2.「信頼できる情報」とは何か

信頼できる情報とは

2.「信頼できる情報」とは何か

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1. 科学的根拠に基づいた情報「エビデンス」

エビデンス
 健康を維持するために、あるいは、より良い医療を受けていくためには多くの情報を収集し、それに基づいて意思決定をすることが大切であることがわかりました。よりよい意思決定のためには、信頼できる情報が欠かせません。では、「信頼できる情報」とは、一体どのようなものでしょうか。健康や医療に関係する場面で人が満足度の高いよりよい意思決定をするために必要な信頼できる情報とは何かについて考えて行きます。

 現在、人々が入手できる健康に関する情報は、実にさまざまで、その信頼性についても同様です。特にインターネットでは、誰でも簡単に情報を発信できるようになっていますので、「好きなだけ食べて痩せる」「がんが治る」といった怪しげな商業目的の情報や悪意が感じられる情報も混在しています。 こうした玉石混交の情報が、信頼のおけるものなのか、情報の発信者だけではなく、誰にでも当てはまる情報なのかを判断するには、その情報が、科学的根拠、つまり「科学により実証されている根拠」、に基づいた情報であるかという観点から捉える必要があります。例えば、ある健康法や治療法について、100人の人が同じ状況にあった時に、何人の人に当てはまる情報なのかということです。

 健康や医療において信頼できる情報として、このような科学的根拠のある情報を「エビデンス」と呼ぶようになっています。もとは証拠という意味の英語ですが、それが科学的根拠という意味で使われています。

2.経験に基づく人生における物語 「ナラティブ」

 とはいうものの、信頼できると判断する情報は、必ずしも、科学的根拠に基づいた情報ではない場合もあります。例えば、ほかの患者の病気の体験談があります。これらは必ずしも科学的根拠に基づいた情報だけではありません。しかし、それを見た患者は同じ体験を共有できて、孤独感が解消できたりして、その情報に信頼を寄せるのです。

 患者やその家族を対象とした調査では、インターネットの情報を信頼できると回答した人1,000名に、どのようなウェブサイトが提供する情報が信頼できるかと上位5つをあげてもらったところ、「大学病院、国立病院」45.2%、「公的な研究機関」42.4%に次いで「患者(個人または団体)」36.6 %が挙げられていました[1]。患者の提供する情報は実際の体験者として信頼を集めていますが、これはなぜでしょうか。エビデンスの多くは、ある方法に何らかの効果があるかどうかの情報であるのに対して、患者の情報は、それらについてどのように考えたり感じたりしたのかという情報です。そして、実際に行ってみて起こったことと、それについてまたどのように思ったり対処したりしたのかです。まさに起こった出来事をどのように受け止めていくかの、患者の体験記であり、いわばそのストーリー、物語です。

 このような、個人の「物語」「体験談」や「語り」を表す「ナラティブ(narrative)」という言葉が医療の世界でも注目されるようになってきました。意味としてはナレーション(narration)という「語ること」に対して、「語ったもの」であり物語となるわけです。それは、その人のそれまでの人生の歴史を背景にして、その新しい経験を過去の自分と照らしてどのように受け止めていくかという方法でもあります。実際に、例えば、タバコを吸うとがんになりやすいと、エビデンスだけを紹介されても、吸っている人はまだたくさんいます。手術をしたほうがよいと勧められても、生活や生きがいを優先してしないという人もいます。人それぞれの受け止め方や価値観がありますから、エビデンスの確率だけが判断材料ではないのです。その時、自分はこうしたい、とくにエビデンス通りにする場合も違うことをする場合も、ほかの人は一体どうしているのかを知りたいものです。このときに、ほかの人の体験談は役にたちます。

 また、体験談をヒントに、自分に何が起こったことがわかることがあります。例えば、いきなりがんと宣告されてどのように受け止めていいのかもわからない、何をすればいいのか何もわからないときにはどうでしょう。治療方法に関するエビデンスが必要でしょうか。そうではありません。必要なのは、いったい何が起こったのかを自分の言葉で表現できることです。医学的にはがんという状況かもしれませんが、それがいったい自分にとって何なのか、それを明らかにするためにも、自分で他者に語ってみるということが大切になってきます。つらいと思った出来事を友人に話しているうちに、思っていたこととは違った実はいい経験だったということに変わってしまったことはありませんか。また、話していくうちに自分ってそんな風に思っていたんだと気がつくこともあります。なかなか言葉にならないときは、体験談が助けてくれるかもしれません。

3. エビデンスとナラティブに基づいた保健医療を実現するには

 したがって、根拠に基づいた保健医療を実際にすすめるには、エビデンスナラティブが必要ということがわかります。イギリスの根拠に基づいた医療の実現に多大な貢献をしたミュア・グレイは「エビデンス」「価値観」「資源とニーズ」の3つの要素が重要だと言っています[2]。

 「価値観」とは、人々が健康や病気に関する問題を解決するための治療方法やケアなどの選択肢の持つ特徴のどれに価値を置くかです。例えば、家族、仕事や職場、長生き、自分の外観、副作用の有無、お金などのいくつもの価値の中で、どれに重きを置くのかです。「価値観」の元の英語は「Values」で、Value(価値)の複数形です。それは1つの価値だけではなくて、いくつもの価値があるときにどれに優先順位をつけるかという意味です。ここでは、自分の価値観を確認して治療を選ぶが参考になるでしょう。

 では、人々の持つ価値観はどうしたらわかるでしょうか。自分の持つ価値観について、それまでの人生や経験をもとに語ること、すなわちナラティブによって表現することです。価値観を確認するには、自分が大切にしたいと思っていること、なかでも何が最も大切なのかを語ることが必要だということです。

 また、「資源とニーズ」での資源とは、いくらよいエビデンスがあっても、それを実行できる施設や人材と技術、お金や時間などの実現のための条件が伴わなければいけないということです。また、エビデンスだけでなく、自分の希望で受けたい治療やケアの方法があっても、資源が整わないと無理だということです。健康のために運動したいと思ってもその場所や施設がないとか、新しい手術や薬を試したいと思っても、日本では難しいというような場合もあります。

 また、ニーズとはその資源が不足していて社会的にそれが必要とされている程度です。例えば、高度な専門病院や医師や看護師をたくさん増やすことが本当に必要とされているのかという問題です。ほかにも高価な先端技術医療やもっと心のケアをする専門家などへのニーズなど社会的に議論しなくてはならない話です。

 この3つで考えますと、エビデンス、ナラティブに続いて、それらに基づいて健康を実現していくための資源についての情報も必要であることがわかります。エビデンスやナラティブを追い求めても、実現しなくては困ります。もちろん専門病院が近くにないなど資源の限られた環境におかれている人にとっては、その範囲のなかでそれらの実現をはかることになります。実際に、がんの患者さんで高い医療費を払える見込みがなくなって、退院を希望する人がいます。しかし、高額でない治療もエビデンスやナラティブをもとに新たに考えることは可能なのです。また、一定額以上は払った治療費が戻ってくる高額医療費の制度もありますので、公的な資源も幅広く知っていたほうがよい情報です。

 このように、これら3つの情報について信頼できるものが求められています。また、これら3つは常にセットで考える必要があるということがわかります。そして、図で示されているように、それぞれはまったく重なり合わないものではないことにも注意が必要です。

4. 情報を収集する行動の動機づけとしての人間関係

 これらの情報があることが望ましいわけですが、実際にそれを収集する人はどのような人でしょうか。自分で主体的に情報を集める人は、保健医療を利用する場合も受け身ではなく、積極的に参加して専門家と一緒に考えたいという人が多いと思います。そして、実際に医療における意思決定に参加する人が増えると、ますます患者のニーズが明らかになって、医療の質を向上させることができるかもしれません。そうすれば患者の満足度はさらに高くなるはずです。

 しかし、少なくとも健康情報を収集しようという動機付けがなくては始まりません。まず、そこで考えられることは、情報を探さなければならない状態にあることです。家族や知人が病気になったり、健康診断で何かを指摘されたり、実際に自覚症状があったり、病院を受診してよくわからない病名を診断されたり、いろいろな機会に情報が欲しくなります。それでも、これらは、実際に何らかの健康に関する問題が生じているという要因であって、それらがないときはどうなのでしょう。また、仮に問題があっても自分では探さずに医師に相談するという人もいるでしょう。自分は健康であると思っているときには、病気の予防はしたいと思っても、ほとんどの人はそのために病院には行かないでしょう。医師に聞かずに自分で情報を収集したいという人はいったいどのような人なのでしょう。

 アメリカのデュッタ・バーグマンという研究者は、そのような医師以外から主体的に健康情報を収集する人の特徴を探しました[3]。特に注目したのは、人々の日々のコミュニケーション活動と、健康への関心の高さです。マスメディアの研究では、人々は様々なメディアに触れることによって、いろいろな事実を知るだけでなく、そこでより多く出ている話題をより重要だと判断することが指摘されています。したがって、どのような人々やメディアと触れているかは個人の判断に影響を与えるということであり、そこで健康の話題が多ければ、ますます健康が重要と考えてそこから情報を収集するようになると考えたわけです。

 結果としては、健康意識を高めることで情報収集行動に結びついていたもので最も重要なものは人対人の直接のコミュニケーションでした。多くの人との交流が、そこで交わされる健康についての会話から健康への関心を高め、情報収集を盛んにしていました。次いで関連が見られたのは、地域活動への参加、新聞を読むこと、雑誌を読むことでした。テレビを見ることはほとんど関連が見られず、インターネットは健康への関心とは関連が見られなかったものの、情報収集行動とは関連していました。テレビは、基本的にエンターテインメントであり、その情報の信頼性の問題(日本でも捏造が問題になりました)や喫煙や飲酒などのシーンに寛容であることなどが背景にあると思われます。この研究では特に、日常的に地域でもどこでも健康に関心のある人がコミュニケーションを活発にとっていて、そこでまた情報を交換することがさらに健康に関心を持って情報を探すことに結びつくという相乗効果が見られるということです。このような人間関係の持つ力をソーシャルキャピタル(社会関係資本)と呼びます。信頼できる人々が集まると、健康をいたわり合うなかで情報が交換され、そこがあたかも健康情報の宝庫となっているということです。

5. 健康を決めているのは自分か自分以外か

 また、ウォールストンらは人の健康にかかわる行動に影響を与えるものとして、「健康や病気の原因をどこに求めるかという考え方」(ヘルス・ローカス・オブ・コントロール)に注目しました。そして、その原因をどこに求めるかについての傾向として、「自分自身」「家族や友人、医療者などの他者」「運や偶然」の3つがあるとしました [4]。

 これらは日本の研究者の調査によると、5つあるとされています。ほとんど同じなのですが、「自分自身」「家族」「医師など医療の専門家」「運や偶然」の4つに加えて「超自然(先祖や神仏など)」があるといわれています [5]。ここで大切なことは、「自分自身」かそうでないかということです。すなわち、自分の健康は自分の行動によって決まるとか、健康のためには自分の心がけが大事であると思っているかどうかです。そうでない場合は、医者など自分以外の人次第ということになります。そもそも自分の行動が大事だと思わなければ情報を収集するでしょうか。

 これらの5つについて、日本における29歳から45歳の女性を対象とした調査があります[6]。これらが新聞、テレビ、雑誌などからの健康情報の収集行動にどう影響するかが報告されています。結果としては、健康や病気の原因が「自分自身」「家族」にあると考える人が多く情報を収集していました。同時に、多く情報を収集している人は、その行動が「自分の健康に関連がある」と考えていました。この調査では対象者が小学生を持つ母親であったこともあって子供の健康を考えると「家族」が重要と考えられ、そのために情報を収集しているというものでした。この研究に限らず、国内外で、「自分自身」と考える人が情報を収集しやすいという結果があります。

 このように一人ひとりが持つ考え方によって、健康・医療情報の捉え方や情報を収集することへの考えが異なる傾向にあります。また、これ以外にも、年齢や社会経済的状態と言ったその人の持つ特性によって、どのように情報収集を行うかは異なると言われています。実際のところ、人々の健康や病気は、自分自身や家族などの周囲の人々、保健医療の専門家のすべてから影響を受けています。そのため、その考え方を問わず信頼できる情報を得て、自分自身のためだったり、家族や友人のためにもよりよい意思決定をしたいものです。運の良し悪しのせいにしたり、神仏の力に頼ることも人間には必要なことです。いくら信頼できる情報をもとに意思決定をしても、そのあとどのような結果になるかは、結局は運にまかせるか神のみぞ知るです。ただ、情報を得ないままに運や神仏だけにたよるのはどうなのでしょうか。人事を尽くして天命を待つという言葉もあります。

6. 健康情報の活用におけるリスクを回避するには

情報の活用におけるリスク
 またたくさんの情報のうち、よりよいものをタイムリーに手に入れて活用できることに越したことがありません。しかし、裏を返せば、そうはいかない状況に陥ることも考えられます。問題がその後の生命や生活の基盤を揺るがす大きな問題における意思決定の場面であれば、「リスク」になることも考えられます。ここには大きくふたつのリスクがありそうです。

 ひとつめのリスクは、必要な時に情報を手に入れることができない、ということです。つまり、情報がどこにあるのか、どうやって探せばよいのかわからないという事態になります。健康のために一つの行動を起こす(例えば、一つの治療法を選ぶ)時、私たちは、医療者や家族、友人・知人、本、インターネットなど様々な情報源から多くの情報を得て、その情報をもとに選択を行なうことになります。しかし、今挙げたいくつもの情報源を完全に活用している人は多くないかもしれません。つまり、こうした情報源への接近のしかたが大事で、接近方法がわからないと、情報を取り出すことができません。

 もうひとつのリスクは、情報を手に入れたとしてもそれが本当に良いものかどうか、信頼できるものなのか、自分にとって必要な情報なのか、よくわからない、あるいは間違って判断してしまう、という事態です。

 各種マスメディアの発達や、携帯電話、インターネットの普及により、情報はあふれかえっています。これらから入手できる健康に関する情報はじつにさまざまで、それらの情報が持つ信頼性についても同様です。なかでも、今や身近な情報検索の道具として広く利用されているインターネットの影響は大きいものです。今は、インターネットを使えばほしいと思った情報を手に入れることができます。特にインターネットでは、誰でも簡単に情報を発信できます。したがって、このような玉石混交ともいえる情報の中から得ようとしている情報が信頼のおけるものなのかについて細心の注意が必要です。

 では、医療専門職者等の健康情報・サービスの提供者が示す情報が、必ずしも科学的根拠に基づいた情報であるかというと、その確証もありません。医師個人の好みや慣習から情報提供がされる場合も考えられるからです。大学や公的機関の情報であれば、大丈夫でしょうか。難しい専門用語があってわからなかったり、自分にあてはまらない部分を誤解して自分のことと受け取ったりすることもありえます。

 また、個人の患者や患者会のつくるサイトや闘病記のなかにも、最新のすぐれたエビデンスの紹介や貴重なナラティブを提供しているものもあります。他方で、商品を売るためだけに、巧妙に利用者の体験談を利用しているものもあります。それらの情報のなかから信頼できる情報を集めていかなくてはならないわけです。

 したがって、その情報が信頼できる情報かどうかを解釈する能力や知識がないと、その情報を理解して自分自身の意思決定のための判断材料に使うのは難しいです。情報を得たことでかえって混乱したり、 誤った解釈をして間違った行動を起こしてしまうこともあるかもしれません。

 エビデンスをチェックする必要がありますし、ナラティブは、体験談として、とても参考になる部分がある一方で、自分も必ずその体験者と同じ体験をするかというと必ずしもそのようなことは言えません。こうしたリスクを最小限に抑えるためには、情報を出す側も、受け取る側も、健康情報を適切に活用して意思決定できる能力である「ヘルスリテラシー」を高めるということが大事になります。つぎから、根拠に基づいたエビデンス、価値観、資源とニーズに合わせて、エビデンスの見かた、価値観としてのナラティブ、保健医療の資源の探し方、そして、ヘルスリテラシーの話にすすみましょう。

文献
[1] 辰巳治之ら:「患者・家族におけるインターネット上の医療(健康)情報の利用状況と意識に関する調査」2001.http://www.jima.or.jp/JISSEKI/kousei2001.html
[2]Muir Gray:Evidence-Based Health Care and Public Health: How to Make Decisions About Health Services and Public Health. Churchill Livingstone, 2008.
[3] Dutta-Bergman, M J., (2005) Developing a Profile of Consumer Intention to Seek Out Additional Information Beyond a Doctor: The Role of Communicative and Motivation Variables., Health Communication, 17 (1), 1-16
[4]Wallston, B, S., Wallston, K.A., Kaplan, G. D., Maides, S.A.: Development and validation of the Health Locus of Control (HLC) Scales. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 44, 580-585.
[5]堀毛裕子:日本版Health Locus of Control Scales尺度の作成.健康心理学研究、4、1-7、1991.
[6]吉田由美、他:健康情報の収集行動とHealth Locus of Controlとの関連.日本公衆衛生雑誌、42(2)、69-77、1995.

(中山、吉川、瀬戸山、戸ヶ里)(更新日2017年2月4日)

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コメント

エビデンスを何処で知りどう信用するか、そしナラティブに結びつけ決断するかをよく認識理解出来た。特に中山先生の人柄と信頼関係構築が150%が背景。今後共どう日本のみならず世界に行動されその反応を期待と考察してみたい。

龍さん 2011年5月17日17:25

製薬会社にて国内認可された分子標的治療薬の投薬臨床情報データベース構築と統計分析に携わった事があり、興味深かった点がありました。同じ薬でも民族や人種が違えば、効き方や副作用に差があるというものでした。投薬治療に関しては海外の臨床情報データベースがどこまで信頼できるのかと思っております。海外で有効と評判の薬が日本人に有効かどうかは日本人向けの臨床データによって評価されないと不安が残ります。国内の医療データベース充実と周知啓蒙のため貴研究室のご活躍を期待します。

とん汁 2011年5月20日04:24

医療従事者の一人として、一市民として、いかに医療を受ける際、わかった気になっているが実はわかっていなかったと気付かされました。わかった気になっていて風邪くらいどの病院もあまりかわらない、歯科でも先生がいい人だからというような感覚で通院していました。複数の選択肢を持つことは大事であり、その中から自分にふさわしいと思える情報を選び取れるよう、まずは意識的に情報収集をしていきたいと思います。同時に、あふれる情報に右往左往せず、根拠の有無を確かめたいです。

あやのおばさん 2011年5月24日23:17

咳が沢山出ても、いつもは風邪かなと思って市販の風邪薬をのんだり、ゆっくり休む程度で済ましてしまいますが、昨年はテレビやインターネットで百日咳が流行しているとあったので、病院へ行き診てもらいました。テレビやインターネットで百日咳に事を知らなければ病院へは行ってなかったと思います。 ただ、テレビやネットを盲目的に信用は出来ないなと思いつつ、どのように確かめたら良いのか分からなくて職場の年配の方に聞く程度になっています。このアドバイスもどこまで正しいのかと悩んでしまいます。結局、テレビやネットの知らない人の話よりも、目の前の知っている人の体験談の方を信用してしまう傾向があり、結果的にナラティブ偏重となっていました。 今後は中山先生が書かれているように、ヘルスリテラシーを高めていかなければと感じました。

fubsy 2011年5月30日18:48

調べて得られたエビデンスが本当に正確なものなのか、また得られたナラティブが自分に適用出来るものなのかなどの判断は難しいように感じます。テレビや雑誌などの情報は簡単に得られる上、信用度が高いように感じられます。しかしそれらの情報が正確とは限らないということを今回学びました。情報が多く流通する現在に正しい情報を必要なだけ得るためにもヘルスリテラシーを身につけることは大切であると感じました。

りんご 2013年3月29日16:36

記事にもあったように、どこかから得る情報というものは必ずではなくともその情報の発信者の意図や意思が含まれているものだと考えます。ナラティブはとくに、人が自分の記憶や実体験を基にして発信するものなので、曖昧なものも非常に多いのではないかと思います。そうした情報がある一方で、確かなエビデンスやナラティブも存在するので、取捨選択が自分で出来るようになる、ヘルスリテラシーの能力がやはり必要だと考えました。

ゆず 2013年4月28日17:27

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