4.コミュニケーションと意思決定

誰がどのように意思決定するのか

4.コミュニケーションと意思決定

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1. 意思決定の形

1)保健医療における意思決定の担い手

 健康のためによりよい意思決定をするためには、医療者が情報をわかりやすく提供し、それを有効に活用できることが必要です。では、実際に、保健医療のさまざまな場面ではどうなっているのでしょうか。そこでは、従来の医療者中心の意思決定から、より患者や市民中心の意思決定にしようという変化が生じてきています。マスメディアやインターネットが発達して、情報が多く提供されることで、よりよい意思決定がしたいと思い始めた人たちが増えていることや、提供できるエビデンスもますます増加していることが要因として挙げられるでしょう。

 そのことによって、手に入れられる情報はさらに増えるばかりです。そのため、医療者と患者や市民が考える適切な選択肢に違いが生じてきやすくなっている可能性があります。その場合は、意見の相違で何らかの問題が生じて、患者や市民の納得、安心、満足が損なわれてしまうかもしれません。

 例えば、ある母親が、友達から子供の風邪には抗生物質を飲ませるのが最も良い方法だという情報を得たとします。その親子が受診した病院の医師が、症状から抗生物質は必要ないと判断して、ゆっくり休ませて下さいと言った場合、どうなるでしょう。他の病院に行き、必要のない抗生物質を服用してしまうかもしれません。このような母親と医師との間で得ている情報や考えていることを確認しない状態、すなわちコミュニケーションがとれていないことで、適切な選択肢が選ばれない可能性があるわけです。そもそも選択肢として何があり、どれを選ぶべきなのかという考えを共有して、一緒に納得して決めるという方法が大切だと思われるようになってきているわけです。

2)意思決定の3つのパターン

 保健医療において意思決定を考える場合、医師などの専門家が決定する従来型の方法や、患者や市民が決定する方法など、意思決定のパターンは、大きく3つのタイプに分けられるとされています[1]。それは、パターナリズムモデル(父権主義モデル、Paternalism model)、シェアードディシジョンモデル(協働的意思決定モデルShared decision model)、インフォームドディシジョンモデル(情報を得た意思決定モデルInformed decision model)の3つです。

 これらの3つは、どこが違うのでしょうか。1つ目は意思決定のために医師から患者に提供される知識や情報の量で、2つ目は意思決定を行う人(主体)は誰かです。

 パターナリズムモデルは、従来型の父権主義的な方法です。これは、父親が小さな子供のためによかれと思って子供の意向をあまり聞かずに意思決定することから来ています。医師が提供する情報は少なく、医師が意思決定の中心となります。例え複数の選択肢が想定されても、医師が望ましいと判断した結果を話すだけで、患者に選択肢を選ぶ能力がないという想定で、患者にはその機会を与えないものです。

 これに対して、シェアードディシジョンモデルでは、医師は提供する情報を制限することはなく、患者の意思決定に必要な情報を提供しようというものです。提供する情報は、例えば複数の選択肢であり、それぞれの利点や起こり得るリスクについてもです。そして、医師と患者が話し合いを重ねて、医師と患者で意思決定が行われます。

 さらに、インフォームドディシジョンモデルでは、医師から提供される情報量が多いのは同じですが、医師と患者で一緒に決めるのではなく、患者は幅広く医師以外からも積極的に情報を収集し、自分で意思決定を行うというものです。

 これらの方法のうち、どれが望ましいのでしょうか。それは最初から決まっているものではないようです。患者や市民の立場からすると、意思決定の仕方にも、これらの選択肢があることを知り、自分にとってどれなら一番納得がいき、安心で満足のいく方法なのかを選べるというのがよいのかもしれません。確かに、とても信頼できる医療者にめぐりあえれば、パターナリズムでいいのではないかと考えるかもしれません。しかし、そこで信頼できる医療者とは、コミュニケーションをよく取る医療者であるということが多いのではないでしょうか。従来は、医師が患者によかれと思って決めるパターナリズムモデルが多くとられていました。しかし、最近では、医師が多くの情報を患者に提供し、医師と患者が多くコミュニケーションをとって一緒に決めて行くというシェアードディシジョンモデルへと移行してきているのです。

2. 人々の意思決定を支えるものとは?

医療サービス現場の意志決定

1) 患者の意思決定を支援する方法

 パターナリズムモデルからシェアードディシジョンモデルへの移行に伴い、情報提供や意思決定の支援のための取り組みが盛んになってきています。例えば、患者の自己学習を支援する「病院図書室」や「患者情報室」の設置、そこで情報検索を支援する専門員の配置があります。それらを推進して、患者が学べる場所の一覧を作っているサイトとして患者図書室プロジェクトや「いいなステーション」の全国の患者情報室一覧などがあります。

 また、患者が自分で診療の記録を見られるような電子カルテや、自分で持ち運べる「私のカルテ」のような医療者と同じ情報をいつでも見られるようにする方法もあります。日本医療機能評価機構による病院機能の評価項目でも、診療に関する情報が患者と共有されていることが入っています。通常の時間外の医療者と患者の情報収集・交換・共有の場としての「患者会」も次第に活発になってきています。「医療の質が高い病院」あるいは「いい病院」というのは、患者が自分の体や病気、日常生活上の注意などについて、自分で考えて意思決定することを支援する病院ということがいえるでしょう

2) 個人にカスタマイズされた健康情報と意思決定

 専門的な知識がなかったり、医療を受けた経験の少ない人々にとって、収集した情報や医療者から提供される多くの情報から適切なものを選んだり整理したりするのは難しい場合もあると思います。医療者が患者に提供する情報のあり方の一つとして、各患者の健康維持・促進により効果的な情報が、その人専用にカスタマイズされた状態で提供されるテーラリング(Tailoring)があります。その様な情報を受けることで人々は意思決定に迷うことなく、自分にぴったりの治療やサービスを受けることができると期待されています。

 テーラリングとは、元は英語で洋服を仕立てること、と言う意味ですが、健康・医療の世界では、個別に調整し対応する、という意味で用いられるようになってきています。以前からテーラリングが行われてきたのはその人だけが持つ遺伝子を対象とした遺伝子治療があります。それが次第に、健康・医療サービス全体を通じて、個人に向けてカスタマイズされ提供されるという意味へと広がってきています。特に、サービスの提供側(専門家や情報を発信する人)と受け取る側(患者や市民)の相互作用、交流のありかたにおいてカスタマイズされることが必要と言われています。コンピュータの普及によって、ソフトウェアやウェブによるコミュニケーションが行われるときに、多様な個人特性の組み合わせと、その組み合わせに対応した健康・医療に関する情報のやり取りがプログラム化されることで、特にカスタマイズされたコミュニケーションが実現しやすくなる、とも言われています。

 各個人に合わせてカスタマイズされた情報を提供するテーラリングは、個人の意思決定を容易にするのに必要な情報を揃えて患者に提示すること、つまり、膨大な情報の中から意思決定に必要な情報を与え、それを支援するものであるといえます。

3)システムによって支援される意思決定

 これまで、患者や市民が治療や健康法について情報を収集し意思決定を行うプロセスやそのための支援などについて述べてきました。ここで紹介するのは、医療従事者による意思決定を支え、医療の質の向上させるための意思決定システムというものです。コンピュータプログラムなので、人々の考えや意思とは独立した意思決定が可能です。

 簡易な意思決定支援システムの利用数とその精度は年々増加しています。それらは例えば、投薬量の算定やICUでの静脈点滴量の制御、電子心拍計の読み取りや不整脈患者のモニタリング、また医学文献から関連記事を検索することなどに役立っています。すでにいくつかのアプリケーションは診断を下したり、治療法を決めたりすることもできるようになっており、改良を加えることで将来にはさらに頻繁に用いられるようになると思われます。管理経営による医療の効率化の拡大(ことに北米で)に伴って、意思決定支援システムや電子カルテを含めた他のプログラムや装置・器具の利用は、その重要性を増しつつあります。

 意思決定支援システムは、患者の健康やQOLに影響を及ぼすため、その利用に関しては、「なぜ」また「いつ」利用されるべきか、「どのような利用法」で、また「誰によって」利用されるべきか、といった倫理的問題を配慮する必要があると思われます。

3. 意思決定が難しい場合の倫理的判断

 このように、意思決定の方法として何を選ぶのかが難しい場合には、倫理的判断が必要になります。倫理的判断に対するものとして臨床的判断がありますが、これらは意思決定を行う際に何を判断の軸とするのか、道徳性や臨床的な優先事項のうち何を重要視するかによって異なるものです。

 これまでお話してきた意思決定は、患者自身によって行われるもの、医療の質向上につながる医療者によるもので、判断する主体の存在がはっきりとしていました。しかし、意思決定が行われる場合には、患者本人や当事者が意思決定を行えず医療者にも決めることができない状況もあります。それは本人が自己決定を行えない状況、例えば子供が自律して決定を行えず、親など周囲の人による代理の意思決定が行われる場合などには、多くの人が考えて本人に良いと思われる判断のために、社会的な道徳に基づいて意思決定が行われることが望まれます。

 人々が他者に関する意思決定に関わる際、例えば本人が自己決定できない場合に代わって行う決定には、その決定が道徳性に沿ったものであるかの判断が重要です。医療における重要な倫理的決定の多くは、人間の出生や終末期に関わるものです。例えば、重症障害新生児を例に挙げると、極端な早産や先天性異常によって、生き延びる可能性がごくわずかしかない新生児の延命を試みるか、死んでいくに任せるかについて、他者である周囲の人々は、どのような治療を施すかという臨床的な決定に加え、どうすることが本人の望みにかなうのかということを含めた倫理的な決定を行う必要があるのです。社会の一員として、これらに関する倫理的判断について日頃から、あなたはどのような判断が望ましいかを考え、それらの考えが倫理的判断に反映されていくことが必要でしょう。

(吉川真祐子、瀬戸山陽子、戸ヶ里泰典、中山和弘)

引用文献
[1]Charles C, Gafni A, Whelan T. Decision-making in the physician-patient encounter: revisiting the shared treatment decision-making model. Soc Sci Med. 1999 Sep;49(5):651-61.