6.健康を決めるのは医療者から市民へ

子どものころからからだと健康を学ぼう

6.健康を決めるのは医療者から市民へ

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患者や市民が医療者が話すとき、その内容の多くは、私たちのからだについてのことだと思います。 しかしそもそも、私たちは自分のからだについてどのくらいのことを知っているでしょうか。

 世界における「からだの教育」

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 世界のいくつかの国では、子どもの頃からからだや健康についての教育がなされています。

 例えばアメリカには、国の疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)が1995年に定めた保健教育の学習目標である全国保健教育基準(National Health Education Standard)があります。
 この基準の対象は、未就園児から12年生(日本では高校3年生)までの子どもです。つぎの、8つの領域において、発達段階ごとに具体的な目標が定められています[1]。

  1.  1.より良い健康のためのヘルスプロモーションと疾病予防に関する考え方を理解する
  2.  2.健康行動に影響を与える家族や仲間、文化、メディア、技術の影響について分析する
  3.  3.より良い健康のための情報や商品、サービスにアクセスする
  4.  4.より良い健康のために健康リスクを避けたり減らしたりする対人コミュニケーションスキルを使う
  5.  5.より良い健康のために意思決定のスキルを使う
  6.  6.より良い健康のために目標設定のスキルを使う
  7.  7.より良い健康のための行動を実践し、健康リスクを避けて減らす
  8.  8.自分や家族、コミュニティの健康を主張(advocate)する

 小さい頃から意思決定のスキルを身に付けることが1つの柱になっている点が注目されます。
 アメリカは州によって義務教育の体制が異なりますが、全米の6割以上がこの目標に沿った保健教育を行っていると報告されています。

 また、イギリスでも、1999年に「保健」が加わった「人格、社会性、保健の教育(Personal, Social Health & Economic Education)」や体育の科目において、健康やからだに関する教育が行われています。  イギリスでは、義務教育期間を4つのキーステージに分けており、「人格、社会性、保健の教育」の科目においても、キーステージごとに学ぶべき内容が定められています。例えば、キーステージ1である5~7歳では、「健康で安全な生活習慣を高める」という目標のもと、学ぶべき内容として、「健康で健全な生活を送るためのシンプルな選択の方法」や「個人衛生の維持」「からだの主な部分の名前」などが含まれています[3]。

 さらに、台湾では、保健教育は小学校1年生から各学年において、系統的に実施するように教育課程の中に組み込まれています。
 具体的な教科としては「健康と体育」と呼ばれますが、この科目は小学校1年生から中学校3年生まで必修です。内容は、「発育と発達」「人間と食物」「運動機能」「運動参与」「安全な生活」「健全な精神」「集団の健康」の7項目にわたり、小学校1年生から中学校3年生を3段階に分けて、その段階ごとに、学習目標が定められています[3]。

 日本における「からだの教育」

 このように、他国では子どもの頃からからだや健康に関して様々な取り組みがなされています。

 では日本はどうでしょうか。

 残念なことに、今の日本では、からだについて系統的に学ぶ機会が整えられていません。
小中学校や高校の「保健」の授業で性教育がなされたり、「理科」の授業で人間と魚の心臓の形の違いやメンデルの遺伝の法則を学んだりすることはあります。
 しかし例えば、消化器系や循環器系、泌尿器系など、体の基本的な知識や機能について学ぶ機会は整えられておりません。 また、健康に影響を与える環境とは何か、健康的で安全な食とは何かといったことに関しても、学校の場で系統的に学習する機会が整えられていないのです。

 NPO法人「からだフシギ」の取り組み

 通常私たちは、ある日突然病気になり医療者と話をしなくてはいけないという状況に直面します。
 しかし、効果的な質問の仕方を学んだとしても、そもそも自分のからだが健康な時にどのような形態や機能を持つものなのかを知らなければ、病気になった時の治療や療養生活について理解して良い意思決定をするのは難しいでしょう。

 そんな問題意識のもと、「すべての人が当たり前にからだの知識を持つ社会」を目指して活動している団体があります。NPO法人「からだフシギ」です。この団体は2005年から、5歳児を対象にして、からだのお話会を行う活動を行ってきました。

 お話会で扱う内容は、「消化器系」「呼吸器系」「循環器系」「筋・骨格系」「泌尿器系」「生殖器系」「脳・神経系」と多岐にわたります。毎回、「からだの絵本」や臓器の大きさと位置が立体的にわかる「臓器Tシャツ」、豆腐を脳に見立てた「模型」などを使うことで、子どもが実際には見たことがない自分のからだの中を想像しやすいような工夫を行っています。
 また、子どもたちがリラックスして素直に学べるように、図書館など子供たちにとってなじみ深い場所に出向いて行うというスタイルをとっています。お話の内容は一見難しそうですが、5歳児なりに自分のからだのことを理解しているようです。

 お話会では毎回、一緒に来ている5歳児の親御さんからも「自分も知らないことがあった」「からだのしくみを知るのが面白かった」という感想を頂きます。
 やはり大人でも、実は四六時中一緒にいる自分のからだのことを知らないということが多いようです。お話会や教材の詳しい内容は、ホームページをご覧ください。

NPO法人からだフシギ 

 病気にならないため、また病気になった時に医療者と効果的に話せるために、からだのことを知るのはもちろん大切です。
 しかし、私たちのからだは非常に精巧でよくできているので、まずはその巧みさや面白さを感じながら、からだに関する基本的知識を身に着けることが大事ではないでしょうか。

 NPOからだフシギが現在活動の対象にしているのは年長児のみですが、将来的に自分の意思で健康的な生活を目指して意思決定ができるように、すべての人が当たり前にからだに関する基本的な知識を持つような子どもの頃から学びの機会を整えられればと思って活動を行っています。
 また、今後は大人向けのからだのお話会なども企画できればと思っていますので、ぜひ定期的にホームページを覗きに来てください。 腸の長さは身長の3倍! お母さんの心臓の音、聴こえるかな?

写真:NPO法人「からだフシギ」のお話会の様子
(左:「腸の長さは身長の3倍!」 右:「お母さんの心臓の音、聴こえるかな?」)

ヘルスプロモーションスクール

 また、子どもへの健康教育の重要性が注目される中、それを体現させるものとして、ヘルスプロモーティングスクールという考え方もあります。これはWHOが提唱したもので、児童生徒だけでなく、教職員や家族、地域住民も一緒になり、学校を健康的な場にすることにたゆまぬ努力をしようという取り組みです。健康的な環境を整えることや健康教育を行うこと、さらに学校における健康サービスの提供が特徴として挙げられています[4]。

 アジア諸国では1996年以降中国、香港特別行政区、台湾が国家的な事業として開始し、特に台湾では、2002年に10校が指定されてから2006年では600校、現在では全土で取り入れられています[5]。
 日本でも千葉大学教育学部が導入し始め、「健康的な学校づくり」が勧められています [6]。

 大人のヘルスリテラシーを向上させるために、すべての人が受ける義務教育の段階から、系統的な健康に関する学習機会が整えられることが強く望まれます。

(瀬戸山陽子、中山和弘)

[1] Center for Disease Control and Prevention (1995) National Health Education Standard. from http://www.cdc.gov/Healthyyouth/SHER/standards/index.ht, アクセス日2014年11月18日
[2] Personal, Social Health and Economic Education Association (1998) Personal, Social Health and Economic Education. https://www.pshe-association.org.uk/, アクセス日2014年11月18日
[3] 国立教育政策研究所、保健のカリキュラムの改善に関する研究―諸外国の動向―、2004
[4] WHO, "What is a health promoting school", アクセス日2014年11月22日, http://www.who.int/school_youth_health/gshi/hps/en/
[5]岡田加奈子、【第2回APHPE大会:アジアに焦点を当てたヘルスプロモーション・健康教育の最新動向2012】アジアにおけるヘルス・プロモーティング・スクールの動向、日本健康教育学会誌、20(3)、254-256.
[6]千葉大学、ヘルス・プロモーティングスクール・プロジェクト アクセス日 2014年11月22日http://chiba-hps.org/

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