、生活習慣の占める割合が大きいといわれています。このような慢性疾患に対しては、感染症のような急性疾患で用いられる疾病の治療を中心としたアプローチである「メディカルケア」では限界があり、個人を取り巻く環境や、その人の生活習慣をより健康的に変えるようにアプローチしていく「ヘルスケア」が重要とされています。

3) 地域・コミュニティ単位での活動が注目を集めている

個人の生活習慣の変容を促す取り組みや環境の整備の取り組みをすすめるにあたって、地域・コミュニティという単位が重要な役割を果たします。コミュニティは地域と同じように思えますが、コミュニティには地理的な地域のみならず、価値観や目標を同じくする人たちの集まり(職場や患者会、インターネット上の集まりなど)も含まれます。


コミュニティでの環境整備の取り組みにはワークライフバランスに配慮した制度などを作って働きやすい職場を作ることや、地域に住む人々の交流を深める地域づくりなどがあります。整備された環境では、時間が取れることや、健康のための活動を助けてくれる人が得られやすいことなど、生活習慣を変えるのに必要な援助や資源が得やすくなり、個人の生活習慣を変える取り組みを実行、維持しやすいといえます。さらに、個人の健康への意識が高まり、コミュニティに対してどのように環境を整備してほしいかという要望が出されることによって、さらなる環境整備が行われるといったように、個人と地域・コミュニティは相互に影響しあっています。


さらに地域やコミュニティ単位での活動は、地域の実情や文化などに合わせたきめ細やかな活動ができること、その活動が扱う問題をより自分にも関係あるものとみなしてもらいやすいことなどの利点があります。


このような健康を維持増進するための取り組み方針の特徴は、WHOのヘルスプロモーション戦略や我が国での健康増進施策である健康日本21にも見て取れます。

2. 健康になるための戦略-ヘルスプロモーション

1) ヘルスプロモーションとは?

上記のような「健康」を維持・増進するための戦略がWHOのヘルスプロモーションです。WHOのヘルスプロモーションは1986年のオタワ憲章[3, 4]では「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにする過程」と定義されました。その後2005年のバンコク憲章[5, 6]では、「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし、改善することができるようにする過程」と定義されました。


ヘルスプロモーションでは健康的な生活を送るための技術や能力を高めることを個人だけに求めるのではなく、それを支援する環境を社会的、経済的、政治的に作り出すことが強調されています[7]。

2) ヘルスプロモーション実現のための戦略と活動

1986年のオタワ憲章では、ヘルスプロモーション実現のための「3つの基本戦略」と「5つの優先的な活動」が確認されています。 3つの基本戦略とは、健康のための唱道(Advocacy for health)、能力付与(Enabling)、調停(Mediating)です。

これらを用いて5つの優先的な活動を推進します。5つの優先的な活動とは、健康的な公共政策作り、健康を支援する環境づくり、地域活動の強化、個人スキルの開発、医療サービスの方向転換を言います。

さらに、2005年のバンコク憲章ではグローバル化する世界におけるヘルスプロモーション実現のために必要な戦略として、オタワ憲章で確認された基本戦略を発展させた以下の5つの基本戦略が確認されました。

(1)人権と連帯に基づいた健康のための唱道
(2)健康の決定要因をコントロールするための持続可能な政策、行動、社会基盤への投資
(3)政策立案、リーダーシップ、知識の伝達、研究、ヘルスリテラシーのための能力形成
(4)有害事象からの保護と健康や幸福への機会の平等を確立する規制と法制定
(5)持続可能な活動をするための公的、私的機関、非政府組織、国際組織と市民社会の連携及び同盟の形成

これらの基本戦略、優先的な活動にみられるように、人々が健康を維持・増進するための技術や能力を高めること、そしてそれを支援する環境の整備がヘルスプロモーション戦略の2本の柱になっています。


以下ヘルスプロモーション戦略の2つの柱である人々が技術や能力を高めることとそれを支援する環境の整備についてみていきます。

3. 健康になるために力をつける-エンパワメント

まず一つめの柱である、人々が健康的な生活を送るための技術や能力を高めることについて見ていきます。


健康を獲得するための活動は、政策づくりのような国家レベルで取り組むものから、空いた時間に運動をすることのような個人レベルで取り組めるものまで幅広くあります。健康的な生活習慣を維持するなど個人レベルで出来れば良いのですが、生活習慣の形成や維持には個人レベルの要因だけでなく、個人ではコントロールすることが難しい環境要因も大いに影響しています。誰しもが身の回りの環境を思うように変えられるわけではないため、様々な制約の中で健康を意識していかなければならないのが私たちの現状です。


そうした場合、良い環境を求めて移動したり、環境が変わるように地域や自分の属する社会に働きかけることもできます。このような、健康に関することを自分で決めたり、健康のために必要な行動ができるようになったりする過程を、健康のためのエンパワメントと呼びます。

1) 健康のためのエンパワメントとは?

一般的に、エンパワメントとは、個人や集団が力や能力をつけることを意味します。世界保健機関(World Health Organization; WHO)ヘルスプロモーションにおいて、健康のためのエンパワメントは「健康に影響する意思決定や行動をよりコントロールできるようになる過程」であり、具体的には「個人や社会の集団が自分たちのニーズを表現し、関心を示し、意思決定に参加するための戦略を工夫し、ニーズを満たすための政治的、社会的、文化的行動を達成することが可能となる過程である」とされています[8, 9]。個人レベルのものでは運動するようにしたり、病気の早期発見のための健康診断の受診を決めることができることなどが含まれるでしょう。

2) エンパワメントは個人だけでなく地域・コミュニティも対象になる

個人のエンパワメントと、地域・コミュニティのエンパワメントは区別されています。個人のエンパワメントは、健康に関する意思決定をし、個人の生活をコントロールできるようになる過程を意味します。


一方でコミュニティのエンパワメントは、個人の活動だけでなく、自分たちの地域・コミュニティにおける健康の決定要因や生活の質(Quality of life: QOL)に大きな影響を与えコントロールできるように、地域・コミュニティを構成する人々が協力して行う活動を含みます[8, 9]。 「医療に頼っているだけでは健康になれない」で紹介した「脱医療化」に向けた動きや「ヘルスアクティビズム」はコミュニティのエンパワメントの例と言えるでしょう。乳がんの早期発見・早期診断・早期治療の啓蒙活動であるピンクリボン活動などもエンパワメント活動のひとつでしょう。

3) エンパワメントでつける「力」とは

それではエンパワメントでつける「力」とはどのようなものなのでしょうか。実は情報を取捨選択し活用していく能力であるヘルスリテラシーがヘルスプロモーションやエンパワメントを通じてつけるべき「力」なのです。また、地域やコミュニティのエンパワメントでは、そこにいる人々同士が助けあうつながりや信頼関係が地域やコミュニティの「力」として重要視されています。

4. 個人の健康を支える環境づくり

1) 個人の努力だけでは生活習慣を変えるのは難しい

生活習慣や環境を健康的なものに変えることには、個人が頑張ればなんとかなる要因以外にも、仕事の時間や、経済的なゆとりなど個人では変えるのが難しいことも大いに影響しています。


例えば、健康のために運動をしたいと思っても、残業が多すぎて運動する時間が取れないことや、住んでいる地域の治安が悪く、怖くて外で運動できないことなどがあるでしょう。このように生活習慣や環境を変えることは、個人の努力では対処が難しい要因にも影響されてしまうため、個人に任せるだけでは、健康的な生活習慣や環境を作り上げ、維持することは困難です。

2) 個人の努力を支える環境の整備が重要

そこで、個人の生活習慣を変えるための働きかけとそれを支援する環境の整備の両方を併せて行うことが、現在の健康増進施策の世界的な流れとなっています。


例えば,健康のために定期的に運動をしてもらうようにするために、個人に対してどのように運動をしたらいいのか情報提供を行うだけでなく、政府や自治体、企業などの取り組みとして、運動するための施設(スポーツジムや運動場)を作って、それを地域住民などに安価に使えるようにしたり、運動する時間を確保するために残業を減らしたりすることなどが重要になってきます。

3) 環境整備に必要な情報を自分から発信することも大事

しかし、このような環境整備をするにしても、それをどのように作ったらいいのか、どのようなものが求められているのかがわからないと必要な環境を整えることはできません。


こうした環境を整えるために必要な情報、ニーズ(「健康になりたい!」「運動をしたい」「ストレスの少ない職場で働きたい」など)をわたしたちからも伝えていくことが重要です。


文献
[1] 桝本 妙子. 「健康」概念に関する一考察. 立命館産業社会論集 36(1), 123-139.
[2] Antonovsky A, Health, Stress, and Coping. Jossey-Bass, San Francisco-London, 1979.
[3]World Health Organization. WHO| The Ottawa Charter for Health Promotion, (オンライン), 入手先〈http://www.who.int/healthpromotion/conferences/previous/ottawa/en/index.html〉(参照2008年4月10日).
[4]佐甲隆. ヘルスコミュニケーションのためのオタワ憲章. 保健活動の広場(佐甲 隆のHP).(オンライン),入手先〈http://www1.ocn.ne.jp/~sako/ottawa.htm〉, (参照2009年5月30日).
[5]World Health Organization. WHO| The Bangkok Charter for Health Promotion in a Globalized World (11 August 2005), (オンライン), 入手先〈http://www.who.int/healthpromotion/conferences/6gchp/bangkok_charter/en/〉(参照2010年11月9日).
[6]佐甲隆. 国際化社会におけるヘルスコミュニケーションのためのバンコク憲章. 保健活動の広場(佐甲 隆のHP).(オンライン),入手先〈http://www1.ocn.ne.jp/~sako/ottawa.htm〉, (参照2009年5月30日).
[7] 中山和弘. ヘルスリテラシーとヘルスコミュニケーション. 病院 67(5), 394-400.
[8] World Health Organization. Health Promotion Glossary, (オンライン),入手先〈http://www.who.int/hpr/NPH/docs/hp_glossary_en.pdf〉(参照2007年8月9日).
[9]佐甲隆.ヘルスコミュニケーション用語集.保健活動の広場(佐甲 隆のHP).(オンライン),入手先〈http://www1.ocn.ne.jp/~sako/glossary.html〉, (参照2009年5月30日).

(米倉佑貴、的場智子、田口良子、吉川真祐子)

医療だけに頼っていては健康になれない

1. 医療化とは何か


 健康でいること。これは誰もが望むことでしょう。それでは、私たちはどうすれば健康になれるのでしょうか。また、どうすれば健康を維持できるのでしょうか。心身の具合が悪いのなら、病気の専門家である医者に診てもらえばいい、そう思う人も多いでしょう。そのようにして、何か困ったことがあれば医師に相談するという傾向が進み、かつては医療が扱うべきものとされていなかった現象が医療の対象になる傾向にあります。このまま医療の「専門家」が対象とすることが増えていったとしましょう。そのような状態を「医療化(medicalization)されている」ということができます。

 医療化とは、宗教、司法、教育、家庭などの社会生活のなかで起こっているとされてきたさまざまな現象が、次第に医療の対象とされるようになっていくことをいいます。これまで親のしつけや教育問題とされてきた「落ち着きのない子ども」「子どもの成績不振」が、多動症、学習障害として認識されるようになったのも医療化の一例です。妊娠、出産、死など、かつては家族、共同体、宗教によって担われていた現象が、今日では医療現場で取り扱われるようになっています。これも医療化の事例といえるでしょう。

社会生活のなかで起こっているこうした現象が医療化されることで、 下記のようなプラスの側面が認識されています。
(1) それまで逸脱者とされていた者が「人として正しく」処遇される
(2) そうあることが「病気」とみなされることで、それまで課されていた社会的責務・非難が免除・軽減される
(3)「治癒可能なもの」と社会から認識される
(4) 治療の対象となり、医療専門職による保護が得られる
(5) 法による取締りよりも一人ひとりに適した、より効果的な対応ができる

こうしたプラスの側面があると同時に、
(1) 逸脱者の責任が問われなくなるとともに、社会生活を営む上で同等レベル以下にある市民と見られるようになる
(2) 医療行為のなかに存在する、医師が「人としての判断」を求められる倫理的問題が目立たなくなり、医療が常に倫理的に正しいという仮定が生まれる
(3) 事象が医療問題とされてしまうことで、一般人がその問題への議論に参加することが困難になり、医療専門職が意のままに動かせる状態に置かれ、多大な影響力を及ぼすようになる
(4) 医療によって社会がコントロールされる
(5) 社会問題であったことが個人を治療すれば解決すると考えられ、問題が個人レベルへ限定されることになり社会問題の隠蔽につながる
(6) 個人の健康上の問題であると処理されてしまうため、政治問題として取り上げ抗議行動を起こそうという気がなくなる
といったマイナスの結果も指摘されています[1,2]。

2. 医療化とスティグマ

 身体上の障害や、際立って目立つ個人の性格的特徴、人種・民族・宗教などの集団的特性など、他と異なっているがために望ましくないとみなされる印を「スティグマ」といます。そのため、個人のもつ特徴が「病気」とされたことで、他人からの蔑視や不信を受けるマイナス・イメージを、スティグマと定義することもできます。

 スティグマという言葉はもともとギリシャ語で、十字架上のキリストの身体の傷と同じ聖痕を意味します。数千年前のギリシャでは、犯罪者のひたいに焼印を押して一般人と容易に見分けがつくようにし、その焼印をスティグマと呼びました。

 社会学者ゴッフマンによれば、スティグマとはある社会における「好ましくない違い」であり、スティグマを負った者に対する敵意が正当化されたり、危険性や劣等性が説明され、さまざまな差別に結びつきやすくなると説明しています[2]。心身障害者や人種、精神障害者、HIV感染者など、現代社会でスティグマを負った人の経験や、彼らとコミュニケーションを取る際に生じる当惑の分析が差別問題の解明には重要といわれています。

 医療化の進展は、医療専門職の支配、医療費の増大、政治的・法的・文化的領域での医療問題の重要性の増大につながります。ゾラは、医療化が「逸脱の医療化」から、「社会全般にわたる医療化」にまで範囲が拡張されるようになる可能性を指摘しました。一方フォックスは、いったんは病気とされた同性愛がアメリカ精神医学会による病気分類から除外されたり、妊娠・出産の医療管理に対するフェミニズムからの抗議がおこるなど、「脱医療化(demedicalization)」への動きがあることも示唆しています[3]。

 しかし、どこからが「医療化」でどこまでが「適度な医療」といえるのでしょうか。それはそれぞれの時代によっても異なってきます。医療が行っていることは果たして全て正しいことなのでしょうか。わたしたちはそれを考え、判断する目をもたなくてはなりません[4]。

3. 健康への道は自らが獲得することも必要

 健康を得るため、心身の悩みについて医師に相談します。しかしそれだけでは決して十分とは言えません。残念ながら、医療がすべてを解決することはできないからです。現在の医療では治療法が見つかっていない疾患もあれば、病院を退院はしたものの、手術後の後遺症に悩まされるということもあります。

 そうなると、私たちは生活の質が少しでも良くなるよう、更なる医学的研究、新たな治療法の確立、新薬開発を望むでしょう。社会の無理解から、偏見を持たれているような疾患の場合は、少しでもその偏見が解消されることを望むでしょう。そのためには、私たちもじっとしているわけにはいかないのです。私たち自身が行動を起こし、社会がその疾患に対する関心を高め、社会に疾患への理解を求める必要があります。このように、自らの疾患や障害のことを社会にアピールし、理解普及に努める行動を指して「ヘルスアクティビズム」といいます。

アメリカでは、乳がん患者たちがキリマンジャロに登頂し、それがニュースで報道されるということがありました。彼女たちは登山家になったわけではありません。キリマンジャロという世界の最高峰に挑戦することで、自分たちは病気に負けていない、こんなにも元気に活動できるんだということがマスコミを通じて紹介されます。それにより、同じ乳がんと闘っている女性たち、重い病気と闘っている患者たちを励ましながら、社会に自分たちの病気について関心を持ってもらうきっかけになることをも彼女たちはねらっていたのです。

元来、ヘルスアクティビズムの考えがアメリカで知られるようになったのは、1980年代のエイズ問題が起こった時でした。エイズが蔓延し始めた当時、疾病管理・予防センターの研究者が原因解明に取り組んでいましたが、政府からこの問題についての研究資金があまり充てられていなかったこともあり、十分な結果が出せずにいました。その間も、多くの人びとがこの病気で亡くなっていきました。エイズは当初、大都市のゲイ (男性の同性愛者)コミュニティに発生するものと考えられていました。しかし実際のところPLHA(People Living with HIV/AIDS、(HIV/AIDSと共に生きる人々))コミュニティは血友病患者や静脈内注射を行う麻薬愛用者などからも構成されており、ゲイコミュニティでは自分たちを守るためにも団結する必要がでてきたのです。

患者に医療サービスと住宅を提供すること、そして感染の波を抑制するために必要なライフスタイルの変化に関する公衆衛生教育を展開することを目的に、アクティビストグループが活動を始めました。「ACT UP」は1987年にニューヨークで設立され、おそらく最もよく知られている団体でしょう。彼らの行動は世間の注目を引き、製薬会社、政府高官そして研究者からの関心を集め、多額の寄付金を得るとともに、より迅速な新薬の承認プロセスおよびその他の重要な成果を生みました[5]。

映画俳優やスポーツ選手などの著名人が自分の病気について語ったり、病気であることを公表してさまざまな活動をしたりすることで、その病気に対する社会の理解を高めるということもあります。パーキンソン病のマイケル・J・フォックスやモハメド・アリ、脊髄損傷のクリストファー・リーヴがその一例でしょう。

近年、日本でも乳がんやうつ、認知症介護などを経験した有名人が、その経験を公表しているのを聞くことがあると思います。これらも病気に対する社会の理解を高める一助になっていると言えるでしょう。

文献
[1]進藤雄三 医療の社会学 世界思想社、京都、1990年.
[2] アーヴィング・ゴッフマン、石黒毅訳:スティグマの社会学──烙印を押されたアイデンティティ、せりか書房、東京、1984年.
[3]ピーター コンラッド, ジョゼフ・W. シュナイダー, 進藤 雄三・近藤 正英・杉田 聡 (訳):逸脱と医療化―悪から病いへ、ミネルヴァ書房、京都、2003年.
[4] 野口裕二・中山和弘:保健医療の思想・文化─近代医療を超えて─.山崎 喜比古編、健康と医療の社会学、217-237、東京大学出版会、東京、2001年.
[5]Patricia Geist-Martin, Eileen Berlin Ray, Barbara F. Sharf :Communicating Health Chapter11: Empowering Citizens and Advocating Issues p320-351, Wadsworth Pub Co, Canada, 2003.

(的場智子)

変化で生まれるストレスにどう対応したらよいか

 自分の意識や行動さらには、地域の環境を変えていく際には、いろいろストレスを伴います。なぜなら、生活における変化は、その程度は別として、すべて何らかのストレスなのです。また、病気になっても、さまざまな治療や検査を受けたり、意思決定の必要に迫られることから、ストレスが多い生活を強いられることになりそうです。そして私たちは、ストレスを出来る限り少なくし、うまく通り過ぎ、乗り越えることができれば良いと思います。しかし何気なく私たちが口にしているストレスとは何なのでしょうか。

 ここでは、ストレスとは何なのか、また、ストレスを少なくするということはどういう意味をもつのかについて説明します。そして、生活の中で生じるストレスにどのように対処したり、うまく付き合ったりすることが望ましいのかについて考えていきたいと思います。

1.ストレスとは

 ストレスという言葉は、英語では「圧力」や「圧迫」という意味が最初です。もともとは物に対する力を意味する言葉であったのですが、これを医学的な意味として捉えたのがセリエでした[1]。セリエは、人間は厳しい環境(周りに存在しているモノ、ヒト)にさらされると、はじめはそこに何とか順応しようとするが、徐々に耐えきれなくなって、病気になってしまう、という過程に目をつけました。そして「厳しい環境」を「ストレッサー」、何とか順応しようとしている状況を「ストレス状態」と呼びました。

 このように、かつては「ストレス」を、環境の「ストレッサー」と、人の「ストレス状態」にわけることが提案されていました。その後、心理学者のラザルスは、ここに、「人と環境との相互作用」を加えることを提案しました[2]。つまり、人は、環境とかかわっていく中で、何が、どの程度ストレスなのかを決めているというのです。こうした決定を、ラザルスは「認知的評価」と呼びました。そして、こうした決定を行いながら、周りからの色々な要求や、湧き上がってくる感情を処理していく過程を「対処(コーピング)」と呼びました。

 そこで、ストレッサー、認知的評価と対処(コーピング)、ストレス反応のそれぞれについて、説明していきます。

2.ストレッサーとは

 健康社会学者のアントノフスキーは、人生には「ストレッサー」はあまねく存在していると言っています[3]。つまり、日々の生活も人生もすべてストレッサーで出来上がっている、ということです。言い換えれば、生きるということは、ストレッサーを処理するということになります。

 私たちの周りにあまねく存在するストレッサーは、コーエンらによると大きく3つに分かれます。1つ目は、人生の出来事、2つ目は、日常の苛立ちごと、3つ目は慢性ストレッサーです[4]。具体的にはどのようにわけられているのか、以下順にみていきましょう。
(1)人生の出来事

順位

人生の出来事

ストレス強度

順位

人生の出来事

ストレス強度

1

配偶者の死

100

22

仕事の地位の変化

29

2

離婚

73

23

子女の結婚

29

3

夫婦別居

65

24

親戚関係でのトラブル

29

4

刑務所への収容

63

25

個人的な成功

28

5

近親者の死亡

63

26

妻の就職・退職

26

6

本人の大きなけがや病気

53

27

進学・卒業

26

7

結婚

50

28

生活環境の変化

25

8

失業

47

29

個人的習慣の変更

24

9

夫婦の和解

45

30

上司とのトラブル

23

10

退職・引退

45

31

労働時間や労働条件の変化

20

11

家族の健康の変化

44

32

転居

20

12

妊娠

40

33

転校

20

13

性生活の困難

39

34

レクリエーションの変化

19

14

新しい家族メンバーの加入

39

35

社会活動の変化

19

15

仕事上の変化

39

36

宗教活動の変化

18

16

家系上の変化

38

37

一万ドル以下の借金

17

17

親友の死

37

38

睡眠習慣の変化

16

18

配置転換・転勤

36

39

家族の数の変化

15

19

夫婦ゲンカの回数の変化

35

40

食習慣の変化

15

20

一万ドル以上の借金

31

41

長期休暇

13

21

借金やローンの抵当流れ

30

42

クリスマス

12

 突然、大事件や天災に巻き込まれたり、愛する人が亡くなったり、こうした劇的な出来事は突如としてやってきます。こうした人生上の劇的な出来事のことをライフイベント(人生上の出来事)と呼んで、重要なストレッサーとして位置付けたのがホームズとレイです[5]。彼らは、こうしたライフイベントとして、配偶者の死を100点、結婚を50点として、その他、離婚を73点、夫婦別居を65点、刑務所への収容を63点、さまざまな出来事を列挙した上でそうした出来事が健康に与える影響の度合いとして点数化しました(表参照)。そして、過去1年間に起こった出来事の合計得点が高いほどストレス関連疾患にかかりやすいことを報告しました。ただし、これはアメリカでの研究で、これがそのまま日本であてはまるとは言えませんが、参考にはなります。
(2)日常の苛立ちごと
 日常生活では、交通渋滞に巻き込まれたり、職場の上司に叱責されたり、満員電車に乗ったりすることが、おこりえます。こうした日常仕事や生活を送るうえで頻繁に体験する不愉快な事柄や心配事を、ラザルスは日常の苛立ちごと(デイリーハッスル)と呼びました[2]。日常の苛立ち事は適応性を低下させやすく、気づかぬうちに心身の健康状態に悪影響を与えるという報告もあります[4]。
(3)慢性ストレッサー
 日々、超過勤務のみならず、その手当もつかない職場で、負担の大きな仕事を続けているとか、今日明日にも解雇されるかもしれないような不安定な就労を強いられていると精神的な負担が大きくなります。あるいは、騒音や振動などの物理的な刺激が続く中、生活を強いられたり、職場と家庭とのバランスが取れない状況が続いたり、家事をする上で、家族からのサポートが全くない状態が続くと精神的な負担もまた大きくなってきます。このように、日常生活や社会生活の中で時間的に繰り返されじわじわと影響してくるような刺激を慢性ストレッサーと呼びます。慢性ストレッサーを受けることにより、身体的にも精神的にも健康状態に影響するという研究結果は大変に多く見られてきています[6-8]。

 こうしたストレッサーの種類のなかでも、人生上の出来事や慢性ストレッサーは、次に説明するな生物学的なしくみで、がんや心臓病をはじめとしてさまざまな病気にかかりやすくなると言われています。

3.ストレス反応と適応

 一連のストレス対処の過程を経て、ストレッサーに対抗できないような状態に陥ってしまうと、体の中に変化が起こります。また、行動的にも変化が起こります[4]。

 体の中の変化については、たとえばホルモンのバランスが崩れたり、免疫力が低下したり、体を調節している自律神経系という神経系が不調をきたすことが言われています。また、行動面では、過度の飲酒や喫煙、過食など、体に良くない行動を起こすことによって、より病気にかかりやすくなると言われています。こうした生体のストレスについては、良くまとめられたウェブサイトが多くあります。以下にその一部を示しますので参考にしてください。
 ◆ストレスとは(パブリックヘルスリサーチセンター) 
 ◆藤沢市民講座
~生体ストレスとその生理学的過程について分かりやすいスライド形式の説明

4.ストレスの認知的評価と対処

 環境から刺激を受けると、先ほど述べたホルモンのバランス不調や免疫力の低下といった生物学的な反応がすぐに始まるわけではありません。その前に人間は、頭の中や行動で刺激を判断して処理しようとしています。このように、人がまわりから刺激を受けた時に、それが負担(ストレスフル)なものなのかを判定することを「ストレスの認知的評価」、それに対抗し、処理することを「対処(コーピング)」と呼んでいます[2]。「ストレスの認知的評価」には三段階あります。以下順に見ていきます。

1)ストレスの認知的評価の第一段階...一次評価

 第一段階の評価では、刺激を受けた時に、それが、自分にとって、「無関係」か、「無害―肯定的」か、「ストレスフル」かの判断をします。

 「無関係」は、何の意味も持たず、得るものも失うものもないようなときに判断します。例えば、昨晩、首相が銀座の料亭で食事をした、という情報が入ってきたとします。多くの人(少なくとも筆者)にとってはあまりかかわりのないことなのでそんなとき「無関係」と評価します。

 「無害―肯定的」は、良好な状態の維持や増進に結び付くような場合の評価を指します。例えば、治療の効果があって癌が消えていたことが検査で分かった、という出来事があったとします。この出来事は多くの人にとっては良好な出来事です。さらには、喜びや愛や幸福といった肯定的な感情を伴います。こうした出来事に対しては、「無害―肯定的」という評価を行います。

 最後の「ストレスフル」は自分の価値や目標、信念が脅かされた、危うい、と判断したときに行う評価です。ここにはさらに、「害―損失」「脅威」「挑戦」の3種の評価をします。「害―損失」はすでに、自分の価値や目標、信念が脅かされてしまったときに行われる評価です。例えば、日々健康に気を付けた生活を送っていたにもかかわらず、ある日、健診で重大な病気が見つかったとします。そのとき、それまで健康そのものと思っていたのに、急に病気と向かい合わなければいけなくなってしまい、自分自身の価値に大きな変化が生じてしまったことから「害―損失」という評価をすることになります。

 「脅威」は、実際に「害―損失」は生じていないものの、今後起こりうることが分かった時に行われる評価になります。例えば、癌の治療の選択を迫られたときに、放射線と化学療法を選んだとします。そのときはまだ何も起きていませんが、今後薬や放射線の副作用が起こることが予想できます。この時多くの人は「脅威」という評価をすることになります。

 「挑戦」は、その状況が自分の利益や成長の可能性があると判断したときに行う評価です。例えば、ある人が手術のために2週間会社を休んで入院しなくてはいけないことになったとします。その人はその出来事に対して、自分の体や健康と向き合って体を大事にする良い機会かもしれない、と捉えたとします。その捉え方は「挑戦」という評価をしたことになります。

2)ストレスの認知的評価の第二段階・・・二次評価

 第一段階でストレスフルと評価されたときに、その状況を処理したり切り抜けたりするために、何をすべきかを検討する段階が、第二段階の評価です。ここでは、過去の経験や周りにある資源、その人の性格などに基づいて、いつ、どこで何をどのようにすると最善な結果が得られるのかをいろいろ考えて方針を立てていきます。例えば、先ほどのように、癌の治療として放射線治療と化学療法を選んだ時、今後起こりうる副作用のことを考えると、この出来事を「脅威」と評価しました。そのあとで、例えば、どのような副作用が起こるのか、どのようなことをすれば副作用が最小限で済むのか、という情報を、医療職に聞いたり、インターネットなどで情報を集めたり、過去に経験したことのある人に相談したりすることで、心構えをすることができます。このように、その出来事について検討を行い、対処の準備を行うのが第二段階なのです。

3)ストレッサー対処の戦略(コーピング・ストラテジー)

 この第2段階の対処は、さまざまなモノや情報などを駆使し、戦略を立てて進めていきます。こうした戦略はラザルスによれば大きく二つに分かれます。

 ひとつは問題焦点型コーピングとよばれるものです。これは、問題解決に向けて情報を収集する、計画を立てる、行動する、といったように、ストレスフルな状況とその原因そのものを解決し除去しようとする具体的な努力を意味します。例えば、がんが発見されたとき、慌てふためくのではなくて、医療従事者や、本、ウェブサイト、あるいは学術書などから、正確な情報収集を行って、どのようにして、治療を行っていくのか、うまくがんと付き合いながら治していく計画を練る、といった方法で、「がんの発見」というストレスを乗り越えていきます。こういった戦略を問題焦点型コーピングと言います。

 もうひとつは、情動焦点型コーピングとよばれるものです。これは、気晴らしをしたり、先のことをあまり考えないようにしたりすることなど、ストレッサーによって生じた不快な感情をうまく取り払ったりコントロールしたりすることを指します。例えば、がんが発見された例では、発見されたショックで泣き叫んだり、絶望して、医療関係者や家族に冷たくあたったり、罵ったりするようなことで、「がんの発見」というストレスを乗り越えようとするようなことが挙げられます。一見するとあまりよろしくない戦略のようですが、ストレスを抱えたときに感情を抑えきれなくなってしまうことはしばしばで、仕方ない部分もあります。あるいは、我慢して感情を押し殺し過ぎてしまうのも問題です。こうしたときに、話を聞いて感情を抑えてくれる家族や友人や医療従事者がいることが大事です。

4)ストレスの認知的評価の第三段階・・・再評価

 二次評価を経てストレッサーの処理が進められる間に、さまざまな経験をしたり外から情報が入ってきます。こうした新しい情報によってこれまでの一次評価、二次評価を再度評価することになります。ストレスフルな経験に対してうまく処理しえるような方略をとりえたのか、本当に脅威と評価して良かったのか、ここで評価をし直すことになります。

 ここで評価をし直した結果、実はストレスフルでなかった、というように評価するかもしれませんし、うまく対処する方略を選べて、乗り越えたと評価するかもしれません、あるいは、最初の評価よりも実はもっとストレスフルな刺激であって、うまく乗り切れなかった、と評価するかもしれません。うまく乗り切れなかった、と再評価した場合には、不適応ということになって身体的な影響を受けることになります。
 そして、この段階で行われることで、もっとも重要なことは、それまでの第一段階、第二段階を経て現在に至るまでの流れを振り返ることによって、その意味づけが行われることです。例えば、第一段階で下した評価は間違っていなかった、ということを振り返ることができれば、それは自分の自信につながっていくかもしれません。あるいは、第二段階でストレスを対処していくにあたって、必要であった対処資源について、改めてその大事さに気付き、今後の対処にも生かしていくことができるようになるかもしれません。

 つまり、この最後の再評価の段階は、こうしたさまざまな気づきを通じて、自分のストレス対処を推し進めていく力をつけていく段階ということもできます。

5)ストレス対処を押し進めていく力

 これまでに、ストレスの認知的評価と対処について順を追ってみてきました。ラザルスは、第一段階でストレスフルであると感じないと評価したり、二次評価でより効果的に対処を進めていったりするときに、資質や感覚や信念、いわばその人の「ストレス対処を押し進める力」が大きく関与していると述べています。また、第三段階では、対処の流れを振り返ることで、ストレス対処を推し進めていく力が付けられていくことに触れました。つまり、ストレスを乗り越えていくためには、うまくいくという自信が必要でしたし、また、自分の力だけでなく、周りのモノやヒトによって助けられながら乗り越えていきました。この「ストレス対処を押し進めていく力」とは具体的にはどのようなものなのでしょうか。

 こうした力として、首尾一貫感覚(sense of coherence)が挙げられます。

 ストレスを乗り越えるには自分の力だけではなくて周りにあるモノやヒトが不可欠です。自分の力だけではなく、こうした周りにあるモノやヒトやそれをうまく使いこなしてうまくストレスを乗り越えることができる総合的な力が首尾一貫感覚です。

 首尾一貫感覚とは、生きている世界が首尾一貫している、筋道が通っている、わけがわかる、腑に落ちるという感覚です。3つの感覚より成り立つとされています。第一に、自分が置かれている、あるいは置かれるだろう状況がある程度予測でき、または理解できる感覚、 第二に、周囲の様々な様々な資源をうまく使いこなして問題に対処できる感覚、第三に、日々の営みにやりがいや生きる意味を見いだせる感覚です。この首尾一貫感覚は、自分の内面の感覚だけでなく、周りの環境(ヒトやモノなど)も一体化させたうえでの感覚であることが特徴で、この感覚が強いことによって、ストレスにうまく対処できることと言われています[3]。
 

5.ストレス対処には「資源」が必要~資源理論について

 これまで、ストレスが処理されていく過程、そして、ストレス対処の戦略や力についてみてきました。しかし、首尾一貫感覚のところで触れたように、ストレス対処は、自分の力だけで行っているのではありません。所々で述べてきたように、私たちは周りにある、人やモノに頼りながら、ストレスを乗り越えています。こうしたストレス対処に役立つモノや情報あるいは人のことを一般に「対処資源」と呼んでいます。

 こうした対処資源を使って、どのようにストレッサーを処理していくのか戦略を立てることになります。また、ストレス対処を推し進めていく力は、こうした対処資源を効率よく動員していく力(資源の動員力)ということができると思います。

 アントノフスキーによると、対処資源には様々なものがあって、遺伝や免疫などといった生物学的なものに始まり、カネ、体力、住居、衣類、食事、権力、地位、サービスの利用可能性、あるいは、知識や知性、知力を挙げています。さらに、人間関係もまた資源になるとしていて、社会参加・地域参加といった社会や地域とのかかわりや、友人知人家族などからのサポートも有力な資源になります。さらには、宗教やイデオロギーや哲学もまた、対処資源になりうるものです。

 ホブフォールもまたアントノフスキーの説に大変に類似している仮説を提案し、首尾一貫感覚や、ストレス対処を押し進める力として注目されていた楽観主義(オプティミズム)などのストレス対処を押し進める力をまとめて「キーリソース(カギとなる資源)」と呼びました[9]。そして、こうしたカギとなる資源が、その他の身の回りにある対処資源を動員し、あるいはうまく組織化させることによってストレスを乗り越えていくとしています(資源理論)。

6.資源が不足することがストレス源になる~資源の保存理論

 さらにアントノフスキーは資源がなくなることがストレスの源となると述べています。そして、ホブフォールは、人は一人ひとり「資源プール」と言われているプールをもっていて、その中の資源は出たり入ったりしており、資源の一つを失うとき、例えば友達が失われるとき、あるいは、自分の財産がなくなってしまうとき、人はストレスとして大きな衝撃を受けることになり健康へのダメージにつながってしまうと述べています。そのストレスを乗り越えるためには、資源プールのなかにある別の資源が動員されることになります。つまり、「資源」は、ストレス対処に必要であるばかりか、欠けてしまうと逆にストレッサーそのものにもなってしまうものなのです。

 遺伝子や、お金や土地といった資産もさることながら、私たちが生きていく上で特に重要な資源は、「人」だと思われます。「人」の助けなしに生きていくことは難しいことはだれもが知っていることだと思います。こうした人からの支援を「ソーシャルサポート(社会的支援)」と呼びます。また、支援は必ずしも一方向に受けるものだけでなく、助けてあげるということも含んだ両方向のものです。そして、だれか特定の人に偏るのではなく、助けたり助けてもらったりする関係は、網の目のように広がっています。こうした支援の広がりはソーシャルサポートネットワークと呼ばれ、多くの研究がおこなわれています。ネットワークが広く密度が濃いほど、「資源」が豊富であるといえます。

 次は、個人のストレス対処にも重要な役割を果たしている人と人との関係のネットワークについて説明していきます。

(戸ヶ里泰典, 中山和弘)更新日2020年3月22日

文献
1)Selye, H. (1936). A syndrome produced by diverse nocuous agents. Nature, 138, 32.
2)Lazarus, R.S., Folkman, S. (1984). Stress, appraisal, and coping. Springer Publishing Companey, New York.
3)Antonovsky, A. (1979). Health, Stress, and Coping: New perspectives on mental and physical well-being. San Francisco: Jossey-Bass Publishers.
4)Cohen, S., et al. (1995). Measuring stress A guide for health and social scientists. Oxford University Press, New York.
5)Holms, TH and Rahe,RH.(1967). The Social Readjustment Rating Scale. Journal of Psychosomatic Research, Vol. 11, pp. 213 to 218. 6)Hurrell, JJ, McLaney MA. (1988). Exposure to job stress: A new psychometric instrument. Scandinavian Journal of Work, Environment & Health, 14, 27-8.
7)Landsbergs PA, Schnall PL, Belkic KL, Baker D, Schwartz J, Pickering TG. (2001). Work stressors and cardiovascular disease. Work , 17, 191-208.
8)Markland S, Bolin M, Essen J.(2008). Can individual health differences be explained by workplace characteristics? ―A multilevel analysis. Social Science & Medicine, 66, 650-62.
9)Hobfoll, S.E. (1989). Conservation of resources: A new way of conceptualizing stress. American Psychologist, 44, 513-524.

ライフスタイルや環境を変化させるための方法

1.健康に影響する個人の行動と環境

 人のあらゆる行動は、良くも悪くも、直接的にも間接的にも健康に影響しています。がん、心臓病、脳卒中、糖尿病、喘息などの慢性疾患とよばれる病気は、全死亡数において高い割合を占めています。そして、これらは高額な医療費や労働力の損失を招いています。慢性疾患ではそれらが発生する確率を高める要因をリスクファクターと呼んでいます。

 私たちの健康を決定しているものは何でしょうか。現在の主な死亡原因となっている病気は、がん、心臓病、脳卒中で、この3つで死亡する人の6割以上を占めています。これらを含めて、死亡に関連している要因、リスクファクター(危険因子)は何でしょうか。次の図を見てください。アメリカとカナダでの生存年数(75歳まで)に影響を与えている4つの要因が描かれているグラフです。



 これらの半分を占めるのは、喫煙、運動不足、飲酒、過食、ストレスへの対処などの健康に関連した行動で、ライフスタイルとか生活習慣と呼べるものが多く含まれています。そのため、日本ではこれらの慢性疾患を生活習慣病と呼ぶようになりました。また、検診や自覚症状による受診行動は早期発見・早期治療につながります。さらに、病気になった場合の服薬や手術、化学療法、食事・運動療法などの治療法の選択や実施といった行動もその後の治癒や再発などの経過に影響しています。

 次に多くを占めるのは遺伝と環境です。遺伝には、先天的な病気や自然流産などが含まれています。これらは、遺伝子治療などの進歩があるとはいえ、我々の力ではなかなか変えることは難しいのが現状です。

 環境はどうでしょうか。環境にはおもに3つがあります。食品や空気、水、薬品、騒音、ごみ、下水などの物質的な環境、感染症や様々な病気と関係のある微生物などの生物学的な環境、過密と過疎、急速な社会変化、疎外とストレス、利己主義、他者への無関心などの社会的な環境です。これらは、個人ではなかなか変えにくいものですが、社会で力を合わせれば変えられる可能性を持つものです。そして、それを可能にするのは一人ひとりの意識と行動になります。その意味では、これも行動が重要だということです。

 最後は保健医療です。これは、医療に関わる人たちによってより適切なものへと変えていかなくてはなりません。しかし、そこにはその利用者である多くの市民や患者の力も必要です。医療者に対する直接の態度や行動も、法律や制度に関わる投票行動や社会活動もそれらに影響を及ぼすことができるでしょう。こうしてみると、私たちの行動が健康を大きく左右していることがわかります。

2.行動の根拠となるエビデンスと疫学

 このような図を描くためには、行動と健康に関連があり、因果関係があることを証明しなくてはなりません。それを専門としている学問領域は、疫学です。それによって、その関連の根拠すなわちエビデンスが生み出されています。保健医療の専門家はそれを情報や知識として普及させ、リスクのある人には行動を変えるように促すわけです。

 そのための世界的な健康政策がヘルスコミュニケーションといってよいでしょう。健康のプロモーション(普及、推進)活動です。プロモーション活動というのは、コミュニケーション活動であって、健康に影響を与える要因への意識や関心を高めて、それを変えることを促進するメッセージを送ることです。そのとき、個人の力だけでは生活や環境を変えることは難しいということが問題になります。喫煙などの習慣化している生活は、無意識に自動的に行われるので、周囲からの支援がないと行いにくいものです。そのため、ヘルスコミュニケーション活動では、行動を変えられるような支援的な(サポーティブな)環境をつくることが強調されています。これは、言い換えると社会のありかたを健康的なものに変化させようというものでもあります。さらにいえば、何もわざわざ努力しなくても、子供の頃から自然と健康な行動を習慣として身に付けて行く社会をつくればよいと思います。

 しかし、専門家がエビデンスを紹介したとしても、全員が行動を変えているわけではありません。確かに一般の人々の知識は、科学的な根拠についての情報の影響を受けています。しかし、それとは別に自分や周囲の人の経験も強く影響しています。一人ひとりはその経験をとおして健康と病気がどのようなものかについて学習しています。

 そこには、専門家に対する信頼もあれば、批判的な眼もあるでしょう。健康の大切さを実感することもあれば、それがあたかも義務のように強制されることへの反発を感じる人もいます。健康に対する自己責任の部分と、企業や行政の責任の部分もあります。その人の育ってきた環境もあれば、時代の雰囲気や世間の風潮など様々なものに影響を受けています。そして、その中では、それぞれ人がそれぞれのの疫学、すなわち病気の原因に対する考え方を持っているといえるでしょう。

3.健康と関連している行動の種類

 それでは、人々の行動で健康と関連していると考えられる行動にはどのようなものがあるでしょうか。これは保健行動とも呼ばれます。その種類についてあげてみます。様々なものが考えられています。

1)予防行動

 自分が健康と思っているあいだに、人々が健康のためにしている行動は、主に病気を予防目的の行動になります。具体的には(1)睡眠時間(2)食習慣(3)体重管理(4)身体活動(5)飲酒(6)禁煙(7)シートベルト・ヘルメット着用・安全運転(8)職場の健康と安全の規則の順守(9)予防接種(10)定期検診(11)ストレスマネジメント(12)安全な性行動、などです。しかし、予防にとどまらず、より高い健康レベル、その最高レベルを目指しての行動(ウェルネス行動などと呼ばれます)も考えることができます。

2)リスク対処行動

 また、とくに病気はなくても、健康診断などにより、血圧、血糖値、コレステロール、肥満、喫煙などについての病気になるリスクについて指摘されます。心臓病や脳卒中、糖尿病などの慢性疾患が無自覚で進行しやすいので、常にリスクを監視しておく方法がとれられています。それゆえに、そのようなリスクそのものが、病気と扱われる傾向まで出てきていますが、それにどう対処するかです。そのリスク対処行動がその後の健康状態に影響します。具体的には上であげたような予防行動と同様ですが、動機づけが変わってきます。

3)病気行動

 病気行動とは、聞きなれない言葉かもしれませんが、自分が病気ではないかと疑いはじめたときにとる行動です。心身の症状をどのように受け止め、どのような援助を求めて行動するかです。このとき、すべての人が医師を受診するとは限りません。国内外の調査では、多くの人は何もしないか、市販薬や代替的とか相補的と言われる療法、いわゆる民間療法を利用していると指摘されています。また、重篤な人ほど受診せず、軽微な人ほど受診するという場合もあり、医師にとっては必要のない受診は望まない反面、素人判断をしないで専門的な判断を仰いでほしいというジレンマがあります。

さらに、医学的には同じ症状や病気であっても、社会や文化によって、受け止め方が異なっています。例えば、同じ病気でも社会的に孤立するものと捉えれば受診や診断を敬遠する要因になりますし、社会的義務からの解放と捉えれば、診断書はその証明書となり、病気を受け入れやすくなります。

4)病者役割行動

 医師に病気と診断されたり、それ以外でも病気と指摘された人、または自分でそう判断している人がする行動のことを病者役割行動または患者役割行動といいます。医師の処方などを受け入れるかどうか、行動を制限したり、家庭や仕事での役割を制限したりするかです。さらに、回復のためにリハビリなどを行うかもそうです。どのような治療でも不確実性を持つものですから、病気の社会生活への影響、薬の有害作用(副作用)、治療方法の失敗や再発のリスク、医療ミスや医療事故のリスクなどの情報も考慮しつつ、意思決定する必要があります。

5)妊娠・出産・子育てにおける健康関連行動

 妊娠・出産に至る行動や、責任を負っている胎児や子供の健康を確保、維持、向上させるために行われるさまざまな行動です。

6)健康関連の社会活動

 個人や組織で、保健医療のありかた、環境の影響など、多くの人の健康に影響を与える社会のありかたを変えるような活動への参加です。法律の改正を訴えたり、財政的な支援を獲得したり、政治的な活動など幅広いものが含まれます。

4.行動を左右している個人の意識

 このような健康に関連した行動は、すべての人が健康にとって必ずしも望ましいかたちになっているわけではありません。どうしてでしょうか。これらの行動に影響を与えている人の特徴を調べた研究があります。順番に紹介していきましょう。

1)行動への期待と価値=ヘルスビリーフモデルの4つの信念

 健康教育でもっとも古くから知られているものに、アメリカで開発されたヘルスビリーフモデル(保健信念モデル)があります。予防接種、受診行動、食事制限、禁煙などの多くの行動の予測に使われてきています。そこでは、つぎの4つの信念が重要と考えます。

(1)問題の起こりやすさ
 自分がある病気(例えば、心臓病、糖尿病、感染症など)になりやすいとか、すでに病気にかかっている人にとっては、重症化したり、合併症が出たり、再発したりなど何らかの問題などの発生のしやすさについての認識になります。例えば、世間である病気などの健康問題が増えているといつも報道されていたり、家族がなったからとか、自分が太っているからとか、何らかの思い当たる要因があるとより高くなるでしょう。

(2)問題の重大性
 自分が病気にかかったり、問題が発生したらどのくらい重大なことになると思う程度です。かかったら治らないとか、苦痛が待っているとか、お金がたいそうかかるなどです。これは結果に対する「価値」についての意識ともいえます。

 これは上の「問題の起こりやすさ」と合わせて考えると、「確率」×「価値」で、「リスク」の定義と一致します。この2つで、健康問題へのリスク認識になっています。それが強くなれば、リスクを避けるような行動をとるだろうという考え方です。ヘルスビリーフモデルはこのように、「確率」と「価値」という期待価値理論に基づいています。言い換えると、「現在」とっている行動によっておこる結果への期待と価値でもあります。

(3)行動の利益(効果)
 病気を予防するためにすすめられた行動が、利益をもたらすか、効果があるのか、実際に病気になるリスクを減らせると思う程度です。例えば、肥満を解消したら、ほんとうに心臓病にならなくて済むのか、年を取ってから禁煙してもリスクを減らせるのか(減らせます)などです。これは、行動に対するいいことが起こるだろうという結果への期待と価値になっています。

(4)行動の障害(バリア)
 病気を予防するためにすすめられた行動を実施することに伴って、損失や障害(バリア)が生じると思う程度です。例えば、ダイエットで飲食の楽しみがなくなるとか、人付き合いがしにくくなるというようなものです。これは、利益の反対で、よくないことが起こるだろうという結果への期待と価値です。これら2つは、上の2つが「現在」の行動の結果に対する意識であったのと比べると、それをやめて「新しい」行動をとった結果にたいする意識であるとも言えます。「現在」の行動を改め、「新しい」行動を採用した方が、利益が大きいかどうかという判断です。

 この4つの信念で、どれが最も行動に影響しやすいと思うでしょうか。病気や予防行動にもよるのですが、全体としては行動の障害であることが知られています。したがって、リスクや新しい行動のメリットばかり強調しても、実際の行動を妨げているものがあると行動しにくいので、それを取り除くことが重要であることがわかります。たとえば、検診にいくかどうかは、めんどうかどうかが一番影響していたという研究もあります。

 この4つの信念は、予防的な保健行動や健康管理のための健康教育のプログラムを計画、実施するには欠かせず考慮しなくてはならない基本です。

2)行動に対する自己効力感=自信

 つぎにあげるのは、自己効力感(セルフエフィカシー、self-efficacy)です。これは、いくらある行動に対する意欲があっても、それが実行できるという自信です。実行に移すには自信が持てないと難しいことが知られています。毎朝のジョギングを始めるにも、それができる能力が自分にあるかです。いつも寝坊しているならできるでしょうか、運動がもともと好きでないなら自信が持てるでしょうか。自信が持てないと、能力がないのだと思い、実際にやってみようと思わなくなるで、さらに自信がつくチャンスまで失ってしまいます。実際に能力がなくても、思い込みでもよく、それが実際のチャレンジを持続させ、成功に結び付くというものです。

 では自信が持てない場合は、どうすればよいのでしょうか。自己効力感を提唱したバンデューラは主に次の2つで学習されていくと述べています。

(1) ごほうび、報酬
 難しかった、あるいは怖かった課題について成功した経験を通して、喜びやごほうびを得て自信がついていくものです。インセンティブと言ってもよいでしょう。そのためには、成功する見込みのある目標を立てることです。目標が高すぎる場合は、それを低くして、少しずつでも達成する喜びが、自信に変わります。10kg減量などと大きな目標でなく、1kgなど実現できる量にすることが必要でしょう。それでももちろん、長期的な目標に達するまでには短期的に見れば失敗もあるでしょうが、それに耐える力が必要です。

(2)観察学習、モデリング
 他の人々を観察して学習するものです。それは、モデルとなって、自分がどうすればよいかをおしえてくれます。タバコをやめようと思っているけど、友人が苦労しているのをみて自分もそうなると思う人は止められないでしょう。そうではなく、逆にうまくいったモデルを見れば自分の期待を高めることができます。とくに年齢や性別など、自分と似ている人がモデルになるとよいでしょう。

 また、自己効力感そのものが、周囲の環境との相互作用で決まるものでもあります。例えば、職場で周りが誰もたばこを吸っていなければ、禁煙の自己効力感は高くなりますし、みんながヘビースモーカーなら低くなるでしょう。このように、周囲の人々との相互作用や影響によって、自己効力感が変化して行動に影響するという考え方は、社会認知理論として知られています。個人の行動を見るときは周囲の行動がどうのような状況なのか注意してみておく必要があります。

3)行動しようという意図

 これまで見てきたように、病気のリスクを避けるために、すすめられた行動がいいことは、よくわかっていて、それを実行する自信があるとひとは行動するでしょうか。禁煙なんていつでもできるんだよ、ダイエットだってやればできるんだからと思っている人はいるでしょう。でも実際にはなぜしないのでしょうか。意図的に実行するわけでなく、計画的に実行時期について意思決定していないからです。いつでもできるなら明日からできないといけないのですが、そうと決められないからです。

 したがって、そこではいつ実行するのかの意図がなくてはなりません。それが実際の行動へのあと一歩を規定しているのです。これはアイゼンとフィシュバインという2人が考えた計画行動理論(プランドビヘイビア理論)というもので強調されているものです。

4)主観的規範=他者に対する期待と価値

 また、自分でいくらその行動が必要で大事だと思っていても、それだけで人は行動するでしょうか。もしかすると、家族や同僚、友人などがよく思わないのではないか、もしくは、それが達成するのが難しそうなことだとすると、周囲の協力がないと難しそうだけど、果たしてそれが得られそうかと考えるでしょう。すなわち、私たちは周囲の自分にとって重要な人の意見や考え方に影響されているので、自分の方向性と一致しているかどうか考えるわけです。そのような周囲の人が自分にそうしてほしい、そうなってほしい、サポートしたいと思っているかどうかについての意識を主観的規範あるいは主観的社会規範と呼んでいます。これは言い換えれば、周囲の人が自分の行動に賛成したりサポートしてくれるという期待と価値に対する意識です。

 これもアイゼンとフィシュバインによる計画行動理論で主張されたもので、自分の行動しようと思う気持ちだけでなく、それが周りから自分に求められていることなのかという気持ちと結びついてこそ人は、実行しようと決めるのだという考え方です。この理論もやはり、予防接種、喫煙、検診受診、運動、アルコール、薬物依存、家族計画など幅広い保健行動の予測で実績をあげてきています。


 以上をまとめると次のような図になります。



5.意識の変化の段階(時期)

 行動に影響する個人の意識の種類については、上でのべたもので終わりなのですが、最後は、行動しようという意図の時期の問題です。どんな行動の変化でも、まずそうした方がいいということを知らないか、知っていても本当に自分にあてはまることなのかに気づいてないところから始まります。そのほとんど関心がない時期(無関心期)から、自分のためになるのだということに気づき(関心期)、実行するにはどうしたらできるかを考え(準備期)、変化を開始したら、自分へのごほうびを考えて自信をつけるようにし(行動期)、行動がもとにもどらないようにしている(維持期)という5つの時期を経るという考え方です。
 次の表の通りです。



 これは、プロチャスカとディクレメンテ(Prochaska & DiClemente, 1983)が作ったもので、変化のステージモデルと呼ばれるものです。時間という次元を考えているもので、変化は時間を伴うことに注目しています。人が今どの時期にあるのか、例えば、禁煙なら、やめる気があるのかないのか、いつ始めるのか、始めたのか、どれだけたつのかによって介入方法すなわりサポートする方法が違うというものです。

6.行動を左右している社会的なネットワーク

 これまで見てきたように、行動が個人の意識によって影響を受けている部分もありますが、主観的規範や自己効力感への影響要因で示されたように、周囲の影響、社会の影響は少なくありません。そのなかで最近注目されているのは社会的ネットワーク、人と人とのつながりです。ハーバード大学の医療社会学者クリスタキスは、友人の友人の友人の体重が増えると、その人の体重も増え、友人の友人の友人がタバコをやめると、その人もいつのまにか禁煙しているということを明らかにしました。まるで伝染するかのように、健康に関する行動が伝わっているというのです。また、幸福といったポジティブな感情のほうが、ネガティブな感情よりも早く伝わるといいます。これは、ポジティブなものが私たちの社会の団結力をつくるからだといいます。
 したがって、人々が、禁煙や減量など、少しでも健康になることで幸せをえようとすれば、自分は友人に、友人は自分に、それだけではなく、その友人の友人にまで影響するということです。そうすると、なるべく多くの人がより健康になることが、全体として健康になるということです。自分が健康になるための努力は自分のためだけではないし、家族や友人の健康を支援することは、自分のみならず、社会全体に影響するということになります。
 このように、人々の行動が集団で形成されているという視点も重要です。これについては、ヘルスコミュニケーションの考え方の中心にあるものでもあります。

(中山和弘)

参考文献
・Karen Glanz, Frances Marcus Lewis, Barbara K. Rimer(曽根智史ら訳)『健康行動と健康教育:理論,研究,実践』,医学書院,2006.
・松本千明『医療・保健スタッフのための 健康行動理論の基礎』,医歯薬出版、2002
・Karen Glanz, Barbara K. Rimer, Sharyn M. Su: Theory at a Glance: A Guide for Health Promotion Practice. National Cancer Institute, 2005. PDFファイル
・ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』,講談社,2010.  これは面白い。

2008年3月11日

米国のヘルスリテラシーのeラーニング

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 米国で市民のヘルスリテラシー向上を目指して行われている取り組みの一つに、米国疾患予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)が開発したe-learningプログラムがあります
 これは、公衆衛生の専門職が市民のヘルスリテラシーに関して正しい知識を持ち、専門職自ら市民のヘルスリテラシーを向上させるような適切な行動がとれることを目指した学習プログラムです。
 このプログラムは、2004年にインターネット上に公表されており、24時間誰でも無料で利用できます。

プログラムの概要:レッスン1

プログラムの内容を簡単にご紹介します。

 プログラムは3つのパートに分かれており、まずレッスン1では、ヘルスリテラシーの概要についてです。(この「健康を決める力」ではすでに扱っている内容ばかりですが、)例えば、ヘルスリテラシーの定義やヘルスリテラシーに影響する要因、ヘルスリテラシーが低い集団の特徴などが具体的な場面と共に紹介されています。

プログラムの概要:レッスン2

 次のレッスン2は、ヘルスリテラシーが低いことが公衆衛生上なぜ問題になるのかという問いから始まります。例えばヘルスリテラシーの低い集団は検診の受験率が低いなど、健康において高リスクの行動をとる傾向がある、といったことです。

 またここでは、公衆衛生にまつわる様々な関係機関が、市民のヘルスリテラシーにどのように影響するかについても説明されています。

 これまで見てきて分かるように、市民のヘルスリテラシーを左右するのは、医療者や医療機関だけではありません。
 例えば学校での教育のあり方や学習環境、地域の環境、また法律や制度、マスコミからの情報発信の在り方なども、市民のヘルスリテラシーに影響する要因となり得るのです。

 これらヘルスリテラシーに関連する機関は、まとめて「ステークホルダー」と呼ばれます。

プログラムの概要:レッスン3

 最後のレッスン3は、専門職が市民のヘルスリテラシー向上を目指して行う活動における、課題と原則についてです。
ここでは、「専門用語が使われていること」「情報伝達の媒体をプリントに頼りがちであること」「伝達する情報の内容が、市民の行動ではなく、知識に偏りがちであること」「情報伝達の際に、市民の文化的な背景が考慮されていないこと」の4点が、市民が健康情報を理解する時に壁となる4要素であると言っています。

 公衆衛生の専門職は、日常的に市民に対して健康教育を行ったり、検診受診を呼び掛けたりします。
 これらはすべて、市民に対する健康医療の情報提供で、その全ての取り組みにおいて、対象となる市民集団のヘルスリテラシーを考慮した分かりやすい情報の内容や表現になっているか、集団にあった方法で情報提供がなされているか、関係機関への働きかけは十分かなどを見直す必要があります。

 このe-learningプログラムは、市民のヘルスリテラシーに関する原理原則を学ぶのに、非常に効率的なツールだと言えるでしょう。

 実はこのe-learningプログラムの受講は、米国の医療専門職の資格更新の単位として、国から正式に認められています。このような仕組みからは、米国が市民のヘルスリテラシー向上のために、いかに国として政策的に取り組んでいるかが感じられます。
 日本でも市民のヘルスリテラシー向上のために、まず専門職が市民のヘルスリテラシーに注意を向けるような仕組みづくりや啓蒙活動を、計画的に行う必要があると思われます。

 このCDCのe-learningプログラムについては、実際のものを誰でも受講することができます。
 また、内容について日本語で書かれたもの[1]もあるので、詳しく知りたい方はそちらをご参照ください。

(瀬戸山陽子)

[1]瀬戸山陽子,中山和弘:米国CDCによるヘルスリテラシー向上プログラムの紹介,保健の科学,55(7),p491-496, 2013

2008年3月10日

日本人のヘルスリテラシーは低い

日本人のヘルスリテラシー

 国際的に注目されるヘルスリテラシーですが、日本人のヘルスリテラシーは他の国と比べて、高いのでしょうか、低いのでしょうか。それを知るために、ヨーロッパとの比較をした調査があります[1]。

 ヨーロッパでは、一般住民を対象とした、個人の能力だけでなく、日常生活の様々な場面においてヘルスリテラシーがないと困難な状況について測定できる包括的で多様な内容を含む尺度が開発されました。それがヨーロッパヘルスリテラシー調査質問紙(European Health Literacy Survey Questionnaire 、HLS-EU-Q47)です。ヘルスリテラシーの測定尺度のところで包括的な尺度の1つとして紹介しています。

 これは、健康情報の「入手」「理解」「評価」「活用」という4つの能力を「ヘルスケア(病気や症状があるとき、医療の利用場面など)」「疾病予防(予防接種や検診受診、疾病予防行動など)」「ヘルスプロモーション(生活環境を評価したり健康のための活動に参加するなど)」の3領域で測定するものです。4つの能力で3つの領域なので、12の次元にわたって測定します。そのために用意されている質問項目は47になります。例えば、「喫煙、運動不足、お酒の飲みすぎなどの生活習慣が健康に悪いと理解するのは」に対して「とても簡単」「やや簡単」「やや難しい」「とても難しい」という選択肢で回答するものです。難しいか簡単かをたずねるものですが、それは個人の能力だけでなくて、それを実行することが困難な状況や環境、その中でそれをどれだけ強く求められるかを反映するものとしています。

ヨーロッパとの比較

 HLS-EU-Q47は10か国以上で翻訳されていますが、ここでは、日本語訳して調査した結果を紹介します[1]。EUの8か国(オーストリア、ブルガリア、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、オランダ、ポーランド、スペイン)との比較[2]から、日本での一般住民のヘルスリテラシーの状況を見てみます。HLS-EU-Q47を日本語訳し、調査会社にモニター登録している(約250万人)全国の人の中から、20~69歳の男女を対象に、国勢調査の地域別性年齢階級別構成割合を基に人数を割付けて、2014年3月にウェブ調査を実施し、有効回答を1054名から得ています。

 その結果、47項目で「難しい」(「やや難しい」+「とても難しい」)と回答した割合は、EU8か国(8102人)の平均よりも全項目で高く、その差は最小値3.2%、最大値51.5%で、平均値は21.8%でした。総得点(50点満点に変換)の平均値は、EUが33.8、日本は25.3で、8点ほどの差がありました。ヘルスリテラシーを「不足(0-33点)」に分類した割合は、EUでは47.6%(最も低いオランダは28.6%、最も高いブルガリアは62.1%)で、日本では85.4%でした。全体としてEUよりヘルスリテラシーが低いことがわかります。

 次にあげた表は、すべての項目について「難しい」と回答した割合(「とても難しい」と「やや難しい」を合わせた割合)について、EU8か国全体と最もヘルスリテラシーが高かったオランダとを比較したものです。全体として、差が大きかったものは「ヘルスケア」全般と「疾病予防」「ヘルスプロモーション」における「評価」「活用」でした。



表 ヘルスリテラシーの全質問項目での「難しい」の割合(%)-日本とEU・オランダの比較
  項目 日本 EU オランダ
ヘルスケア
入手
気になる病気の症状に関する情報を見つけるのは 46.1 22.8 7.5
気になる病気の治療に関する情報を見つけるのは 53.3 26.9 12.3
急病時の対処方法を知るのは 60.9 21.8 13.4
病気になった時、専門家(医師、薬剤師、心理士など)に相談できるところを見つけるのは 63.4 11.9 4.7
ヘルスケア
理解
医師から言われたことを理解するのは 44.0 15.3 8.9
薬についている説明書を理解するのは 40.8 28.0 13.1
急病時に対処方法を理解するのは 63.5 21.7 16.2
処方された薬の服用方法について、医師や薬剤師の指示を理解するのは 25.6 6.5 2.1
ヘルスケア
評価
医師から得た情報がどのように自分に当てはまるかを判断するのは 46.7 18.0 10.0
治療法が複数ある時、それぞれの長所と短所を判断するのは 70.6 42.6 30.9
別の医師からセカンド・オピニオン(主治医以外の医師の意見)を得る必要があるかどうかを判断するのは 73.0 38.6 44.0
メディア(テレビ、インターネット、その他のメディア)から得た病気に関する情報が信頼できるかどうかを判断するのは 73.2 49.7 47.4
ヘルスケア
活用
自分の病気に関する意思決定をする際に、医師から得た情報を用いるのは 49.3 23.1 19.2
薬の服用に関する指示に従うのは 16.8 6.8 3.2
緊急時に救急車を呼ぶのは 36.8 8.8 4.7
医師や薬剤師の指示に従うのは 15.5 5.6 2.7
疾病予防
入手
喫煙、運動不足、お酒の飲み過ぎなど不健康な生活習慣を改善する方法に関する情報を見つけるのは 28.3 14.7 2.8
ストレスや抑うつなどの心の健康問題への対処方法に関する情報を見つけるのは 52.9 33.5 22.0
受けなくてはならない予防接種や検診(乳房検査、血糖検査、血圧)に関する情報を見つけるのは 40.1 24.0 11.6
太りすぎ、高血圧、高コレステロールなどの予防法や対処法に関する情報を見つけるのは 34.7 18.1 6.3
疾病予防
理解
喫煙、運動不足、お酒の飲み過ぎなどの生活習慣が健康に悪いと理解するのは 15.9 10.3 1.8
予防接種が必要な理由を理解するのは 21.7 16.6 4.8
検診(乳房検査、血糖検査、血圧)が必要な理由を理解するのは 19.2 10.4 3.7
疾病予防
評価
喫煙、運動不足、お酒の飲み過ぎなどは健康に悪いといわれているが、その信頼性を判断するのは 25.8 14.4 9.2
検査のために、いつ受診すべきかを判断するのは 53.2 16.3 20.9
どの予防接種が必要かを判断するのは 57.0 32.7 23.2
必要な検診(乳房検査、血糖検査、血圧)の種類を判断するのは 52.8 25.1 23.2
メディア(テレビ、インターネット、その他のメディア)から得た健康リスク(危険性)の情報が信頼できるかどうかを判断するのは 64.2 42.1 44.9
疾病予防
活用
インフルエンザの予防接種を受けるべきかどうかを決めるのは 35.9 26.2 15.1
家族や友人のアドバイスをもとに、病気から身を守る方法を決めるのは 48.5 22.2 30.5
メディア(新聞、ちらし、インターネット、その他のメディア)から得た情報をもとに、病気から身を守る方法を決めるのは 52.1 36.9 38.7
ヘルスプロモーション
入手
運動、健康食品、栄養などの健康的な活動に関する情報を見つけるのは 29.9 14.3 2.8
心を豊かにする活動(瞑想[座禅・ヨガ]、運動、ウォーキング、ピラティスなど)について知るのは 27.3 22.6 13.6
より健康的な近隣環境にする方法(騒音や汚染を減らす、緑地やレジャー施設をつくるなど)に関する情報を見つけるのは 47.9 40.3 45.1
健康に影響を与える可能性のある政策の変化(法律制定、新しい検診、政権交代、医療改革など)について知るのは 63.1 53.2 55.7
職場の健康増進のための取り組みについて知るのは 38.0 34.8 21.2
ヘルスプロモーション
理解
健康に関する家族や友人のアドバイスを理解するのは 30.5 13.0 13.3
食品パッケージに書かれている情報を理解するのは 41.8 36.2 30.1
健康になるためのメディア(インターネット、新聞、雑誌)情報を理解するのは 33.6 23.3 13.6
心の健康を維持する方法に関する情報を理解するのは 49.3 26.1 17.3
ヘルスプロモーション
評価
住んでいる場所(地域、近隣)がどのように健康と充実感に影響を与えているかを判断するのは 61.8 24.6 28.8
住宅環境が健康維持にどのように役立つかを判断するのは 58.9 19.5 16.9
どの生活習慣(飲酒、食生活、運動など)が自分の健康に関係しているかを判断するのは 45.5 12.6 5.4
ヘルスプロモーション
活用
健康改善のための意思決定をするのは 50.7 21.7 21.1
 参加したいときに、スポーツクラブや運動の教室に参加するのは 56.4 24.1 10.4
健康と充実感に影響を与えている生活環境(飲酒、食生活、運動など)を変えるのは 63.6 25.5 19.6
健康と充実感を向上させる地域活動に参加するのは 64.6 38.9 45.7

さらにアジアとの比較

 

 ヘルスリテラシーの測定尺度HLS-EU-Q47は、日本だけでなく他のアジアの国・地域でも翻訳されて、同様な調査が実施されています[3]。結果をみると、平均点(50点満点)では台湾が34.4と最も高く、次いでマレーシア32.9、カザフスタン31.6、インドネシア31.4、ミャンマー31.3、ベトナム29.6となっていて、どこも日本の25.3より高くなっていました。EUの8か国も含めて国・地域別に平均点を比較したものが、次のグラフです。日本の値が低いことがよくわかります。


国・地域別のヘルスリテラシーの平均点
 

 なお、この比較で注意しなければならない点があります。日本の調査では、他の国・地域の調査と異なる点があります。対象者については、EUと台湾では、全国・地域(台湾以外のアジアの国では主要な都市や地域が選ばれています)でサンプリングが行われていますが、日本ではウェブの調査のモニター登録者に限定されています。そのため、対象者の特徴について、国勢調査の結果(性、年齢、収入、職業、学歴、暮らし向き)と比較して大きな偏りがないことは確認しましたが、インターネットをあまり利用していない人は含まれていません。このことは全体としてヘルスリテラシーを高めている可能性がある反面、インターネットの健康情報を使いこなすことの難しさを実感している人が含まれている可能性もあります。それでも、日本の調査では同時に「伝達的・批判的ヘルスリテラシー尺度 (CCHL、5項目)」を測定しているので、同じ尺度を測定した他の2000人規模の全国サンプリングの調査での値と比較したところ大きな差は見られませんでした(いずれも未公開)。

 

 また、日本だけがウェブ上の自記式の質問紙を用いています。他の国・地域は、質問紙を用いた面接(Face-to-face)による調査です。面接調査では、対象者が社会的に望ましい回答をしやすくなることが知られていますので、他の国・地域との差はもう少し小さい可能性があります。しかし、「入手」や「理解」に関する項目では、ほとんど差がない項目がありますし、それだけですべての差を説明できることはないと考えられます。

日本でヘルスリテラシーが低いと考えられる背景

家庭医とプライマリ・ケア

 日本とヨーロッパとの比較で最も差が大きかったのは「病気になった時、専門家(医師、薬剤師、心理士など)に相談できるところを見つけるのは」で、日本では6割が難しいと回答したのに対してEUでは1割と差が開きました。

 その背景にあるのは、日本のプライマリ・ケア(身近にあって何でも相談できるケア)の不十分さがあります。これは2011年に国民皆保険50周年で企画された世界的な医学雑誌『ランセット』の日本特集号でも指摘されていることです[3]。プライマリ・ケアとは、米国国立科学アカデミーの定義では、「患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである」とされています。日本プライマリ・ケア連合学会は、この定義を引用しながら、「国民のあらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能と考えられる」と述べています[4]。

 しかし、日本の医師の大部分は、これらを行えるプライマリ・ケア医あるいは家庭医とはいえないといいます[4]。その訓練を十分に受けた医師が不足していて、2015年9月30日時点で日本プライマリ・ケア連合会が認定する家庭医療専門医は512名[4]です。日本の医師数約30万人のほんの1部です。ヨーロッパでは医師の約3分の1が家庭医(オランダでは40%)である状況とは大きく違います(ちなみに台湾も早くから家庭医の養成を行っている国です)。これは2004 年まで,養成する教育制度は存在していなかったからです。そのためプライマリ・ケアのレベルで十分診療可能な疾病でも,大きな病院を受診することがおこっています。患者にとっては,どの医師の診療でも自由に受けられるといった状況ですが、どこで受診したらよいのかという明確な情報がないため、受診先に迷うことがしばしばあります。ヨーロッパでは、家庭医制度が普及していて、地域の家庭医にまず受診することになっている国が多いので、そのようなことは少ないわけです。

 「医師から言われたことを理解するのは」で難しい割合が多いことは、プライマリ・ケアの特徴を表す理念のなかにある『充分な説明の中で受療者との意思疎通を行うこと』[5]の教育が不十分であるためだと推察されます。さらに、ヨーロッパでの家庭医は、予防のための健康教育を行う役割もあるため、地域住民のヘルスリテラシーの向上に寄与していることが考えられます。「疾病予防」や「ヘルスプロモーション」の項目でも差が大きかったのは「判断する」という言葉が入ったもので、これは「入手」「理解」「評価」「活用」の4つの能力のうちの「評価」に該当していて、健康に関する知識について十分教育を受けていないと難しいものです。さらに、「ヘルスプロモーション」では、「評価」のみならず、「生活環境を変える」「運動教室に参加する」「地域活動」に参加するも大きな差があります。ヨーロッパでは、家庭医制度を含めたヘルスプロモーションや地域包括ケアの先進国であり、地域で健康や生活の質の向上のための活動に参加しやすい環境を作り上げてきているためだと推察されます。

ヘルスリテラシーが高いオランダの特徴

 ヨーロッパの調査では、なかでもヘルスリテラシーが高い国は、オランダでした。オランダは、家庭医や訪問看護師によるプライマリ・ケア(初期包括ケア)が充実している国でもあります。日本の介護保険法が、ドイツの介護保険を参考にしたといわれていますが、ドイツはオランダを参考にしたと言われています。オランダが、先進的であることは、国の特徴そのものとして語られる機会もありますが、サービスの利用者の選択を自由にし、サービスの提供者の競争を促進するという考え方です[6]。選択肢から自由に選べるためには、本来、情報を入手し、理解して、意思決定する力であるヘルスリテラシーが求められます。サービス利用者の権利を確立するために、選択のための情報を与える試みが営々と行われているといいます。情報公開度については、世界でトップクラスの国です。

 また、オランダには、地域看護師が起業して急速に広がり、いまや世界的な成功事例とみなされる在宅ケアの組織ビュートゾルフがあります[7]。創業者によると、その根底には「自分の人生のなかで起きるいろいろなことについて自分で判断して決定できれば、自分の人生に自ら影響を与えられるし、より幸せな人生を送ることができる」という信念があるといいます。意思決定できることが幸せにつながるということです。さらに、学校教育の段階から、建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶことがあげられ、やはり意思決定できることを重視していることがわかります[8]。『世界価値観調査』によれば、人生の選択の自由度が高い国ほど幸福感が高い傾向にあります。オランダが人生の選択の自由度とともに幸福感も世界の上位なのに対し、日本の幸福感は先進国では低めで、人生の選択の自由度はの平均点は83の国や地域の中で81番目です(『世界価値観調査』2017-2020)[9]。

健康情報とメディアリテラシー

 情報についていえば、日本の調査での項目の中で、「気になる病気の治療に関する情報を見つけるのは」「気になる病気の症状に関する情報を見つけるのは」「メディア(テレビ、インターネット、その他のメディア)から得た健康リスク(危険性)の情報を信頼できるかどうかを判断するのは」で難しいという割合でも差が大きくなっていました。これらからは、インターネットを含めた情報の入手先の問題が指摘できます。市民向けの健康情報を豊富に収集したサイト、メドラインプラス(MedlinePlus)のようなわかりやすく信頼できる総合的なサイトが不足していることは保健医療の専門家に求められることのなかの「わかりやすい健康情報サイト」のところで述べてあります。

 日本の健康科学・医学系の論文を無料で検索できないという問題もあります。世界で出版されている論文は、アメリカ国立医学図書館がPubMedというサイトで、無料で論文のデータベースを検索できるようにしていて、要約を読むこともできるし、無料で公開されている論文ならすぐに読むこともできます。しかし、日本語で書かれた論文の多くは検索対象外になっています。日本では、それらの論文のデータベースは、医学中央雑誌刊行会というNPOが作成していて、個人や組織で契約して料金を支払う必要があり、誰もが無料で検索して要約を読むというわけにはいかないのが現状です。これらのことが数値に反映されていることが予想されます。

 また、メディアリテラシーの問題が指摘できます。新聞やテレビなどマスメディアやインターネットの情報を理解・活用できる力が必要です。日本人にとって最も一般的な健康情報源は、テレビ・ラジオ(77.5%)、インターネット(74.6%)、新聞(60.0%)であり、これらの情報源はそれぞれ70.5%、55.6%、76.2%の回答者が信頼しています[10] 。このように、テレビや新聞といったマスメディアへの信頼度が高く、インターネットへの信頼度が低いことは、健康情報に限らず、日本の特徴です。『世界価値観調査』によると、新聞やテレビに対する信頼度は、欧米諸国が約10%~40%であるのに対し、日本は約60%~70%となっています[8]。これに対して、インターネットに対する信頼度は、調査対象の25カ国・地域全体で74%であるのに対し、日本では51%と最も低いことが示されています[11]。インターネットは、メディアが取り上げる元となるオリジナルの情報(1次情報)である専門的な論文やデータを直接ダウンロードできるなど、自分で情報を取捨選択できるメディアです。日本ではインターネットからそのようなオリジナルの情報を得ることが難しいためか、諸外国では信頼性が低いと評価されるマスメディアからの情報に頼る傾向があります。とくに、これらのいわゆるオールドメディア上での医師らの発言は、高い信頼を得がちであると思われます。これらも批判的に見る必要がある中で、鵜呑みにすることには問題があります。日本では、自分で考えるよりも、頼ることができる情報が求められているようにも思われます[12]。言い換えれば、情報を選択肢の比較による意思決定に用いるというより、正しい選択肢、正しい答えを教わろうとしているのかもしれません。

 また、インターネットは、誰でも多くの人が参加できるメディアで、特定の権力にコントロールされにくく、基本的に助け合いの精神で作られているメディアでもあるのに信頼されていないのは何故かです。この背景には、オールドメディアがインターネットにまつわる事件や被害などのニュースを多く流していて、その影響を受けていることが指摘されています[13]。これらは年齢によって、違いがあるものの、どのメディアに対しても批判的である姿勢は重要です。企業や政治団体などの組織がスポンサーにあること、記事を書いている人のフィルターを通して情報が伝達されていることを意識化することが求められるでしょう。

子供のころからの意思決定できる力の育成と健康教育

 学校における保健教育において、自分で意思決定する力を身に付けるスキルを身に付けられているかどうかがあります。ヘルスリテラシーの育成や向上において、教育は最も重要です。海外の学校でのヘルスリテラシー教育については、子どものころからからだと健康を学ぼうのところで述べています。海外では早い時期から計画的に、健康やからだ、意思決定などヘルスリテラシーを身に付ける教育に取り組んでいます。

 また、日本人がそもそも意思決定が得意なのかという問題があります。意思決定の仕方やそれを可能にする環境には文化差があることが指摘されています。日本とオーストラリアの大学生を比較すると、日本の大学生のほうが意思決定における自尊感情が低く、意思決定時のストレスが高く、よく考えて自分で決めるよりも、他の選択肢の可能性を考えずにせっかちに誤って判断して決定してしまったり、意思決定を回避する傾向にあるという研究があります[14]。同様に、日本とオーストラリア、米国、ニュージーランド、香港、台湾の大学生を比較した研究でも、日本人が最も意思決定についての自尊感情が低く、意思決定を回避し、衝動的に決める傾向にあったとも報告されています[15]。それは、個人の意思決定を特徴とする西欧人と集団の調和を文化的規範とする日本人の違いによるという可能性が指摘されています。さらに、ビジネスリーダーの意思決定のスタイルを日本と米国と中国で比較したところ、日本では、データを集めて多くの選択肢を注意深く分析するスタイルが最も少なく、データよりも直観や関係を重視するスタイルが最も多かったという研究報告もあります[16]。さらに、意思決定できるかどうかには、選択の自由があるかどうかの影響を受ける可能性もあります。先に挙げたように『世界価値観調査』での人生の選択の自由度は、日本は最低ランクです[9]。これらは選べる選択肢が十分にないためか、意思決定のための情報が十分でないか、情報に基づく意思決定のスキルが不足している可能性が考えられます。

 日本の学校教育での学習指導要領の問題もあります。2020年以降の新しい学習指導要領になって、保健の分野全体では、小中高を通じ、心身の健康には不可欠な「課題を見付け、その解決に向けて思考し判断する」という問題解決力や、意思決定力といった健康を決める力に関する項目が新設されたところです。これは保健の分野に限らない全分野に共通した話で、新しい学習指導要領でようやく「思考力・判断力・表現力」が前面に立って大きな柱として盛り込まれました。中高では「健康に関する情報から課題を発見し」という文言も加わり、高校のものを見ると「生涯を通じる健康に関する情報から課題を発見し、健康に関する原則や概念に着目して解決の方法を思考し判断するとともに、それらを表現する」「健康を支える環境づくりに関する情報から課題を発見し、健康に関する原則や概念に着目して解決の方法を思考し判断するとともに、それらを表現する」という項目が新設されています。今回初めて「情報」という言葉が入り、それは意思決定のためにあると考えれば、それまで意思決定が入っていなかったことがわかります[17]。

 健康とは、心身の状態だけではなく、それを自分(たち)で変えられる「力」、生きる意味や生きがいを感じて「生きる力」を指すと考えられます(健康とは何か:力、資源としての健康を参照)。からだのことに始まり、細菌やウイルスなどの多様な生物、食や薬、運動と睡眠、ストレスと対処、性とジェンダー、老化と死、人間関係やコミュニケーション、社会と文化、メディアと情報リテラシー、リスクや確率の理解など保健以外の全科目とつながっています。これらの多様な情報や価値観を基に判断できる自分らしい「生き方」を身につけることでもあります。

 日本でも、読み書きのリテラシーと同様に、早い時期から生涯を通じて情報に基づいて意思決定できる力とヘルスリテラシー教育の仕組みづくりが望まれます。日本の中学生を対象とした研究では、ヘルスリテラシーや保健分野での批判的な思考力は、部分的には親や教師の影響も示唆されるが、全体としては自然に身に付くものではなく、そのための教育の機会が必要であると報告されています[18]。その必要性から具体的な提案もされつつあり[19]、ヘルスリテラシーを考慮した保健教育の介入と評価の研究が増えることが望まれます。

 最後に、国際的には自分で意思決定できることが幸せにつながっているとされますが、日本人ではどうなのでしょう。神戸大の西村和雄特命教授らの2万人の調査によると、健康、人間関係に次ぐ要因として、所得、学歴よりも「自己決定」が幸福感に強い影響を与えていました。高校や大学などの進学先や初めての就職先を誰が決めたかという質問に「自分で希望を決めた」を選んだ人ほど幸福感が強くなっていたのです[20]。健康に関する自己決定ではないものの、健康が最も強く幸福感と関連していたので、自分で健康を決める力があればさらに幸福感が高まるかもしれません。人間関係が2番目なので、自分で健康を決めることを信頼できる人と共にできれば、さらに幸せになれる可能性があると思われます。

 ヘルスリテラシーはソーシャルキャピタルの重要な要素であるともいわれます。人間関係における信頼やつながりを表すソーシャルキャピタルは、ヘルスリテラシーの向上のために互いに信頼しあって協力するような文化や風土でもあります。ヘルスリテラシーとソーシャルキャピタルを築き上げることが、自分たちの健康で充実した生活につながることを実感し、ともに喜べる機会をつくり出すことが重要だと考えます。

(中山和弘)(公開日2016年9月22日)(更新日2022年1月29日)


文献

1)Nakayama K, et al. Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy. BMC Public Health. 2015 May 23;15:505

2)HLS-EU Consortium. Comparative Report of Health Literacy in Eight EU Member States. The European Health Literacy Survey HLS-EU. 2012.https://cdn1.sph.harvard.edu/wp-content/uploads/sites/135/2015/09/neu_rev_hls-eu_report_2015_05_13_lit.pdf  

3)Duong TV, Aringazina A, Baisunova G, Nurjanah, Pham TV, Pham KM, Truong TQ, Nguyen KT, Oo WM, Mohamad E, Su TT, Huang HL, Sørensen K, Pelikan JM, Van den Broucke S, Chang PW. Measuring health literacy in Asia: Validation of the HLS-EU-Q47 survey tool in six Asian countries. J Epidemiol. 2017 Feb;27(2):80-86.

4)日本国際交流センター:『ランセット』日本特集号:国民皆保険達成から50年.  http://www.jcie.or.jp/japan/csc/ghhs/lancetjapan/ 

5)日本プライマリ・ケア連合学会 http://www.primary-care.or.jp/ 

6)大森正博「オランダの介護保障制度」『レファレンス』国立国会図書館、2011年6月号.  http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/pdf/072503.pdf

7)堀田聰子:持続可能な「私たちの」まちづくり オランダを手がかりに.http://www.kaigodanshi.jp/study/03/

8)子どもの幸福度世界一! オランダの学校教育レポート 世界一子どもがしあわせな国の子どもをしあわせにする教育とは?https://kids.gakken.co.jp/parents/series/happiness/

9)Haerpfer, C., Inglehart, R., Moreno, A., et al. World Values Survey: Round Seven - Country-Pooled Datafile. 2020. https://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp

10)厚生労働省:平成26年版厚生労働白書. https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/dl/1-02-1.pdf

11)CIGI-Ipsos. 2019 CIGI-Ipsos Global Survey on Internet Security and Trust. https://www.cigionline.org/cigi-ipsos-global-survey-internet-security-and-trust/

12)舞田敏彦:メディアへの信頼度が高いだけに世論誘導されやすい日本. ニューズウィーク日本版.2015.  http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-4034_1.php

13)橋元良明ら:インターネット利用の不安をめぐる 10カ国比較調査.東京大学大学院情報学環 情報学研究 調査研究編, no.27, 1-48, 2011.

14)Radford MH b., Mann L, Ohta Y, Nakane Y. Differences between Australian and Japanese Students in Decisional Self-Esteem, Decisional Stress, and Coping Styles. J Cross Cult Psychol. 1993;24:284-97.

15)Mann L. Cross-cultural Differences in Self-reported Decision-making Style and Confidence. Int J Psychol. 1998;33:325-35.

16)Martinsons MG, Davison RM. Strategic decision making and support systems: Comparing American, Japanese and Chinese management. Decis Support Syst. 2007;43:284-300. doi:10.1016/j.dss.2006.10.005.

17)衞藤隆、渡邉正樹、中山和弘:座談会 ヘルスリテラシーの育成とこれからの保健教育.保健体育教室 2016年第2号 No.303,大修館書店

18)森慶恵、玉村沙也加、横井来美、古田真司「中学生の保健分野における批判的思考力に関する基礎的検討」東海学校保健研究,39(1),45-57,2015

19)山本浩二, 渡邉正樹「日本の中学校健康教育における課題とヘルスリテラシーの必要性に関する一考察 : 中学校新学習指導要領の実施に向けて」東京学芸大学紀要. 芸術・スポーツ科学系, 63: 87-97,2011.

20)西村和雄、八木匡:幸福感と自己決定―日本における実証研究.独立行政法人経済産業研究所, 2018.https://www.rieti.go.jp/jp/publications/act_dp.html

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