毎日新聞コラム「健康を決める力」

第34回 「病気」が示す3つの側面

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毎日新聞 2020年7月16日 医療プレミア

聖路加国際大教授 中山和弘


 健康な人の脳や心臓など全身に、新型でないコロナウイルスの一種も含めて、少なくとも39種類のウイルスが「常在」しているという東京大の研究のニュースが目を引きました。ツイッターでつぶやいたところ、やはりたくさんの人にアクセスされました。ウイルスがいても、必ずしも病気といえず普通に生活しているわけです。

 そもそも病気とは何でしょうか。現代では、医学の影響が強く、医師による診断がつくかどうかが支配的です。それで思い出すのは、高校の頃のある日、前腕を動かすと皮膚の表面あたりが痛くなった経験です。体育の柔道の時間にも何もできず、もちろん走ると痛いので、仕方なく病院を受診しました。すると、医師は「その部分には解剖学的に痛くなる原因となるものが何もないので診断はできない」と言いました。「でも痛いんですが」と言うと、「医師は、目の前で患者がのたうち回って苦しんでいても、どこが問題か診断ができなければ何もできないんだよ」と言われました。医学とはそういうものなのかと思ったのを覚えていますし、この経験は自分の研究につながっていったように思います。

 みなさんは、病気のことをあらわす言葉をいくつ思いつくでしょうか。病気のほかには、疾患、病(やま)いなどがあります。英語でも、sickness、disease、illnessがあります。学術的には、この三つの単語を用いて、それぞれ意味内容が異なるものとして、使い分ける方法が知られています。それぞれ近い意味の日本語と対応させて紹介したいと思います。

 まず、「疾患(disease)」とは、医学的な診断のように生物学的に説明できるもので、より客観的な見方によるものです。必要な検査をして、偽陽性や偽陰性の可能性を含めて、症状などから総合的に診断して明らかになるものです。 これに対して、「病い(illness)」とは、本人が感じる主観的なもので、個人の経験に基づくものです。私が経験した例のように、たとえ医学的に問題はなくても、症状があってつらいなど、本人の捉え方からの見方です。逆に、たとえ診断されても、自覚症状はなく、生活上は何の影響もないという場合もありますから、本人がそれをどう捉えるかが中心となります。

 最後の「病気(sickness)」は、社会や地域などで、どのような見方をするかです。医学的な診断がなくても、本人が何も手につかないとなれば「それは気の毒だ、休んだほうがいいよ。何かできることはないかい」と手を差し伸べられることもあります。恐れや不安などから、差別や偏見が生じる場合もそうです。今や、メディアの影響が大きいですから、感情に訴えかけるような映像、音楽、図表などの表現や、ある個人の体験談やある専門家の意見がクローズアップされることで作られている部分もあるでしょう。

 そして、それらは個人が受け止める「病い」に影響を与え、受診を増やしたり控えたりすれば「疾患」にも影響を及ぼすことになります。また、「いくらつらくても診断書がなければ休めない」といった外部から見れば病的だとみなされるような社会があるように、何が問題かはその社会や文化によって異なります。

 このように、病気を三つの側面からみると、それぞれで問題があるかないかの組み合わせだけでも2の3乗=8通りの状況があることになります。必ずしも三つが一致し、三つが重なっているわけではなく、どれが一番正しいと決まっているわけでもありません。それぞれの見方ができて、それぞれの問題への対処をどうするかが重要です。

diseaseillnesssickness.jpg  「疾患」は適切に見つかれば専門家が支援してくれますが、本人が感じている「病い」、特に社会で問題となっている「病気」の場合、私たちがみんなで対処する必要があります。いずれにしても本人が何らかの問題を抱えていて、自力で解決できないとなれば必要なのはサポートです。

 社会における人間関係の選択肢は、大きく分ければこれまた三つです。サポートするか、対立・争いをするか、規制や強制をするかです。自分が当事者になれば、どれを望むでしょう。最近、知ったのですが、人の立場になって考えることを「他人の靴を履いてみる」という英語表現があるそうです。病気の三つの見方でも、そうしてみることを心がけたいと思います。

 これら三つの見方は、健康とは「からだ」「こころ」「社会」の三つからなるというものにも対応しています。三つの病気はどれも予防したいですが、もし「疾患」があっても「病い」と「病気」の面から十分なサポートを受けて充実した生活を送っている場合や、そのようにサポートしあう社会づくりに参加できることを健康と呼びたいものです。

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